上 下
190 / 201
決着の始まり

理想郷

しおりを挟む
 扉の先を進む。

 長い廊下を進んだ先に、言われていた階段があった。

(この先か……)

 階段を駆け抜けていく。

 急がなくてはならい。この戦いを終わらせる為に。

「ここは……?」

 たどり着いた場所は、幾つもの本棚が並ぶ書庫。

 戦いには向かないであろうこの場所に、一人の男が本を読みながら、リンを待っていた。

「ここに来たという事はツヴァイは……負けたのですね」

 読んでいた本を閉じ、顔を上げる。

「ですが予感はしていましたよ アナタならここに来るであろうと」

「ドライ……」

 自らの創造した世界へと招き入れ、思うがままに操れる能力である『物語の語り手ストーリーテラー』の使い手。

 今まで出会った中で最も戦いたく無い相手、魔王三銃士の最後の一人『軍士 ドライ』であった。

「魔王様がお待ちです 決着の時を」

「だったら何も言わず通してくれ 人を待たせるのは好きじゃあない」

「ですが……私は通したくない」

 睨みつけ、リンへと敵意を向ける。

 ドライの背後にある階段。その先に魔王がいる。

「アンタの相手は苦手なんだがな」

「私も嫌なんですよ 戦いなど野蛮な事は」

「それ以上にエグい事するけどな?」

 肉体的ダメージではなく、精神面に負担をかけてくるドライの能力。

 攻略法がわからない難敵。力任せに捻じ伏せる事も出来ない、最悪の相手。

「戦う前に……聞きたいことがある」

「私にですか? どういったご用件で?」

「魔界と人界を繋いだ『魔界門』の事だ アレを開いているのはアンタか?」

 この世界へとリンを吸い込んだ穴に酷似した穴。

 もしも同じ原理で出来た穴なのであれば、元の世界にも繋ぐ事が出来るかも知れないと、リンは考えていた。

「残念ですがアレは私ではない 元々穴を開けるのは……憎らしい事にアインにしか出来なかった」

「アインだと……?」

 魔王三銃士の一人『アイン』は、すでにリンが倒した。

 この世界で最初に出会った、リンの前に何度も現れては敵に回った謎の存在。

(やっぱりあの野郎何か知ってやがったな……)

「気に入らない輩でしたがそういった術には長けていましたからね……気に入らない輩でしたが」

 まるで苦虫を噛み潰したかのように、嫌そうな口ぶりで話すドライ。

「だったら今はどうやって?」

「これまた嫌な輩でしたがマッドの技術ですよ マッドの作った機械兵製造装置……通称システム『M』の中に色々入っていましたよ」

「今度はアイツか……」

 魔王軍が所持する機械兵の生みの親。

 自らの研究の為であれば、人体実験でさえ厭わない科学者『マッド』による技術なのだと話す。

「どうも波長があったようで 二人でコソコソ作っていましたよ」

「マイナスとマイナス同士でプラスになったのか……」

「まあ技術だけなら本物でしたからね 遠慮なく使わせて頂きますよ」

 マッドの技術で人界と魔界を繋いた。

 もしもこの技術を『別の世界』にも繋げられるようになったとしたら、元の世界にも繋がるかも知れない。

「……もう一つ聞きたい事がある」

 最後に聞いておきたかった事。それはずっと気になっていた事だった。

「俺がライトゲートで暴走してた時……俺の意識を戻した・・・・・・・・のはアンタか?」

 光国家『ライトゲート』で、闇の聖剣『ダークイクリプス』の力に侵蝕された時の事。

 理性を失い、目に映るもの全てを獣の如く襲い、暴れた時の事だ。

「ツヴァイとの戦いのことは覚えていないが……アンタの攻撃を受けてからの記憶はある」

 その後魔王ルシファーに不意を打つきっかけとなったのだが、何故あの時意識が戻ったのかずっと疑問だった。

「アンタなら出来るよな? 精神を離す事ぐらい なんたって自分の擬似世界に『精神体』に送れるくらいなんだからな」

「……別に隠してはいなかったのですがね」

 自分がやったのだと、あっさりと白状する。

 だがより疑問は深まる。何故敵であるドライが、敵に塩を送る様な真似をしたのかと。

「何が目的だ? アンタからしたら俺は邪魔な筈だろ?」

 世界征服を目論む魔王軍からすれば、それを阻もうとするリンは目的達成の障害となる。

 リンをもっとも警戒していたのはドライであった。そのドライが何故リンを助けるような真似をしたのか、ずっと気がかりだったのだ。

「私の目的は唯一つ……魔王様の為・・・・・ですよ」

「なに……?」

 予想外の一言が帰ってくる。

 計画の邪魔となるリンを助ける事が、魔王の為になるのだとドライは言う。

「魔王様はアナタとの戦いを望んでいる……私はアナタを早急に倒すべきだと進言しましたが聞き入られる事はなかった」

 納得はしていなかった。だから単身でリンの前に現れた。

「たとえ僅かな可能性だったとしても……イレギュラーの存在は一片も残す訳にはいかない だからあの時アナタを殺すつもりで戦った……邪魔が入りましたがね」

 暗殺は失敗し、結局この日が来るまで生き残った。

 最後の障害である聖剣使い、目の前の『優月ユウヅキ 輪《リン》』は、ドライの不安通り、ここまで来てしまった。

「そんなアナタが魔王様にとって必要であるというのなら私は……不都合になろうと叶えてみせる!たとえそれが魔王様に逆らう愚か者を生かす事だったとしてもだ!」

 魔王が望むのであれば、自らの意思などどうでも良い。

 どんな事があっても、魔王の意思を尊重する。

「そして私はここにいる! 魔王様の赦しを得て!」

 再び本を開く。

 あの動作は『物語の語り手ストーリーテラー』を発動する時の動作だと知っていた。だからリンも武器を構える。

「だが私とて唯一譲れないものはある……それは魔王様を『傷つける』輩だ! これだけは譲れない! あの方に歯向かう不届き者を! みすみす魔王様の下へ通すわけにはいかない!」

 魔王に『リンと戦う』赦しを得た。

 たとえ望まれた戦いでなくとも、ドライにとってそれだけは譲れない望み。

「魔王様の未来の為の礎となれ聖剣使い アナタは邪魔だ……私に与えらたこの最後機会……魔王様の元へは行かせない」

(来る……!)

 ドライの持つ本が輝きを放つ。

 光が広がり、リンを包み込む。

「人は誰しも絶望に抗う たとえそれが無駄であろうとも……ですがアナタは抗えるだけの力を持っている 危険な存在だ」

 以前のリンとは違う。あの時のように『物語通り』にリンを動かす事は難しい。

 初代聖剣使いのように、魔力が桁違いである。その為リンを精神体だけ取り込んだとしても、今のリンならば術を破る事も可能であった。

「これはアナタの『理想郷』……アナタが望んだ世界がそこにある」

 光がリンを包み込む。

 「さあ……アナタは望んだ『幸せ』を掴みなさい」


























 眠りを妨げる音がする。

 その音に不快感を覚え、音の元凶に触れると音が止む。

 不快な音は消え失せ、このまま眠りにつく。すると今度は自分を揺する存在が現れた。

「もう! 起きなよお兄ちゃん!」

 聞き覚えのある・・・・・・・声だった・・・・

 急いで起き上がり、辺りを見渡す。

「──ここは?」

「ちょっとお兄ちゃんまだ寝ぼけてるの~? どうせ夜遅くまで本でも読んでたんでしょ?」

 見慣れた部屋、差し込む朝日。窓を開け外を見ても、広がるっているのは普段よくみる光景が広がっている。

 ここは『リンの部屋』だった。

「ノゾミ……?」

 リンを起こしに来たのはリンの妹。

「他に妹いないでしょう?」

 リンの妹『優月ユウヅキ ノゾミ』である。

 ここは『元の世界』であった。

「どうして俺はここに……?」

「変なこと言ってないで早く起きる! ご飯できてるんだからね!」

 そう言って部屋を出るノゾミ。

(まさか……夢?)

 あの世界は夢だったのかと、今のこの状況を見て考え始めるリン。

 掛かっていた制服を手に取り着替え、下にある居間へと向かった。

「おはようリン 待てなくてみんな食べ始めちゃった」

「悪く思うな弟よ! 私は全員で食べようと言ったのだが聞き入れてもらえなかったのだよ!」

「ミチルが一番に食べ始めたの父さん見逃さなかったぞ」

(母さん……父さんに姉さんも)

 ここに居る。

 いつもの平穏な日常の風景。この光景こそ本来あるべき姿だった。

「おっと! 残念ながらそろそろ私は失礼させてもらおうかな!」

 仕事の時間の迫る姉である『優月ユウヅキ ミチル』は席を離れる。

「では諸君! 行ってくるよ!」

「お姉ちゃん行ってら~」

「弟からは無いのかな?」

「……行ってらっしゃい」

 立ち尽くすリンの肩を軽く叩いて仕事へ向かう姉。

「じゃあ私も行って来ま~す 誰かさん起こしたら時間無くなっちゃったし?」

「悪かったな」

「じゃあ今度なんか奢ってよね~よろしく~」

 妹は学校へ向かう。

 いつもリンを軽く扱う妹。だが決して仲が悪い訳ではなく、偶に買い物などに付き合わされていた。

「ほらさっさと食べないと時間無くなっちゃうぞ? それに……そろそろ『お迎え』の時間だろ?」

「お迎え……?」

 その迎えが来た事を知らせるチャイムが鳴る。

「噂をすればね ホラ迎えてあげなさい!」

「ちょっ……母さん」

 背中を押され、仕方なく玄関へ向かうリン。

 誰が来たのかわからない。気を引き締めてドアを開ける。

「おはようリン! 今日は私のお迎えが先だったね!」

 信じられない光景であった。

 これをどれだけ望んだ事だったか。この世界は、それが叶った世界。

「……ユキ?」

 ここは、リンの望んだ『理想郷』であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...