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第2話「新天地への到着と農園の始まり」
しおりを挟む朝霧が立ち込めるグリーンウッド村。レインは小屋の前で伸びをしながら、生まれたての朝日を眺めていた。昨夜は旅の疲れもあり、小屋を少し掃除しただけであっという間に眠りに落ちてしまった。今朝、改めて周囲を見渡すと、自分の新しい領地の荒れ具合に愕然とした。
「ここから畑を作るのか…」
レインの土地は以前誰かが耕していた形跡があったものの、今は草が生い茂り、小さな灌木まで根を張っていた。小屋も雨漏りがひどく、床の一部が腐っていた。魔王を倒した勇者にとっても、これは予想外の難敵だった。
「まずは村に挨拶に行くか」
レインは簡素な服に着替え、剣は小屋に置いていった。村への道は小さな小川に沿って続いており、朝の光を受けた水面が美しく輝いていた。春の若葉が風にそよぎ、小鳥たちがさえずる姿に、レインは思わず足を止めて見入ってしまう。
「こんな美しい景色を、俺はずっと見逃していたんだな」
村に近づくにつれ、朝の活気が感じられた。子供たちが走り回り、女性たちは洗濯物を干し、男たちは畑や森へと向かう準備をしていた。そこには王都にはない、素朴でありながら確かな生命力があった。
「おや、見ない顔だね。旅人かい?」
最初に声をかけてきたのは、六十がらみの老人だった。白髪混じりの髪に日焼けした顔、それでも目は若々しく光っている。
「はい、昨日到着したレインと申します。東の古い小屋の土地をいただきました」
「あぁ、王国から来るって聞いてたよ。あそこはずいぶん荒れてるだろう?ワシはムラタ、この村の長老みたいなもんだ」
ムラタは親しげにレインの肩を叩き、村の中心へと案内してくれた。噂は早いもので、すでに「新しい住人が来た」という話が村中に広まっていたようだ。
「皆さん、紹介するよ。こちらがレイン殿、これから東の小屋に住むことになった」
集まってきた村人たちは好奇心いっぱいの目でレインを見つめた。子供たちは恥ずかしそうに母親の後ろに隠れながらも、じっとレインを観察している。
「よろしくお願いします」レインが丁寧に頭を下げると、村人たちも笑顔で応じてくれた。
「王都から来たんだって?」
「どんな仕事をしていたの?」
「畑仕事は初めて?」
質問が次々と飛んでくる。レインは自分が勇者だったことを隠すつもりはなかったが、あえて前面に出すこともしなかった。それでも、話しているうちに彼の正体は明らかになってしまった。
「えっ!?あの魔王を倒した勇者レインだって!?」
若い農夫のトモが声を上げた。一瞬の静寂の後、村中がざわめいた。
「まさか…勇者様がこんな辺境の村に?」
「本当に勇者レインなの?」
レインは少し困ったように頭をかいた。
「はい、そうです。でも今はただの農夫になりたいと思っています。畑の作り方、教えていただけませんか?」
村人たちは一様に驚きの表情を浮かべたが、すぐに喜びと敬意に変わった。勇者伝説は辺境の村にも届いており、魔王討伐の報せは皆の希望となっていたのだ。
「勇者様が農夫に?まさか…」ムラタ長老が絶句した。
「はい。戦いは終わりました。これからは平和に暮らしたいんです」
レインの真摯な言葉に、ムラタは深く頷いた。
「わかった。それならみんなで教えよう。農業の基本からな!」
---
その日の午後、レインの土地には村人たちが大勢集まっていた。男たちは道具を持ち寄り、女性たちは食べ物を用意してくれた。みんなで力を合わせれば、荒れた土地もすぐに生まれ変わるだろう。
「まずは雑草を刈り取らなきゃな」トモが鎌を手渡す。
「小屋の修理も必要だね」大工のゲンゾウが屋根を見上げながら言った。
「種も用意したよ!初心者には育てやすい野菜から始めよう」若い女性のミナが種の袋を見せてくれた。
レインは圧倒されながらも感謝の言葉を繰り返した。こんな歓迎を受けるとは思ってもいなかったのだ。
「では、鎌の使い方から教えましょう」
ムラタが実演してみせる。レインは注意深く観察し、自分も挑戦した。勇者として剣を振るう腕力はあるものの、鎌の扱いは全く別のスキルだった。
「こうじゃなくて、もっと地面に沿って…そう、その角度!」
何度か挑戦するうちに少しずつコツをつかみ始めた。村人たちも手伝い、午後いっぱいかけて土地の半分ほどの雑草を刈り取ることができた。
「明日は耕す作業だ。今日はこれくらいにしておこう」
ムラタの提案に、皆が同意した。夕暮れ時、村人たちは持ち寄った食べ物で即席の宴会を開いた。レインの小屋の前で焚き火を囲み、地元で採れた野菜のシチューやパン、自家製のビールを楽しんだ。
「勇者様、いや、レインさん。畑仕事は戦うより大変かもしれないよ」トモが冗談めかして言った。
「そうかもしれませんね」レインは笑いながら応じた。「でも、これが自分の望んだことです」
会話の中で、レインは村の歴史や周辺の土地のこと、季節ごとの作物について多くを学んだ。村人たちも、彼が思ったよりずっと気さくで親しみやすい人物だということを知り、最初の緊張は徐々に解けていった。
---
翌朝、レインは早起きして残りの雑草を刈り始めた。昨日の作業で筋肉痛を感じていたが、それは魔物との戦いの後の痛みとは違い、不思議と心地よかった。
「おはよう、レイン!」
トモと数人の若者たちが、鍬やスコップを持ってやってきた。
「今日は耕し方を教えるよ。まずは石ころを拾い集めて…」
彼らの指導の下、レインは初めての畑作りに挑んだ。しかし、現実は甘くなかった。
最初の失敗は、鍬の使い方だった。力任せに振り下ろしたレインの鍬は、硬い地面に跳ね返され、泥が彼の顔面に直撃した。村人たちの笑い声が響き渡る。
「そんなに力を入れなくていいんだよ!コツがあるんだ」
二度目の失敗は、畝作り。真っ直ぐに畝を作るつもりが、まるで蛇行する川のような曲がりくねった畝になってしまった。
「うーん、これじゃあ水やりが大変だな…」ムラタが頭をかきながら言った。
三度目の失敗は種まき。「均等に」と言われたのに、レインの手からこぼれる種はあちこちに集中してしまい、まるで小さな山のようになった。
「あ、そこは薄くした方が…」
ミナの忠告も空しく、レインは種袋を誤って落とし、貴重な種が風に舞ってしまった。
「あ、すみません!」レインは赤面しながら謝った。
しかし、村人たちは彼を責めるどころか、笑いながら手伝ってくれた。
「勇者様が土だらけになる姿なんて、誰も想像できなかったよ」
「でも、一生懸命な姿は素敵だね」
日が傾くころには、なんとか形になった畑が広がっていた。均等とは言いがたい畝、ところどころに固まった種、それでも、これが自分の手で作った最初の畑だとレインは満足していた。
「完璧じゃないけど…これが俺の畑だ」
汗と土にまみれた顔で、レインは微笑んだ。村人たちも温かい目で彼を見守っていた。
「明日は水やりの方法を教えよう。それと、小屋の修理も始めなきゃな」
村人たちが帰った後、レインは一人畑の前に立ち、夕日に照らされる自分の土地を眺めた。まだ何も生えていない土の畝。簡素で傷んだ小屋。それでも、王都の豪華な城や勲章よりも、この場所に彼は深い充実感を覚えていた。
「これでいいんだ」
レインは空を見上げた。夕焼けに染まる雲の間から、一筋の光が彼の畑を照らしていた。まるで、彼の新しい人生を祝福しているかのように。
その夜、レインは久しぶりに安らかな眠りについた。筋肉痛と疲労で体は重かったが、心は軽やかだった。明日もまた新しい挑戦が待っている。失敗するかもしれないが、それも含めて彼の選んだ人生だった。
レイン・ファーガスの農夫としての第一歩は、こうして始まった。彼はまだ知らなかったが、この素朴な営みの中で、彼は魔王よりもはるかに不思議な存在と出会うことになる。それはまた別の物語。
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