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第拾捌記 遊戯、引力
しおりを挟むあーちゃんの拳が迫り、いよいよこれまでかと俺はキッと目をつぶる。
ドサッ。
まるで糸が切れたかのように、あーちゃんは俺の胸の中で静かに気を失っていた。
先程までのバーサーカー振りが嘘のように、スヤスヤと眠っている。
俺はその顔に安堵したのか、あーちゃんを抱えてヘナヘナと膝を折った。
――助かった。
しばらく放心状態だったのだろう。
「……お……い……おーい、きらー生きとるかー!」
耳元でうーちゃんの大きな声がして我に返り、ある程度の時が経過している事を悟った。
「うーちゃんこそ、平気なのかい? 盛大にお尻を蹴っ飛ばされて痛そうだったけど……」
「うむ。まだ少し腫れてるかもしれんが、心配無用じゃ。さっきよっちゃんに回復して貰ったからのう」
「ふふ、またまたうー様ったら、私が完治させていますから、もう腫れてなんていないはずですよ」
先程まで俺の膝元に居たあーちゃんは、知らぬ間によっちゃんのお膝元に。
あれが回復術なのか、頭を優しく撫でている。
「回復って言うから、もっとこう、緑色のオーラみたいなのを出してキラキラって感じだと思ったんだけど……やっぱ現実は違うもんなのかぁ」
「煌様、ナイスアイディアですね! 採用です」
俺のぼやきで、よっちゃんの中で何かが採用されたらしい。
静かに目を閉じたかと思えば、よっちゃんの周りを、俺の先程放った言葉どおりの緑色のオーラみたいなやつがでて、キラキラッとなり始めた。
「大いなるマナよ、癒しの光となりて、厄災を払いなさい! ケアル!」
「……はい! アウトぉぉぉ!! その魔法完全に某最後の物語だよね? さらに言うなら、よっちゃんボケキャラじゃあないよね??」
「ふふ、既存のフレームに囚われていては、なんとやらですよ」
「おばちゃまばかりズルいのじゃよ! ウチにもそのキラキラやって欲しいのじゃ!」
しばらく一人と二柱で談笑にふけっていると、あーちゃんが目覚めた。
「うーん! よく寝たー! みんなは……うん、大丈夫そうでなにより」
「大丈夫そうじゃあないわい! ウチは死ぬかと思ったのじゃ!」
「死んでないんだから問題ないわよ。いざとなったら荒御魂になれば互角にはやれたんじゃない?」
「ウチが荒御魂を好まんのを知っててよく言うわい」
俺の心配は不要だったようだ。
二柱とも元気に笑っているのだから、ダメージは残っていないのだろう。
ただ、よっちゃんに関しては自分に対してケアルを使っていなかったように思う。
「よっちゃんは体調大丈夫? 自身にも回復技かけれたりするのかな?」
「ふふ、大丈夫ですよ。ゲームで言うところの自動回復が備わっていますので、少しの間眠りにつくことさえ出来れば、体力も神力も全快です」
流石はよっちゃんである。
いつ現れたのかは分からないが、次の階層へ進むためのワープ鳥居が出現していた。
「物理技しか通らないこの空間じゃあ、茶番は難しそうだし、流石に今度ばかりは寄り道無く次に進むよね?」
俺は苦笑いで尋ねる。
「そうね。ここはなーんもないし、遊べる要素が無さ過ぎるわ」
「そうじゃのう……壊せるモノとかあればまだあれじゃが……」
「何か食事をするにもこんなに殺風景では、食欲なんて湧きませんしね……」
食べるか破壊するか、しか三柱には選択肢がないようだ。
「それにしてもあーちゃんの引力って凄いよね、あんな力の塊ですみたいなやつすら体勢を崩しちゃうんだからさ」
あ、そういえばと、買い物ついでのように俺は何気無く口を出した。
それを聞いたあーちゃんは、まぁねとドヤ顔。
凄いだろーと言わんばかりの顔が、突然目を丸くさせ、ポンッと手を叩き何か良からぬ事を閃いたようだ。
「ウカー、ちょっと鋭爪憑狐してよ」
「なんじゃ? それは拒否権があるのかのう?」
「うーん……ないわ!」
「絶対良からん事を考えておるのう。ウチにデメリットしかないのはお断りじゃ」
うーちゃんはプイと顔を横に振る。
「せっかくこの企画に乗ってくれたら……そうね。いなり寿司でも油揚げでも、焼き鳥でも好きなものを奢ってあげようと思ったのに、残念ね」
流石に後出しジャンケンが露骨すぎる。
こんな罠にうーちゃんは乗るのだろうか。
「先にそれを言うのじゃよ~。鋭爪憑狐すればええんじゃな?」
ちょろい。
ちょろ過ぎるぞ、うーちゃん。
「それじゃあ交渉成立ね。ウカはそこに、他はあたしに付いてきなさい」
俺達はおおよそ二〇メートルほど離れた。
「そんじゃあ企画の説明ね。痛い事は多分しないわ。三〇秒踏ん張りなさい。踏ん張りきったらウカの勝ちでさっきの景品を授与するわよ。ダメだったら……そうね……少し痛いかもしれないわ」
「シシシッ。絶対勝って美味いもん食ってやるのじゃ!」
うーちゃんの目は紅く染まり、朱呪憑誕も身にまといやる気満々だ。
「はい、じゃあそういうわけで。ウカの三〇秒踏ん張りチャレンジ……スタートよ!」
あーちゃんはそう言うと、うーちゃん目掛けて手をかざし、まるで罠にかかった獲物を見るような顔をした。
「引力レベル……ワン!」
磁石で引っ張られるかのように、うーちゃんの上半身が動く。
「そういうことか! なんの!」
うーちゃんは足を動かさず、そのまま地面に両手の爪を穿った。
「これなら何とかなりそうじゃのう。戦うなら無理じゃが、ただひたすらに耐えるだけならウチでもできそうじゃ」
まだまだ余裕のようである。
そうこうしている間に一〇秒経過。
「ま、このくらい耐えられなきゃ、あたしの姪っ子なんて失格ね。レベルツー!」
威力を強めたと同時に、踏ん張っていたうーちゃんの肘と膝は伸びる。
「ぐぎぎぎぎぎ……まだまだ負けぬぞッ! 美味いものを奢って貰うまでは死んでも動かぬぞッ!」
少しづつではあるが伸びた肘と膝を戻そうと、うーちゃんは懸命だ。
歯を食いしばって、目が血走っている。
ワンとツーでは大きな差があるようだ。
まもなく二〇秒。
「へー、やるじゃん。流石はあたしの姪っ子。でもね、あたしが簡単に奢るわけないじゃん。さぁ、絶望のレベルスリーよ!」
「望むところよ! 絶対耐えきってみせるのじゃ!」
あーちゃんがニヤリとすると、うーちゃんの顔面が歪んだ。
「イタタタタタタ! う、腕と足がちぎれそうなのじゃ!」
「ギブアップしたら?」
「嫌じゃ嫌じゃあ!」
うーちゃんがブンブンと首を横に振った瞬間、フワッと足が持ち上がり、まるでシャチホコのような体勢に。
「うちを舐めるなぁぁぁぁ!!」
宙で体を無理矢理ひねると、こちらにお尻を向ける形で両手だけで何とかこらえた。
地面にしがみついているのにまるで、崖にしがみついているかの如くだ。
「腕がもげるまで離さんのじゃぁぁぁ!!」
うーちゃんの食い意地にはアッパレである。
しかし、その……あれだ。
丈の短い、実質スカートのような袴で足先がこちらに向いているということは……だ。
――おパンツが丸見えなのだ。
うーちゃんとしては一刻の油断も許さぬこの状況下。
果たして、おパンツ如きでうーちゃんの気を散らして良いものなのかと俺は考える。
他、二柱も何も発言しないことからきっと無言が正解なのだろうとよっちゃんの沈黙に目をやる。
「コ、コイツ……尊死だと!?」
あまりの尊さ故なのか、よっちゃんは涙を流しまるでメデューサに石にされたのかの如く不動だ。
ま、まさか、あーちゃんの静かなる理由も尊死しているからなのかと目をやる。
「コ、コイツ……おパンツを撮影してやがるだと!?」
あろう事か、あーちゃんは腕試しはそっちのけで姪っ子のハレンチを声を潜めて楽しんでいた。
「あ……あと……ごびょぉおじゃぁぁああ!!」
うーちゃんは己の身なりなど構わない。
本気で飯を取りに行くつもりだ。
「残念ね。甘い話なんてあるわけないでしょ。はい、レベルフォー」
あーちゃんが意地悪げにそう言うと、うーちゃんの体が不自然に動いた。
いや、ズレたという表現の方が正しいかもしれない。
手に纏っている鋭爪憑狐の位置がおかしい。
まるで今にも外れそうな手袋を、指先だけで何とか外れまいとしているかのようだ。
――そもそも気の塊みたいなあれは、着脱可能だったのか……。
「ゆ、指がぁ! うちの指が、あぁ、もう、もたんのじゃぁああああああああ!!」
スポーーンッ!
なんて音はしないが、しつこい毛根をぶち抜いたかのように、いや、絶叫しているからロケット花火のようにか、うーちゃんの体が一直線にあーちゃんに向かった。
「さぁ! お待ちかねの罰ゲームよ! 歯を食いしばりなさい!」
「いやぁぁぁぁ、ケツは! タイキックは嫌なのじゃあ!」
あーちゃんはバッターボックスに立ったかのように、蹴りつける構えをとる。
そして、その時が。
――あれ?
結論から言うと、うーちゃんは蹴られていない。
蹴ると見せかけてしゃがんで、その上空をうーちゃんは通過して行った。
つまりは。
「ウカー! あんたのことは忘れないわー!」
「あぁ、なんて愛おしや、ウカ様」
「ちょ、せめて止めてくれなのじゃぁぁあああ!」
ミサイルのように涙が後を引きながら、うーちゃんは彼方へとすっ飛んで行った。
鋭爪憑狐を残しながら。
それにあーちゃんは近づき、ヨイショと引き抜く。
「これ、取れたのね。知らなかったわ」
――いや、お前も知らなかったんかい。
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