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学びの最中
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――とりあえず壊れた城壁は俺の土魔法の訓練と称して、エリザ直々の命令の下、俺が直した。といっても、俺がやったのは土で穴をふさいだくらいのもので、上の塗装などは難しくて出来なかった。
「ランクはB程度が関の山ですわね。土魔法の素養が無い」
「ぐぅっ、そんなにか」
「見てなさい」
彼女が自らランクAの土魔法を披露してくれた。そこら中の土から、塗装に仕えそうな成分だけを魔力で繊細にキャッチし、壁に押し当てていく。すると見る見るうちに壁が白く塗られていって、無傷だった城壁と見比べても遜色ないほどのできばえに仕上がった。
「どうかしら」
「これが土魔法の素養というやつか」
「あら、努力のたまものと言ってほしいわね」
エリザの本領は火魔法だが、ランクSの火力など田舎で使う機会はなく、手ほどきのためにA~B程度に威力を押さえる始末だ。その他の魔法に関しても、俺のために力をセーブしている感じがして底知れない。
「侯爵家の女というのは意外に魔法に長けているのだなぁ」
「……そんなことありませんわ、普通の令嬢は基本、殿方に尽くすのに必要な程度しか魔法を修練しません。婚約者のある女子が彼より魔法が出来ては、彼の顔が立たないではありませんか」
「……」
「……」
「あー、すまぬ、悪いことを聞いた」
「その気遣いが逆に腹立たしいですわね」
モテなかった分、魔法を極めてしまったらしい。そんなに暇していたのか、かわいそうに。
そんなこんなで彼女に魔法を教わりつつ、一般的な教養も習った。当主としての振るまいを学ぶための帝王学講座やら、やったこともない他国との経済的交渉におけるマナーレッスン、果ては最新の世界情勢に基づく金融の流れまで頭にたたき込まれて、俺は毎日へとへとだった。
「――なぁ、エリザ」
「なんですか、あなた」
「どうしてこう、急いておるのだ」
「私の座右の銘をお教えしましょう」
「なんだ」
「鉄は熱いうちに打て」
「……夫を鉄扱いするのか」
「えぇ、新婚ほやほやの、熱い鉄ですわ」
「勉学を急ぐ理由になっているのか、それは」
「若い期間は一瞬で過ぎましてよ。さっさと一流になって下さいまし」
「とはいえ、もう少しじっくりとな」
「じっくりと、なんて言っていると、怠けるじゃありませんか」
「むう」
「伝え聞くところによると、あなた、聖剣に少々センスがおありとか」
「おう、そうなのだ! 聞いてくれるか我が妻よ!」
「ユリシーズからさんざん聞かされておりましてよ。どんなレベルかは、山を切り裂いた件で重々承知しておりますゆえ」
「ふーむ、そうか?」
「長所は徹底的に伸ばしていくのが吉でございます。苦手な土魔法などは鍛錬の時間を削ってしまって、これからは聖剣の鍛錬のために長い時間をユリシーズとお過ごし下さいませ」
「あの仏頂面と、長い時間ねぇ……」
実際、俺は聖剣の扱いに慣れるのにそう時間はかからなかった。すこしの回路組み替えで大量に霊気が溢れ出てしまうのは難儀だったが、コントロールできてしまえばなんということはなかった。訓練時間もたっぷりあったおかげで、気づけばあの切れ味抜群の茜色の斬撃を適切なスケールで放つことが出来るようになっていた。
聖剣の鍛錬が板についてきた頃の会話で、興味深い話があった。ユリシーズの過去についてだ。
「――ときにユリシーズよ」
「なんだね」
「貴殿は齢五十と聞いたが、王立聖騎士団の団長を退いたのはいつの頃になる?」
「四十五のときだ」
「五年ほどカエサル家で勤めたわけだな。しかし団長の引退が早すぎないか。前々から気になっていたことだが、もしや王都で何かあったか」
「……なに、権力闘争に巻き込まれただけのことよ」
「それは騎士団の中でのことか」
「違う。空位だった宰相の地位にガルメールという小悪党が就任したのがきっかけだ。そやつは近代兵器にばかり金をかけるような政策を敷いてな、騎士団への予算を削り、軍備を収縮したのだ」
「反対して、首を切られたのか」
「切られたのではない。こちらからおさらばしてやったのだ」
「なるほどな……」
「前宰相のときはそのような悪政が行われることはなかった。しかし病で急死なさった。間違いなくガルメールのクズが図ったのだ」
「毒か?」
「分からぬ。だが、健康そのものであったあの方が病ごときで急死するはずがない。真っ先に宰相候補の一人だったガルメールの仕業だとみなが疑ったが、証拠が見つからなかった」
「厄介な者が宰相になったものだな。王はどうなされておられるのだ」
「王も手を出しかねている。何しろ奴は大貴族の連中と仲が良いからな。金や権力関係の問題で、裁判にかけるわけにも行かない。奴は裏の業界の顔役を担っているから、殺すと角が立つ。宰相就任以来五年間、膠着状態だ」
「王も頭を悩ませておいでだろう」
「……貴様もいずれ相まみえ、苦悩する羽目になるかもな」
「余のような田舎の子爵が宰相と? ハハハっ、冗談を言うな!」
ユリシーズは不敵に微笑して、それきり口をつぐんだ。
「ランクはB程度が関の山ですわね。土魔法の素養が無い」
「ぐぅっ、そんなにか」
「見てなさい」
彼女が自らランクAの土魔法を披露してくれた。そこら中の土から、塗装に仕えそうな成分だけを魔力で繊細にキャッチし、壁に押し当てていく。すると見る見るうちに壁が白く塗られていって、無傷だった城壁と見比べても遜色ないほどのできばえに仕上がった。
「どうかしら」
「これが土魔法の素養というやつか」
「あら、努力のたまものと言ってほしいわね」
エリザの本領は火魔法だが、ランクSの火力など田舎で使う機会はなく、手ほどきのためにA~B程度に威力を押さえる始末だ。その他の魔法に関しても、俺のために力をセーブしている感じがして底知れない。
「侯爵家の女というのは意外に魔法に長けているのだなぁ」
「……そんなことありませんわ、普通の令嬢は基本、殿方に尽くすのに必要な程度しか魔法を修練しません。婚約者のある女子が彼より魔法が出来ては、彼の顔が立たないではありませんか」
「……」
「……」
「あー、すまぬ、悪いことを聞いた」
「その気遣いが逆に腹立たしいですわね」
モテなかった分、魔法を極めてしまったらしい。そんなに暇していたのか、かわいそうに。
そんなこんなで彼女に魔法を教わりつつ、一般的な教養も習った。当主としての振るまいを学ぶための帝王学講座やら、やったこともない他国との経済的交渉におけるマナーレッスン、果ては最新の世界情勢に基づく金融の流れまで頭にたたき込まれて、俺は毎日へとへとだった。
「――なぁ、エリザ」
「なんですか、あなた」
「どうしてこう、急いておるのだ」
「私の座右の銘をお教えしましょう」
「なんだ」
「鉄は熱いうちに打て」
「……夫を鉄扱いするのか」
「えぇ、新婚ほやほやの、熱い鉄ですわ」
「勉学を急ぐ理由になっているのか、それは」
「若い期間は一瞬で過ぎましてよ。さっさと一流になって下さいまし」
「とはいえ、もう少しじっくりとな」
「じっくりと、なんて言っていると、怠けるじゃありませんか」
「むう」
「伝え聞くところによると、あなた、聖剣に少々センスがおありとか」
「おう、そうなのだ! 聞いてくれるか我が妻よ!」
「ユリシーズからさんざん聞かされておりましてよ。どんなレベルかは、山を切り裂いた件で重々承知しておりますゆえ」
「ふーむ、そうか?」
「長所は徹底的に伸ばしていくのが吉でございます。苦手な土魔法などは鍛錬の時間を削ってしまって、これからは聖剣の鍛錬のために長い時間をユリシーズとお過ごし下さいませ」
「あの仏頂面と、長い時間ねぇ……」
実際、俺は聖剣の扱いに慣れるのにそう時間はかからなかった。すこしの回路組み替えで大量に霊気が溢れ出てしまうのは難儀だったが、コントロールできてしまえばなんということはなかった。訓練時間もたっぷりあったおかげで、気づけばあの切れ味抜群の茜色の斬撃を適切なスケールで放つことが出来るようになっていた。
聖剣の鍛錬が板についてきた頃の会話で、興味深い話があった。ユリシーズの過去についてだ。
「――ときにユリシーズよ」
「なんだね」
「貴殿は齢五十と聞いたが、王立聖騎士団の団長を退いたのはいつの頃になる?」
「四十五のときだ」
「五年ほどカエサル家で勤めたわけだな。しかし団長の引退が早すぎないか。前々から気になっていたことだが、もしや王都で何かあったか」
「……なに、権力闘争に巻き込まれただけのことよ」
「それは騎士団の中でのことか」
「違う。空位だった宰相の地位にガルメールという小悪党が就任したのがきっかけだ。そやつは近代兵器にばかり金をかけるような政策を敷いてな、騎士団への予算を削り、軍備を収縮したのだ」
「反対して、首を切られたのか」
「切られたのではない。こちらからおさらばしてやったのだ」
「なるほどな……」
「前宰相のときはそのような悪政が行われることはなかった。しかし病で急死なさった。間違いなくガルメールのクズが図ったのだ」
「毒か?」
「分からぬ。だが、健康そのものであったあの方が病ごときで急死するはずがない。真っ先に宰相候補の一人だったガルメールの仕業だとみなが疑ったが、証拠が見つからなかった」
「厄介な者が宰相になったものだな。王はどうなされておられるのだ」
「王も手を出しかねている。何しろ奴は大貴族の連中と仲が良いからな。金や権力関係の問題で、裁判にかけるわけにも行かない。奴は裏の業界の顔役を担っているから、殺すと角が立つ。宰相就任以来五年間、膠着状態だ」
「王も頭を悩ませておいでだろう」
「……貴様もいずれ相まみえ、苦悩する羽目になるかもな」
「余のような田舎の子爵が宰相と? ハハハっ、冗談を言うな!」
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