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最終章 幸せのかたち
第97話 クリスマスイブ、それは彼女の特別な日。彼にとっても
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春陽はその日夢を見た。
なぜかはわからないがすぐにここが夢なのだということはわかった。
周囲の風景は判然としない。ただ、春陽の前には一人の男性が座っていた。
見覚えがある気がするのだが、頭にモヤがかかったように誰かは思い出せない。
「くっそー。あんなに安心しきった顔して。そんなにこの男がいいのかよぉ。イケメンで初恋相手で性格もいいって?……最強じゃないか……」
その男性は酷く悪態を吐いており、最後には頭を抱えだした。
「お前になんてやらん、とか一発殴らせろとか言ってやりたい。……いや、ダメか。そんなこともししたら嫌われるのは間違いなく俺だな。二人とも随分気に入っているみたいだし……」
「あの……すみません。あなたは?」
他に誰もいない空間だし、春陽は思い切ってその男性に近づき声をかけた。
「ああ?……って、なんで君がここにいるんだ!?」
男性は春陽を見ると素っ頓狂な声を出した。
「いや……、それは俺にもわからないんですが……」
男性の驚き様に春陽は困惑する。
が、男性はすぐに立ち直った。
「こんなことってあるんだなぁ。まあいいか。折角の機会だ。俺は君に訊きたいことがある」
何だかノリが軽い。
しかもこちらの質問に答える気はないようだ。
「……なんでしょうか?」
「君は白月雪愛のことをどう思っているんだ?」
「っ!?なんであなたにそんなこと答えなきゃいけないんですか?」
いきなりの突っ込んだ質問に春陽は身構える。
「いいから!減るもんじゃないだろう?答えないってことは大した想いでもないってことか?」
やれやれと呆れたように言ってくる男性。明らかに挑発だったが、わかっていてもそんな風に言われたら黙ってはいられない。
「……好きですよ。大切に想ってます」
それに、なぜかこの場では自分の気持ちがすんなりと言葉になる。
これが夢だからだろうか?
「どれくらいだ?」
「どれくらいって……」
こういう質問は答えるのがめちゃくちゃ難しい。
それをわかってて聞いてきている様子なのがなんとも腹立たしい。
「なんだ?大したこと――――」
「すべて、です」
「…………?」
「俺は雪愛がいてくれるだけで幸せなんですよ。だから雪愛といると自分ばかりが幸せで……、どうしたら雪愛にも幸せを感じてもらえるか、ずっと考えていて。雪愛にはいつも笑っていてほしいなとは思うんです。そのためになら自分のすべてを懸けられる。………それくらい大切です」
「そうか……。くくっ、めちゃくちゃ熱いこと言うじゃないか」
「あなたが聞いてきたんでしょう?」
茶化された気がしてちょっとイラっとする。
「まあ、そうだな。けど、うん、聞けて良かったよ」
男性は何かに納得したような透き通った笑みを浮かべた。
「そうですか……」
その笑みを見たら、イラっとした気持ちが霧散し、代わりに何だか胸が苦しくなった気がした。どうしてそうなるのかわからずモヤモヤする。
「俺はもう見ていることしかできないから……」
「?それはどういう?」
「おっと、そろそろ終わりみたいだな」
「え?」
突然男性の体が透明になっていくようにこの空間から消えていく。
この男性が消えたらこの夢も終わるのだとなぜだかわかった。
本当に不思議な夢だ。
「本当なら君とお酒でも飲みながらもっと話がしたかったが……仕方ないな」
男性は本当に残念そうだ。
男性のそんな顔を見たらなぜか自分ももっと話したいと思ってしまう。
そうして少ししんみりしかけたところで男性が続ける。
「あぁ、後、君が覚えてるかわからないけど一応言っておく!ずっと見てる訳じゃないから安心してイチャイチャしてくれ!」
「はぁっ!?何言って―――」
「はははっ!元気でな!彼女のこと幸せに……、いや、二人でめいっぱい幸せになれよ!」
笑いながら男性は完全に消えた。
夢の終わりとともに目を覚ました春陽。
カーテンから漏れる光からもう朝だとわかる。
片腕は雪愛に抱きしめられたまま、もう片方の腕で雪愛を抱き寄せるようにしており、すぐ近くには雪愛の寝顔があった。
そのことに一瞬驚くが、そう言えば昨日は一緒に寝たんだったと思い出す。
(なんか夢を見てた気がするけど……?)
夢なんてそんなものと言えばそんなものかもしれないが全く思い出せない。
けれど、なぜだか春陽の心は温かかった。だからきっといい夢を見たのだろうと結論づけることにしてそれ以上考えることはなかった。
雪愛の頭に添えられていた手で綺麗な長い黒髪を梳く。
サラサラとしていて気持ちがいい。
続けて春陽は雪愛の頭をそっと撫でた。
雪愛が腕の中にいる。
そのことに自然と笑みがこぼれる。
すると、擽ったかったのか、雪愛が少しもぞもぞと動き、そしてゆっくりと目を開けた。
春陽と雪愛の目が合う。
雪愛は一瞬驚いたように目を大きくしたが、すぐに思い至ったのか笑みを浮かべた。
「起こしちゃってごめん。おはよう、雪愛」
「ううん。おはよう、春陽くん」
こうして、朝から幸せな気持ちになって二人の一日は始まった。
後日、今回の関係者がフェリーチェに集まり、その後についての情報共有が行われた。
まず、工藤は朱音達によって完全に牙を折られた状態でいくつもの犯罪行為の証拠とともに警察に突き出された。どうやって心を折ったかの説明はない。そこは朱音の笑顔だけだった。麻理はしょうがないといった表情をしていたので何かわかっているのかもしれないが春陽達に言うつもりはないようだった。
それはともかく、だから当分工藤が出てくることはないとのことだ。
また、大地は週明けには高校を辞めていた。両親が素早く行動したのだ。
大地の両親は白月家に謝罪に来たのだが、それは沙織一人で応対したらしい。こちらも具体的なやり取りについては省略し、結果だけを沙織は皆に話した。
なぜか。簡単に言えば、大地の両親の言い分は謝罪に見せかけた自己保身だったのだ。
どうか今回のことを大事にしないでほしい、と。沙織にはそれがひしひしと伝わってきた。
この両親のあり様には怒りを感じた沙織だったが、罪を犯した大地という少年のことも含めて考え抜いた末、様々な条件をつけることで結果としては示談に応じた。
大地はその後、全寮制の高校に転校し、条件通り、二度と雪愛達の前に現れることはなかった。
元々、大地に関しては、色々なことをやらかしたがどれも未遂だったことと、未成年ということから保護観察になるのではないか、というのが朱音の予想だった。
朱音はこの二人を含めて他の誰にももう二度と麻理の周りに手は出させないから安心してほしいと心強い言葉をくれた。朱音としても言葉通り皆に安心してもらいたいという思いはもちろんある。ただ、それだけじゃない。フェリーチェを陰ながら守っていた朱音だったが、それだけでは足りないと今回のことで痛感したからこその決意表明でもあった。
もう彼らが春陽達に関わることはないだろう。
それからの春陽達は何事もなく平穏な毎日を過ごしていた。周囲のケアのおかげもあって、雪愛と美優も少しずつ落ち着きを取り戻してきており、あの日のことを過去のこととして心の折り合いをつけられる日もそう遠くないかもしれない。
そんな中、春陽には考えなければならないことがあった。
それはもうすぐクリスマスがやってくるということ。
イブの日にデートの約束はしているが、その日はもっと特別な日でもある。
十二月二十四日。
それは雪愛の誕生日だ。
付き合い始めてから、初めて迎える雪愛の記念日。
自分の誕生日を祝ってもらった帰りに雪愛が言っていたことはしっかりと覚えている。
クリスマスではあるが、ちゃんと誕生日を祝ってあげたい。
プレゼントを渡すことは決めているが、何を渡すか、それを悩んでいた。
いや、渡したいものはあるのだ。ただ、雪愛が喜んでくれるか、それが問題だった。
雪愛なら春陽からのプレゼントというだけで喜びそうなものだが、贈る本人としては不安になるのだろう。
自分が雪愛といられるだけで幸せを感じていることを自覚している春陽は、雪愛にもできるだけたくさん幸せを感じてほしい。
彼氏として彼女である雪愛を幸せにしたいのだ。
そんな風に悩みながらも、結局春陽はプレゼントを二つ買った。
そして、期末テストが終わり、光ヶ峰高校は冬休みに入り、とうとうクリスマスイブ当日を迎えた。
今日と明日は麻理の計らいでバイトを休みにしてもらっている。
イブを休ませてもらうことだけでも申し訳なく思っていたため、クリスマス当日はバイトに出ようと思っていた春陽だったが、麻理が認めなかったのだ。その理由を聞いた春陽はそういうことなら、とありがたく休みをもらった。
春陽と雪愛は待ち合わせをして、冬の街を散策していた。
どこもクリスマスムード一色の街は二人を十二分に楽しませてくれる。
雪愛の右手首には、花火大会の日に春陽からプレゼントしてもらったブレスレットがキラキラと輝いている。
春陽にとってももう見慣れたものだ。春陽と会うとき、だけでなく雪愛は毎日それをつけていたから。
雪愛にとって春陽からのプレゼントはすべて宝物だ。それは小学生の頃もらった髪留めからクレーンゲームで取ってくれたぬいぐるみまですべて。
その中で今身につけられるのはこのブレスレットだけ。
だから雪愛は基本的にそれを外さない。お守りという側面もあるのかもしれない。春陽をとても身近に感じることができるから。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人は春陽が予約していたお洒落なイタリアンレストランに入った。
お洒落ではあるが温かみのある内装をしており、価格帯もリーズナブルであるため、高校生でも比較的入りやすいお店だ。
そこでクリスマスのコースディナーを楽しむ二人。
最後のデザートが出てきたところでちょっとしたサプライズがあった。
デザートの内容が雪愛と春陽で違っており、雪愛のお皿には『happy birthday』の文字がチョコレートで書かれていた。
春陽は今日という日をクリスマスではなく雪愛の誕生日としてお祝いしたいと思い、予約のときに店側と話していたのだ。春陽のお願いをレストランのオーナーは快く引き受けてくれた。
デザートの内容に驚く雪愛に、春陽は言葉とともに用意していたプレゼントを贈る。
「雪愛、誕生日おめでとう」
「っ、ありがとう……」
雪愛は春陽が自分の誕生日を覚えていてくれたことはもちろん、クリスマスとしてではなく自分の誕生日を祝ってくれたことに胸がいっぱいになった。
開けていい?と聞く雪愛に春陽が返事をすると、雪愛は丁寧に包装を解き、箱を開けた。
中には小ぶりな雪の結晶を模した綺麗なネックレスが入っていた。
「わぁ……」
雪愛が瞳を輝かせる。
中心には十二月の誕生石であるブルーのタンザナイトがあしらわれていた。
大人っぽさと可愛さを兼ね備えたようなそのネックレスは見事に雪愛の好みだった。
それは、何度かデートでウインドウショッピングをしたときに雪愛の好みを春陽がちゃんと覚えていたからこそだろう。
雪愛が丁寧な手つきでネックレスをつける。
「どうかな?」
「うん、よく似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう春陽くん!」
雪愛は照れたようにお礼を言った。
次に雪愛が春陽にプレゼントを渡した。
「じゃあ、今度は私からね。メリークリスマス!春陽くん」
「ありがとう、雪愛」
春陽も丁寧に包装を解き、箱を開けると中にはプレート型のネックレスが入っていた。
「私達考えが似てるのかな?」
ネックレス被りに雪愛が少し恥ずかしそうに言う。
雪愛がこれを選んだのには二つ理由があった。
一つは、普段の春陽にも自分が贈ったものを身につけてほしいと思ったこと。
バイト中は必ず髪留めを使ってくれる春陽だが、あれは普段使いではないからだ。
ネックレスならばいつでもつけてもらえるかなと思った。
そしてもう一つがこのプレート型という形だ。
なぜなら―――。
春陽がネックレスを手に取ると手触りでプレートの裏面に凹凸があることに気づいた。
プレートの裏面を見ると、何やら英語で文字が彫られていた。
雪愛の顔がみるみる赤く染まっていく。
これが雪愛がこのネックレスを選んだもう一つの理由。
店員からこのネックレスの説明をされたときに、裏面に文字を刻印できると言われたのだ。
そこで、少し、いやかなり恥ずかしいのだが、裏面に自分の気持ちを彫って春陽にプレゼントしたいと雪愛は思った。
春陽に自分の気持ちを目に見える形で伝えたかったのだ。
そこには、二段に分けてこう彫られていた。
『I’m blessed to have you in my life』
――――あなたがいてくれて私は幸せです、と。
なぜかはわからないがすぐにここが夢なのだということはわかった。
周囲の風景は判然としない。ただ、春陽の前には一人の男性が座っていた。
見覚えがある気がするのだが、頭にモヤがかかったように誰かは思い出せない。
「くっそー。あんなに安心しきった顔して。そんなにこの男がいいのかよぉ。イケメンで初恋相手で性格もいいって?……最強じゃないか……」
その男性は酷く悪態を吐いており、最後には頭を抱えだした。
「お前になんてやらん、とか一発殴らせろとか言ってやりたい。……いや、ダメか。そんなこともししたら嫌われるのは間違いなく俺だな。二人とも随分気に入っているみたいだし……」
「あの……すみません。あなたは?」
他に誰もいない空間だし、春陽は思い切ってその男性に近づき声をかけた。
「ああ?……って、なんで君がここにいるんだ!?」
男性は春陽を見ると素っ頓狂な声を出した。
「いや……、それは俺にもわからないんですが……」
男性の驚き様に春陽は困惑する。
が、男性はすぐに立ち直った。
「こんなことってあるんだなぁ。まあいいか。折角の機会だ。俺は君に訊きたいことがある」
何だかノリが軽い。
しかもこちらの質問に答える気はないようだ。
「……なんでしょうか?」
「君は白月雪愛のことをどう思っているんだ?」
「っ!?なんであなたにそんなこと答えなきゃいけないんですか?」
いきなりの突っ込んだ質問に春陽は身構える。
「いいから!減るもんじゃないだろう?答えないってことは大した想いでもないってことか?」
やれやれと呆れたように言ってくる男性。明らかに挑発だったが、わかっていてもそんな風に言われたら黙ってはいられない。
「……好きですよ。大切に想ってます」
それに、なぜかこの場では自分の気持ちがすんなりと言葉になる。
これが夢だからだろうか?
「どれくらいだ?」
「どれくらいって……」
こういう質問は答えるのがめちゃくちゃ難しい。
それをわかってて聞いてきている様子なのがなんとも腹立たしい。
「なんだ?大したこと――――」
「すべて、です」
「…………?」
「俺は雪愛がいてくれるだけで幸せなんですよ。だから雪愛といると自分ばかりが幸せで……、どうしたら雪愛にも幸せを感じてもらえるか、ずっと考えていて。雪愛にはいつも笑っていてほしいなとは思うんです。そのためになら自分のすべてを懸けられる。………それくらい大切です」
「そうか……。くくっ、めちゃくちゃ熱いこと言うじゃないか」
「あなたが聞いてきたんでしょう?」
茶化された気がしてちょっとイラっとする。
「まあ、そうだな。けど、うん、聞けて良かったよ」
男性は何かに納得したような透き通った笑みを浮かべた。
「そうですか……」
その笑みを見たら、イラっとした気持ちが霧散し、代わりに何だか胸が苦しくなった気がした。どうしてそうなるのかわからずモヤモヤする。
「俺はもう見ていることしかできないから……」
「?それはどういう?」
「おっと、そろそろ終わりみたいだな」
「え?」
突然男性の体が透明になっていくようにこの空間から消えていく。
この男性が消えたらこの夢も終わるのだとなぜだかわかった。
本当に不思議な夢だ。
「本当なら君とお酒でも飲みながらもっと話がしたかったが……仕方ないな」
男性は本当に残念そうだ。
男性のそんな顔を見たらなぜか自分ももっと話したいと思ってしまう。
そうして少ししんみりしかけたところで男性が続ける。
「あぁ、後、君が覚えてるかわからないけど一応言っておく!ずっと見てる訳じゃないから安心してイチャイチャしてくれ!」
「はぁっ!?何言って―――」
「はははっ!元気でな!彼女のこと幸せに……、いや、二人でめいっぱい幸せになれよ!」
笑いながら男性は完全に消えた。
夢の終わりとともに目を覚ました春陽。
カーテンから漏れる光からもう朝だとわかる。
片腕は雪愛に抱きしめられたまま、もう片方の腕で雪愛を抱き寄せるようにしており、すぐ近くには雪愛の寝顔があった。
そのことに一瞬驚くが、そう言えば昨日は一緒に寝たんだったと思い出す。
(なんか夢を見てた気がするけど……?)
夢なんてそんなものと言えばそんなものかもしれないが全く思い出せない。
けれど、なぜだか春陽の心は温かかった。だからきっといい夢を見たのだろうと結論づけることにしてそれ以上考えることはなかった。
雪愛の頭に添えられていた手で綺麗な長い黒髪を梳く。
サラサラとしていて気持ちがいい。
続けて春陽は雪愛の頭をそっと撫でた。
雪愛が腕の中にいる。
そのことに自然と笑みがこぼれる。
すると、擽ったかったのか、雪愛が少しもぞもぞと動き、そしてゆっくりと目を開けた。
春陽と雪愛の目が合う。
雪愛は一瞬驚いたように目を大きくしたが、すぐに思い至ったのか笑みを浮かべた。
「起こしちゃってごめん。おはよう、雪愛」
「ううん。おはよう、春陽くん」
こうして、朝から幸せな気持ちになって二人の一日は始まった。
後日、今回の関係者がフェリーチェに集まり、その後についての情報共有が行われた。
まず、工藤は朱音達によって完全に牙を折られた状態でいくつもの犯罪行為の証拠とともに警察に突き出された。どうやって心を折ったかの説明はない。そこは朱音の笑顔だけだった。麻理はしょうがないといった表情をしていたので何かわかっているのかもしれないが春陽達に言うつもりはないようだった。
それはともかく、だから当分工藤が出てくることはないとのことだ。
また、大地は週明けには高校を辞めていた。両親が素早く行動したのだ。
大地の両親は白月家に謝罪に来たのだが、それは沙織一人で応対したらしい。こちらも具体的なやり取りについては省略し、結果だけを沙織は皆に話した。
なぜか。簡単に言えば、大地の両親の言い分は謝罪に見せかけた自己保身だったのだ。
どうか今回のことを大事にしないでほしい、と。沙織にはそれがひしひしと伝わってきた。
この両親のあり様には怒りを感じた沙織だったが、罪を犯した大地という少年のことも含めて考え抜いた末、様々な条件をつけることで結果としては示談に応じた。
大地はその後、全寮制の高校に転校し、条件通り、二度と雪愛達の前に現れることはなかった。
元々、大地に関しては、色々なことをやらかしたがどれも未遂だったことと、未成年ということから保護観察になるのではないか、というのが朱音の予想だった。
朱音はこの二人を含めて他の誰にももう二度と麻理の周りに手は出させないから安心してほしいと心強い言葉をくれた。朱音としても言葉通り皆に安心してもらいたいという思いはもちろんある。ただ、それだけじゃない。フェリーチェを陰ながら守っていた朱音だったが、それだけでは足りないと今回のことで痛感したからこその決意表明でもあった。
もう彼らが春陽達に関わることはないだろう。
それからの春陽達は何事もなく平穏な毎日を過ごしていた。周囲のケアのおかげもあって、雪愛と美優も少しずつ落ち着きを取り戻してきており、あの日のことを過去のこととして心の折り合いをつけられる日もそう遠くないかもしれない。
そんな中、春陽には考えなければならないことがあった。
それはもうすぐクリスマスがやってくるということ。
イブの日にデートの約束はしているが、その日はもっと特別な日でもある。
十二月二十四日。
それは雪愛の誕生日だ。
付き合い始めてから、初めて迎える雪愛の記念日。
自分の誕生日を祝ってもらった帰りに雪愛が言っていたことはしっかりと覚えている。
クリスマスではあるが、ちゃんと誕生日を祝ってあげたい。
プレゼントを渡すことは決めているが、何を渡すか、それを悩んでいた。
いや、渡したいものはあるのだ。ただ、雪愛が喜んでくれるか、それが問題だった。
雪愛なら春陽からのプレゼントというだけで喜びそうなものだが、贈る本人としては不安になるのだろう。
自分が雪愛といられるだけで幸せを感じていることを自覚している春陽は、雪愛にもできるだけたくさん幸せを感じてほしい。
彼氏として彼女である雪愛を幸せにしたいのだ。
そんな風に悩みながらも、結局春陽はプレゼントを二つ買った。
そして、期末テストが終わり、光ヶ峰高校は冬休みに入り、とうとうクリスマスイブ当日を迎えた。
今日と明日は麻理の計らいでバイトを休みにしてもらっている。
イブを休ませてもらうことだけでも申し訳なく思っていたため、クリスマス当日はバイトに出ようと思っていた春陽だったが、麻理が認めなかったのだ。その理由を聞いた春陽はそういうことなら、とありがたく休みをもらった。
春陽と雪愛は待ち合わせをして、冬の街を散策していた。
どこもクリスマスムード一色の街は二人を十二分に楽しませてくれる。
雪愛の右手首には、花火大会の日に春陽からプレゼントしてもらったブレスレットがキラキラと輝いている。
春陽にとってももう見慣れたものだ。春陽と会うとき、だけでなく雪愛は毎日それをつけていたから。
雪愛にとって春陽からのプレゼントはすべて宝物だ。それは小学生の頃もらった髪留めからクレーンゲームで取ってくれたぬいぐるみまですべて。
その中で今身につけられるのはこのブレスレットだけ。
だから雪愛は基本的にそれを外さない。お守りという側面もあるのかもしれない。春陽をとても身近に感じることができるから。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人は春陽が予約していたお洒落なイタリアンレストランに入った。
お洒落ではあるが温かみのある内装をしており、価格帯もリーズナブルであるため、高校生でも比較的入りやすいお店だ。
そこでクリスマスのコースディナーを楽しむ二人。
最後のデザートが出てきたところでちょっとしたサプライズがあった。
デザートの内容が雪愛と春陽で違っており、雪愛のお皿には『happy birthday』の文字がチョコレートで書かれていた。
春陽は今日という日をクリスマスではなく雪愛の誕生日としてお祝いしたいと思い、予約のときに店側と話していたのだ。春陽のお願いをレストランのオーナーは快く引き受けてくれた。
デザートの内容に驚く雪愛に、春陽は言葉とともに用意していたプレゼントを贈る。
「雪愛、誕生日おめでとう」
「っ、ありがとう……」
雪愛は春陽が自分の誕生日を覚えていてくれたことはもちろん、クリスマスとしてではなく自分の誕生日を祝ってくれたことに胸がいっぱいになった。
開けていい?と聞く雪愛に春陽が返事をすると、雪愛は丁寧に包装を解き、箱を開けた。
中には小ぶりな雪の結晶を模した綺麗なネックレスが入っていた。
「わぁ……」
雪愛が瞳を輝かせる。
中心には十二月の誕生石であるブルーのタンザナイトがあしらわれていた。
大人っぽさと可愛さを兼ね備えたようなそのネックレスは見事に雪愛の好みだった。
それは、何度かデートでウインドウショッピングをしたときに雪愛の好みを春陽がちゃんと覚えていたからこそだろう。
雪愛が丁寧な手つきでネックレスをつける。
「どうかな?」
「うん、よく似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう春陽くん!」
雪愛は照れたようにお礼を言った。
次に雪愛が春陽にプレゼントを渡した。
「じゃあ、今度は私からね。メリークリスマス!春陽くん」
「ありがとう、雪愛」
春陽も丁寧に包装を解き、箱を開けると中にはプレート型のネックレスが入っていた。
「私達考えが似てるのかな?」
ネックレス被りに雪愛が少し恥ずかしそうに言う。
雪愛がこれを選んだのには二つ理由があった。
一つは、普段の春陽にも自分が贈ったものを身につけてほしいと思ったこと。
バイト中は必ず髪留めを使ってくれる春陽だが、あれは普段使いではないからだ。
ネックレスならばいつでもつけてもらえるかなと思った。
そしてもう一つがこのプレート型という形だ。
なぜなら―――。
春陽がネックレスを手に取ると手触りでプレートの裏面に凹凸があることに気づいた。
プレートの裏面を見ると、何やら英語で文字が彫られていた。
雪愛の顔がみるみる赤く染まっていく。
これが雪愛がこのネックレスを選んだもう一つの理由。
店員からこのネックレスの説明をされたときに、裏面に文字を刻印できると言われたのだ。
そこで、少し、いやかなり恥ずかしいのだが、裏面に自分の気持ちを彫って春陽にプレゼントしたいと雪愛は思った。
春陽に自分の気持ちを目に見える形で伝えたかったのだ。
そこには、二段に分けてこう彫られていた。
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