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老師シュエン

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 ――なかばやけくそで、闇市を徘徊する廃人たちの中をかいくぐり、話が通じる相手を選んで、『老師』の居場所を聞いて回った。

「なんだおめぇ、若いのに、老師頼みって、……物好きな小僧だぁ」
「ちょっと会ってみたいんです」

 話しかけた人たちはことごとく闇市の奥を指さして風のように去って行った。あまり触れてはいけないような感じだったが、居場所を秘密にするようなVIPではないらしい。

 ――そして、闇市の行き止まり、最深部にて、店の屋台を出さずに、ただ正方形に広げたシーツの上で座禅を組み、煙草を吸っている白髪頭の男を見つけた。闇市の人間にしてはこぎれいな白いシルクの民族衣装を着ていて、白髪はすべて整髪剤でオールバックに仕上げてあった。

「あのすみません、老師様ですか?」
「……そうだ。しかし老師と呼ぶのはやめてくれないか。私はまだ58だ」
「あっ、はい、じゃあなんとお呼びしたらいいですか」
「シュエンだ」
「異国の方なんですね……」
「身元は明かせない。お互いにラフな関係でいよう。君は?」
「ルカです」
「顔立ちからして……ここの街の住人だな」
「はい」
「……ちょっと、手を見せてくれないか」

 怪訝な顔つきでルカのことを見つめる老師は、差し出された手を取って、懐から取り出した小さな紫色の鉱物をあてがった。にわかに鉱物が光り出し、ルカが驚く。

「動くな」
「はっ、はい」

 一連の占い(?)が終了すると、老師は頭を抱えた。

「あの、シュエンさん、どうしました?」
「……とんだ掘り出し物だ」

 老師は顔を上げ、ルカ、よく聞けと念を押した。

「君は自分の天職を知りたくてきたんだな?」
「はい、そうです」
「だったら、君の天職は魔法使いだ。つまり魔道士」
「えぇ!? そんな馬鹿な!」
「しっ、静かに」

 ルカが周囲を見渡すと、引き続き暗闇の合間からひそひそ声が聞こえてくる。ドラッグがきまっている人を下手に刺激しないために、基本的には静かにすることが暗黙の了解らしかった。

「すみません。でも、冗談はよしてください。僕は魔力適性検査ではねられた身なんですから」
「どれ、……ふんっ」

 老師はルカの頸動脈のあたりに手をやり、魔力を注ぎ込んだ。しかし、魔力はルカの体内に伝達せず、外にはじかれ、煙になって首筋から漂うだけだった。

「……ふむ、魔力を流す体内回路に問題があるな。よし、これをやる」

 老師はまたもや懐から物を取り出して見せた。それは茶色い錠剤のようなものだった。

「後で家に帰って、温かい水で飲め」
「あの、これは?」
「君の未来を切り開く薬だ。心配するな、その辺に売ってるドラッグとは違う」
「僕の未来を、切り開く……」
「そう、魔導師としての輝かしい人生だ」
「ほ、本当なんですか」
「あぁ、本当だ。嘘だと思うんだったら、その薬を飲んだ後、魔力適性検査の再検査に行ってみたまえ。サービスの料金は後払いでかまわんよ」

 寿命の半分がお代だと聞いていたがとルカが言うと、くっふっふと老師シュエンは押さえながら笑った。ガセ情報だった。

「い、いくらぐらいですか、その料金というのは……」
「いやいや、勘違いしてはいけない。後払いというのは、もっと後の話だ」
「もっと後?」
「私の商売はね、天職に就いた顧客が一財産を築いた頃に一度だけ出向いていって、その財産の一割をいただくというものなんだ。だから君とはもう一度だけ会うことになる」
「一割、ですか」
「ここだけの話だけどね。君には期待しているんだ、よろしく頼むよ」

 老師ははにかんだ。ルカは真偽のほどが分からず、首をかしげながら闇市を去った。

「なんか、変な話になっちゃったなぁ。怒って飛び出したっていうのに、もう興が冷めちゃったよ」

 かけていた丸眼鏡を外し、手の中の茶色い錠剤を時折じっと眺めながら、いったい何の薬なのだろうかとルカは疑問に思った。魔力がどうのこうのと言っていたから、薬局に売っている魔法関連の業者ご用達の魔力サプリメントのたぐいかとも思ったが、分からなかった。

 ――シュエンは煙草を吸いながら、くつろいでいた。一家に代々伝わる秘石は対象者の最も活躍する未来の瞬間を見ることができる。シュエンはルカの未来に、とてつもない状況を見いだしていた。

 顔なじみのジャンキーが話しかけてきた。

「おいシュエン。さっきの小僧はどうだったんだ。小物か?」

 シュエンは煙を吐きながら、得意げに笑った。

「いや、ビンゴだ。あれは将来、歴史に名を残す傑物になる。今までの客の中で最大級だ。私もそろそろ店じまいして隠居するときがきたのかもな」
「へぇ、そんなにかい。あのひょろいガキがねぇ……世の中、わかんねぇもんだ」

 元の取れない小物が客ならば、一割ではなく半分の財産を没収するのがシュエンのやり口だった。シュエンはルカに対しては一割でも十分採算がとれると確信していた。
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