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第一章
いきなりの分岐点
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(このタイミングで!?何の前触れもなくこんないきなり!?)
フォルステッドの話はもちろんちゃんと聞いていた。だが、レオナルドは、まさか前世の記憶を取り戻したその日がこの次期当主交代話をされる日とは、と頭を抱えたくなっていたのだ。もうちょっと心の余裕というか、猶予が欲しかった。だが、記憶を取り戻す前だったらと思うとゾッとする。運がいいのか、悪いのか判断が難しいところだ。
紅茶を飲んでいる途中だったら間違いなく噴き出していただろう。それくらいの衝撃だった。
内容については、ゲーム知識があるため驚きはなかった。というのも、セレナリーゼの魔力量が判明した後にされた今回の当主交代話は、フォルステッドにとっても苦渋の決断であったことがゲームの回想シーンで語られているのだ。それだけレオナルドの日に日に乏しくなっていく表情、そしてどこか昏い影を落としている瞳、対照的にまるで何かに憑りつかれたように鍛錬や勉学に励む姿は、親として見ているのが本当に苦しかったのだ。
フェーリスがずっと辛そうな顔をしていたのはフォルステッドと思いは同じだが、言われたレオナルドがどう思うかと考え心を痛めていたのだろう。
(でもなんでセレナは父上の決定に異議を唱えるようなことを?)
これもレオナルドには驚きだった。
ゲームではそんな描写はなかった。誰よりも先にレオナルドがフォルステッドに食ってかかり、次期当主は自分だと、自分以外にはありえない、と激しく訴えるからだ。
レオナルドの鬼気迫るあまりの剣幕に、フォルステッドは息子への情から自身の決断を翻し、結局次期当主をレオナルドに任せることにする。
だが、告げてしまったものをなかったことにはできない。これをきっかけにして、レオナルドは家族全員に対して完全に心を閉ざし、不満やうっ憤を溜め込んでいき、恨みや憎しみといった感情を募らせていく。全員が自分の敵のように感じたのだ。結果として、この気持ちも精霊に利用されることになる。
先の展開を知っている身としては、今回、フォルステッドの取った方法は間違いだったと言わざるを得ない。情であっさりと翻してしまう程度なら何も言わなければよかったのだ。
まあ今のレオナルドはそんな破滅まっしぐらな拗らせ方はしないが。
つまりは、だ。今、このときは、正に分岐点なのだ。
ゲーム通りならレオナルドは次期当主のまま。けれど、もしここで本当にその座をセレナリーゼに譲ったら?
もしかしたら死亡フラグも回避できるのではないだろうか。
(……これは好機、なんじゃないか?)
セレナリーゼのルートでは、彼女は病に侵されながらも自らの意志で公爵家を継ぐ。今のセレナリーゼがどう考えているのかわからないが継ぐのが嫌、ということはないだろう。こんな早くから重責を押し付けることになると思うと少し気が引けるがサポートくらいは自分にだってできる、はずだ。病については現状全く兆候はないし、未来がどのルートに進むか不明なためゲーム通りになるかもわからない。他のルートではそんな描写はないため、今は考えても仕方がないだろう。
それに早くから次期当主としての教育を受けることができるというメリットもある。自分の平穏な暮らしのためにも、セレナリーゼにはぜひ立派な公爵になってほしい。
「どうした、レオナルド?お前の考えを……気持ちを言ってみなさい」
問いかけても黙ったままのレオナルドに対し、フォルステッドが再度促す。
「あ~と、そうですね、突然のことに驚いてしまって言葉が出てきませんでした。ですが、考えたら父上のおっしゃることは当然だと思います。次期当主はセレナの方がいい。僕はずっと褒められた態度ではなかったですし、何より魔力なし、ですから」
レオナルドは苦笑しながらもはっきりと自分の考えを言い、フォルステッドの様子を窺う。
「…………」
(なんで何も言ってくれないかなぁ……?)
フォルステッドは険しい顔をしていてその考えが全く読み取れない。フォルステッドにとって悩んだ末での苦渋の決断だったとしても、レオナルドの方から率先して同意しているんだから、そうか、とか、わかった、とか早く言ってほしい。
実際のところは、レオナルドの言葉にフォルステッドだけでなく三人とも絶句しているだけだった。それに気づきもせずレオナルドは続ける。
「王国において武の要でもあるクルームハイト公爵家当主には生まれの順番や性別よりもやはり魔力が重要でしょう?その点、セレナなら何の問題もない。セレナは勉強も頑張ってますしね。僕は将来公爵領内のどこかの田舎町で代官でもさせてもらえたら嬉しいです」
ついでに望みも言ってみた。
(認めてください、父上!お願いします!)
レオナルドは心の中で必死にお願いした。死亡エンドを回避して悠々自適なスローライフを送りたい!これは今のレオナルドの切なる願いだ。
「……本気で言っているのか?」
フォルステッドは何とかすぐに立ち直ったが、出てきたのはそんな確認の言葉だった。
「?ええ、もちろんです。あ、セレナが困っていたらもちろん全力で手助けしますよ?どうかな、セレナ?セレナは嫌かな?」
「あ、いえ、私は……」
「父上もこう言っているし、僕もその通りだと思うから」
「レオ兄さま……」
「セレナなら絶対大丈夫だよ。うまくやれると思う」
「……わかりました」
逡巡していたセレナリーゼだが、最終的には呟くようにそう答えた。セレナリーゼの言葉にレオナルドは満足そうに一度頷くとフォルステッドへと向き直る。
「ただ、父上にお願いがあります。今後も勉強と剣術の鍛錬は続けたいと思っているのですが、鍛錬についてはもっと実戦を増やしたいんです。もう立場も変わりましたから回復魔法の使い手といった過度な護衛も必要ありません。よろしいでしょうか?」
戦争や魔物の脅威など危険が身近な世界だ。様々な知識を得て、情勢を学ぶことと戦う力を身につけることは必須だった。そのために実戦経験を増やしたい。
レオナルドとしては将来自分が死なないための至極当然の願いなのだが、家族にとっては違った。驚きを隠しもせず全員目を見開いている。
当たり前だ。次期当主でなくなったとしても、公爵家子息であることに変わりはない。それなのに、そんな危険を冒す必要がどこにあるというのか。レオナルドとしては死にたくないからなのだが、フォルステッド達からすればレオナルドが死に急いでるようにも感じたのだ。
正直レオナルドの考えていることが彼らには全くわからなかった。
「……わかった。確かレオナルドに鍛錬をしているのはアレンだったな。アレンと一緒なら認めよう。ただし十分に気をつけて行うように。怪我をしてからでは遅いのだからな」
それでもレオナルドの真剣でまっすぐな表情を見てフォルステッドは許可を出した。子供が望むのならばやらせてやりたいというのが親心なのだ。
「ありがとうございます!あ、あと、もし代官にさせていただけるなら、将来王立学園には通う必要がないかなぁと思うんですが、どうでしょうか?」
「何を言うかと思えば……。そんな訳ないだろう?王立学園への入学は貴族の義務だ。今の話とは関係ない」
もしかしたらノリでいけるのではないかと思ったレオナルドの今日一番の望みは、呆れを隠しもしないフォルステッドに軽く否定されてしまった。
「そうですか……。わかりました……」
傍目にわかるほどがっくりと肩を落とすレオナルド。この世界の常識的にレオナルドの言ったことは冗談以外の何物でもないため、その態度がフォルステッド達には不思議でならなかった。
(チッ、やっぱさすがに無理か。ゲームの舞台になってる学園そのものを回避できるかと思ったのに!)
貴族の義務とか言い始めると戦争にも駆り出されることになる。そういうのは死ぬ可能性が高まるため絶対に避けたいのだ。
「レオナルド。次期当主はセレナリーゼということで本当に、いいんだな?」
「はい。もちろんです」
最終確認、というのがわかるほど重く響くフォルステッドの言葉に対して、清々しさすら感じるレオナルドの返答にフォルステッドはため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪えた。今までの思い詰めていた態度は何だったのか……。
「……わかった。セレナリーゼも構わないな?」
セレナリーゼは尚もチラッとレオナルドの様子を窺う。それに気づいたレオナルドはにっこり笑うとこくりと頷いてみせた。
「……はい。頑張り、ます」
全体を見渡しながらフォルステッドが締めくくる。
「では、今日このときをもって、クルームハイト公爵家次期当主はセレナリーゼとする!」
フォルステッドのこの宣言は当然家族内だけでは収まらない。この情報はすぐに王侯貴族の間に広まることになる。
フォルステッドの話はもちろんちゃんと聞いていた。だが、レオナルドは、まさか前世の記憶を取り戻したその日がこの次期当主交代話をされる日とは、と頭を抱えたくなっていたのだ。もうちょっと心の余裕というか、猶予が欲しかった。だが、記憶を取り戻す前だったらと思うとゾッとする。運がいいのか、悪いのか判断が難しいところだ。
紅茶を飲んでいる途中だったら間違いなく噴き出していただろう。それくらいの衝撃だった。
内容については、ゲーム知識があるため驚きはなかった。というのも、セレナリーゼの魔力量が判明した後にされた今回の当主交代話は、フォルステッドにとっても苦渋の決断であったことがゲームの回想シーンで語られているのだ。それだけレオナルドの日に日に乏しくなっていく表情、そしてどこか昏い影を落としている瞳、対照的にまるで何かに憑りつかれたように鍛錬や勉学に励む姿は、親として見ているのが本当に苦しかったのだ。
フェーリスがずっと辛そうな顔をしていたのはフォルステッドと思いは同じだが、言われたレオナルドがどう思うかと考え心を痛めていたのだろう。
(でもなんでセレナは父上の決定に異議を唱えるようなことを?)
これもレオナルドには驚きだった。
ゲームではそんな描写はなかった。誰よりも先にレオナルドがフォルステッドに食ってかかり、次期当主は自分だと、自分以外にはありえない、と激しく訴えるからだ。
レオナルドの鬼気迫るあまりの剣幕に、フォルステッドは息子への情から自身の決断を翻し、結局次期当主をレオナルドに任せることにする。
だが、告げてしまったものをなかったことにはできない。これをきっかけにして、レオナルドは家族全員に対して完全に心を閉ざし、不満やうっ憤を溜め込んでいき、恨みや憎しみといった感情を募らせていく。全員が自分の敵のように感じたのだ。結果として、この気持ちも精霊に利用されることになる。
先の展開を知っている身としては、今回、フォルステッドの取った方法は間違いだったと言わざるを得ない。情であっさりと翻してしまう程度なら何も言わなければよかったのだ。
まあ今のレオナルドはそんな破滅まっしぐらな拗らせ方はしないが。
つまりは、だ。今、このときは、正に分岐点なのだ。
ゲーム通りならレオナルドは次期当主のまま。けれど、もしここで本当にその座をセレナリーゼに譲ったら?
もしかしたら死亡フラグも回避できるのではないだろうか。
(……これは好機、なんじゃないか?)
セレナリーゼのルートでは、彼女は病に侵されながらも自らの意志で公爵家を継ぐ。今のセレナリーゼがどう考えているのかわからないが継ぐのが嫌、ということはないだろう。こんな早くから重責を押し付けることになると思うと少し気が引けるがサポートくらいは自分にだってできる、はずだ。病については現状全く兆候はないし、未来がどのルートに進むか不明なためゲーム通りになるかもわからない。他のルートではそんな描写はないため、今は考えても仕方がないだろう。
それに早くから次期当主としての教育を受けることができるというメリットもある。自分の平穏な暮らしのためにも、セレナリーゼにはぜひ立派な公爵になってほしい。
「どうした、レオナルド?お前の考えを……気持ちを言ってみなさい」
問いかけても黙ったままのレオナルドに対し、フォルステッドが再度促す。
「あ~と、そうですね、突然のことに驚いてしまって言葉が出てきませんでした。ですが、考えたら父上のおっしゃることは当然だと思います。次期当主はセレナの方がいい。僕はずっと褒められた態度ではなかったですし、何より魔力なし、ですから」
レオナルドは苦笑しながらもはっきりと自分の考えを言い、フォルステッドの様子を窺う。
「…………」
(なんで何も言ってくれないかなぁ……?)
フォルステッドは険しい顔をしていてその考えが全く読み取れない。フォルステッドにとって悩んだ末での苦渋の決断だったとしても、レオナルドの方から率先して同意しているんだから、そうか、とか、わかった、とか早く言ってほしい。
実際のところは、レオナルドの言葉にフォルステッドだけでなく三人とも絶句しているだけだった。それに気づきもせずレオナルドは続ける。
「王国において武の要でもあるクルームハイト公爵家当主には生まれの順番や性別よりもやはり魔力が重要でしょう?その点、セレナなら何の問題もない。セレナは勉強も頑張ってますしね。僕は将来公爵領内のどこかの田舎町で代官でもさせてもらえたら嬉しいです」
ついでに望みも言ってみた。
(認めてください、父上!お願いします!)
レオナルドは心の中で必死にお願いした。死亡エンドを回避して悠々自適なスローライフを送りたい!これは今のレオナルドの切なる願いだ。
「……本気で言っているのか?」
フォルステッドは何とかすぐに立ち直ったが、出てきたのはそんな確認の言葉だった。
「?ええ、もちろんです。あ、セレナが困っていたらもちろん全力で手助けしますよ?どうかな、セレナ?セレナは嫌かな?」
「あ、いえ、私は……」
「父上もこう言っているし、僕もその通りだと思うから」
「レオ兄さま……」
「セレナなら絶対大丈夫だよ。うまくやれると思う」
「……わかりました」
逡巡していたセレナリーゼだが、最終的には呟くようにそう答えた。セレナリーゼの言葉にレオナルドは満足そうに一度頷くとフォルステッドへと向き直る。
「ただ、父上にお願いがあります。今後も勉強と剣術の鍛錬は続けたいと思っているのですが、鍛錬についてはもっと実戦を増やしたいんです。もう立場も変わりましたから回復魔法の使い手といった過度な護衛も必要ありません。よろしいでしょうか?」
戦争や魔物の脅威など危険が身近な世界だ。様々な知識を得て、情勢を学ぶことと戦う力を身につけることは必須だった。そのために実戦経験を増やしたい。
レオナルドとしては将来自分が死なないための至極当然の願いなのだが、家族にとっては違った。驚きを隠しもせず全員目を見開いている。
当たり前だ。次期当主でなくなったとしても、公爵家子息であることに変わりはない。それなのに、そんな危険を冒す必要がどこにあるというのか。レオナルドとしては死にたくないからなのだが、フォルステッド達からすればレオナルドが死に急いでるようにも感じたのだ。
正直レオナルドの考えていることが彼らには全くわからなかった。
「……わかった。確かレオナルドに鍛錬をしているのはアレンだったな。アレンと一緒なら認めよう。ただし十分に気をつけて行うように。怪我をしてからでは遅いのだからな」
それでもレオナルドの真剣でまっすぐな表情を見てフォルステッドは許可を出した。子供が望むのならばやらせてやりたいというのが親心なのだ。
「ありがとうございます!あ、あと、もし代官にさせていただけるなら、将来王立学園には通う必要がないかなぁと思うんですが、どうでしょうか?」
「何を言うかと思えば……。そんな訳ないだろう?王立学園への入学は貴族の義務だ。今の話とは関係ない」
もしかしたらノリでいけるのではないかと思ったレオナルドの今日一番の望みは、呆れを隠しもしないフォルステッドに軽く否定されてしまった。
「そうですか……。わかりました……」
傍目にわかるほどがっくりと肩を落とすレオナルド。この世界の常識的にレオナルドの言ったことは冗談以外の何物でもないため、その態度がフォルステッド達には不思議でならなかった。
(チッ、やっぱさすがに無理か。ゲームの舞台になってる学園そのものを回避できるかと思ったのに!)
貴族の義務とか言い始めると戦争にも駆り出されることになる。そういうのは死ぬ可能性が高まるため絶対に避けたいのだ。
「レオナルド。次期当主はセレナリーゼということで本当に、いいんだな?」
「はい。もちろんです」
最終確認、というのがわかるほど重く響くフォルステッドの言葉に対して、清々しさすら感じるレオナルドの返答にフォルステッドはため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪えた。今までの思い詰めていた態度は何だったのか……。
「……わかった。セレナリーゼも構わないな?」
セレナリーゼは尚もチラッとレオナルドの様子を窺う。それに気づいたレオナルドはにっこり笑うとこくりと頷いてみせた。
「……はい。頑張り、ます」
全体を見渡しながらフォルステッドが締めくくる。
「では、今日このときをもって、クルームハイト公爵家次期当主はセレナリーゼとする!」
フォルステッドのこの宣言は当然家族内だけでは収まらない。この情報はすぐに王侯貴族の間に広まることになる。
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