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第二章
夢ではなく現実
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身体に沁みわたるような、全身を包み込んでくれるようなポカポカとした何かを感じたミレーネは、その温かさに導かれるようにして、目の焦点が合っていき、眼前に人がいることに気づいた。
それは見慣れた顔、レオナルドのものだった。
ただ、どうしてレオナルドがいるのか。ぼんやりとした頭でそんなことを思う。
すごく優しい声で何かを言ってくれた気がするが、頭が働いていないせいか、意味のある言葉として理解できなかった。ただ言いながらレオナルドがすごく辛そうな顔をしているのはわかった。
(どうしてそんな顔をしているのですか?)
疑問に思って声を出そうとしたが上手く出なかった。というか、記憶もはっきりせず、自分が今どういう状況なのか全くわからない。それに体は上手く動かせないし、思考もままならない。いったいどうなっているのだろうか……。
すると、レオナルドが怖い顔をして自分から離れていき、それからすぐに黒装束達との戦いが始まった。
いや、戦いとは言えないかもしれない。何が起きているのか自分にはわからない程の動きだったが、要所要所で見える光景はレオナルドが圧倒していた。
訳がわからなかった。だってレオナルドにそんな力はないはずだから。夢でも見ているのだろうか。
レオナルドの綺麗な金髪が白髪になっていることもそんな思いに拍車をかけた。レオナルドが使っているあんな黒くて細い剣も初めて見る武器だ。
ただ聴覚はすぐに回復してきて、レオナルドが戦いながら自分のためにすごく怒ってくれていることがわかった。セレナリーゼが攫われたときに、レオナルドから静かな怒りを感じたが、こんなに激怒しているのをミレーネは見たことがない。
何だかそれが少し嬉しかった。
そうして戦いを見ていると、少しずつ自分の置かれている状況を思い出してきた。
ここで戦っていたのは自分だった。そして負けた。負けて、命令されて……。
それ以上は思い出すことを心が拒否した。
ただ、それと同時にやっぱりこれは夢なんだと思った。きっと明晰夢というやつだ。
だって今ここにレオナルドがいる訳がないのだから。
きっと、直前にセレナリーゼの言葉を思い出してしまったから、こんな夢を見ているのだろう。レオナルドが助けに来てくれることを心の底で願ったのかもしれない。
そんな中、どこからともなく女性と思われる声が聞こえた気がした。
何重にも膜を通したかのような非常に聞き取り辛いものだったが、その声は何となくレオナルドの戦い方を非難したり、人を殺さないように説得したりしているような感じだった。
だからミレーネは余計なことを言うなと思った。
こんな奴らこのまま無残に死ねばいいのだ。それこそ願ったり叶ったりではないか。
そんな想いが通じたかのように、レオナルドは黒装束達を徹底的に痛めつける。
胸がすく思いだった。
もっと、もっと、もっと。たとえ夢の中だけのことだとしても、自分の代わりにどうかこの者達に鉄槌を―――。
そしてとうとうレオナルドは黒装束達を追い詰める。
ミレーネはレオナルドがこのまま殺してくれることを願った。
ここにいる者を全員、恐怖と絶望に染めて殺して、と。
現実の自分が今どうなっているのかは考えたくもないし、もうどうでもよかった。碌なことになっていないことは確実だろうから。そんなことよりも今はこの夢の結末を早く見たかった。それまでどうか目が覚めませんように―――。
ついに止めを刺すというそのとき、先ほどから聞こえている声がやけにはっきりと頭に響いた。
ブラックワイバーンになった者、というのは自分が見てる夢のはずなのに全く訳がわからなかったが、人間を殺す意味なんて、いったい何を言っているのだと思った。こいつらは殺されて当然の者達だ。そこに意味なんてないし、必要もない。
ミレーネが聞こえてきた内容に対し、反射的にそんな反論を思い浮かべるが、その声は尚も続ける。声の主の必死さがこれでもかとミレーネに伝わってきた。
けれど、ミレーネはそれにも反論が浮かんでくる。
生きながらの罰なんて生ぬるい。こんな者達を殺すのにいったい何の覚悟が必要だというのか。怒りに任せて殺して何が悪い。後悔なんてしない。
自分の願望が見せている夢のはずなのに、どうしてこの声は自分の想いを否定するようなことばかり言うのか。
すると、この頃には思考も随分とはっきりしてきていたミレーネは、ここに来て少し違和感を覚えた。夢にしてはどうにもおかしい。……これは本当に夢なのだろうか、と。
レオナルドは結局黒装束達に止めを刺すことなく、今度はグラオムとネファスの二人と戦い始めた。いや、一方的に痛めつけ始めたという方が正しい。
本当なら黒装束達を相手にしていたときよりも余程胸のすく光景のはずだが、ミレーネは違和感がどんどん大きくなってきていてそれどころではなかった。レオナルドが魔法を使ったときにはあり得ないと驚愕したが、そんな自分の普通の反応こそがこれが夢じゃないことを証明しているようで……。
この頃には身体も動くようになっており、ミレーネは自身に目を向ける。そこには体を隠すように外套だけを羽織った、下着姿の自分がいた。自分で脱いだのだからちゃんと覚えている。
やっぱりこれは現実……?
震える手でミレーネはそっと自身の首に触れると、そこに隷属の首輪はなかった。
(夢…じゃ、ない!?)
そう思った瞬間、ミレーネは曖昧だった記憶をすべて思い出した。心を閉ざしていたとはいえ、すべて見ていたのだから。首輪は何らかの方法でレオナルドが壊してくれた。その後も自分を優しく抱いて運んでくれて……。
そうしてすべてを思い出したミレーネは、先ほどはっきり聞こえた時を境にして今はもう聞こえなくなった誰ともわからない声が言っていたことの意味を理解できた。
声の主はレオナルドに殺人者になってほしくないのだと。
レオナルドについては夢だと考えた方がしっくりくるほどわからないことだらけだが、これは現実だ。自分の窮地にレオナルドが助けに来てくれたのだ。
ならば自分だってレオナルドに殺人をさせたくなどない。レオナルドが自分のために相手を殺すほど怒ってくれているなんて信じられない気持ちも強いが、その想いに甘えてレオナルドにグラオム達を殺させてはいけない。だって今の状況は自業自得なのだ。レオナルドをそれに巻き込んでいい訳がない。
「お前ら…そろそろ死ね」
そのときレオナルドのゾッとするほど冷たい声が聞こえてきた。ハッとして見てみると、レオナルドが先ほど投げていた黒い剣を構えている。
(いけない!)
ミレーネはグッと体に力を入れると、駆け出してレオナルドを止めるため抱きついた。
「いけません!レオナルド様!」
「っ、ミレー、ネ……?」
レオナルドは突然の衝撃に背中側を振り向き目を見開く。
『あの状態から復活できたのですか……!?』
ステラも驚いていた。
「はい!」
「治った、のか……?」
「すみません!私の心が弱かったばかりに……!私は大丈夫です!ですからレオナルド様が手を汚す必要はありません!」
抱きついた体勢のままミレーネは必死に言葉を続けた。
「ミレーネ!よかった!」
これまでの怒りや憎しみが嘘のようにレオナルドの心が歓喜に包まれる。そして握っていた黒刀を手放すと、自分からミレーネを強く強く抱きしめた。
想像以上の強さで抱きしめられたミレーネは少し苦しく感じたが、それがレオナルドの想いの強さによるものだと思うと何だか擽ったいような気持よさがあって、もっとと思ってしまい、その想いのまま自分からも腕の力を強くする。
「助けてくれてありがとうございます。怒ってくれてありがとうございます。ですが、私はもう大丈夫ですから。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした……」
「そんなこといいんだ。よかった……。本当によかった……!」
ミレーネが無事なことをただただ喜ぶレオナルド。
「ありがとう、ございます……」
ミレーネは涙を流し、レオナルドは優しく微笑んでいる。二人の温かな雰囲気に、これまで張りつめていた空気が一気に霧散してしまった。何とも言えない時間が暫し流れる。
するとそこで、
『……レオ。感動に浸っている場合ではありません。この状況、どうするつもりなんですか?』
ステラが少し怒っているようにも感じられる呆れた声でレオナルドを現実に引き戻すのだった。
それは見慣れた顔、レオナルドのものだった。
ただ、どうしてレオナルドがいるのか。ぼんやりとした頭でそんなことを思う。
すごく優しい声で何かを言ってくれた気がするが、頭が働いていないせいか、意味のある言葉として理解できなかった。ただ言いながらレオナルドがすごく辛そうな顔をしているのはわかった。
(どうしてそんな顔をしているのですか?)
疑問に思って声を出そうとしたが上手く出なかった。というか、記憶もはっきりせず、自分が今どういう状況なのか全くわからない。それに体は上手く動かせないし、思考もままならない。いったいどうなっているのだろうか……。
すると、レオナルドが怖い顔をして自分から離れていき、それからすぐに黒装束達との戦いが始まった。
いや、戦いとは言えないかもしれない。何が起きているのか自分にはわからない程の動きだったが、要所要所で見える光景はレオナルドが圧倒していた。
訳がわからなかった。だってレオナルドにそんな力はないはずだから。夢でも見ているのだろうか。
レオナルドの綺麗な金髪が白髪になっていることもそんな思いに拍車をかけた。レオナルドが使っているあんな黒くて細い剣も初めて見る武器だ。
ただ聴覚はすぐに回復してきて、レオナルドが戦いながら自分のためにすごく怒ってくれていることがわかった。セレナリーゼが攫われたときに、レオナルドから静かな怒りを感じたが、こんなに激怒しているのをミレーネは見たことがない。
何だかそれが少し嬉しかった。
そうして戦いを見ていると、少しずつ自分の置かれている状況を思い出してきた。
ここで戦っていたのは自分だった。そして負けた。負けて、命令されて……。
それ以上は思い出すことを心が拒否した。
ただ、それと同時にやっぱりこれは夢なんだと思った。きっと明晰夢というやつだ。
だって今ここにレオナルドがいる訳がないのだから。
きっと、直前にセレナリーゼの言葉を思い出してしまったから、こんな夢を見ているのだろう。レオナルドが助けに来てくれることを心の底で願ったのかもしれない。
そんな中、どこからともなく女性と思われる声が聞こえた気がした。
何重にも膜を通したかのような非常に聞き取り辛いものだったが、その声は何となくレオナルドの戦い方を非難したり、人を殺さないように説得したりしているような感じだった。
だからミレーネは余計なことを言うなと思った。
こんな奴らこのまま無残に死ねばいいのだ。それこそ願ったり叶ったりではないか。
そんな想いが通じたかのように、レオナルドは黒装束達を徹底的に痛めつける。
胸がすく思いだった。
もっと、もっと、もっと。たとえ夢の中だけのことだとしても、自分の代わりにどうかこの者達に鉄槌を―――。
そしてとうとうレオナルドは黒装束達を追い詰める。
ミレーネはレオナルドがこのまま殺してくれることを願った。
ここにいる者を全員、恐怖と絶望に染めて殺して、と。
現実の自分が今どうなっているのかは考えたくもないし、もうどうでもよかった。碌なことになっていないことは確実だろうから。そんなことよりも今はこの夢の結末を早く見たかった。それまでどうか目が覚めませんように―――。
ついに止めを刺すというそのとき、先ほどから聞こえている声がやけにはっきりと頭に響いた。
ブラックワイバーンになった者、というのは自分が見てる夢のはずなのに全く訳がわからなかったが、人間を殺す意味なんて、いったい何を言っているのだと思った。こいつらは殺されて当然の者達だ。そこに意味なんてないし、必要もない。
ミレーネが聞こえてきた内容に対し、反射的にそんな反論を思い浮かべるが、その声は尚も続ける。声の主の必死さがこれでもかとミレーネに伝わってきた。
けれど、ミレーネはそれにも反論が浮かんでくる。
生きながらの罰なんて生ぬるい。こんな者達を殺すのにいったい何の覚悟が必要だというのか。怒りに任せて殺して何が悪い。後悔なんてしない。
自分の願望が見せている夢のはずなのに、どうしてこの声は自分の想いを否定するようなことばかり言うのか。
すると、この頃には思考も随分とはっきりしてきていたミレーネは、ここに来て少し違和感を覚えた。夢にしてはどうにもおかしい。……これは本当に夢なのだろうか、と。
レオナルドは結局黒装束達に止めを刺すことなく、今度はグラオムとネファスの二人と戦い始めた。いや、一方的に痛めつけ始めたという方が正しい。
本当なら黒装束達を相手にしていたときよりも余程胸のすく光景のはずだが、ミレーネは違和感がどんどん大きくなってきていてそれどころではなかった。レオナルドが魔法を使ったときにはあり得ないと驚愕したが、そんな自分の普通の反応こそがこれが夢じゃないことを証明しているようで……。
この頃には身体も動くようになっており、ミレーネは自身に目を向ける。そこには体を隠すように外套だけを羽織った、下着姿の自分がいた。自分で脱いだのだからちゃんと覚えている。
やっぱりこれは現実……?
震える手でミレーネはそっと自身の首に触れると、そこに隷属の首輪はなかった。
(夢…じゃ、ない!?)
そう思った瞬間、ミレーネは曖昧だった記憶をすべて思い出した。心を閉ざしていたとはいえ、すべて見ていたのだから。首輪は何らかの方法でレオナルドが壊してくれた。その後も自分を優しく抱いて運んでくれて……。
そうしてすべてを思い出したミレーネは、先ほどはっきり聞こえた時を境にして今はもう聞こえなくなった誰ともわからない声が言っていたことの意味を理解できた。
声の主はレオナルドに殺人者になってほしくないのだと。
レオナルドについては夢だと考えた方がしっくりくるほどわからないことだらけだが、これは現実だ。自分の窮地にレオナルドが助けに来てくれたのだ。
ならば自分だってレオナルドに殺人をさせたくなどない。レオナルドが自分のために相手を殺すほど怒ってくれているなんて信じられない気持ちも強いが、その想いに甘えてレオナルドにグラオム達を殺させてはいけない。だって今の状況は自業自得なのだ。レオナルドをそれに巻き込んでいい訳がない。
「お前ら…そろそろ死ね」
そのときレオナルドのゾッとするほど冷たい声が聞こえてきた。ハッとして見てみると、レオナルドが先ほど投げていた黒い剣を構えている。
(いけない!)
ミレーネはグッと体に力を入れると、駆け出してレオナルドを止めるため抱きついた。
「いけません!レオナルド様!」
「っ、ミレー、ネ……?」
レオナルドは突然の衝撃に背中側を振り向き目を見開く。
『あの状態から復活できたのですか……!?』
ステラも驚いていた。
「はい!」
「治った、のか……?」
「すみません!私の心が弱かったばかりに……!私は大丈夫です!ですからレオナルド様が手を汚す必要はありません!」
抱きついた体勢のままミレーネは必死に言葉を続けた。
「ミレーネ!よかった!」
これまでの怒りや憎しみが嘘のようにレオナルドの心が歓喜に包まれる。そして握っていた黒刀を手放すと、自分からミレーネを強く強く抱きしめた。
想像以上の強さで抱きしめられたミレーネは少し苦しく感じたが、それがレオナルドの想いの強さによるものだと思うと何だか擽ったいような気持よさがあって、もっとと思ってしまい、その想いのまま自分からも腕の力を強くする。
「助けてくれてありがとうございます。怒ってくれてありがとうございます。ですが、私はもう大丈夫ですから。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした……」
「そんなこといいんだ。よかった……。本当によかった……!」
ミレーネが無事なことをただただ喜ぶレオナルド。
「ありがとう、ございます……」
ミレーネは涙を流し、レオナルドは優しく微笑んでいる。二人の温かな雰囲気に、これまで張りつめていた空気が一気に霧散してしまった。何とも言えない時間が暫し流れる。
するとそこで、
『……レオ。感動に浸っている場合ではありません。この状況、どうするつもりなんですか?』
ステラが少し怒っているようにも感じられる呆れた声でレオナルドを現実に引き戻すのだった。
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