「破滅フラグ確定の悪役貴族、転生スキルで「睡眠無双」した結果、国の英雄になりました」

ソコニ

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第21話「アイリス王女の決断」

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「夢を喰らう者」との決戦から一週間が過ぎ、シュラーフェン公国とファルミア王国は平和を取り戻しつつあった。「眠りの神殿」では、儀式の後片付けや損傷の修復が進められ、普段の静けさが戻りつつあった。

しかし、一郎はまだ完全には回復していなかった。「悪夢の種」の内部に意識を送り込んだことで、彼の体と心には大きな負担がかかっていたのだ。彼は神殿の療養室で静養し、ミラの「安眠の祝福」を受けながら、少しずつ力を取り戻していた。

「今日の調子はどうですか?」

マウリツィオ長老が診察に訪れると、一郎は窓際の椅子に座り、湖を眺めていた。

「だいぶ良くなったよ」一郎は微笑んだ。「もう歩き回れるくらいには」

「無理はなさらないように」長老は心配そうに言った。「あなたがしたことは前例のないことです。『夢を喰らう者』の核に直接働きかけ、その力を分割するなど…千年の歴史でも誰もやったことがない」

「でも、それしか方法がなかった」一郎は静かに言った。「完全に消し去ることはできないものを、どう扱うべきか…」

「あなたの選択は正しかった」マウリツィオは賞賛の意を込めて言った。「バランスを取り戻す…それこそが真の『星の集め手』の役割なのでしょう」

一郎はペンダントを握りしめた。儀式の後、星型のペンダントはより透明に、より輝きを増していた。まるで彼の成長と共に変化しているかのようだった。

「そろそろファルミア王国に戻る準備をするべきかな」彼は窓の外を見ながら言った。

「国王陛下は、あなたが完全に回復するまでここに滞在されることを望んでいます」長老は答えた。「お急ぎになる必要はありません」

「でも、もう十分回復したよ」一郎は立ち上がり、自分の体を確認するように手足を動かした。「それに…何となく落ち着かないんだ」

マウリツィオは彼をじっと見つめた。「何か気になることでも?」

「なんて言うか…」一郎は言葉を探した。「使命を果たした後の、空虚感というか…」

「ああ」長老は理解したように頷いた。「『星の集め手』としての大きな使命を達成した後の虚脱感ですね。歴代の『星の集め手』も同様の感情を抱いたと記録にあります」

「これからどうすればいいのか、わからなくて」一郎は正直に告白した。「『夢を喰らう者』との戦いが終わった今、僕にはどんな役割が…」

「それはあなた自身が見つけることです」マウリツィオは優しく言った。「『星の集め手』の力は、危機が去った後も世界に必要とされます。それをどう使うかは、あなた次第」

一郎は考え込んだ。確かに彼の「睡眠無双」の力は、戦いのためだけのものではなかった。人々に安らぎを与え、希望をもたらす力。それを今後どう活かしていくべきか。

「そういえば」彼は話題を変えた。「アイリス王女はどこにいますか?最近あまり見かけないので」

「王女様は父君と共に重要な会議に出席されています」長老は答えた。「今後の両国関係や、ナハトメア帝国の扱いについてでしょう」

「帝国はどうなったの?」一郎は気になって尋ねた。

「グスタフ伯爵によれば、『夢を喰らう者』の影響が弱まり、皇帝も正気を取り戻しつつあるとのこと」長老は説明した。「しかし、長年の影響を完全に消し去るには時間がかかるでしょう」

一郎は納得した。「夢を喰らう者」の力を分割したことで、世界全体のバランスが徐々に戻りつつあるのだろう。

「少し外に出てみたい」彼は決意した。「もう部屋に閉じこもるのはやめにするよ」

「それはよいことです」マウリツィオは微笑んだ。「適度な活動は回復を早めます」

彼は神殿を出て、湖の周りを散歩することにした。春の陽気が心地よく、湖面は穏やかに輝いていた。「悪夢の王」の黒い霧も、帝国の脅威も、もはや感じられない。

湖畔を歩いていると、見慣れた姿が目に入った。アイリス王女が一人、岸辺の石に座り、湖を見つめていた。

「アイリス」一郎は声をかけた。

彼女は振り返り、驚いた表情を見せた。「エドガー!もう歩けるの?」

「ああ」彼は微笑んだ。「かなり良くなったよ」

「それは良かった」彼女も微笑み返したが、その目には何か複雑な感情が宿っているようだった。

「会議は終わったの?」一郎は彼女の横に座りながら尋ねた。

「ええ」アイリスは少し疲れた様子で言った。「長い話し合いだったわ」

「どんな結論になったの?」

彼女は深いため息をついた。「父上はナハトメア帝国との和平を望んでいるけど、議会には反対意見も多くて…。特に賠償や領土問題で意見が対立しているの」

「難しい問題だね」一郎は理解を示した。

「それに…」彼女は言葉を切った。彼女の表情には迷いが見えた。

「何かあったの?」一郎は心配になって尋ねた。

アイリスは一瞬躊躇った後、決意したように口を開いた。「私、ファルミア王国に戻ることになったわ」

「ああ、そうだよね」一郎は当然のことだと思った。「国王陛下と一緒に」

「それだけじゃないの」彼女は真剣な表情で彼を見つめた。「父上が…私の婚約を進めようとしているの」

「婚約?」一郎は驚いて声を上げた。

「ええ」彼女は俯いた。「『夢を喰らう者』との戦いが終わり、国が安定したことで…王国の将来のことを考える時期になったって」

「相手は…?」一郎は聞くべきか迷ったが、言葉は勝手に口から出ていた。

「隣国のレナード王子」アイリスは答えた。「政治的にも良い関係を築ける相手だそうよ」

一郎は言葉を失った。胸の奥に何か冷たいものが広がるのを感じた。もちろん、アイリスが王女であり、いずれは政略結婚があることは頭では理解していた。しかし、それが現実になると思うと…。

「おめでとう」彼は精一杯の笑顔を作った。「きっといい人なんだろうね」

アイリスは一郎の目をじっと見つめた。「まだ決まったわけじゃないわ。父上が提案しただけ。私はまだ…」

彼女は言葉を切り、湖面に視線を移した。

「どうしたいの?」一郎は静かに尋ねた。

「わからない」彼女は正直に答えた。「王女として、国の将来を考えれば正しい選択かもしれない。でも…」

再び言葉が途切れた。その「でも」の後に続く言葉を、二人とも口にできなかった。

「帰国はいつ?」一郎は話題を少しそらした。

「明後日」アイリスは答えた。「その後、レナード王子との謁見が予定されているわ」

「そっか」一郎は湖面を見つめた。波紋が静かに広がり、やがて消えていく。彼の心もまた、波紋のように揺れていた。

二人は沈黙の中、並んで湖を眺めていた。言葉にできない感情が、二人の間に流れていた。

「エドガー」アイリスが突然口を開いた。「あなたはこれからどうするの?」

「僕?」一郎は考え込んだ。「ファルミア王国に戻って、リヒター伯爵として普通に生活するつもりだよ。『星の集め手』としての使命は果たしたし」

「伯爵の仕事って、退屈じゃない?」彼女が微笑んだ。「あれだけの冒険をした後では」

「そうかもね」一郎も笑った。「でも、前世はSEとして毎日コードを書いてたんだ。地味な仕事には慣れてるよ」

「あなたはもっと大きなことができるはずよ」アイリスは真剣な表情で言った。「『星の集め手』の力は、平和な時代にこそ真価を発揮するもの」

「どういうこと?」

「人々に希望と安らぎをもたらす力」彼女は説明した。「それは戦争の時より、平和な時代に必要とされるものだと思うの」

一郎はその言葉に考え込んだ。確かに、「睡眠無双」の力は本来、破壊のためではなく、癒しのための力だった。平和な時代に、その力をどう活かすか。それは彼自身が見つけるべき答えだった。

「考えておくよ」彼は頷いた。

アイリスは立ち上がり、湖の方へ一歩踏み出した。「私も…考える時間が必要なの」

「アイリス」一郎も立ち上がった。「何か決めたら、教えてくれる?」

「もちろん」彼女は振り返り、微笑んだ。「あなたには、一番に伝えるわ」

彼女は軽く手を振り、神殿の方へ歩き始めた。一郎は彼女の後姿を見送りながら、複雑な思いに包まれていた。

---

その夜、一郎は眠れなかった。アイリスの婚約の話が頭から離れなかった。彼女はファルミア王国の第一王女。いずれは政略結婚があることは分かっていたはずだ。それなのに、こんなにも動揺しているのはなぜだろう。

「僕は彼女のことを…」

言葉にしようとして、一郎は自分の気持ちに気づいた。「星の集め手」と「夢見る者」の間に芽生えた感情。それは単なる戦友以上のものだった。

しかし、世界にはルールがある。王女と元・悪役貴族(現・眠りの英雄)。その身分の差は埋められるものではないだろう。

「前世でも恋愛は上手くいかなかったな」一郎は自嘲気味に笑った。

彼はベッドから出て、窓際に立った。満月は過ぎ、今夜の月は少し欠けていたが、それでも明るく輝いていた。神殿の周りの湖面に、その光が美しく反射している。

突然、湖の中央に小さな光の点が現れた。それは徐々に大きくなり、やがて人の形を取り始めた。

「あれは…?」一郎は目を凝らした。

湖面に立つのは、白い衣装を着た女性の姿。アイリスだった。彼女は湖の上を歩いているように見えた。その周りには紫の光が漂い、彼女の「夢見の力」が発動しているのが分かる。

「何をしているんだ?」

彼は急いで部屋を出て、神殿の外へと向かった。湖畔に着くと、確かにアイリスが湖の中央にいるのが見えた。彼女の周りの紫の光は強まり、やがて彼女自身も光に包まれていった。

「アイリス!」一郎は叫んだ。

彼女は振り返らなかった。光に包まれた彼女の姿は、次第に湖の中に沈んでいくようだった。

「危ない!」

一郎は迷わず湖に飛び込んだ。冷たい水が彼を包み込むが、彼は必死でアイリスの方へ泳いだ。しかし、彼女のいた場所に着いても、そこには誰もいなかった。ただ薄い紫の光が水中に漂っているだけだった。

「アイリス!どこだ!」

彼は水面に浮かび、周りを見回した。湖面には何も見えない。焦りと不安が彼を包み込んだ。

その時、水中から強い光が放たれた。それは青と紫が混ざったような、不思議な色の光だった。一郎は光の源に向かって潜った。

水中深くに潜ると、そこには古代の遺跡のような構造物があった。神殿の地下に続く秘密の場所のようだ。そして、その中央に立っているのがアイリスだった。彼女は透明なバリアに包まれ、水中でも呼吸ができているようだった。

一郎は彼女に近づこうとしたが、酸素が尽きかけていた。そのとき、アイリスが彼に気づき、驚いた表情を見せた。彼女は手を伸ばし、紫の光を放った。その光が一郎を包み込み、彼も呼吸ができるようになった。

「エドガー!なぜここに?」彼女の声が不思議と水中でも聞こえた。

「君が湖に沈むのを見たから!」一郎は答えた。「何をしているんだ?」

「ごめんなさい、心配させるつもりはなかったの」アイリスは申し訳なさそうに言った。「これは『夢見の泉』。神殿の秘密の場所なの」

「夢見の泉?」

「ええ」彼女は頷いた。「『夢見る者』が決断を下すときに訪れる場所。ここで過去と未来の可能性を見ることができるの」

彼女は一郎を石造りの祭壇のような場所に案内した。その中央には水晶のような物体があり、それが青紫の光を放っていた。

「あなたが『星の集め手』として力を目覚めさせた場所があるなら、私にも『夢見る者』としての聖地があるの」アイリスは説明した。

「決断って…婚約のこと?」一郎は小さな声で尋ねた。

彼女は静かに頷いた。「何が正しいのか、自分自身に問いかけるために来たの」

「それで、答えは見つかった?」

「まだ…」彼女は水晶を見つめた。「でも、あなたが来てくれたことで、少し分かったかもしれない」

「どういうこと?」

アイリスは一郎の方を向き、真っ直ぐに彼の目を見つめた。「『星の集め手』と『夢見る者』は常に共にあるべきだって」

「アイリス…」

「伝説の中で、彼らは常にパートナーだった」彼女は続けた。「それには理由があるの。二人の力は互いに高め合い、補完し合うから」

「でも、君は王女で、僕は…」

「それも含めて考えていたの」アイリスは言った。「王女としての義務と、『夢見る者』としての使命。どちらを優先すべきか」

一郎は言葉を失った。彼女の決断の重さを感じていた。

「エドガー」彼女は一歩近づいた。「あなたはどう思う?私たちは離れるべき?」

彼は深く息を吸い、正直な気持ちを口にした。「僕は…君と一緒にいたい。『星の集め手』として、そして…一人の男として」

彼の言葉に、アイリスの目に涙が光った。「私も同じ気持ちよ」

水中なのに、涙が見えるのは不思議だった。彼女の「夢見の力」のおかげなのだろう。

「でも、現実はそう簡単じゃない」一郎は現実的に言った。「王女と元・悪役貴族」

「そこで私は決断をしなければならないの」アイリスは決意を固めたように言った。「王女としての道を進むか、『夢見る者』としての道を選ぶか」

「選ぶって…」

「父上に話すわ」彼女はきっぱりと言った。「私の本当の気持ちと、『夢見る者』としての使命について」

「王位継承権を放棄するつもりなの?」一郎は驚いて尋ねた。

「そこまではまだ決めていないわ」アイリスは答えた。「まずは父上と話し合ってみる。彼は理解のある人だから」

一郎は複雑な思いに包まれた。アイリスが自分のために王女の地位を危うくするなど、考えたくなかった。しかし、彼女の決意の強さを感じた。

「明日、父上と話します」アイリスは言った。「その結果をあなたに伝えるわ」

彼女は水晶に触れ、紫の光がさらに強まった。

「ここでの時間は終わり」彼女は言った。「戻りましょう」

二人を包む光が強まり、次の瞬間、彼らは湖の表面に浮かんでいた。月明かりの下、二人は静かに岸辺へと泳いだ。

---

翌日、一郎は落ち着かない気持ちで過ごした。アイリスは国王との会談のため、朝早くに神殿を離れていた。彼女の決断がどうなるのか、不安と期待が入り混じる感情だった。

その日の午後、予想外の来訪者があった。

「国王陛下がお見えです」マウリツィオ長老が一郎の療養室に報告した。

「国王が?」一郎は驚いた。「なぜ僕に?」

「それは直接、お聞きになるといいでしょう」長老は静かに言った。

一郎は急いで身支度を整え、大広間へと向かった。そこには国王アルバートが一人、窓際に立っていた。

「陛下」一郎は丁寧に頭を下げた。「お会いできて光栄です」

「リヒター伯爵」国王は振り返り、意外な柔和さで微笑んだ。「回復の具合はどうかね?」

「おかげさまで、だいぶ良くなりました」一郎は答えた。

「良かった」国王は頷いた。「『星の集め手』の力を使い果たすとは、命がけの戦いだったな」

「はい」一郎は素直に認めた。「でも、皆の協力があってこそでした」

国王は少し歩き回り、神殿の内装を見上げた。「素晴らしい建築だ。長い歴史を感じる」

一郎は国王が何を言いたいのか、理解できずにいた。ただ、アイリスとの会談があったはずだと思うと、胸が締め付けられる思いがした。

「伯爵」国王はようやく本題に入った。「今朝、アイリスと長い話をした」

「はい」一郎は緊張して頷いた。

「彼女は婚約の話を断り、『夢見る者』としての使命を全うしたいと言った」国王は静かに言った。「そして、その理由も話してくれた」

一郎は心臓が早鐘を打つのを感じた。彼女は父親に全てを話したのだ。

「私は初めは驚いた」国王は続けた。「しかし、彼女の言葉には真実があった。『星の集め手』と『夢見る者』は常にパートナーであるべきだと」

「陛下、僕は…」

国王は手で彼を制した。「話を聞いてくれ。私はアイリスの幸せを何より願っている。そして、彼女が本当に幸せそうな顔をするのは、『星の集め手』と共にいるときだけだと気づいた」

一郎は驚きの表情を隠せなかった。

「伯爵」国王は真剣な表情で彼を見つめた。「お前は王女との関係をどう考えている?」

直接的な質問に、一郎は一瞬たじろいだ。しかし、もはや隠す必要はないと思った。

「僕はアイリスを愛しています」彼は真っ直ぐに答えた。「『星の集め手』として、そして一人の男として」

国王はじっと彼を見つめた後、意外にも微笑んだ。「正直な答えに感謝する」

「しかし」一郎は続けた。「彼女の立場を考えると、僕には資格がないのかもしれません」

「資格?」国王は少し笑った。「『星の集め手』にして、世界を救った英雄に資格がないとは」

「僕は単なる転生者で、元は…」

「前世がどうであれ」国王は言葉を切った。「今のお前は『星の集め手』だ。そして、その力で我が国を、世界を救った。それ以上の資格が必要だろうか?」

一郎は言葉を失った。

「私はアイリスにこう言った」国王は続けた。「王女としての義務と、『夢見る者』としての使命を両立させる道を探せと」

「両立…?」

「そう」国王は頷いた。「彼女が王位継承権を放棄する必要はない。『夢見る者』としての使命を全うしながら、将来の女王としての準備もできる」

「でも、その場合、僕と彼女は…」

「リヒター伯爵」国王はさらに一歩近づいた。「お前に問いたい。アイリスを守り、彼女と共に歩む覚悟はあるか?」

「もちろんです」一郎は迷わず答えた。「命をかけてでも」

「ならば」国王は満足げに頷いた。「私からの提案がある」

一郎は緊張して待った。

「リヒター伯爵位を公爵位に昇格させ、王家の側近として仕えてはどうだろう」国王は言った。「そうすれば、アイリスとも正式な関係を築くことができる」

「公爵に…?」一郎は驚きのあまり言葉を失った。

「『星の集め手』として、王国に大きな貢献をしたことへの報酬だ」国王は説明した。「そして、将来的には…」

彼は言葉を切り、意味深な微笑みを浮かべた。

「将来的には?」一郎は尋ねた。

「それはアイリス自身から聞くとよいだろう」国王は言った。「彼女がここに来るはずだ」

まるで合図のように、大広間の扉が開き、アイリスが入ってきた。彼女の表情は明るく、希望に満ちていた。

「父上、エドガー」彼女は二人に微笑みかけた。

「アイリス」国王は優しく頷いた。「リヒター伯爵には話をした。後は二人で」

国王は二人に微笑みかけ、大広間を後にした。残された二人は、少し気まずい沈黙の中に立っていた。

「あなたには何と言われたの?」アイリスが尋ねた。

「公爵に昇格させるという話と…」一郎は言葉を選びながら言った。「私たちの関係を公認するという…」

「それで?」彼女は期待を込めて尋ねた。

「僕は…もちろん受け入れたいと思ってる」一郎は素直に答えた。「でも、君はいいの?王女としての立場や、国民の反応など…」

「大丈夫」アイリスは自信を持って言った。「『夢見の泉』で見た未来の可能性の中で、最も明るいのはあなたと共にいる未来だった」

彼女は一歩近づき、一郎の手を取った。「それに、『星の集め手』と『夢見る者』が共にいることで、世界はより良くなる。それも見たわ」

「アイリス…」一郎は彼女の手を握り返した。

「あなたは『星の集め手』として、眠りと安らぎの力で人々を癒す」アイリスは静かに言った。「私は『夢見る者』として、未来への希望を示す。二人で新しい時代を創っていくの」

彼女の言葉には確かな未来への希望があふれていた。一郎はその瞳に映る決意と愛情を見て、自分の道も明確になるのを感じた。

「僕も同じ未来を望むよ」一郎は静かに言った。「君と共に歩み、世界に安らぎをもたらしたい」

アイリスの顔に喜びの表情が広がった。「これが私の決断。『夢見る者』として、そして一人の女性として」

「でも」一郎は現実的な疑問を投げかけた。「具体的にはどうするの?すぐに王国に戻るの?」

「そう急ぐ必要はないわ」アイリスは微笑んだ。「まずはあなたが完全に回復するまでここにいましょう。それから二人で王国に戻り、新たな役割を担うの」

「新たな役割…」

「『星の集め手』と『夢見る者』は、戦争の時だけでなく、平和な時代にこそ必要とされる」彼女は力強く言った。「人々の悪夢を取り除き、希望の夢を見せる。それが私たちの使命よ」

一郎は頷いた。彼らの力は、平和な時代にこそ真価を発揮するもの。それは戦いではなく、癒しのための力なのだ。

「その使命を、一緒に果たそう」彼は決意を固めた。

二人は互いを見つめ、手を強く握り合った。その時、窓から差し込む光が強まったように見えた。まるで星々が彼らの決断を祝福しているかのように。

「ねえ」アイリスが窓の外を指差した。「見て」

神殿の外、湖の上に白い鹿が立っていた。「月影の鹿」だった。それは二人を見つめ、ゆっくりと頭を下げると、森の方へと消えていった。

「祝福のしるしね」アイリスは微笑んだ。

「これからの道は簡単じゃないかもしれない」一郎は正直に言った。「でも、一緒なら乗り越えられる」

「ええ」アイリスは頷いた。「『星の集め手』と『夢見る者』の物語は、これからが本当の始まりだから」

二人は肩を寄せ合い、窓から見える湖の景色を眺めた。湖面には満月に向かって戻りつつある月が反射し、美しい光の道を描いていた。それは二人の未来への道のようにも見えた。

---

数日後、一郎の回復がほぼ完了したことを確認し、彼らはファルミア王国への帰還の準備を始めた。シュラーフェン公国での長い滞在に別れを告げる時が来たのだ。

「またいつでも来てください」マウリツィオ長老は見送りの際に言った。「『眠りの神殿』は『星の集め手』と『四人の守護者』にとって、常に開かれています」

「ありがとう」一郎は感謝の意を込めて頭を下げた。「ここで多くのことを学びました」

「私も」アイリスも礼を述べた。「特に『夢見の泉』での経験は、一生忘れられないわ」

キース、レオン、ミラも見送りに来ていた。彼らは「四人の守護者」として、これからも重要な役割を果たすことになる。

「俺はここに残る」レオンは言った。「『夢食い』の力で公国を守るために」

「私も兄と共に」ミラは微笑んで頷いた。「でも、いつでも力が必要なら呼んでください」

「私は王国に戻る」キースは軍服の襟を正した。「軍の再編成が必要だ。そして、『不眠の意志』で国境を守る」

彼らは「四人の守護者」として、それぞれの場所で力を発揮していく。しかし、必要な時にはいつでも集まり、「星の集め手」を中心に力を合わせるだろう。

「では、出発しましょう」国王アルバートが馬車の前で待っていた。

彼らはファルミア王国へと向かう馬車に乗り込んだ。湖に浮かぶ神殿の姿が、徐々に小さくなっていく。

「次はどんな冒険が待っているのかしら」アイリスは窓の外を見ながら言った。

「何が来ても、一緒に乗り越えよう」一郎は彼女の手を取った。

ファルミア王国へと続く道は、新たな始まりへの道だった。「星の集め手」と「夢見る者」の本当の物語は、これからだった。平和な世界で、彼らの力がどのように花開くのか—それは彼ら自身が切り開いていく未来だった。

―― 第21話 「アイリス王女の決断」 終 ――
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