俺とお前、信者たち【本編完結済み/番外編更新中】

知世

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本編

それでいいのか

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「だめ…?」
驚いた顔で、こちらを見てくる書記。
俺は一度頷いて、言葉を続けた。
「俺も進藤くんも、湊先輩と、ずっと一緒にはいられません」
仮に、大学まで過ごしたとして―峰巒(ほうらん)学園は小・中・高・大のエスカレーター式だ―大学卒業後はそれぞれ違う進路がある。
書記は叶家の道場を継ぐんだろう?
その為に、鍛練してきたんじゃないのか。
「気持ちは嬉しいです。だけど、俺達以外いらないなんて、間違ってます」
本当に大事なら、心を鬼にして、間違いは指摘しないといけない。
この際、嫌われてもいいから、思ったことを全部伝えよう。
じゃないと、書記はいつまで経っても成長できない。
「俺達がいなくなったら、どうするんですか?」
俺達だけいたらいいっていうのは、いつか一人になることなんだぞ。
「一人で生きていくつもりですか」
そんなの無理だ。
「人間は、一人では生きられません。困難だから、という理由もありますが…一人は、寂しいものですよ」
一人で生きるのは、難しい。何より、本当の一人きりは寂しいもんだぜ?
胸が、痛む。あの頃を思うと、いつもそうだ。……俺の過去はどうだっていい。
今は、目を潤ませて、泣き出しそうな書記が最優先だ。
「―だから、そんなこと…俺達以外他は何もいらないなんて、言わないでください」
不安げに、瞳がゆらゆらと揺れている。
「大丈夫です。俺だけではないですよ」
安心しろ。俺だけじゃねぇから。
柔らかく微笑みかけて、頭を撫でる。
「湊先輩を大切に思ってくれる人は、きっと他にもいます。…その人たちを、大事にしてください」
「…いない」
こら、決めつけるなよ。
「いますよ」
「……いない」
…結構頑固だよな。
「どうして、いないと思うんですか?」
「…今…いない」
「そうやって決めつけているからですよ」
「……」
「例えば、親衛隊の人とは話していますか?」
「…ない」
「話してみてください。そしたら分かります。湊先輩のこと、大切に思ってくれていますよ」
書記の親衛隊は良い人や優しい人が多い。一部を除いて、ほとんど温厚な人間の集団だ。
調べ物のついでに確認したから―偶然、目に入っただけだが―間違いない。保証する。
「でも…。俺…奏…いい」
…この野郎。
いくら好かれてても頑固すぎると、嬉しい通り越してイラッとするな。
「…ずっと、そうしていくんですか」
あ、ヤバい。
「自分の気に入ってる人とだけ付き合っていくんですか?…甘えるのも、大概にしろよ」
…抑えられない。
「いつまでも甘えてんじゃねぇぞ…勝手に決めつけて、一生狭い世界に閉じ籠るつもりか?」
「か…奏?」
「まともに向き合ったこともねぇくせに、決めつけんな!いっぺん話してみろ!じゃないと…いつか一人になるぞ。それでいいのか?」
「っ」
書記は目を見開いていたが、一喝すると、真一文字に口を結んだ。
「…すみません、熱くなりました」
仮にも先輩だった。
「先輩、さっき言いましたよね。進藤くんが初めて言いたいことを分かってくれて、嬉しかったって」
「…うん」
「本当に一人で良かったのなら、そう思いませんよ」
「……」
「少しずつでいいんです。ちゃんと、人と向き合ってください」
「……」
「湊先輩のことを分かってくれる人は、他にも絶対います。…それだけは、忘れないでくださいね」
最後に、もう一度頭を撫でた。
いつからだろう、ブラックはいなくなっている。
俺が怒鳴ったりしたからか。…ごめんな、ブラック。
静かに立ち上がった時、手首を掴まれた。
…なんか、前にも手首掴まれたよな。
「俺…」
「……」
「俺…変わる…」
「……」
「変わる…人…向き合う…話す…」
「そうですか」
…うん、良かった。
一人にするの、心配だったんだよ。
「だけど…奏…いない…嫌…」
…ん?
「俺…一緒…いたい…」
…書記、俺の話聞いてた?
「一緒…いて…」
…そう言われても。
「お願い…」
…どうしようか。
「奏…」
切ない声で名前を呼ばれて、腰に抱き付かれる。
「……」
……降参だ。
捨てられた子犬の目で縋られたら、断れるわけがない。
断ったら罪悪感半端無いし、というより、人でなしだろ。
俺、人でなしではない…はず。
そもそも犬は無下に出来ないし、しない。
…俺の負けは決定してたな。
小さく溜め息を吐いて、頭を撫でる。
一応降参の合図だったんだけど、気付いたみたいだ。
「…ありがと…奏」
書記はとても嬉しそうに笑って、俺の腹にぐりぐりと頭を押し付けてきた。…甘えてるのか?
とりあえず、もう一度頭を撫でた。
その時。
「あーーっ!!!湊!!」
突然、馬鹿でかい声がした。
…出たな、諸悪の根源。
でかすぎる声に驚いたのか、腰へ回された腕に力が込められる。そして、離れていった。
「こんなところにいたんだな!!あっ!!奏!!奏もここにいたのか!?」
進藤は駆け寄ると、大声で話し出した。
…うるせぇ。
頭が痛くなるほどの声量に、内心苛立つ。
「奏も湊も、何で俺といないんだよっ!!勝手に離れたらダメだろ!!」
俺も書記も、お前の所有物じゃねぇぞ。
「…ごめん」
悪くないのに何謝ってんだよ。
「謝ったから許してやるよ!!」
お前は何様だ。
「進藤くん、どうしたの?」
にこりと微笑んで、問いかける。
…どうせ、構ってほしいだけだろ。
「この学園無駄に広いだろ!!探検してたんだ!!」
「探検?楽しそうだね」
授業サボって、遊びまくってんのか。
…そういや、今何分だ?
「楽しいぞ!!竜也たちとはぐれたけど、ここ見つけれたし!!」
「そうなんだ」
信者使えねぇな。こいつの足止めくらい、ちゃんとしとけよ。
…もう来れない。お気に入りの場所だったのに。
嬉々として言う進藤に、募る苛立ちを押し殺して、微笑みは絶やさず相槌を打つ。
「…愛」
うんざりしながら相手していると、書記が名前を呼んだ。
「何だ!?」
上機嫌で返事する進藤に、書記は真剣な顔で言った。
「俺…変わる…人…話す…頑張る…」
知ってほしかったんだな。
―俺には理解不能だが、書記は進藤に好意を寄せている。その相手に、自分の決意を知ってほしいんだろう。
人見知りの友達が変わる、と。
頑張って人と話す、と決意したら、普通は応援するものだ。
さて、こいつは何て言うかな?
「何言ってるんだ!?湊はこのままでいいんだぞ!!」
いや、お前が何言ってんだよ。このままでいいわけねぇだろ。
「ありがと…でも…変わる…」
よし、よく言った。偉いぞ。
「変わらなくていい!!そのままでいいんだ!!」
…やけに頑なだな?
「愛…?」
つか、怒るなよ。書記が戸惑ってるだろうが。
「湊は俺とだけ話してたらいいんだ!!」
…は?
「…え?」
俺は無表情になったが、見てみろ。書記は驚きすぎて、唖然としてる。
目の前にいるのに、見えてないのか?
「俺がいれば、それでいいだろ!!俺以外となんて話すなよ!!」
上機嫌はどこへやら。
進藤は地団駄を踏む勢いで、捲し立てている。
…このバカは、本気で言ってるから、全く笑えねぇんだよ。
「愛…。俺…みんな…向き合う…変わりたい…」
書記は呆気に取られていたが、再び話を続けた。
「何でそんなこと言うんだ!!湊は俺のだろ!!」
それ、誰が決めたんだ。
…少なくとも、書記は認めてないみたいだぜ?
「……」
戸惑いが、不安に変わっていた。
癇癪を起こす進藤を、不安そうな顔で見つめている。
「変われるわけない!!ずっと話せなかったくせに!!」
「っ!」
信じられない、と言いたげに目を見開いた書記。
進藤は叫んでいたからか、肩で息をしている。
…クズが。
取り繕う気も失せた俺は、その姿を冷ややかな目で見ていた。
「ま、愛…」
固まっていた書記が、小さな声を上げた。
「俺…。俺…」
あまりの酷さに、ショックで言葉が出てこないようだ。
「変われない…?」
書記が呟いたのと、涙がこぼれたのは同時だった。
…泣かせてんじゃねぇよ。
「変われます」
俯いて涙を流す書記を、抱き締める。一瞬びくりと動いたが、腰に腕を回してきた。
「実際に、湊先輩は変わっています。変わりたいと思えるようになりました。もう、変わってますよ。…だから、大丈夫です」
「変われないに決まってる!!ずっと話せなかったんだから、湊には無理なんだよ!!」
優しく語りかけていると、怒鳴り声に邪魔された。
…そろそろ黙れ。
仕方なく進藤の方を見ると、怯えた表情になって後退りした。
そんな怖がらなくていいだろ。
ただ、冷めた目をして、無表情で見ただけなのに。
「決めつけてんじゃねぇよ。今までそうだったからって、これからもそうだとは限らないだろうが」
「お、俺は友達だから言ってるんだ!!」
「友達なら、信じて、応援してやれ。それが、本当の友達だ」
「だけど!!」
「お前の言う友達って何だよ。都合のいい人間の間違いだろ?…失せろ、クズ」
「そんなこと言うなんて、最低だ!!」
「聞こえねぇのか?―失せろ」
最後の一言は、にっこり、という効果音が付きそうなほど、態とらしく微笑んで告げた。
ついでに殺気もプラスしてやる。
「っ!!」
大きく目を見開いて、息を呑む進藤。冷や汗をかいている。
「……」
悔しそうに俺を鋭く睨み付け、進藤は走り去った。
…録音されてたら、少し面倒だな。クズは不味かった。侮辱罪に問われる。
刑法第231条が頭を過った。が、すぐに思い直す。
ま、どうにでもなるか。
侮辱罪は成立の要件として公然性が存在する為、多数に広まる危険性の有無が問題になる。
俺と湊は広めたりしないから大丈夫だが、進藤が触れ回る可能性はある。
―奏が酷いんだ!俺のことクズって言った!
とか。
…進藤が侮辱罪とか特大ブーメランだけど。
あいつ毎日誰かに喧嘩売ってるし、口癖は最低だからな。
常に加害者が被害者面とか苦笑もんだろ。
信者が何人味方になったところで、不利な立場だ。
それを覆すなんて、奴にそこまで考える頭があるとは到底思えない。手段もないだろ。あるとしたら、厄介だ。…その方が面白いけどな。潰し甲斐がある。
我慢出来ず、にやりと笑う。
ふと、微かな震えに気付いて、凶悪な笑みをやめた。
俺の胸に顔を押し付け、書記はしがみついている。
広い背中を撫でながら、耳元で囁く。
「大丈夫。湊先輩は、変われます。―自分を、それと、俺を、信じて」
ぎゅっと腕の力が強まった後、書記は顔を上げた。
「…信じる」
真剣な表情で、じっと見つめてくる。
「俺…変われる…変わる」
力強い目を見て、俺は微笑んだ。低い位置にある頭を、無言で何度も撫でる。書記は嬉しそうに笑った。
―アラーム音が鳴り出しても、俺は無視して撫で続けた。

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