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第二章

心が死んでいく

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 ミレーネの身体が自分の意思に反して勝手に動き始める。
 必死に抵抗しているのか、表情は強張こわばり、その手は力が入り過ぎているようでふるえていた。
 けれど命令された通りに、ネファス達に自身の肌を見せつけるように服をはだけさせ、ゆっくりゆっくりと一枚ずつ脱いでいってしまう。

 その様子をネファスとグラオムは、まるで淫猥いんわいなショーを見ているかのように色欲しきよくまみれた顔つきで楽しげにミレーネの体を評価したり、感想を言ったりしている。

 そんな彼らの言葉が聞こえてくる中、ミレーネは自分がみじめでなさけなくて、そしてどうしようもなくこの後が怖い。
 自分がこんなにも『女』だとは思っていなかったのだ。性別なんてただの事実でしかなくて、恋愛とか女性としての幸せとかそういうものを考えたこともなかった。まして男性と結ばれることなんて自分とは無縁むえんのものだと思っていた。
 それをこんな形で自覚させられ、ミレーネの心は追い詰められていった。嫌で嫌で仕方がない。
(……なぐさみ者になるくらいなら……いっそ……)
 こんな状態でも舌をむことくらいはできる。それで死ぬことができれば、ネファス達にもてあそばれることはない。その方がいい。心と身体をけがされてしまうよりはずっと。自分の復讐ふくしゅうは失敗してしまったけれど、死んだら両親の元に行けるだろうか。
 追いめられたミレーネは自分の死を願うようになっていた。
(お父様、お母様。私も今そちらに―――)
 ミレーネがそう決心したところで、
「あ~、そうそう。これは言っておかなきゃね。ミレーネ、勝手に死ぬことは許さないから」
 ネファスが何でもないことのように命じた。
「っ!?」
 ミレーネは目を見開く。今の何の重みもない言葉で死ぬことすらふうじられてしまった。
「いるんだよねぇ、時々。壊れる前に自殺するやつがさ。あれ、すごい興醒きょうざめなんだよ。泣きさけんでた女が廃人はいじんになる瞬間もたまらない見世物みせものだっていうのにさ。だから僕がきるかキミが壊れるまでこれからたぁっぷり可愛かわいがってあげるからね」
「ぁ……ぁぁ……」
 頭が真っ白になる。ミレーネを本当の絶望がおそってきた。
 そしてそれはミレーネの心をまたたく間にくしていく。

 そんな心とは裏腹うらはらに手は動き続ける。
 ミレーネにはもう抵抗する気力がなかった。

 思考もどんどんと負の方向に進んでいってしまう。
 死ぬことが許されないのならば、心を殺せれば少しはマシだろうか。
 何も感じない人形になってしまえれば……。
 ミレーネの瞳から光が消え、心は死んでしまう寸前すんぜんだった。

 そのときだ。どうしてか以前セレナリーゼに言われた言葉をミレーネは急に思い出した。
「何か困ったことがあれば何でも言ってください。もしミレーネに何かあれば、レオ兄さまもきっと力を貸してくださると思うんです」
 これがいつのことだったのか、今のミレーネにはわからない。どうして今思い出したのかもわからない。
 けれどミレーネを気遣きづかったすごく優しい言葉だ。何も感じなくなる寸前だった胸の辺りがほんのわずか温かくなる。

 ただ、意味は……特にないのだろう。もしかしたら心が死ぬ直前、本能的にすがるものを自身の記憶から探し出したのかもしれない。
 だとしたら、自分はあの兄妹が本当に好きだったのだろう。
 だが、今さらそんなことを思って何になる?自分の意思で手放してしまったものを噛みしめろとでもいうのか。
(……もう…いい……。もう……)

 非情な現実は何も変わっていないのだ。それどころか自らの手で着実ちゃくじつに最悪の事態へと近づいている。

 そしてとうとうミレーネはみずからの手で服をすべて脱ぎ、下着姿になってしまった。その表情はすでに死にたいかのように抜け落ちてしまっている。

 一方、ネファスとグラオムは、ミレーネの扇情せんじょう的な姿にいよいよクライマックスだと盛り上がる。
「さあミレーネ!あと二つだ!上からいってみようか!」
 きょうに乗ったネファスの命令により、ミレーネは下着のホックをはずすべく手を背中へとやった。

 そのとき―――、
 ドガァーーンッッッ!!!!
 一階から何かがはげしくぶつかったような音が二階にまで届いた。
「っ、何事だ!?」
 突然の大きな音におどろいたネファスがつばを飛ばしながら確認する。
「……やつが倒されました。襲撃しゅうげきのようです。階段をのぼってきています」
 黒装束の男は警戒けいかいの色をふくんだ声で説明した。下にいた店主の男は闇魔法で洗脳せんのう済みで、余計な者が上に来ないようにするための見張り役でもあった。それが倒されたことを把握はあくしたようだ。
「チッ!どこのどいつだ!?いいところで邪魔じゃまをしやがって!おい、ミレーネ!一旦いったん中止だ!」
 楽しみを邪魔されたネファスは怒りをあらわにして、ミレーネを制止する。こんな状況で続けても自分が楽しめないからだ。命令通り、ミレーネはホックに手をかけたままの姿で動きを止めた。
「襲撃者…?クルームハイト家の者か?」
 一方、グラオムはいぶかしそうにつぶやいた。この場は第一王子の命令によってもうけられたものだからだ。大人しく金を持ってきたというのならともかく、見張りの男を吹き飛ばしたのだとすると、誰が何の目的で来たというのか。
「誰だろうと関係ありませんよ!ここに来たらすぐにぶっ殺してやる!」
「まあ、待つんだ、ネファス。もしかしたら金を持ってきた者かもしれん。誰が来てもこいつらならいつでも殺せるだろう?まずは用向きを確認しようじゃないか」
「グラオムさん……。クッ、わかりました」
 この後の方針がさだまったまさにそのとき、二階の部屋に一人の少年が現れた。
 やって来たのは、もちろんレオナルドだ。片手にかばんを持ち、腰には黒刀をびている。
 レオナルドは下着姿のミレーネを視界にとらえた瞬間、わずかに目を見開いたかと思えば、剣呑けんのん雰囲気ふんいきただよわせる。すると、その場にいた者達は空気が重くなったように感じ、黒装束達が咄嗟とっさ身構みがまえる。
「……お前ら、何してんだ?」
 そんな中、レオナルドの小さいのに圧を感じるほど重いつぶやきが室内にひびくのだった。
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