死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

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第三章

どうしてこんなことに

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『レオ、ここまで来れば大丈夫ですよ。つけられているということもありません』
 ステラの言葉にレオナルドは振り返る。視界にもう馬車はなく、周囲には人気ひとけもなかった。
「わかった。ありがとうステラ。じゃあ今日はもう帰ろうか」
『ええ。無駄な時間を過ごしてしまいました。それに今から戻ったのではレオは夕食の時間に間に合わないでしょうね』
「え!?そんなに時間経ってた!?」
 元々オルスを少し見て帰るつもりで、当然魔の森に行こうなんて考えていなかった。こんなに時間を使う予定ではなかったのだ。
『面倒を見ようとしたレオの自業自得じごうじとくです。……部屋に直接戻るのは避けた方がいいでしょう』
「?よくわかんないけど正面から帰れってことか?」
『ええ。それで帰ったら素直に謝罪するのですね』
「そりゃ夕食に遅れたら普通に謝るけど?父上とかキレそうだし」
『そういう意味ではありません』
 ステラはそれ以上説明する気はないようで、レオナルドは首を傾《かし》げることになった。だが、この後すぐに彼はステラが言った言葉の意味を知ることとなる。
「…まあいいや。とりあえず急ごう」
 レオナルドは空に浮かび上がると、最大限のスピードでムジェスタへと向かった。

 そうして夕食の時間に少しだけ遅れて屋敷に戻ってきたレオナルドは、玄関ホールにセレナリーゼの存在を感知し、そのことを不思議に思いながらも玄関扉を開けた。
 ちなみに黒刀と黒の外套がいとうはムジェスタに到着後ステラに仕舞しまってもらい、今は普段着の状態だ。
「あっ!お帰りなさいませ、レオ兄様!」
 階段に座っていたセレナリーゼが即座そくざに立ち上がりレオナルドをむかえる。その隣ではミレーネが一度頭を下げた。
「ただいま、セレナ。けど、二人はどうしてこんなところに?」
「どうしてではありません。もちろんレオ兄様を待っていたに決まってるじゃないですか。レオ兄様こそ今までどこに行っていたんですか?お部屋に行ったらいらっしゃらないですし心配したんですから」
 セレナリーゼは言いながらレオナルドのもとに寄っていく。ミレーネも後をついてきている。
「あ~と、ごめん。ちょっと遊びに行ってた」
「むぅ……。出かけるのなら私も一緒に行きたかったです!」
 言うやいなやセレナリーゼはレオナルドに抱きついた。幼い頃と違い互いに成長しているため、その大胆だいたんな行動にレオナルドは思わずドキッとしてしまう。
「セレナ!?……わ、悪かったよ。ごめんな?今度、また今度さ、一緒に出かけよう?な?」
「…………」
「お~い、セレナ?ほら、今はもう夕食の時間過ぎてるだろ?行こう?」
「…………」
 レオナルドが声をかけて離そうとするがセレナリーゼは抱きついて黙ったままだ。レオナルドはついミレーネに疑問いっぱいの目を向けるが、ミレーネは首を横に振るだけだった。

 するとそこで、セレナリーゼが顔を上げた。レオナルドとセレナリーゼの目が合う。
 実に可愛かわいらしい笑顔なのだが、それを見たレオナルドの肩がビクッとなった。
「レオ兄様……」
 セレナリーゼがレオナルドから離れる。彼女の目からはハイライトが消えていた。
「は、はい。何でしょうセレナ、さん……?」
 セレナリーゼから言い知れぬ何かを感じ気圧けおされるレオナルド。
「ここに座ってください」
 セレナリーゼは冷たい声で言い放った。
「……はい?」
 頭の中は疑問だらけだが、言われた通りレオナルドはおずおずとその場に座る。
「誰が足をくずしていいと言いましたか?」
「え?」
 目が点になるレオナルド。どうやらセレナリーゼは正座をご所望しょもうのようだ。

「あの……どうして俺はこうなってるんでしょうか?」
 玄関ホールで正座を強制されたレオナルドがおそる恐るたずねた。
「わかりませんか?」
 戸惑とまどうレオナルドに対し、セレナリーゼが抑揚よくようのない声で返す。
「すんません……」
 怒ってるだろうことはわかる。無表情なのがめちゃくちゃ怖い。でも突然セレナリーゼがこうなってしまった理由はわからなかった。一人で出かけたことを怒っているなら最初から怒っているはずだ。
「レオ兄様はいったい誰と遊んでいたんでしょうか?」
「へ?」
 セレナリーゼの質問の意図いとがわからずレオナルドはぽかんとしてしまう。
「……レオ兄様からがします」
「え!?」
『ほう、するどいですね。レオは馬車に乗っている間ずっとくっついていましからね』
(くっついてねぇ!ってか、そんなことでにおいなんてわかるものなのかよ!?)
『現に気づかれているではないですか。。帰ったら謝罪するように、と』
(こうなるってわかってたのか、ステラ!?)
『さあ、どうでしょう』
(くっ、これがあれか?前世の都市伝説にあった女のかんってやつなのか!?)
『そんな伝説があるのですか?今の状況にぴったりですね』
 ステラが冷たい。突き放すような言い方だ。

「……ち、違うよ!?そ、そう。道に迷っている人がいて、俺が案内したんだよ。その人がたまたま女性だったからじゃないかな!?」
 自分でもどうしてかわからないが、レオナルドは今とんでもなくあせっていた。
『さすがです。レオは絶妙ぜつみょうな言い回しが本当に上手うまくなりましたね』
めてないだろ、それ!)
「……本当ですか?」
 なおも疑いの眼差まなざしを向けてくるセレナリーゼ。
「本当だよ、本当。俺、セレナに、うそ、つかない」
「どうして片言かたことになってるんですか?」
「すんません……」
 レオナルドがしゅんとなってしまったそのとき、
「セレナリーゼ様、それくらいにしてあげたらいかがですか?レオナルド様もこう言っていることですし、あまり責めるのはお可哀かわいそうです」
 救世主が現れた。
「ミレーネ……!」
 レオナルドの目が期待にかがやく。ミレーネはレオナルドの目の前にやって来て両ひざをついた。
「大丈夫ですか?レオナルド様」
「あ、ああ。だいじょう―――んぅ!?」
 ミレーネは流れるような動作でレオナルドの頭を自分の胸元にかかえ込むと、よしよしをするように頭をでる。
 とても柔らかくて幸福なものに顔が包まれるレオナルドだが、今期待していたのはこういうことじゃない。しかも息ができない。予想外の事態で本気で苦しい。
(ミレーネさん!?なんで!?どうしていきなりこんなことになる!?)
 ミレーネの肩にタップするがそれは当然のようにスルーされた。
あきらめが肝心かんじんですよ、レオ』
 ステラの無慈悲むじひな言葉がレオナルドの頭に響いた。

「ちょ、ちょっとミレーネ!いきなり何をしているんですか!?そんなうらやま――じゃなくて!はしたないです!早くレオ兄様を放しなさない!」
 セレナリーゼの目にハイライトが戻ったのはいいが、一気にミレーネとのライバルモードに入ってしまった。
「はて?なぜでしょう?レオナルド様は体の力を抜いて気持ちよさそうにしていますが。いまだ私の胸が成長しているからといって嫉妬しっとはよくありませんよ?」
 感情を表に出すことなく淡々たんたんとわざとらしく嫌味っぽい言い方で応戦するミレーネ。二人ともレオナルドがいるというのに、まるで自分達だけのときのような会話をしてしまっていることに気づいていないようだ。
「なっ!?…私だって成長してます!どんどん大きくなってるんです!私がしたってレオ兄様はきっと!」
 感情をさかなでされたセレナリーゼがヒートアップする。
「恐れながら骨が当たっては痛くてレオナルド様も心地ここちよくないかと」
「くっ、ここぞとばかりに優位に立とうとして……。私はもっと成長します!そもそもミレーネはおかしいです!成長期でもないのにどうしてまだ大きくなってるんですか!?」
「…愛のなせるわざ、でしょうか」
「あ、愛って!」
「真実を申し上げてしまい申し訳ございません」

 平静を失っているため二人の会話は耳に入ってこず、酸欠で意識が遠のいていく中、
(前にもこんなことあった気がするな……。マジで勘弁かんべんしてくれ……)
 と思うレオナルドだった。
「全く申し訳なくなんて思っていないでしょう!?レオ兄様のこととなると本当態度が全然違うんですから!」
「お嫌ですか?」
「嫌とは言ってません!」
「…ありがとうございます」
 ミレーネは小さく微笑ほほえんだ。二人の関係が垣間かいま見えるやり取りだ。
「もう。ミレーネはズルいです。…って私達レオ兄様の前でなんて話をしてるんですか!?…あれ?レオ兄様?全く動いてない?…ミレーネ!レオ兄様を早く放してください!レオ兄様が死んでしまいます!」
「あら?」
 セレナリーゼが気づき、ミレーネから解放してくれたおかげで何とか生還せいかんできたレオナルドだが、先ほどまで渡ってはいけない川の前に立っていた気がするのはきっと気のせいだろう。そうに違いない。レオナルドをセレナリーゼとミレーネが二人がかりで介抱かいほうする。

 そんな三人のやり取りをダイニングに続く廊下ろうかから見守っている者達がいた。
 フォルステッドとフェーリスだ。
「……なんというかレオナルドも大変だな」
 レオナルドを不憫ふびんに思ったフォルステッドのしみじみとした声だった。本当はしかるつもりでいたのだが、そんな気はもうなくなっていた。
「あら、素敵すてきな関係じゃない。これからが本当に楽しみだわ」
 一方、フェーリスはニコニコ顔だ。
「セレナリーゼを見ていたら昔のフェリを思い出したよ……」
 レオナルドに同情した理由はそういうことのようだ。
「あらあら?それはどういう意味かしら、フォル?」
 フェーリスは変わらず笑顔なのに、フォルステッドに強烈な圧がかかる。
「……君たちはやっぱり親子なんだなとあらためて思っただけだ」
 失言だったと後悔こうかいしているのかフォルステッドは冷や汗を流している。クルームハイト家の女性は強いのだ。
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか。その言葉はすごく嬉しいから」
「すまん……」
 圧はすっと消えたが、言ってしまった言葉は消えない。この後、フォルステッドはめちゃくちゃ頑張がんばることになったがそれはまた別の話だ。
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