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第玖記 白炎と蒼炎

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「おばちゃま達ばかり、お菓子食べててズルいのじゃぁ……」


 戦場から頬を膨らませ、批難の声を上げるうーちゃん。

 どこから烙の攻撃が来るのか分からないのに、警戒はほぼしていないように見受けられる。


「戦いながら食べれるやつはーっと。そうねぇ……ウカ、棒付きキャンディーとかどう?」


 何を言っているのか分からないと思うが、あーちゃんが手をかざすと、何もない空間に先の見えない黒い穴が開き、その穴の中をまさぐって取り出したのが棒付きキャンディーだった。

 袋からキャンディーを外すと、それをうーちゃんに向かって投げ、それを器用に口でキャッチした。


「んおッ! プリン味ではないか! おばちゃま分かっとるのう」


 尻尾をフリフリさせ満足げなうーちゃんだ。

 そして、手を二回打つと、鼠を狩り尽くした眷属一同らは白煙と共に去った。


「ちょっとあーちゃん、その穴どうなってるの?」


 世にも奇妙なことをしている現場監督者に、カメラを向け、尋ねる。


「え? 荷荷護之空倉ににまもりのからぐらだけど?」


 そんなことも知らないのと言わんばかりに首を傾げ、さも当たり前のことをしているのだと主張された。

 ここは同じ神である、よっちゃんに解説を願わねばと、カメラを向けて、尋ねる。 


「はい、うー様も私も同様の空倉を持っております。先程のうー様の例だと、取り出したい物のイメージが明確なら、手をかざして頭の中に思い描けばすぐに取り出せます。逆にイメージできない場合は空間に直接穴を開けて確認して取り出すことになります。これが今のあー様の例ですね」


 まるでゲームのチュートリアルのような丁寧な説明に、つまり、ゲームの異空間倉庫みたいなものだと納得した。

 だが、ここで一つの疑問が生じた。

 何故うーちゃんは、かます余裕があるのにお菓子を出さないのかと。


「それなら、何でうーちゃんは自分で出さないの?」


「あの子のことだから簡単に食べられる物持ってきてないんじゃないの?」


「いえ、うー様も何かしら持ってきているはずです」


 みんな言われてみればといった返答である。


「うーちゃん何で自分のお菓子出さないの?」


 直接本人に聞いてみた。


「はぁ……煌よ。そんなの聞くまでもなかろうて。ウチはゲームでも最後までアイテムは無駄にとっておく派じゃろ? そういうことじゃ」


 ウインク混じりに返答するうーちゃん。

 でも、分かる気がする。

 特に使わないアイテムだとしても売るのとか使うの渋るのは、恥ずかしながら俺も同様である。

 後は、修学旅行の時なんかも、何故か後半なのにお菓子の減りが少なくて、帰ってきたのにお菓子が余ってるなんてあるあるだ。


「お、やっと烙に動きが出てきそうじゃぞ。煌、今から面白い余興を見せてやるのじゃよ」


 そう言うと、うーちゃんは目を閉ざした。
 その代わりに耳だけがキョロキョロと四方を見る。


「今から見せるのは神の力というよりも、狐本来の――」


 説明が終わる前に天井に穴が開く。
 そこから高速に回転しながら烙は迫る。
 うーちゃんはそれをひらりと避ける。
 烙はそのまま地面の中に姿を消した。

 その烙の姿はさながら、掘削鼠花火だ。


「そうじゃ続きじゃな。狐本来の力を見せるのじゃ」


 縦横無尽に岩から出ては襲い掛かるを繰り返す烙の攻撃は全て当たらない。

 上から出てきた時に副産物として生じる落石も妖炎鎧狐ようえんがいこに守られているため、当たる前に塵と化す。


「さて、そろそろウチの番じゃな」


 そう言うと、岩盤を蹴りつけ何の変哲もない壁まで瞬時に移動するうーちゃん。

 そして、そこから飛び出してくる烙を思い切り蹴り飛ばした。

 宙を舞った烙は浮きながら体制を立て直しまた壁の中に逃げる。


「次は上じゃ!」


 耳をまたキョロキョロさせ狙いを定めて飛び上がると、上から烙が姿を現す。

 それを体をひねった強烈な裏拳で弾き飛ばすうーちゃん。

 ま、さ、に、リスキル。


 説明しよう。

 リスキルとはリスポーンキルの略で、敵の復活地点を先読みし復活を待って殺す技である。

 ゲーム上これをされたプレイヤーは為すすべなく殺されるため、あまりのイラつきで中には自身のコントローラーを破壊する者も現れるほどだ。

 もちろん、ゲーム上批難の対象になる。
 故に、禁じ手の一つである。


 ふと、FPSゲームのうーちゃんのプレイスタイルにも合点がいくことに気づいた。

 うーちゃんはいつも単騎で戦場のど真ん中に乗り込むのだが、ほぼ死なない。

 理由として、あーちゃんのスナイパーによる加護もあるからだとは思うが、その目が行き届かない物陰から不意打ちを狙う輩もいる。

 仮にそれがうーちゃんの死角からでも、後ろに目があるのかと言わんばかりの驚異の反応速度で処理するのだ。

 他の二柱はヘッドホンに対してうーちゃんはサラウンドスピーカーを四方に置いて常にレーダーのように耳をキョロキョロさせていた。

 前に『音があれば目なぞ不要』と言っていた意味はこういう事かと理解した。


 リスキルを数発浴び、ボロボロになった烙は地に伏した。

 そこをうーちゃんは踏みつける。

 その表情からは、久しぶりの実戦に胸が躍り恍惚の境地に至る様が見受けられる。


「なんじゃ? もう終わりかのぅ? ウチはまだ目も開けておらんのに……。そち、守護者なのに弱すぎなのじゃ」


「……うぅ……」


 容赦の無い無慈悲な罵倒に、烙も苦悶の表情を浮かべる。

 絵面だけなら完全に悪役はうーちゃんである。


「そろそろ本番のあれが見れる頃ね。トヨ」


「はい。楽しみにございます」


 二柱はいつの間にかその場に似合わないキャラクターもののレジャーシートを広げてお茶を飲んでいた。

 どこからどう見ても烙のエンドな状況で、二柱が何を言っているのか俺には理解できない。


「ウカは知っててやってるのか分からないけど、とりま、煌もレジャーシートの中に入って」


 寝転ぶあーちゃんは、俺にレジャーシート内に入るように手招きしている。


「いいよ、俺はここでも」


「そこにいると、とばっちり喰らって死ぬよ? はよして」


 少しだけ頬の引きつったあーちゃんに言われるがままに、俺は場違いの領域に踏み入れる。

 俺のログインを見届けたよっちゃんは宙に手をかざす。


天之豊瘴國護之杖あまのほうしょうくにまもりのじょう!」


 手には胸くらいの高さで、翠と紫の螺旋状に折り重なるデザインの杖が握られていた。

 そして、よっちゃんは続ける。


壱之関いちのせき! 鳥籠とりかご!」


 レジャーシートを中心に岩盤に五芒星が浮かび上がる。

 まるで透き通った薄い絹のような、カーテン状のものが地から天井まで延び、内外を隔てた。


「え? こんな薄い膜みたいなので、そのとばっちりを防げるの?」


 欠陥住宅かよ、ってくらい心もとない紙一枚以下の加護の膜に懐疑の念を抱き俺はよっちゃんに質問した。


「はい、耐久性は問題ないですよ。これを破る火力の目安は……そうですね。現時点の、うー様の鋭爪憑狐えいそうひょうこの攻撃くらいなら問題なく耐えられるはずです」


 よっちゃんの顔は、ゆとりの文字が書いてあるくらい穏やかだ。

 まぁ……守護神として実績のある、よっちゃんが言うならと己に言い聞かす。


「さーてと! 第二ラウンドの始まりよ!」


 あーちゃんはムクッと起き上がると、あぐらをかいて煎餅を貪る。


「ほいじゃあ、そろそろ終いにするかのう。死ねい!」


 うーちゃんは足をどけると白く輝く大爪で、空を裂き、唸りを上げて烙に振り下ろした。

 絶体絶命の烙を岩盤ごと貫いたのか、砕けた破片が四方に大きく飛び散り砂塵が舞った。


「……なんじゃと!?」


 うーちゃんが貫いたのは足元の岩盤だけでそこに烙の哀れな姿はなく、その代わりに、砂塵の奥から白く揺らめく光が見えた。


「出たわよ! あれが烙の本気、窮鼠神降之御姿きゅうそかみおろしのみすがたよ!」


 うーちゃんの正面には白炎に煌めく毛並みを逆立てたさっきまでとは雰囲気も姿も別人……いや別鼠の烙が睨みを利かせ臨戦態勢をとっていた。


「ほぅ、神化かんばけとな。まだまだ、そちとは楽しめそうじゃな。ニシシ」


 うーちゃんは不敵に笑うと舐め終えて咥えていた棒をプッと吐き捨て、身構えた。


 白炎の神々しさを放つ烙と、妖艶な蒼炎を纏いしうーちゃん。

 まだ第一階層なのに、烙の隠し玉のせいでラストバトルのようにしか俺は感じなかった。

 もちろん敵はうーちゃんである。

 というか、動画の再生数及びチャンネル登録者数を増やすためだけの目的で、殴り込みに来ているのだから侵略と大差ないじゃないかと改めて罪悪感を抱く俺であった。


――次回、神化の強さ――
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