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今世

謝罪と感謝

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「奏!」

「優司!」

護衛と憲兵を連れ、母さんたちがこちらに走り寄ってくる。

不安と心配で青褪めていた顔が、安堵の表情に、そして怒りに変わった。

―パンッ

軽くない衝撃を受け、顔が横を向く。じんじんする頬に、思わず手を当てた。

「無謀と勇敢は違うわ!今のあなたに出来ることなんて、たかが知れているの!身の程を知りなさい!」

母さんに本気で叱られたのも、平手打ちされたのも、初めてだ。

「響さん!奏に手を上げないでください!」

びっくりして固まっていると、優司が俺を背に庇った。

「優司くん、こんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい。怪我はない?」

「怪我はありません。俺は俺の意思で、奏を追いました。一方的に巻き込まれたわけではありません。ですから、奏を責めないでください」

「それでも。悪いのは奏よ。今回は運が良かっただけなの。奏には、それを理解してもらわないといけないわ」

…母さんの言う通りだ。

今回は運が良かった。

ゼロは人攫いじゃなかったけど、あの時いたのが、荒事だけでなく戦闘に慣れた人攫いだった場合、俺も、俺に追い付いた優司も、連れて行かれた可能性だってある。

俺が選択を誤ったせいで、優司まで酷い目に遭ったかもしれない。俺より容姿が整ってる優司は、もしかしたら、もっと酷いことを…。

今更、ぞっとした。

…俺が、俺の判断ミスで酷い目に遭うのは、自業自得だ。自分の実力を見誤って、首を突っ込んだ俺が悪い。

でも、関係ない優司を巻き込むのは駄目だ。そんなの、考えるまでもない。

…自分の勝手な行動で、他の人を、それも大事な親友を、危険に晒してしまった…。

「ごめんなさい」

未だに母さんから俺を庇おうとする優司に、後ろから抱き付く。

驚いたのか、少し強張っているけど、怪我がない体に、心の底から安堵した。

優司が、無事で良かった。…本当に、良かった。

「奏…?」

「…ごめんなさい…」

「俺は大丈夫だ」

「大丈夫じゃない。一歩間違えたら、優司まで酷い目に遭ったかもしれないんだ。…本当に、ごめん」

「…分かった。悪いと思うなら、今後はあまり無茶をしないでくれ」

「うん」

「じゃあ、もういいよ。この話は終わりにしよう。…いいですよね、響さん」

「…優美(ゆみ)がそれでいいのなら」

「いいわ。というより、響、ビンタはやり過ぎじゃない?」

「いいえ、そんなことないわ。奏一人だけでも許せないのに、お友達まで危険に晒すなんて、言語道断よ。これは鉄拳制裁が必要…あっ、拳骨をしてないわ」

「しなくていい。というより、しないで。ピアニストが指を痛めるなんて笑えないの。…さっき優司も言ってたけど、自分の意思で追い掛けたんだから、響が気に病むことないわよ」

「でも、優司くんは、」

「優司だからこそ、よ。…全ての言動は自己責任なんだから。子供とはいえね。―そうでしょう?優司」

「はい」

「…分かったわ。優司くん、優美、本当に、ごめんなさい。奏にはよく言い聞かせておくから」

「あまり奏を―むぐっ」

「こら、人様の家庭に口を出さない。―程々にね。奏くんは反省も怪我もしているし、優司は無傷だし。ビンタで終わりにしましょう」

「ええ…」

「奏くんも落ち込まないで。怪我は大丈夫?」

「はい。…優美さん、ごめんなさい」

「いいのよ。二人が無事で、良かったわ。…奏くんは無事とは言い難いけど」

「話はいいから、帰ろう。奏の怪我を手当てしたい」

「そうね。頬も冷やさないと、明日腫れちゃうかもしれないし…ねぇ、響?」

「あら。女の子じゃないんだから、頬っぺたが腫れるくらい、平気よ。ね、奏?」

「う、うん」

母さん、まだ怒ってる…。

…一度も怒らせたことがないから、どうしたらいいか、分からない…。

とりあえず、逆らわないでおこう。

悪いのは俺だし。

「…奏、響さんは二度と怒らせないようにしよう」

「そうだな…」

母さん、怒ると結構激しいんだ…知らなかった。

…そうか。俺が母さんについて知ってることなんて、あんまりなかったんだろうな。

七年と三年、約十年しか過ごしていないんだから。

…これからも、俺の知らない母さんを知ることができるかな。

「母さん。危険なことをして…心配かけて、ごめんなさい」

「奏…。…私も、ごめんなさい。…あなたたちが無事で良かった…本当に」

母さんにぎゅっと抱き締められた。

…肩が冷たい…。

叱られたことより、叩かれたことより、泣かれたことが一番辛い。

…心配かけて、ごめんなさい。心配してくれて、ありがとう。

俺も母さんにぎゅっと抱き付いた。


―その後、母さんと手を繋いで、ゆっくり歩きながら、みんなで宿泊しているホテルに帰った。

ちなみに優司は抵抗してたけど、優美さんが強引に手を掴んで…繋いでいた。



風呂から上がった後、お医者さんに手当てをしてもらい、夕飯までゆっくりしようと、ベッドでゴロゴロしていたら、優司が部屋に入ってきた。

ちなみに、ホテルの部屋は優司と同室だ。

母さんたち曰く[たまには二人きりで話したいことがあるの。それに、こういう機会は滅多にないから、奏も優司くんと色々お話してみたら?][そうそう。色々話し合って、もっと仲良くなってほしいわ][ふふっ。そうね。奏、優司くんと仲良くね][優司、これはチャンスよ。頑張りなさい]とか何とか言ってたな…。

優司と同室とか、社を思い出す。全寮制の男子校で、約四年間、同室だったんだよなぁ…。懐かしい。

「奏」

「うん?」

うわ、なんて顔をしているんだ。

そんなに落ち込むことがあったのか、優司。

あっ、俺のせいで、優美さんに叱られたのかな…。とばっちりが酷い。

話を聞こう。聞いて謝ろう。

すぐに体を起こして、俺が「どうした?」と聞く前に、優司が「おや?」という顔をした。

「…平気そう、だな?」

「え、何が?」

あれ?お前も、さっきより、平気そうだな。

「いや…。顔の切り傷、一生残るって言われたから、多少気にしてるかと…」

少し戸惑いながら、手当てされている俺の左頬を見て、優司が呟く。

ああ、何だ。そんなことか。

強打してできた背中の痣と、ナイフを押し付けられた首の浅い傷は、綺麗に完治するけど、深く切り付けられた頬の傷だけは一生残る、とお医者さんに言われていた。

「別に。気にならないよ。…まあ、他の人がこの傷を見て、気になるようなら、絆創膏で隠そうかな、とは思ってるけど」

「…そうか。俺は気にならないから、隠さなくていい」

「ありがとう」

優司には言えないけど、前世でも体に傷は残ってたから、気にならないんだ。

顔ではなく背中で、切り傷ではなく刺し傷だったが。

そういえば、彼方と楓はやけに気にしてたな。

[この傷を付けた人間、出来ることなら、僕が殺してやりたかったです…。僕の坊っちゃんを刺した挙げ句、傷痕までなんて…。忌ま忌ましい]

[彼方と会う前のことだから、無理だよ。…あと…父さんが、その人…多分、酷い目に遭わせてる…と思うから…あの、終わったことだ]

[兄さんの綺麗な白い肌に、刺し傷が残ってるね…。本当に腹が立つけど、少し複雑なんだ。…兄さんの僕への愛が、見えて、分かる、傷痕だから。…迷わず僕を庇ってくれて、嬉しかったよ。でも、手術中も、術後も、いつ死んでもおかしくなくて、ずっと怖かった。…あんな思いは、二度としたくない。たとえあの頃と似たような状況になっても、今度は庇ったりしないでね]

[うん…分かった(ごめんな、楓。俺はきっと、何度でも、同じことをする。お前を守りたいんだ。…お義母さんの分まで)]

傷痕一つくらいで、どっちも気にし過ぎだったけど。

彼方に至っては、あいつの方が傷痕凄かったし…。拷問と薬物に耐性つける為に色々された時の傷だって言ってたな。

…気分が悪くなってきた。

「奏、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「うん…大丈夫」

気を紛らわせたいな。

あ、そうだ。

「優司は猫アレルギーか?」

「えっ。いや」

「猫は苦手?」

「好きだよ」

「…じゃあ、触る?子猫だけど」

「触りたい。けど、急にどうし…あっ」

不思議そうにしていたが、思い当たったのだろう。

「……いいのか?」

「いいよ」

「奏…。本当に?本当に、いいのか?」

「う、うん」

「…ありがとう…。嬉しいよ」

優司が物凄く喜んでる…大歓喜といっても過言ではないくらいだ。

そ、そこまで期待されると、困るんだけどな…。

さっき、優司は俺を元気付ける為に、獣化を見せてくれて、しかも触らせてくれた。

だから、そのお礼に、俺も獣化しよう。

優司が猫好きなら、ちょうど良かった。

…社が猫好きだったから、優司も好きだろうな、とは思ってたけど。

「……」

半獣状態はあっても、完全に獣化するのは初めてで、少し緊張する。

どうすればいいのかは本能で分かるから、問題なく変化できるはずだ。

「うわぁ!可愛い!」

目を閉じて数秒後、優司の歓声が聞こえた。

…そんな無邪気な声、出せるんだな。ちょっと可愛い。

「みゃあ(優司)」

…ああ、ここから出たくないな…。

自分が着ていた服の中に入ったまま、頭だけを出している状態みたいだ。

狭くて、自分の匂いがして、安心する…。

服の中に隠れたい。そうしたら、暗くて、もっとリラックスできる、と本能が告げている。

「奏。抱っこしてもいいか?」

「みゃ。ふみゃあ、みゃ~(やだ。もうちょっと、ここにいたい)」

「…プイッてされた…。可愛いから、いいけど。…とりあえず、頭は撫でていいかな?」

「みゃあ(どうぞ)」

そっと近付く優司の手を、伏せたまま受け入れる。

なでなで。なでなで。なでなで。

「みぃ…(気持ちいい)」

温かい手に優しく撫でられて、心地いい。

「もっと触っていい?」

「みゃあ(いいよ)」

もぞもぞ。

…む。動きにくい。

服の中から出て、起き上がると、世界が違って見えた。実際に一変したんだろう。

まず、全部大きい。本来は同じ背丈の優司が巨人だ。

「みゃ~(いい匂いがする)」

あと、嗅覚と聴覚が、人間の時より、格段に良くなっている。身体能力も、ちゃんと猫だ。

風呂上がりの優司から、いい匂いがする。

「みゃー?(乗っていい?)」

言葉が通じないことは分かっているけど、優司の膝を前足で軽く叩いて、一言かける。

「あ、乗る?はい、どうぞ」

正座してくれた優司の膝に乗ると、俺は丸まった。

「みゃあ(触っていいよ)」

「いいよ、かな?ありがとう、奏」

なでなで。こしょこしょ。すりすり。くにくに。

頭に、顎下に、額に、耳に、次々と触れてくる。

「んみゃぁ…ゴロゴロゴロ…ふみぃ…ゴロゴロゴロ…」

あまりにも気持ちが良くて、甘えたような声が出た。勝手に喉も鳴る。

というより、触るの上手いな。凄い気持ちいい。

「ふふ、可愛い」

気持ち良さに、いつの間にか閉じていた目を開けて、優司の顔を見上げると、視線だけで蕩けそうなほど甘い瞳で、俺を見下ろしていた。

「みゃあ(機嫌いいな)」

流石猫好き。気持ちは分かる。動物最高だよな。残念ながら、俺は獣人だから、本物の猫とはちょっと違うけど。

「みゃぁ~、みゃ、みゃ~(今日はごめんな。それと、ありがとう)」

優司の手のひらに頭をぐりぐり押し付けた後、鼻でちょんとキスをする。

「奏…!」

ごめんね、ありがとう。その気持ちが伝わったのか、優司がとても嬉しそうに笑った。

「…本当に、可愛いな…」

…あ、れ?

なんか、目と声が、めちゃくちゃ甘くて、顔も、とびっきりの笑みが浮かんでいる。

なんていうか…上機嫌というよりも、幸せを噛み締めている感じだ。

この、目を、声を、顔を、俺は知っている。

…彼方と付き合うことになった時、と似てる…。

え?

飛び上がるようにして、優司の膝から降りる。

驚きで、反射的に体が動いた。我ながら俊敏で、猫らしい動きだった。

「優司」

「奏?」

「獣化って、なんか意味あったりする?」

まさか。獣化に意味なんかないよな。考え過ぎだろ。そうに決まってる。じゃないと、優司が俺に見せるわけない。

「え?…えっ、奏、知らないのか?」

びっくりして目を丸くする優司は、レアだな。

いや、そんなこと、今はいい。

「えっ、あるの?ほんとに?」

「ほ、本当に、知らないのか…。―あ!」

呆然としていた優司が慌てて顔を背けた。手で目を隠している。

「奏、服を」

「ん?」

頬が赤くなった優司を見ていると、

「くしゅんっ」

くしゃみが出た。

ちゃんと顔を背けて、手で覆ったから、優司に被害はない。自分の反射神経に感謝。母さん、父さん、ありがとう。

…寒い。

「まずは、服を着るんだ。春とはいえ、風邪を引いてしまう」

「…そうだな」

俺は全裸だった。

混乱していて、気付かなかった…。

「……」

社だけじゃなく、優司にも、全裸を見られたな。

こんな嬉しくない偶然、あるんだ…。

お互い、気不味いだけで、良いことないのに。

―ああ、いや、社は[これがラッキースケベ…なんて罪悪感だ…]って、喜んだり落ち込んだりしてたな。

酒の席で、[あの時よりも前から、雪見が好きだった]とか珍しく酔ってた社に言われたな。

ん?優司のリアクション、まんま社と一緒だったんだけど…。

「…これがラッキースケベ…罪悪感で胸が痛い…」

に、似たようなこと言ってる!

…嫌な予感がする。

[坊っちゃんは、意外と迂闊…いえ、無防備なので、言動には気を付けてくださいね?特に、心を許した相手だと、それが顕著ですから]

…彼方。お前の忠告を、また無駄にしてしまったかもしれない…。

黙々と服を着ながら、俺は遠い目をした。





皆様お久しぶりです。

…いつの間にか、約半年も経ってました。

時間の流れは早いですね(白目)

やっと筆が乗ってきたので、今のうちに書きます!(残念ながら、出来が良いとは言えませんが…頑張ります)


奏、響は怒らせたら面倒だぞ!(今更)

可憐な見た目に反して、意外と激しいよ。普段のおっとりした性格も、どっかいく。

滅多に怒らない人だから、怒らせたらヤバい。

といっても、愛情故になので、ただキレることは絶対ないですが。

ちなみに、要(父親)もビンタされたことあるよ。

初めてのビンタ(父)、久しぶりのビンタ(息子)…響が人をビンタしたのは、たった(?)二回だけだよ。やったね(苦笑)


そして。優司。

相変わらずテクニシャン…。

実は、作中で一番のテクニシャンです。

流石、将来は「色気の権化」「色気の暴力」「男…いや、雄フェロモンダダ漏れ」「声で孕む」「流し目で腰が砕ける」「じっと見つめられて、耳元で囁かれたら、老若男女問わず落ちる」「男も女…いや、雌に変える男」云々、言われるだけあるわ。…童貞なのに、言われたい放題だな。

一途過ぎて、初恋の人(奏)と結ばれなかったら、一生童貞(勿論処女)なんだよなぁ…社も優司も。

フェロモン男子のせいで、みんな(奏含む)脱童貞してると思い込んでるけど。

テクニシャンな童貞…。矛盾してるけど、そこも天才なんです、この子。…ああ、無駄なスキルって言わないでください。否定できない…。

あと、すまんかった。

糠喜びさせて…。

いや、ほんとにすまんかった。許して。

次回は君の話だ!

…はい、優司のエピソードは次になります(前回で次とか言ってたのに…すみません)


奏!もふもふさせろ!

子猫特有の甲高くて可愛い声、大好きです。

「にゃ~」じゃなくて、「みゃ~」なところとか、最高です。

可愛い。好き。


優司が奏を撫でるシーン、他にも考えていたんですが、長くなる+ぐだぐだになるので、ボツにしました。

色々カットしたり、ボツになったり、文章(いや、表現か?)が下手なせいで、書きたい部分を書くのに、時間がかかります…。

ああ~、上手になりたい!

今ハマってる二次創作漁りたい!小説沢山読んだら、上手く書けるようになったりしないかなぁ。

…しないな。私活字中毒で、毎日小説読んでるもん。

読んで上達するなら、とっくにしてるわ。

…地道にコツコツ頑張ります。

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