日常、そして恋

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出会い

甘いものはお好きですか?

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エレベーターに乗り込もうとしている人影が見えて、僕は叫ぶように呼んだ。
「副会長さんっ!!」
彼は驚いた顔をして、振り向いた。
誰も乗せていないエレベーターが閉まる。
「桜井くん?…どうしました?」
副会長さんは青褪めたまま、微笑んだ。
「えっと…その…」
衝動的に追いかけてしまったけれど、いざとなると言葉が出てこない。
「うん?いいよ、ゆっくりで」
僕がおろおろしていると、副会長さんが優しく声をかけてくれた。
その言葉と声に安心して、途切れ途切れになりつつ、僕は思いきって言った。
「あの、大丈夫、ですか?」
「…どうして、そんなことを聞くの?」
言っていいのか躊躇う。そして、迷いながらも、口にした。
「その、とても、辛そうだから…」
「…そう」
副会長さんは小さく苦笑して、
「ありがとう、大丈夫だよ」
にっこりと作り笑いを浮かべた。
…それは、見ている僕まで苦しくなるほど、弱々しいものだった。
副会長さんの笑顔は完璧で、全く隙のない愛想笑いだ。
完璧だからこそ、違和感を感じた。
彼の愛想笑いに気付ける人は、あまり多くないと思う。
それが今、明らかに作り笑いだと分かってしまうくらい、ぎこちなかった。
あの時、勇気くんは副会長さんに無理して笑う必要ないと言っていたけど、僕はそう思わなかった。
無理をしている人は、完璧には笑えない。どこか、ぎこちないものなんだ。…今の、彼みたいに。
「…あのっ!」
そんな風に無理して笑ってほしくなくて、何か、言わないと…でも、何を言ったらいいんだろう、と視線を俯かせた時、自分の鞄が見えた。
「副会長さん、甘いもの、お好きですか?」
唐突な僕の言葉に、彼は目を瞬かせた。
「え?うん、好きだよ」
頷いた副会長さんを見て、僕は鞄の中から包みを取り出すと、差し出した。
「どうぞ。クッキーです」
不思議そうな顔で見つめてくる彼に、言葉を続ける。
「疲れた時と、落ち込んだ時は、甘いものが良いので」
言い切ってから、
「あっ、僕の場合はですが」
と慌てて付け加えた。
当たり前なんだけど、副会長さんもそうだとは限らない。
「…ふふ、ありがとう」
不意に、彼がくすりと笑った。ほんの少しだけ、顔色が良くなった気がする。
「あれ?これって…」
包みを受け取った副会長さんが、ある事に気付いた。
「手作りです。…あ、すみません。お嫌でしたか?」
冬お兄ちゃんと秋の三人で一緒に食べようと思って、今朝作ったんだ。
副会長さん、手作り嫌いかな?そもそも、僕とは会ったばかりだし…。
やっぱり、今日初めて会った人の手作りは嫌なのかな?
ど、どうしよう、無神経だったかもしれない…。
「いや、嬉しいよ」
後悔をしかけていた僕の思考は、副会長さんの声によって遮られた。
「よかった…」
安堵して、笑みが浮かんだ。
「……春人くん」
ぽつりと副会長さんが呟く。
「春人くん、って…呼んでも、いいかな?」
躊躇いがちに、そう聞かれる。
「? はい」
いきなりだったけれど、嫌ではないし、断る理由もないから、頷いた。
僕が頷くと、ホッとしたみたいだ。
不思議に思ったけど、これだけは言っておかないといけない。
「生徒会のお仕事は忙しいと思いますが、ご無理はしないでくださいね」
生徒会のお仕事は多忙らしい。副会長さんは無理してでも頑張ると思うから、本当に心配だ。
「どうもありがとう」
副会長さんは、ふわり、と笑った。
…今までで、一番自然で綺麗な笑顔。
また見とれていると―これで、二回目だ―彼は綺麗な笑みを浮かべたまま、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「心配かけて、ごめんね。もう、大丈夫だよ」
今度は嘘じゃない。顔色が大分良くなっている。
「…悪いんだけど、世良くんに、気にしていないから、と伝えてくれるかな?」
「分かりました。伝えます」
「ありがとう」
もう一度頭を撫でられた。
「また会おうね、春人くん」
「はい」
副会長さんを乗せた、エレベーターのドアが閉まるまで見送って、僕は理事長室に向かった。

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