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番外編
【前日譚】それぞれの初詣
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一月一日、午前中のこと。
春陽は今悠介、楓花との待ち合わせ場所に向かっていた。
なぜなら悠介から初詣の誘いがあったからだ。
春陽自身は全く興味がなかったが、話の流れで行くことになってしまった。
発端は昨年中、佐伯家で夕食をいただいているときのこと。
悠介の父と母から正月の予定を聞かれた春陽は、素直に家で過ごすつもりだと答えた。
高校生になり、一人暮らしを始めた春陽にとって初めて迎える正月だ。
冬休みも店が休みになる年末年始以外、毎日フェリーチェで働く予定の春陽に、麻理は年末年始をこっちで過ごさないかと誘ってくれたが、自分なんかがあの家で過ごす訳にはいかないと春陽は断った。
年始にはちゃんと挨拶に顔を出すから、と。
だから年末年始は一人、アパートで気楽に過ごそうと思っていた春陽の答えに対し、佐伯家の両親は、そういうことならお正月はおせちとお雑煮もあるから家に食べに来なさいと勧めてきたのだ。
もちろん春陽は丁重に断ろうとした。
正月から他人の家にお邪魔するのはさすがに気が引ける。
今でさえ、こうして食事をご馳走になっていることに引け目を感じているというのに、他人に迷惑をかけることは春陽のメンタル的に負担が大きいのだ。折角一人暮らしになったことだし、これからはできるだけ一人で過ごしたいというのが春陽の偽らざる本音だ。
だが、彼らの押しは強かった。
さらには楓花もそこに乗っかり、それらの成り行きをずっと黙って見ていた悠介が諦めろというように苦笑を浮かべている。そんな悠介に、ちょっとは助けろ、という目を向ける春陽だが、悠介は綺麗にスルーした。
結局、春陽は彼らに負ける形で正月の夕方から佐伯家へお邪魔することになってしまった。
すると、悠介がそういうことならその前に初詣に行かないかと誘ってきたのだ。思わずジト目で「おい」と言う春陽。混むとわかっている日に、混むとわかっている場所へ行くなんて面倒でしかなかった。だが、そこに楓花も一緒に行きたい、と言ってきて春陽の抵抗も空しく、三人で行くことになった。
それが今回の経緯だ。
待ち合わせ場所に着くとまだ悠介と楓花はいなかった。約束の五分前には到着するようにしてしまう春陽は、別に楽しみなのではなく、単にそういう性格というだけだ。彼は自然とそういう気遣いをしてしまう。
春陽がその場でしばらく待っていると声がかけられた。もちろん相手は悠介と楓花だ。
「あけましておめでとう、春陽」
「あけましておめでとう、ハル兄」
「ああ、あけましておめでとう、悠介、楓花」
悠介と楓花がやって来て、新年の挨拶を交わした三人は、そのまま近所にある神社へと向かう。
それなりに大きい神社で、すでに多くの人が来ていた。
屋台も出ており、結構な賑わいだ。
境内へと続く参拝者が並ぶ列に三人も加わる。
「こんな寒い中、よくこんなことしたいと思うな」
列の長さからかなり時間がかかると思った春陽が、心底疑問だと思っているような表情で口にする。
「えー、初詣って楽しくない?」
「だよな。おみくじしたり、屋台回ったり、なんかわくわくしないか?」
春陽の感想に二人がかりで訴えてくる。
「全然。ってか初詣もしたいと思ったことないしな。麻理さんが一緒に行くぞって言うからあの家にいたときは毎年行ってたけど、それまで行ったことってなかったし」
だから一人になった今年は本当に来るつもりがなかったのだ。
「相変わらず冷めてんなー」
春陽の事情を知っている悠介はあえて茶化すように言う。
「ハル兄はバイトばかりじゃなくてもっと色々楽しんだ方がいいと思うよ?」
「ほっとけ」
「けど、毎年行ってたならさすがに何か願い事はしてたんだろ?」
「いや、特に何も。願いとかないしな」
「マジかよ!?」
「ハル兄……」
楓花が残念なものを見るように春陽を見てくる。
「……そんなに変か?」
悠介と楓花の反応に、春陽はちょっと狼狽えてしまう。願いがないことがそんなにおかしいのだろうか。
「そりゃそうだろ。……わかった。なら今回はまだ時間あるし今から何か考えとけよ」
「考えろって……。そもそも願い事ってどんなことお願いするんだ?」
神に願ったことなんて一度もない。
いや、嘘だ。一度だけ願った。貴広が病気だとわかったとき。医者の診断で完治は難しいと言われてしまったから。
麻理と一緒に神社にお参りに来たことがある。
貴広の病気を治してほしい、と。
けどそれは叶わなかった。春陽が唯一神様に縋ってでも叶えたかったその願いは。
そのとき以外、何かを願ったりしたことはない。
「そっからかよ……。何でもいいんだよ。漠然としたことでも何でも。もうすぐ二年になるし、可愛い子と同じクラスになりたい、とかな?」
「それ、お兄の願い事?」
「っ!?いや、俺がそう思ってる訳じゃねえぞ?」
悠介に言われて春陽はあらためて考える。
今も特に願いなんてない。
強いて言えば来年も平穏に過ごしたい、というくらいか。誰とも関わらない陰キャ生活を春陽は気が楽だと気に入っているから。
春陽が黙り、願いをどうするか考えていそうなのでそこには触れず、悠介が春陽にお参りの仕方を説明する。
いわゆる二礼二拍手一礼だ。
それくらいは春陽も知っていた。
続いて、願い方にもやり方があるようで、まず、自分の名前と住所を伝えて、去年について報告し感謝を伝え、新年の願い事を伝える。
これを説明したときの春陽の嫌な顔と言ったらなかった。
明らかに面倒です、と顔に書いてあったが、悠介が強くそうするように言うので、不承不承春陽は頷いた。神社内での態度としては罰当たりもいいところだろう。
そんな二人のやり取りを見て楓花はけらけら笑っていた。
それからもしばらく並び、鳥居をくぐり、参道を行き、手水舎でお清めをした。
春陽はお清めのやり方に面倒そうにしていたが、悠介達に付き合う形できちんとやった。
そしてとうとう春陽達がお参りする番になった。
お賽銭を入れ、二礼二拍手。
春陽は悠介に言われたとおり、ちゃんと心の中で、自分の名前と住所、そして去年一年平穏に過ごすことができたと一応お礼を言った。こういうところ、春陽は素直だ。
そして今年の願い事。
春陽が初詣でする初めての願いは――――。
(麻理さんが幸せになれますように。貴広さんを失った悲しみが少しでも癒えますように)
自分のことではなく、麻理のことだった。
これが考えた末にたどり着いた春陽の願いだ。
自分では貴広を失った麻理の悲しみを癒すことなんてできないから。
どうなれば麻理が幸せを感じてくれるかはわからない。だからこその神頼みでもある。
そういう意味では隣で祈っている男にも、その気持ちを聴いたときから、僅かばかり期待しているところはあるが、どうなるかはわからない。そもそも、世間一般では恋愛で幸せを感じている人がいることはわかっているが、春陽は恋愛に興味の欠片もないし、自身の周囲で起きたことを思えば、正直、恋愛が幸せに繋がるなんていう風には全く考えられないから。
初詣を終えた三人はおみくじを引いて、屋台を少し見て回り、麻理に新年の挨拶をしにフェリーチェへと向かった。
悠介の家へと行くのはその後の予定だ。
ちなみに、おみくじの結果は、春陽が中吉、悠介が末吉、楓花が大吉だった。
書かれている内容については、楓花がテンションを高くし、春陽と悠介が微妙な顔をしていた。
なぜそんな顔になったのか本当のところはわからないが、二人とも総合運と待人、恋愛運のところの記載が自分の気持ちと真逆だったとだけ言っておこう。
一方、春陽達がこの神社にやって来たとき、少し離れたところには女子三人の姿があった。
雪愛、瑞穂、香奈の三人だ。
三人で初詣に行く約束をしていたのだが、街まで出ると人が多すぎるんじゃないかという話になり、それなら、と雪愛が家の近くにあるこの神社を勧めたのだ。
結構大きな神社なのにそれほど混まないはずだと。
そんな経緯があって三人はこの神社にやって来ていた。
寒い中ではあるが、三人は、周囲の人々と同じように楽しくお喋りをしながら列に並んでいる。
「もうすぐ私達も二年生だね。また同じクラスになれたらいいなぁ」
「そうね。私も香奈と瑞穂とまた同じクラスになりたいわ」
「私も!けど雪愛は大変だよね。新しいクラスになったらまた男子達が騒ぐんじゃない?」
「瑞穂、そういうこと言わないで……。本当に嫌なんだから」
新年早々考えたくもないとでもいうような雪愛の心底嫌そうな顔に瑞穂も香奈も苦笑してしまう。
「最初は何の冗談かと思ったけど、雪愛の場合本気だもんね」
「今年よりはさすがに落ち着いてるんじゃないかな?」
一年の最初の頃はそれこそ学年問わず男子から本当にすごい人気だったが、雪愛が誰とも付き合う気がないことが浸透してきたためか、この頃には大分落ち着いてきていた。
ただ学年が上がり、クラスが変わればまたどうなるかわからない。
香奈の言葉は雪愛を慮ってのものだ。
「ありがとう、香奈」
「ま、私達は来年も仲良くやっていこう!」
「ええ」「うん!」
そんな風に話をしながら進んでいき、三人がお参りをする番になった。
先ほどまで話していたということもあるが、雪愛の願い事は決まっていた。
(瑞穂と香奈……私の大切な人たちと一緒に楽しく過ごせますように)
高校に進学して、ここまで気の置けない友達に出会えた。
それがどれほど幸運なことかはわかっているつもりだ。
けど、もしかしたら二年に進級しても新たにこんな友人のような人と出会えるかもしれない、と期待してしまう自分もいる。
当然二人きりの家族である母の沙織とも仲良く過ごしていきたい。
だから雪愛は、心の中で二人の名前を挙げたところで、瑞穂と香奈に限らないお願いにしたのだった。
初詣を終えた三人はおみくじを引いて、カフェかファミレスにでも入ろうと駅前に向かった。
これから暖かいところでお喋りを楽しむつもりのようだ。
ちなみに、おみくじは、雪愛が大吉、瑞穂が小吉、香奈が中吉だった。
書かれている内容については、雪愛が微妙な顔をし、瑞穂は苦笑を浮かべ、香奈は喜んでいた。
なぜなら、瑞穂は総合運と恋愛運で隠し事はやめなさいという内容だったためで、香奈は学業運がよく、周囲の助けで願いが叶うという内容だったためだ。
そして、雪愛は自分の気持ちに反して、総合運含め、いいことが書かれているのは恋愛方面が多かったからだ。
大吉といってもその方面が主だとすると雪愛にとってはあまり嬉しくない。というよりも正直迷惑だ。雪愛は恋愛事なんて一つも求めていないのだから。
しかもその内容は、長年待ち続けた想い人が現れる、というものだった。意味がわからない。
だから今まで恋なんてしたことがない雪愛は自分にそんな人はいないとおみくじの内容を気にも留めなかった。
そして四月。二年生になった彼らは期せずして皆同じクラスとなった。
春陽は今悠介、楓花との待ち合わせ場所に向かっていた。
なぜなら悠介から初詣の誘いがあったからだ。
春陽自身は全く興味がなかったが、話の流れで行くことになってしまった。
発端は昨年中、佐伯家で夕食をいただいているときのこと。
悠介の父と母から正月の予定を聞かれた春陽は、素直に家で過ごすつもりだと答えた。
高校生になり、一人暮らしを始めた春陽にとって初めて迎える正月だ。
冬休みも店が休みになる年末年始以外、毎日フェリーチェで働く予定の春陽に、麻理は年末年始をこっちで過ごさないかと誘ってくれたが、自分なんかがあの家で過ごす訳にはいかないと春陽は断った。
年始にはちゃんと挨拶に顔を出すから、と。
だから年末年始は一人、アパートで気楽に過ごそうと思っていた春陽の答えに対し、佐伯家の両親は、そういうことならお正月はおせちとお雑煮もあるから家に食べに来なさいと勧めてきたのだ。
もちろん春陽は丁重に断ろうとした。
正月から他人の家にお邪魔するのはさすがに気が引ける。
今でさえ、こうして食事をご馳走になっていることに引け目を感じているというのに、他人に迷惑をかけることは春陽のメンタル的に負担が大きいのだ。折角一人暮らしになったことだし、これからはできるだけ一人で過ごしたいというのが春陽の偽らざる本音だ。
だが、彼らの押しは強かった。
さらには楓花もそこに乗っかり、それらの成り行きをずっと黙って見ていた悠介が諦めろというように苦笑を浮かべている。そんな悠介に、ちょっとは助けろ、という目を向ける春陽だが、悠介は綺麗にスルーした。
結局、春陽は彼らに負ける形で正月の夕方から佐伯家へお邪魔することになってしまった。
すると、悠介がそういうことならその前に初詣に行かないかと誘ってきたのだ。思わずジト目で「おい」と言う春陽。混むとわかっている日に、混むとわかっている場所へ行くなんて面倒でしかなかった。だが、そこに楓花も一緒に行きたい、と言ってきて春陽の抵抗も空しく、三人で行くことになった。
それが今回の経緯だ。
待ち合わせ場所に着くとまだ悠介と楓花はいなかった。約束の五分前には到着するようにしてしまう春陽は、別に楽しみなのではなく、単にそういう性格というだけだ。彼は自然とそういう気遣いをしてしまう。
春陽がその場でしばらく待っていると声がかけられた。もちろん相手は悠介と楓花だ。
「あけましておめでとう、春陽」
「あけましておめでとう、ハル兄」
「ああ、あけましておめでとう、悠介、楓花」
悠介と楓花がやって来て、新年の挨拶を交わした三人は、そのまま近所にある神社へと向かう。
それなりに大きい神社で、すでに多くの人が来ていた。
屋台も出ており、結構な賑わいだ。
境内へと続く参拝者が並ぶ列に三人も加わる。
「こんな寒い中、よくこんなことしたいと思うな」
列の長さからかなり時間がかかると思った春陽が、心底疑問だと思っているような表情で口にする。
「えー、初詣って楽しくない?」
「だよな。おみくじしたり、屋台回ったり、なんかわくわくしないか?」
春陽の感想に二人がかりで訴えてくる。
「全然。ってか初詣もしたいと思ったことないしな。麻理さんが一緒に行くぞって言うからあの家にいたときは毎年行ってたけど、それまで行ったことってなかったし」
だから一人になった今年は本当に来るつもりがなかったのだ。
「相変わらず冷めてんなー」
春陽の事情を知っている悠介はあえて茶化すように言う。
「ハル兄はバイトばかりじゃなくてもっと色々楽しんだ方がいいと思うよ?」
「ほっとけ」
「けど、毎年行ってたならさすがに何か願い事はしてたんだろ?」
「いや、特に何も。願いとかないしな」
「マジかよ!?」
「ハル兄……」
楓花が残念なものを見るように春陽を見てくる。
「……そんなに変か?」
悠介と楓花の反応に、春陽はちょっと狼狽えてしまう。願いがないことがそんなにおかしいのだろうか。
「そりゃそうだろ。……わかった。なら今回はまだ時間あるし今から何か考えとけよ」
「考えろって……。そもそも願い事ってどんなことお願いするんだ?」
神に願ったことなんて一度もない。
いや、嘘だ。一度だけ願った。貴広が病気だとわかったとき。医者の診断で完治は難しいと言われてしまったから。
麻理と一緒に神社にお参りに来たことがある。
貴広の病気を治してほしい、と。
けどそれは叶わなかった。春陽が唯一神様に縋ってでも叶えたかったその願いは。
そのとき以外、何かを願ったりしたことはない。
「そっからかよ……。何でもいいんだよ。漠然としたことでも何でも。もうすぐ二年になるし、可愛い子と同じクラスになりたい、とかな?」
「それ、お兄の願い事?」
「っ!?いや、俺がそう思ってる訳じゃねえぞ?」
悠介に言われて春陽はあらためて考える。
今も特に願いなんてない。
強いて言えば来年も平穏に過ごしたい、というくらいか。誰とも関わらない陰キャ生活を春陽は気が楽だと気に入っているから。
春陽が黙り、願いをどうするか考えていそうなのでそこには触れず、悠介が春陽にお参りの仕方を説明する。
いわゆる二礼二拍手一礼だ。
それくらいは春陽も知っていた。
続いて、願い方にもやり方があるようで、まず、自分の名前と住所を伝えて、去年について報告し感謝を伝え、新年の願い事を伝える。
これを説明したときの春陽の嫌な顔と言ったらなかった。
明らかに面倒です、と顔に書いてあったが、悠介が強くそうするように言うので、不承不承春陽は頷いた。神社内での態度としては罰当たりもいいところだろう。
そんな二人のやり取りを見て楓花はけらけら笑っていた。
それからもしばらく並び、鳥居をくぐり、参道を行き、手水舎でお清めをした。
春陽はお清めのやり方に面倒そうにしていたが、悠介達に付き合う形できちんとやった。
そしてとうとう春陽達がお参りする番になった。
お賽銭を入れ、二礼二拍手。
春陽は悠介に言われたとおり、ちゃんと心の中で、自分の名前と住所、そして去年一年平穏に過ごすことができたと一応お礼を言った。こういうところ、春陽は素直だ。
そして今年の願い事。
春陽が初詣でする初めての願いは――――。
(麻理さんが幸せになれますように。貴広さんを失った悲しみが少しでも癒えますように)
自分のことではなく、麻理のことだった。
これが考えた末にたどり着いた春陽の願いだ。
自分では貴広を失った麻理の悲しみを癒すことなんてできないから。
どうなれば麻理が幸せを感じてくれるかはわからない。だからこその神頼みでもある。
そういう意味では隣で祈っている男にも、その気持ちを聴いたときから、僅かばかり期待しているところはあるが、どうなるかはわからない。そもそも、世間一般では恋愛で幸せを感じている人がいることはわかっているが、春陽は恋愛に興味の欠片もないし、自身の周囲で起きたことを思えば、正直、恋愛が幸せに繋がるなんていう風には全く考えられないから。
初詣を終えた三人はおみくじを引いて、屋台を少し見て回り、麻理に新年の挨拶をしにフェリーチェへと向かった。
悠介の家へと行くのはその後の予定だ。
ちなみに、おみくじの結果は、春陽が中吉、悠介が末吉、楓花が大吉だった。
書かれている内容については、楓花がテンションを高くし、春陽と悠介が微妙な顔をしていた。
なぜそんな顔になったのか本当のところはわからないが、二人とも総合運と待人、恋愛運のところの記載が自分の気持ちと真逆だったとだけ言っておこう。
一方、春陽達がこの神社にやって来たとき、少し離れたところには女子三人の姿があった。
雪愛、瑞穂、香奈の三人だ。
三人で初詣に行く約束をしていたのだが、街まで出ると人が多すぎるんじゃないかという話になり、それなら、と雪愛が家の近くにあるこの神社を勧めたのだ。
結構大きな神社なのにそれほど混まないはずだと。
そんな経緯があって三人はこの神社にやって来ていた。
寒い中ではあるが、三人は、周囲の人々と同じように楽しくお喋りをしながら列に並んでいる。
「もうすぐ私達も二年生だね。また同じクラスになれたらいいなぁ」
「そうね。私も香奈と瑞穂とまた同じクラスになりたいわ」
「私も!けど雪愛は大変だよね。新しいクラスになったらまた男子達が騒ぐんじゃない?」
「瑞穂、そういうこと言わないで……。本当に嫌なんだから」
新年早々考えたくもないとでもいうような雪愛の心底嫌そうな顔に瑞穂も香奈も苦笑してしまう。
「最初は何の冗談かと思ったけど、雪愛の場合本気だもんね」
「今年よりはさすがに落ち着いてるんじゃないかな?」
一年の最初の頃はそれこそ学年問わず男子から本当にすごい人気だったが、雪愛が誰とも付き合う気がないことが浸透してきたためか、この頃には大分落ち着いてきていた。
ただ学年が上がり、クラスが変わればまたどうなるかわからない。
香奈の言葉は雪愛を慮ってのものだ。
「ありがとう、香奈」
「ま、私達は来年も仲良くやっていこう!」
「ええ」「うん!」
そんな風に話をしながら進んでいき、三人がお参りをする番になった。
先ほどまで話していたということもあるが、雪愛の願い事は決まっていた。
(瑞穂と香奈……私の大切な人たちと一緒に楽しく過ごせますように)
高校に進学して、ここまで気の置けない友達に出会えた。
それがどれほど幸運なことかはわかっているつもりだ。
けど、もしかしたら二年に進級しても新たにこんな友人のような人と出会えるかもしれない、と期待してしまう自分もいる。
当然二人きりの家族である母の沙織とも仲良く過ごしていきたい。
だから雪愛は、心の中で二人の名前を挙げたところで、瑞穂と香奈に限らないお願いにしたのだった。
初詣を終えた三人はおみくじを引いて、カフェかファミレスにでも入ろうと駅前に向かった。
これから暖かいところでお喋りを楽しむつもりのようだ。
ちなみに、おみくじは、雪愛が大吉、瑞穂が小吉、香奈が中吉だった。
書かれている内容については、雪愛が微妙な顔をし、瑞穂は苦笑を浮かべ、香奈は喜んでいた。
なぜなら、瑞穂は総合運と恋愛運で隠し事はやめなさいという内容だったためで、香奈は学業運がよく、周囲の助けで願いが叶うという内容だったためだ。
そして、雪愛は自分の気持ちに反して、総合運含め、いいことが書かれているのは恋愛方面が多かったからだ。
大吉といってもその方面が主だとすると雪愛にとってはあまり嬉しくない。というよりも正直迷惑だ。雪愛は恋愛事なんて一つも求めていないのだから。
しかもその内容は、長年待ち続けた想い人が現れる、というものだった。意味がわからない。
だから今まで恋なんてしたことがない雪愛は自分にそんな人はいないとおみくじの内容を気にも留めなかった。
そして四月。二年生になった彼らは期せずして皆同じクラスとなった。
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クレーンゲームをしたり、プリクラ撮ったりと若いからこそ楽しいデートのシーンが微笑ましくてお気に入りです。読みながらこんな青春もあったなと自分の過去を思い出したりして懐かしい気持ちになりました。素敵な作品に出逢えて嬉しいです!これからも頑張ってください!!
感想ありがとうございます!気に入っていただけて嬉しいです(^^)これからも頑張ります!
カッコよすぎる(笑)飼育員さんサイコーですね。
感想ありがとうございます!カッコいいと思っていただけて嬉しいです(^^)飼育員さんのことも気に入っていただけたみたいでよかったです(笑)
本当にキュンキュンします。こんな青春送ってみたい(笑)春陽頑張ってほしい!
感想ありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです(^^)今後の展開もお楽しみいただけたら幸いですm(__)m