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第捌記 穿岩の火鼠

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 高天原に着いてすぐ、あーちゃんは俺にカメラを回すよう指示してきた。
 カメラを準備しながら周りを見渡す。

 地面は雲、観光地化された神社の付近のような街並みが広がり、八百万の神々がワイワイと戯れている……そんな俺のイメージはそこには無い。
 玄関口の役割を果たしていると思われる浮島に橋がかかり、その手前には大きな鳥居が、橋の向こうの浮島には高層ビルに匹敵するくらい縦長の建造物が雲を貫いて
いた。

 スタンバイが終わると、待ってましたと言わんばかりに最高神直々にガイドを始める。


「えー、目の前に見えますわー、高天原正宮ー、全五階層からなりますー、各フロアにはー、階層守護者がおりー、侵入者の排除に勤めておりますー」


 よくいる棒読みバスガイド風な案内に一同苦笑い。
 ここで補足があると、うーちゃんは言う。


「この鳥居が神域への境界線なのじゃ。ここをまたぐと面白いものが見れるでの、ニシシ」


 その言葉に偽りはないと言わんばかりに、残り二柱も首を縦に振る。
 鳥居の前で待つように指示されると三柱は鳥居をくぐってみせた。

 目の前で起こるありえない現象に俺は目を見張る。


「どうですか?」


「煌! これが本来の」


「ウチらの姿なのじゃ」


 三柱とも、中学生くらいの見た目から高校生くらいの容貌に変化した。
 時々、ゲームで負けた際に現世では力の半分も出していないとか厨二臭い発言をしていたが、まさかそれが本当だとはこの時まで全く思わなかった。

 あーちゃんが手招きするので俺も鳥居をくぐろうと歩を進める。
 俺にもワンチャン変化とか起こらないかなという淡い期待が胸を膨らます。


 ――結果はもちろん、何ともなかったが。


 少しだけ、ほんの少しだけだが……ガッカリした。


「待って、みんな服なんとかしよって。目のやり場に困るんだが……!」


 各々中学生サイズでピッタリだったのが、色んなところが成長しているせいで、その……はだけているのだ。


 ……特にうーちゃんが。


「あれぇ? ウカ、なーに生意気なモン二つもでっかくしてんのかなぁ? どーれおばちゃんが成長を確かめてあげようじゃあないか!」


「やめるのじゃ! 今はちょっと張ってて敏感だからダメなのじゃ!! ……ダ、ダメだと……言うとる……の……じゃぁ……」


 いつものように陽と狐は戯れるのだが、そこに可愛さは感じられない。
 あーちゃんが後ろを取って、まるで水風船のようにパンパンに張ったそれをいじくり回す度に、振りほどこうとするうーちゃんの露出は激しさを増す。



 そこにあるのはシンプルなエロ。
 アニメで言う完全サービス回。
 童貞の目には、毒だ。


 流石に俺の目もカメラもそっぽを向けざるを得なかった。


 よっちゃんはいつの間に着替えたんだろうという早業で身なりにあった服装になっていた。

 流石は豊穣神。
 服の上からでも分かるパイ乙の圧倒的戦闘力である。


「フフフ、お二人は仲が良いんですから」


 と、口元に手を当てて笑う姿はまさに気品の代名詞。
 人がイメージする最もありがちな神の見姿だろう。


 ちなみにあーちゃんも決して小さいわけではない。


 二から三になったのがあーちゃんだとする。
 うーちゃんが一から四になったせいで、あーちゃんの成長がまるで無かったかのように見えるだけである。


 じゃれあいが終了すると三柱と一人は意気揚々と正宮内へエリア移動をした。


 ――第一層は岩窟だ。


 何を言っているか分からないと思うが、扉を開けた先に待っていたのは室内ではなく、端から端までどの程度あるのか分からないくらい広大な岩室だ。
 部屋自体は恐らく暗闇なのだが、所々にある燭台に灯るロウソクの灯りと、多数に点在する怪しく輝く鉱石の2種類の光源があるので、それなりに明るい。

 あーちゃん曰く、室内はそれぞれの階層守護者に有利に働く地形になるように、また、二層までは神使の動物に守らせ、万一の際のため三層以降は交代勤務で神様が守っているらしい。
 普段は弱小な妖魔が来るか否かだが、禍神まがつかみのような大物が数百年置きのペースで現れ、襲われると神使の動物達では為す術がないからだ。


「さぁ、来るわよ第一階層守護者。穿岩せんがんの火鼠、らくが!」


 すぐに奥の暗がりから、まるでボーリングのピンを倒さんとばかりに。

 勢いよく。
 ストレートに。
 火だるまが突っ込んでくる。

 それは俺達の手前で急停止すると、バフッとした音ともに炎塊の中から真っ赤に燃える毛並みを持った俺の腰の高さくらいの鼠が現れた。


「天照様、お久しぶりでしゅ」


 喋る鼠……完全にファンタジーな世界観の生き物に俺の心は躍る。


「今日は如何なる用事で参られたのでしゅか?」
 

「キミらの実力を試そうと思ってね。こっちは殺す気でやるからそっちもあたしたちを殺しに来なさい。万が一どっちかが死んでも例によって何とかなるから気にしなくていいわ」


「……うーんと、稽古をつけてくれるって事でしゅか?」


「少し違うけど。まぁ、そんな感じ! 細かいことは気にしない!」


「なるほどでしゅ。有事の際にはあの方が何とかしてくれるのでしゅね。それならこの烙、遠慮無しで天照様達の排除に勤めるでしゅよ!」


 烙が合図をすると、どこからともなく千匹近くの膝まではいかなくても、それなりの大きさの鼠が烙の周りに黒い絨毯を広げるように湧いた。


「向こうが数で勝負なら、ウチが相手するのが良かろうな。おばちゃまとよっちゃんは見ておればいい」


 うーちゃんは自信満々で前に出る。
 その後ろ姿はゲーム内のうーちゃんのように、カッコいい。 


「そうよのう、そちが千匹ならウチは……万匹でどうじゃ ? 天仙狐招現笛あめのせんこしょうげんてき!」


 ニヤリと頬を上げ、意気揚々と空中に手をかざすと、白を基調に朱色が混ざる1本の横笛が手の中に収まった。


「集え集えッ!! ウチの求めに呼応するのじゃ!! 天奏あまかなで『仙狐万来』」


 うーちゃんの吹く笛は、どこまでも透き通るかのような高い音色を奏でた。
 それらが岩窟内を反響し、まるで映画館にいるかのような立体音響を作り上げる。


 三十秒程の独奏の後、辺りは一瞬白い煙に包まれた。


 煙が晴れた眼前には優に千匹なぞ目もくれない白狐の大群が出現した。


「ほれ、皆の衆。ウチが用意したエサじゃ。存分に喰らうがよい」


 白狐らによる歓喜の雄たけびは岩窟内をどよめかす。 


「宇迦様、もちろんこれだけじゃないでしゅよ? 簡単に食べられて階層守護者はやれないでしゅ。武装、火鼠の衣でしゅ!」


 烙の周りを覆っていた黒い絨毯はメラメラと赤色へと変化した。


「さぁ、どうぞでしゅ! この燃える鎧に牙を穿ち、爪を立て、我々を絶滅させられるでしゅか!」


 幾多の侵入者を防いできただけあって不利な相手にも関わらず自信に満ち溢れている。
 動じるどころか挑発までかます火鼠こと、烙だ。


「ほぅ。確かに炎を纏われていては食べることはできないのじゃ……通常の相手ならのう」


 白狐の総元締めこと、うーちゃんはその何百何千年の防衛歴の自信を嘲笑う。


「そちに相応しい言葉をくれてやるのじゃ。そちのは自信じゃのうて……自己慢心っていうのじゃよ!」


 ビシッと指してカッコよく決めるうーちゃん。

 撮れ高を気にしてチラチラとこっちを見なければ文句は無いのだが……と、心の中で突っ込む。


 うーちゃんは一番近くに居た白狐に触れる。
 その白狐が隣の白狐に尻尾で触れるとその白狐もまた隣と尻尾の架け橋で繋がった。


妖炎鎧狐ようえんがいこ


 万匹の白狐を覆うは蒼炎に煌めく狐火の鎧。
 赤く染まった絨毯からはチューチューと驚きの声があがる。


「火にも温度があってのう。蒼い方がより高温なのじゃ」


 蛇に睨まれた蛙……いや、蒼炎狐に睨まれた赤火鼠は完全にビビり腰だ。


「さぁ喰らえッ! バチコリ喰らい尽くすのじゃ!」


 津波のように一瞬のうちに迫りくる、圧倒的数の暴力の前に岩窟内は生臭い赤で染まりだす。
 うーちゃんはその隙に天仙狐招現笛を再度吹く。


「天奏『鋭爪憑狐えいそうひょうこ』」


 うーちゃんの両手両足を白い気が満ちる。
 次第に、大きな爪を形どった。


「これでは動きにくいのう……そうじゃ! アニメみたいに変身してみようかの!」


 白い光に包まれたうーちゃんは、巫女服を基調とした現代風の肩出しオーバーニーでちょ~っと露出多め、動きやすそう且つ自身のチャームポイントでもある耳と尻尾、つまりは野生っぽさを魅力的にアプローチできる衣装に身を包む。


「何それ!? ウカめっちゃ可愛いんですけど!!」


「私たちも後であれ真似しましょう、あー様」


 感嘆の声が上がった。
 二柱からの評価も上々である。


「ニシシ、これだけではないのじゃ。さらに自身にも妖炎鎧狐なのじゃ」


 その蒼炎を身に纏いし白く輝く大爪はまさに美。
 蒼と白のハーモニーが神々しさに一層の磨きをかける。


「烙の元まで道を、切り開くのじゃ!」


 狐達にそう指示すると、まるで海が割れるかのように烙の元までの一本道が出来上がる。
 うーちゃんは大地を踏みしめ、蹴り飛ばすと爪痕が大地に刻まれ、砂煙が舞う。
 そして弾丸のように点と点を結ぶ蒼い直線を描き、烙目掛けて突き進む。

 大白爪が慌てる烙に襲いかかった。
 そう、狩りをするように。


 ――砂煙が収まり現場にカメラを向ける。


 だが、そこには八つ裂きにされた烙の残骸は無く、地中の圧力で鍛え上げられた屈強な岩に穴が開いていた。
 穿岩の火鼠とはこのことだったのかと俺は悟る。


 では、一体烙はどこへ姿をくらましたのか。
 うーちゃんはどこからくるか分からない攻撃を前に欠伸をかます余裕っぷりである。


「面白くなってきたわね。煌もチョコバッキー食べる?」


 あーちゃんとよっちゃんはいつの間にか呑気にお菓子を食べていた。
 その姿はさながら大会に出場中のチームメイトを見物しながら、お菓子パーティを始めるJKである。


 もっと緊張感持とうよと、無意味な突っ込みを心でする俺であった。


――うーちゃんVS穿岩の火鼠……スタート!――
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