23 / 25
出会い
優しい温もり『宗士』
しおりを挟む…誰かが、俺の頭を撫でて、大丈夫と伝えてくる。
その手が、その声が、温かく、優しすぎたから…無性に、泣きたくなった。
―だって、俺は。
俺は…こんなに優しい温もりを、知らない…。
夢を見る。
それは、過去の記憶。
辛いことしかなかった、あの日々を、ずっと見ている。
いつになれば、終わるのだろう…。
毎週、酷い時には毎日見てしまう、悪夢。
そのせいで、あまり眠れない。常に寝不足だ。
睡眠は大事だと思う。食事と同じくらい。片方でも足りなかったら体に障る。不足し過ぎると、精神的にも肉体的にも追い詰められる。
睡眠不足に慣れているといっても、限界はある。
頭痛と吐き気なら、まだ我慢できる。目眩がすると、それ以上酷くなる前に、保健室に行く。―我慢し過ぎて倒れた時、堺先生に叱られた。善意で叱られることは初めてで、戸惑ったのを覚えている。
放課後は生徒会の仕事があるから、寮には帰らない。一時間…長くても二時間眠れたら、マシになる。それで問題ない。
保健室は、居心地がいい。先生は何も言わず、何も聞いてこない。
たぶん、放っておいてほしい、という俺の気持ちを察してくれているんだろう。
…まずい。思ったより、無理してたみたいだ。
頭が痛んで、視界は回る。ふらつきながら歩いて、何とか保健室に辿り着く。
堺先生は不在だったが、鍵は開いているので、中に入った。
授業中・小休憩・昼休みは、数人の警備員が二人一組で見回りを行う為、校医がいなくても、保健室は自由に出入りできる。
ちなみに、風紀委員が見回りをするのは、放課後・休日・学校行事で、全てシフト制だ。病欠や公欠―公的な理由のある欠席―が重なり、あまりにも人数が少ない場合、警備員で補われることもある。
上履きを脱ぎ捨て、仰向けの状態でベッドに倒れ込む。
掛け布団は踏んでるし、カーテンすら閉めてないけど、それらを直す、気力も体力もない。
…起きたら、掛け布団のこと、注意されるだろうな。
今だけ、は…夢を…見たく、ない。でも…無理…かな…。
悪夢を見たくないと望みながらも、いつものように、無理だと諦めて、意識を手放した。
…やっぱり、無理だった。
夢だと認識しているのに…内容も分かっているのに…自分の意思で起きられない。
過去に体験した、嫌な記憶を、悪夢として再生して、得られるのは、無意味で不必要なものだけ。…だから、とても辛い。
悲しくて…苦しくて…痛い…。
それでも、助けは求めない。
誰も助けてくれないから、求めるだけ無駄だと知っている。
歯を食い縛って、耐えるしかない。
…何?
不意に、額に何かの感触がした。柔らかくて、温かい。手…だろうか。
少しして、手が離れたと思ったら、今度は頭を触られる。
これは…何をしているんだろう…まるで、撫でてるみたいだ…。もしかして、本当に撫でている…?
頭を撫でられるなんて、初めてだ。
恐らく知らない人に、頭だけとはいえ、体を触られているというのに、不思議と嫌悪は感じない。
それに…声が、聞こえた。
―怖いことも、苦しいことも、嫌なことも…何もないですよ。
少なくとも、今は。
辛いことなんて、何にもないです。
だから…大丈夫です。
透き通った声が、語りかけてくる…。
頭をそっと撫でる手も…大丈夫だと伝える声も…温かくて、優しくて、柔らかい。
俺は…。俺は、こんなに優しい温もりを、知らない。
…どうして。
どうして、誰が、こんなことを。
確認したいと思っても、あまりの心地よさに、意識が薄れていく…。
抗いがたい、深い眠りに誘われ、俺は再び意識を手放した。
―その日は、もう、悪夢を見なかった。
0
お気に入りに追加
257
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
真冬の痛悔
白鳩 唯斗
BL
闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。
ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。
主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。
むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。
【本編完結済】ヤリチンノンケをメス堕ちさせてみた
さかい 濱
BL
ヤリチンの友人は最近セックスに飽きたらしい。じゃあ僕が新しい扉(穴)を開いてあげようかな。
――と、軽い気持ちで手を出したものの……というお話。
受けはヤリチンノンケですが、女性との絡み描写は出てきません。
BLに挑戦するのが初めてなので、タグ等の不足がありましたら教えて頂けると助かります。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる