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第二章
日常の裏で
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「もう!レオ兄さま、どこに行っていたのですか?」
レオナルドが戻ると、セレナリーゼが頬を膨らませて待っていた。どうやらレオナルドが店員と話したり、手巾を選んだりしている間に、とっくに着替え終わっていたようだ。
「ごめん、ごめん。ちょっと店内を見て回ってたんだ」
レオナルドの口元に苦笑が浮かぶ。ゲームでは、いかにもお嬢様といった感じのお淑やかな公爵令嬢のセレナリーゼ。自分との関係も冷え切っている。そんな彼女がいったいいつまで自分に対しこれほど感情表現豊かに接してくれるのだろうか、とつい考えてしまうのだ。ゲーム知識があるからこそ、今を素直に享受できないのはレオナルドの悪い癖になってしまっているのかもしれない。
「っ、何か私に選んでくださるんですか!?」
レオナルドの言葉にセレナリーゼは目を輝かせる。
「いやいや、俺に服選びのセンスなんてないよ」
そんなセレナリーゼの反応にレオナルドは焦る。女子の服を選ぶなんて大それたことを自分に求めないでほしい。
「むぅ~~。…はぁ……。わかりました。お母さまがこちらも選んでくださったんです。どうですか?」
セレナリーゼは何か言いたげに小さく唸ったが、諦めたように息を吐くと、レオナルドに今試着している服の感想を求めた。
レオナルドは必死に頭を働かせるが、これまでと同じ言葉しか出てこなかった。本当にもう少し語彙力を鍛えた方がよさそうだ。
そんな二人のやり取りをすぐ近くでフェーリスは嬉しそうに見守っていた。
結局セレナリーゼも二着の服を購入した。
その二つはどちらも、レオナルドが試着したセレナリーゼを見た瞬間、思わず小さな声で可愛い、と呟いたものだということにレオナルドだけは全く気づいていなかった。
一方、レオナルド達が買い物に出かけている頃、ミレーネは一人、メイド長に頼まれた買い出しのため市場に来ていた。
先日レオナルドから突然控えるように言われ、戸惑いつつも守りたい気持ちはあったが、働いている身としてはその指示に従ってもいられない。
買い出し自体は慣れたもので、貴族向けの店を順に回っていく。
最初に入ったのは紅茶の専門店だ。
店内に入ると茶葉の爽やかないい香りが店内を包んでいる。
購入する銘柄は決まっているため、すぐに店員に伝える。
店員もクルームハイト公爵家のメイドであることはわかっているようで実にスムーズだ。
店を出たミレーネは次にコーヒー店に行った。こちらでも豆の独特な香りが店内を包んでいる。コーヒーについても購入する銘柄は決まっているため、店員とのやり取りはスムーズだった。
元々クルームハイト公爵家でコーヒーを飲むのはフォルステッドだけだったのだが、最近はレオナルドも飲むようになった。それもフォルステッドと同じように砂糖やミルクを入れずブラックで、だ。
当初はコーヒーの苦みを知らないのだと思い、レオナルドに何度も何も入れずに飲むのかと確認してしまったミレーネだが、レオナルドがまるで飲み慣れているかのようにブラックコーヒーを美味しそうに飲むものだから、思わず表情に出るほど驚いてしまったのは記憶に新しい。
そんなことを思い出してクスっと小さな笑みを浮かべたミレーネ。
頼まれたものはすべて買い揃えたので、後は屋敷に戻るだけ、と店を出たところでそれは起こった。
「やあ。買い物中かな?君みたいな子に両手いっぱいの荷物を持たせるなんてあまりいい雇い主じゃないなぁ」
「まったくその通りだな。そんなものは店にでも預けておいて、君は今から俺達に付き合うといい。楽しいところに連れていってあげよう」
明らかに貴族とわかる服装をした男二人組がニヤニヤとした笑みを浮かべながらミレーネに声をかけてきたのだ。
年はミレーネとそう違わないように見える。実際彼らは今年度から学園に通い始めた者達で、休みの日はストレス発散も兼ねて、時々こうして王都の街をぶらぶらしていた。そんな中、店の外からミレーネを見かけた二人はその美しさからぜひ遊びたいとナンパ目的で待ち構えていたのだ。
今も値踏みするような下卑《げび》た目をミレーネの体に向けている。
「……いえ、申し訳ございませんが仕事中ですので」
相手が貴族のため、ミレーネは余計なことは言わず、丁寧に頭を下げて断りを入れた。というか、ミレーネにとっては迷惑以外の何物でもないため、早くこの場を離れたい。
だが、どこぞに仕えるだけのたかがメイドが自分達の誘いを断るとは思ってもいなかったのか、男達の雰囲気が若干剣呑になる。
「なあネファス。俺の聞き間違いか?今断られた気がしたんだが?」
「いやいや、そんなまさか。おい、君。君は知らないようだが、この人はクルエール公爵家の嫡男であるグラオムさんだぞ?ちなみに僕もブルタル伯爵家の嫡男だ。そんな僕達が誘ってやってるんだ。当然断らないよな?」
ネファスと呼ばれた青年が自分達がいかにすごいかを語り、だから自分達に従うのが当然だというように上から目線でミレーネに迫った。今のやり取りだけでもグラオムとネファスの力関係がわかる。そしてメイドに対する彼らの価値観も明らかだった。自分達の家柄と権力、それらを振りかざすのは彼らにとって日常なのだろう。
「っ!?」
ミレーネは頭を下げながらネファスの言葉に一度肩をビクッとさせると目を見開いた。ミレーネの体が小刻みに震え始め、鼓動がバクバクと速くなる。グラオムとネファスは震えるミレーネを見て自分達の家柄に恐れ戦いているからだと判断し、嗜虐的な笑みを深くした。
(クルエール……!?ブルタル……!?)
だが実際は違う。ミレーネは溢れ出しそうになる感情を必死に抑えようとギュッと目を瞑る。このとき、ミレーネの中では、殺意、憎悪、怒り、様々な負の感情が渦巻いていた。
(ダメ。今はダメ!このままじゃクルームハイト家に迷惑がかかってしまう)
「……大変申し訳ございません。この後も仕事があり急いでおりますので失礼致します」
今にも爆発しそうな感情を抑え、何とか普段のように冷静を装い、ミレーネは同じ台詞を繰り返してこの場を去ろうとする。
だが、そこでネファスがミレーネの腕を掴んだ。
「っ!?」
その拍子にミレーネの抱えていた紅茶とコーヒーの袋が地面に落ちてしまう。
「何を勝手に行こうとしているんだ?僕達が優しく言っているからってメイドの分際でつけ上がるなよ?お前に拒否権なんてないんだよ。僕達の家柄を聞いてそんなこともわからないのか?いったいどこの家のメイドだ?」
「っ、お放しください!」
ネファスの掴む力が強いのか、触れられたことの嫌悪からか、ミレーネの表情が苦痛に歪む。
「誰に物を言っている?こちらの質問に答えろよ。どこのメイドだ?」
「……クルームハイト公爵家に仕えております。ですので―――」
このままではどうにもならないとミレーネは諦めたように答える。その声は必死に感情を抑えているからか、消え入りそうなものだった。だが、これで解放されるだろう。相手も公爵家だが、こちらも公爵家に仕えているのだから。
「はははっ、なんと妹に次期当主を奪われたあの無能のところか!後継者に恵まれず、権力闘争でも第一王子派である我がクルエール家と違いすでに風前の灯火であるあの!おまけにメイドの躾もなっていないとはな。クルームハイト家も随分と落ちぶれたものだ。それに、公爵家に仕えているからといってお前はただのメイドでしかあるまい?俺達には素直に従った方がいいと思うんだがなぁ?」
だが、ミレーネの答えを聞いたグラオムはクルームハイト公爵家そのものを尊大に嘲笑う。
「グラオムさんの言う通りだ。当てが外れて残念だったな。二度とそんな反抗的な態度が取れないよう僕達がたっぷりと躾けてやる。さあ、わかったなら僕達に付き合え。行くぞ」
腕を引っ張られたミレーネは数歩進んでしまったところでグッと足に力を入れた。そして―――、
「放してください!」「うわっ!?」
ネファスの手を思い切り振り解く。いい加減我慢の限界だったのだ。その勢いでネファスは体勢を崩し尻もちをついてしまうがそんなもの関係ない。袋を拾い上げるとミレーネは急ぎその場を走り去る。
「大丈夫か!?ネファス!女、貴様何をしたかわかっているんだろうな!?どうなるか覚えておけ!」
そんなミレーネの背中にグラオムが怒声を浴びせるが、ミレーネは振り返ることなく屋敷へと走った。
レオナルドが戻ると、セレナリーゼが頬を膨らませて待っていた。どうやらレオナルドが店員と話したり、手巾を選んだりしている間に、とっくに着替え終わっていたようだ。
「ごめん、ごめん。ちょっと店内を見て回ってたんだ」
レオナルドの口元に苦笑が浮かぶ。ゲームでは、いかにもお嬢様といった感じのお淑やかな公爵令嬢のセレナリーゼ。自分との関係も冷え切っている。そんな彼女がいったいいつまで自分に対しこれほど感情表現豊かに接してくれるのだろうか、とつい考えてしまうのだ。ゲーム知識があるからこそ、今を素直に享受できないのはレオナルドの悪い癖になってしまっているのかもしれない。
「っ、何か私に選んでくださるんですか!?」
レオナルドの言葉にセレナリーゼは目を輝かせる。
「いやいや、俺に服選びのセンスなんてないよ」
そんなセレナリーゼの反応にレオナルドは焦る。女子の服を選ぶなんて大それたことを自分に求めないでほしい。
「むぅ~~。…はぁ……。わかりました。お母さまがこちらも選んでくださったんです。どうですか?」
セレナリーゼは何か言いたげに小さく唸ったが、諦めたように息を吐くと、レオナルドに今試着している服の感想を求めた。
レオナルドは必死に頭を働かせるが、これまでと同じ言葉しか出てこなかった。本当にもう少し語彙力を鍛えた方がよさそうだ。
そんな二人のやり取りをすぐ近くでフェーリスは嬉しそうに見守っていた。
結局セレナリーゼも二着の服を購入した。
その二つはどちらも、レオナルドが試着したセレナリーゼを見た瞬間、思わず小さな声で可愛い、と呟いたものだということにレオナルドだけは全く気づいていなかった。
一方、レオナルド達が買い物に出かけている頃、ミレーネは一人、メイド長に頼まれた買い出しのため市場に来ていた。
先日レオナルドから突然控えるように言われ、戸惑いつつも守りたい気持ちはあったが、働いている身としてはその指示に従ってもいられない。
買い出し自体は慣れたもので、貴族向けの店を順に回っていく。
最初に入ったのは紅茶の専門店だ。
店内に入ると茶葉の爽やかないい香りが店内を包んでいる。
購入する銘柄は決まっているため、すぐに店員に伝える。
店員もクルームハイト公爵家のメイドであることはわかっているようで実にスムーズだ。
店を出たミレーネは次にコーヒー店に行った。こちらでも豆の独特な香りが店内を包んでいる。コーヒーについても購入する銘柄は決まっているため、店員とのやり取りはスムーズだった。
元々クルームハイト公爵家でコーヒーを飲むのはフォルステッドだけだったのだが、最近はレオナルドも飲むようになった。それもフォルステッドと同じように砂糖やミルクを入れずブラックで、だ。
当初はコーヒーの苦みを知らないのだと思い、レオナルドに何度も何も入れずに飲むのかと確認してしまったミレーネだが、レオナルドがまるで飲み慣れているかのようにブラックコーヒーを美味しそうに飲むものだから、思わず表情に出るほど驚いてしまったのは記憶に新しい。
そんなことを思い出してクスっと小さな笑みを浮かべたミレーネ。
頼まれたものはすべて買い揃えたので、後は屋敷に戻るだけ、と店を出たところでそれは起こった。
「やあ。買い物中かな?君みたいな子に両手いっぱいの荷物を持たせるなんてあまりいい雇い主じゃないなぁ」
「まったくその通りだな。そんなものは店にでも預けておいて、君は今から俺達に付き合うといい。楽しいところに連れていってあげよう」
明らかに貴族とわかる服装をした男二人組がニヤニヤとした笑みを浮かべながらミレーネに声をかけてきたのだ。
年はミレーネとそう違わないように見える。実際彼らは今年度から学園に通い始めた者達で、休みの日はストレス発散も兼ねて、時々こうして王都の街をぶらぶらしていた。そんな中、店の外からミレーネを見かけた二人はその美しさからぜひ遊びたいとナンパ目的で待ち構えていたのだ。
今も値踏みするような下卑《げび》た目をミレーネの体に向けている。
「……いえ、申し訳ございませんが仕事中ですので」
相手が貴族のため、ミレーネは余計なことは言わず、丁寧に頭を下げて断りを入れた。というか、ミレーネにとっては迷惑以外の何物でもないため、早くこの場を離れたい。
だが、どこぞに仕えるだけのたかがメイドが自分達の誘いを断るとは思ってもいなかったのか、男達の雰囲気が若干剣呑になる。
「なあネファス。俺の聞き間違いか?今断られた気がしたんだが?」
「いやいや、そんなまさか。おい、君。君は知らないようだが、この人はクルエール公爵家の嫡男であるグラオムさんだぞ?ちなみに僕もブルタル伯爵家の嫡男だ。そんな僕達が誘ってやってるんだ。当然断らないよな?」
ネファスと呼ばれた青年が自分達がいかにすごいかを語り、だから自分達に従うのが当然だというように上から目線でミレーネに迫った。今のやり取りだけでもグラオムとネファスの力関係がわかる。そしてメイドに対する彼らの価値観も明らかだった。自分達の家柄と権力、それらを振りかざすのは彼らにとって日常なのだろう。
「っ!?」
ミレーネは頭を下げながらネファスの言葉に一度肩をビクッとさせると目を見開いた。ミレーネの体が小刻みに震え始め、鼓動がバクバクと速くなる。グラオムとネファスは震えるミレーネを見て自分達の家柄に恐れ戦いているからだと判断し、嗜虐的な笑みを深くした。
(クルエール……!?ブルタル……!?)
だが実際は違う。ミレーネは溢れ出しそうになる感情を必死に抑えようとギュッと目を瞑る。このとき、ミレーネの中では、殺意、憎悪、怒り、様々な負の感情が渦巻いていた。
(ダメ。今はダメ!このままじゃクルームハイト家に迷惑がかかってしまう)
「……大変申し訳ございません。この後も仕事があり急いでおりますので失礼致します」
今にも爆発しそうな感情を抑え、何とか普段のように冷静を装い、ミレーネは同じ台詞を繰り返してこの場を去ろうとする。
だが、そこでネファスがミレーネの腕を掴んだ。
「っ!?」
その拍子にミレーネの抱えていた紅茶とコーヒーの袋が地面に落ちてしまう。
「何を勝手に行こうとしているんだ?僕達が優しく言っているからってメイドの分際でつけ上がるなよ?お前に拒否権なんてないんだよ。僕達の家柄を聞いてそんなこともわからないのか?いったいどこの家のメイドだ?」
「っ、お放しください!」
ネファスの掴む力が強いのか、触れられたことの嫌悪からか、ミレーネの表情が苦痛に歪む。
「誰に物を言っている?こちらの質問に答えろよ。どこのメイドだ?」
「……クルームハイト公爵家に仕えております。ですので―――」
このままではどうにもならないとミレーネは諦めたように答える。その声は必死に感情を抑えているからか、消え入りそうなものだった。だが、これで解放されるだろう。相手も公爵家だが、こちらも公爵家に仕えているのだから。
「はははっ、なんと妹に次期当主を奪われたあの無能のところか!後継者に恵まれず、権力闘争でも第一王子派である我がクルエール家と違いすでに風前の灯火であるあの!おまけにメイドの躾もなっていないとはな。クルームハイト家も随分と落ちぶれたものだ。それに、公爵家に仕えているからといってお前はただのメイドでしかあるまい?俺達には素直に従った方がいいと思うんだがなぁ?」
だが、ミレーネの答えを聞いたグラオムはクルームハイト公爵家そのものを尊大に嘲笑う。
「グラオムさんの言う通りだ。当てが外れて残念だったな。二度とそんな反抗的な態度が取れないよう僕達がたっぷりと躾けてやる。さあ、わかったなら僕達に付き合え。行くぞ」
腕を引っ張られたミレーネは数歩進んでしまったところでグッと足に力を入れた。そして―――、
「放してください!」「うわっ!?」
ネファスの手を思い切り振り解く。いい加減我慢の限界だったのだ。その勢いでネファスは体勢を崩し尻もちをついてしまうがそんなもの関係ない。袋を拾い上げるとミレーネは急ぎその場を走り去る。
「大丈夫か!?ネファス!女、貴様何をしたかわかっているんだろうな!?どうなるか覚えておけ!」
そんなミレーネの背中にグラオムが怒声を浴びせるが、ミレーネは振り返ることなく屋敷へと走った。
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