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奪い奪われ壊されて

救えないもの

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「ハッ……ハハッ! だから何だったんだよ? お前が手に入れたのは『氷の賢者の石』だぞ?」

 凍える世界、今この場を支配するは『寒さ』である。

 ルドーの『氷』に対する『火』の力という、本来であれば結果が目に見えていた戦い、それを覆したのが、このマイナス五十度を下回り始めた凍土という環境である。

「たとえ新しい力を手に入れても所詮は素人! 氷で勝負を挑もうなんざ百年早いぜ!」

 氷の槍がリンを貫く為に放たれる。前の攻撃を何で塞がれたかわからなかったルドーだが、そんな事はどうでも良いともう一度放ったのだ。

 もう油断は無い。数も増やし、四方を囲むようなにして放ったのだ、躱せはしない。

 その筈だった。

「何故……止まった?」

 ルドーの放った氷の槍は、リンを貫く直前で停止した・・・・

 そして停止した槍は、あろうことかルドーへ返される。

「ウオ!?」

 何が起きたか理解できずにいた。

 ただ、今の現象を起こしたのは、聖剣使いがやったものだという事だけを、ルドーは確信した。

「テメェ……今何しやがった!?」

 魔力をリンに流し込むルドー。リンは村人を凍らせた時と同じように、リンの全身を凍らせた。

 もうこれで動けない、聖剣使いを氷像にしてやったと嗤う。

 だが凍らせた直後、直ぐに氷にヒビが入る。

 そして悟った、効いていない・・・・・・のだと。

(何が起こってる!? 聖剣使いに何があった!?)

 完全に氷が砕け、聖剣使いと眼が合う。

 黒い瞳は蒼く染まり、それは賢者の石がリンの身体と同化したことを意味していた。

「お前の言う百年は……一瞬だったな」

 ルドーは背筋が凍る。それは寒さではない。

 怒りと憎しみ、全てが自身に向けられた感情だというのを理解したからだった。恐怖したからだった。

「お前が……殺した 村の人達を」

 虚な瞳、ただ捉えるのは憎むべき相手のみ。

 冷徹な心で、敵を討つ。

「チッ!」

 逃げるしかなかった。得体の知れない恐怖に、ルドーは震えを止める事が出来なかった。

 このままでは戦えない、直ぐに態勢を立て直して挑まねば、確実に『殺られる』と直感したのだ。

(あの豹変は何だ!? あれが氷の賢者の石の力なのか!?)

  氷のような冷徹な闘志、それを与えるのが氷の賢者の石『アイスゾルダート』である。

 本来であれば感情の起伏を抑え、常に冷静な判断を下せる『平常心』を与え、心を留める力であった。

 だが、リンの心を現在支配しているのは『怒り』である。

 その心を氷の賢者の石アイスゾルダート固定・・してしまっていた。

「お前が奪った命を……お前の命で返せ」

(何だ!? 何か構えてるのか!?)

 リンは二つ・・、氷の剣を構えていた。

 剣の形は、くの字のように湾曲した特殊な刀剣、『ククリナイフ』を模した武器であり、刀身から柄に至るまでが『透明』といっても差し支えない程までに、極限まで薄く、研ぎ澄ませられている。

 それをリンは投げた。

 風を切る音はするが、目視することは可能であった。

「ガッ! アッ……アアァ!?」

 ルドーの左腕が落ちる。本来身体から離れることなどあり得ない部位が外れ、目の前に落ちていた。

 そしてもう一本、二本目は背中に突き刺さる。

 致命傷である。この時点でルドーの敗北は決定していた。

「そんな……こんなアッサリ」

 認められなかった。

 全て上手くいっていたと、状況は全て自身にとって向かい風であったと自負していた。

 だのにたった一つの慢心が、この状況を一変させてしまった。

「認めない……認めてたまるか!」

 自身の身体を氷で塞いで止血する。

 死んでたまるか、これだけのお膳立てをしておいて失敗など許されない。

(失敗したら……失敗したらアイン様に殺される!)

 白い服装は雪の中で身を隠すのにうってつけだ。

 時間稼ぎが必要であった。吹雪の中へ身を潜め、不意の攻撃であれば、聖剣使いは反応できないと考えた。

「殺す……! よくもオレの腕を!」

 止血したとしても、痛みが和らぐことはない。
激痛で悶えてしまいそうであったが、今はまだ出来ない。聖剣使いを仕留めてからである。

(まだ……環境はオレの味方なんだ! ヤツにオレのいる場所はわからない!)

 たとえ視界の悪い吹雪の中であろうと、ルドーは視認することが出来る。

 ルドー自らが選んだ場所である。アドバンテージで上回っているのは間違いない。

(アイツ……コッチに来るぞ?)

 辺りを見渡す様子も見せず、真っ直ぐにルドーのいる方角へと進む。

 近づいて来るのは構わない。が、こちらが見えているのであれば話は別だ。

(何でだ……? 何でコッチに?)

 間違いなく、確信を持ってルドーに近づいていた。

「クソッ!」

 動揺した。それでもルドーはリンの背後から、氷の剣で不意の一撃を狙う。

 完全な不意打ちとはいかずとも、目の前にいる相手の攻撃が、背後からくるとは想定していない筈だと。

「な……何で?」

「落とし物だ 使えるかは別だがな」

 そう言ってルドーの目の前に左腕を雑に投げる。

「何でわかった……それに何でオレが後ろから狙うのが……」

「血が抜けすぎて頭が回らなくなってるだろ 足跡が消せていない 止血もしきれてない」

 リンは足跡と血痕を辿ってルドーの位置を把握していた。

「お前みたいに自分に自信があるようなヤツは……狙いどころなんてお見通しなんだよ」

 ルドーが狙った部位は『左腕』である。
自身の腕を奪って相手の腕を、真っ先に狙った。だから防がれたのだ。

 リンの左腕は氷の籠手が、ルドーの一撃を防いでいた。

 もう動けない。力が抜けていくのがわかった。だがそれは体力が尽き始めたからではない、『恐怖』からだ。

(さっきも感じた……コイツまさか!?)

「教えてくれよ……なあ」

 残った右腕を踏みつけられる。

 砕ける鈍い音。痛みに悶えそうになるが、許されなかった。

「人を『殺す』の……楽しかったか?」

 耐えられなかった。

 全て、壊されてしまったから。

「立てよ さっきまでの威勢はどうした?」

「ゆ……許して」

「許す? 何を許せば良い? 言ってみろ?」

 頭を足で踏みつられ、立ち上がることの出来ないルドーは悟った。

 もう勝てないと。

(オレの魔法が通じない……オレの氷の魔力を自分の魔力で『支配』しやがった)

 同属性の魔法を自身の魔力で上書き・・・する事で、乗っ取る事ができる。

 が、それは並大抵の魔力で出来る技術ではなく、相手の同属性魔力の倍以上の差がなくては成立しない技法であった。

(殺してやる……絶対に!)

「どうした? 抵抗する力も残ってないのか?」

「まだ……助かる」

「何?」

 足に入れた力が緩む、その言葉は、微かな希望だったからだ。

「まだ助かるぞ……オレが氷漬けにした連中はな オレが魔法を解いてやれば今ならまだ助かるんだ!」

「……本当か?」

「本当だ! だから頼む! まだ間に合うんだ!」

 氷の魔法を解くフリをして、リンの不意を突こうと考えた。

 これならたとえ失敗しても、魔法を解くまでは無闇に手を出せない。そう考えた作戦である。

(さっさと足をどけやがれ! オレはこんなところで死にたくねえんだよ!)

「……嘘だな」

「……へ?」

「なんて残酷なんだろうな……この力は」

 緩んでいた足の力が先程よりも更に力が強まる。
ルドーの足元からだんだんと、氷漬けにされていくのがわかる。
 
 ルドーが村の住人へとやった魔法と同一の方法であった。

「待て!? 本当だ! オレにしか解けないぞ!」

視えるんだよ・・・・・・……氷漬けにされた人が……全員死んでるのが」

 氷の賢者の石を手に入れた事で、視たくもない現実を突きつけられる。

 残酷な嘘。希望が絶望に変わる瞬間だった。

「た……助けて!」

「救えないな……誰も」

 村人と同じ末路を辿るルドー。

 唯一違うのは、全身が凍った後、頭は踏み潰された事だ。

「救えないないんだな……俺は」

 全てが冷たく、凍えてしまう世界。

 頬を伝う温かな雫も、この世界では温かさを保てず、凍えていた。


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