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最終章 幸せのかたち

第94話 美優の救出、雪愛の抵抗

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 そこからはあっという間の出来事だった。突然の暗闇で美優には何も見えず、何が何だか全くわからない。ただそれは男達も同じだったようだ。
 何が起こったのかわからないといった様子の男達を誰かが次々と制圧していく。

 美優の目の前まで迫っていた工藤も誰かに倒された。

 そして男達のうめき声だけが倉庫内に響くようになった頃、再び灯りが点いた。
 明るくなり美優はようやく視界が戻ったため、周囲を見渡せば、黒服を着た人達に工藤もその仲間も皆倒されていた。
 訳がわからず、美優はそれをただ茫然と見ていることしかできない。
 するとそんな美優に見知った人物が駆け寄ってくる。
「美優!よかった。無事だった。何もされてないわよね!?」
 麻理は一度美優を抱きしめると肩に手を置き、美優の顔を覗き込む。その表情には心配が色濃く滲んでいた。それから美優の全身を隈なく見る。見た目には怪我などないように見えた。
「麻理、さん……?」
「助けに来たわ。もう大丈夫だから」
 美優の頭を優しく撫でる麻理。
 そこで張りつめていたものが途切れたのだろう。様々な恐怖、そしてそこから助かったのだという安堵が広がり美優の目に涙が溢れる。
 美優の拘束された手足を解放し、美優が泣き止むまで麻理は抱きしめながら頭を撫で続けた。

 どれほど麻理の腕の中にいただろうか。
 涙の止まった美優がゆっくりと顔を上げると、麻理の傍には悠介がおり、朱音が工藤を押さえつけていた。

 麻理は美優が落ち着いたのを見て取ると美優に笑ってみせた後、すとんと表情を消し、工藤に向き直った。
 その目は工藤を射殺さんばかりに鋭くなっている。
「私の家族に二度と手を出すな」
 麻理の静かに響く重く低い声に、工藤の肩がピクリと上下する。
「大丈夫ですよ、麻理さん。こいつにはこっちの流儀できっちりと教え込んだ上で警察に突き出しますから。こいつ色々やらかしてますからね」
 朱音の少し軽い調子で言った言葉にこの一件が終わったのだという空気が辺りに漂う。
 それは油断、と言っていいのだろう。
「くそがあぁっ!」
「しまっ―――」
 麻理に気圧された工藤がそんな自分が許せず、最後の悪あがきに出たのだ。燃やそうとした以外にもあの店フェリーチェには色々仕掛けたというのにそのすべてをに潰され、最近は手出しすることもなくなっていた。それは何だか自分が屈したようでずっと悔しかったのだ。工藤の中ではその逆恨みも混ざっていた。
 朱音の拘束が少し緩んだ隙に逃れた工藤が、麻理に襲い掛かる。
 麻理まで何歩分も距離はない。
 反応が遅れた麻理は避けられないと悟るが―――、工藤の悪あがきが麻理に届くことはなかった。
「ふざけんなっ!!」
 咄嗟に麻理と工藤の間に入った悠介が工藤の顔面を拳で強打する。
 悠介は朱音に言われていたこともあり、麻理を守る、とずっと気を緩めなかった。
 だから一早く動くことができたのだ。
 工藤は割って入ってきた予期せぬ衝撃に倒れ、再び朱音に拘束された。

 それは時間にすれば一瞬の出来事。

 はぁ、はぁと荒い息を吐く悠介。
 握った拳からは血が出ていた。
 殴りなれてなんていない悠介は工藤の歯で拳を切ってしまったようだ。
 それに気づいた麻理が悠介の拳を優しく手に取る。
「悠介……。ごめんなさい……」
 自分のせいで怪我をさせてしまったと麻理の表情が曇る。
 そこで初めて自分の状況に気づいたのか、悠介が慌てて答える。
「あ、いえ、守るって約束しましたから……」
 言いながら痛みを感じ始めたのか悠介の顔が僅かに歪む。血で汚してしまうと咄嗟に手を引っ込めようとしたが、麻理が放してくれなかった。
「……本当に、ありがとう」
 そんな悠介に麻理は困ったような何とも言えない笑みを向け、ポケットからハンカチを取り出し、怪我してしまったところに巻くのだった。

 その後は朱音も油断することなく、その場にいた工藤とその仲間は全員朱音の部下が連れて行った。

「あの、麻理さん。春陽は?無事ですか?それに雪愛ちゃんも!二人は狙われてるって工藤が……」
 美優の言葉に麻理達は同意を示す。
 それは皆が心配していることだ。
 一同はまだ終わっていない、と次の行動を開始した。

 こうして麻理達は美優を無事救出することに成功したのだった。


 一方、雪愛の方では、梶原が雪愛を連れて来ることに成功した自分に陶酔したように語っていた。
「ここまで大変だったんだよ。雪愛が風見なんかと付き合い始めるから。君から風見を排除するためにすごく考えたんだ。色々調べるのも本当に大変だった。僕に群がるゴミが工藤と繋がってるってわかって工藤と接触してね。時間をかけて僕の思う通りに動かそうとしてたんだけど……、やっぱりバカは駄目だね。まさか計画実行前に仲間を引き連れて文化祭に来るなんて。まあ君は休憩中でいなかったから知らないだろうけどね。しかもうちのクラスで騒ぎを起こすし。あのときは何とか穏便に済ませるために必死だったよ」
 何が楽しいのか全く理解できないが、梶原は終始歪な笑顔だ。
「……どうしてあなたに春陽くんとのことをそこまで言われなきゃいけないのかしら?」
 後半はよくわからなかったが、春陽を排除するという言葉には反応せずにいられない。
 ただ、雪愛は目の前にいる梶原への怒りや恐怖よりも春陽と美優を心配する気持ちが勝っていた。
 どうにかしてここから抜け出さなければならない。そして早く知らせなければ。
 言葉を返しながらも雪愛の頭の中はそのことでいっぱいだった。

「どうしてって、当たり前じゃないか。君は僕と結ばれるんだから!」
 梶原は確信しているようにそう言い放つ。
 常軌を逸したその様子に雪愛は一瞬頭が真っ白になり、次いで強烈な恐怖と怒り、そして嫌悪感でいっぱいになった。
 これまでは梶原はクラスメイトだという思いがあった雪愛だが、梶原を完全に拒絶した瞬間だった。

 梶原大地かじわらだいちは、医者の両親の長男として生まれた。
 そして大地が生まれた翌年には弟が生まれた。
 幼少期から医者になることを求められ、勉強の日々を送っていた大地だが、中学受験で失敗してしまう。父も通っていたこの地域でトップの私立中高一貫校に落ちたのだ。
 そのため、公立の中学に行くことになってしまったのだが、大地は周囲を見下し、その結果イジメの標的にされてしまった。
 両親に助けを求めようとした大地だったが、大地の話は取り合ってもらえず、高校受験は失敗するなと言われるだけだった。悔しかったが、落ちた自分が悪いと大地の耐える日々が始まった。
 だが、事態はさらに悪化する。翌年、一歳下の弟が大地の落ちた私立中高一貫校に受かり、両親は大地に何も期待しなくなったのだ。
 この頃から大地は両親からいない者のように扱われていく。
 弟からは馬鹿にされ、学校ではイジメられる日々。
 イジメはどんどんエスカレートしていき、暴力だけでなく、金銭を要求されるようになっていった。

 さらに、この頃両親が互いに他所で相手を作っていることが判明し、どっちもどっちな言い合いの末、梶原家は崩壊した。
 病院を継ぐためにお見合いをした両親は元々冷え切った関係だったが、それでも世間体のため離婚だけはせず、重苦しい雰囲気の家では弟がそのストレスを大地に対し発散するようになった。
 大地は誰にも頼れず、誰も信じられず、心の中に鬱屈した思いだけを蓄積していった。
 そんな状況で、大地が高校受験にも失敗するのは必然だったのかもしれない。
 そうして入学したのが、光ヶ峰高校だった。
 そこで大地は雪愛と同じクラスになる。席も隣同士で、大地は他の男子達の例に漏れず、雪愛に一目惚れをした。

 だが、ここから大地は、雪愛に対してただの好意ではなく歪んだ想いを募らせていくことになる。
 雪愛がイケメンであろうと運動ができようと頭が良かろうと男子からの告白を次々と断っていくのを見て、なぜかそれを雪愛も自分のことを想っていると思うようになっていったのだ。
 それには、席が隣同士だったため少なからず話す機会があったことも関係しているのかもしれない。
 他の男子は嫌っているのに、自分のことはそうではない、と。
 大地は雪愛に告白する男子達を内心で馬鹿にするようになっていった。
 家での境遇や中学時代から続くイジメが高校に行っても変わらず続いていることなどにより、心が悲鳴を上げている状態で、男嫌いと噂されるような一目惚れした相手が普通に話しかけてくれるというのは大地にとって心の均衡を保てる唯一の救いでもあったのかもしれない。
 もちろん雪愛は隣の席のただのクラスメイトとして対応していただけだ。


 そうして歪んだ想いはどんどん肥大化していき、雪愛のことを一番わかっているのは自分だと思い込むようになっていく。
 また、雪愛も自分のことをわかってくれている。だから自分には優しいのだと勝手な妄想が激しさを増していった。

 ただ、この頃は本人の中だけの想いで、他者に迷惑をかけている訳でもなく、雪愛への想いのおかげでその他の現実に耐えられていたとも考えられるので悪いことばかりとは言えなかった。

 二年になっても雪愛と同じクラスになれたことに運命を感じていた大地は、しかし五月に入り決して見てはいけないものを見てしまった。
 雪愛が自分を含めた他の男子に見せたことのない笑顔を春陽に見せていたのだ。

 春陽が雪愛を誑かしている。
 大地の中ではそれが真実になった。

 それからは学校での春陽と雪愛、さらには花火大会での二人を見て、大地の中だけで抱えていた雪愛への想いの分だけ春陽への憎しみを募らせるようになる。
 それは憎悪といってもいい程だった。大地は妄執に憑りつかれたのだ。

 だが、どうにかして春陽を排除しようと動いているうちに、自然と、無意識に、考えが自分に都合のいいように変化していった。
 春陽を排除したい気持ちに変わりはないが、自分が雪愛と早く結ばれればいいのだと。
 そうすれば雪愛も目を覚ますだろう。それを心の中では雪愛も望んでいるはずだと。自分は一緒の家に住んでいるだけのクズ達とは違う。好きな人と結ばれて幸せになるのだ。その時には自分に群がるゴミと春陽に一緒に消えてもらえば一石二鳥だ。
 それが拗らせに拗らせた大地が行きついた結論だった。
 そうして今に至る。

「……ふざけたこと言わないで!私は春陽くんの彼女なの。あなたとなんて絶対にありえないから!」
 じりじりとにじり寄って来る大地に後ずさりしながらも、雪愛は大地を睨みつけ自分の想いをぶつける。
「はははっ。そんなの雪愛の勘違いだよ。すぐにわかるさ」
 だが、大地は雪愛の本気の言葉を笑って流し、ついに雪愛を捕まえようと踏み出してきた。
 その瞬間に雪愛は走り出し、大地の横を抜け、扉に辿り着き開けようとするが、その扉が開かない。
 ガチャガチャと音がするだけだ。見れば鍵がかかっていた。
 冷静なようでいて恐怖もあれば焦ってもいた雪愛は気づくのに遅れてしまった。
 すぐに開錠し、扉を開きかけたところで、雪愛の突然の行動に驚いて一瞬固まっていた大地が追いついてしまい、腰に抱きつかれる。
「雪愛!逃げちゃダメだよ!」
「っ!?いや!離して!イヤ!」
 足をバタつかせたり、手で押したりするが大地は離れない。
 ずるずると扉から離されていってしまう。
 そしてとうとう雪愛は床に押し倒されてしまった。
 上から押さえつける大地はニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべている。
 雪愛は必死に言葉と手足を動かすことで、全身かつ全力で抵抗するが男性の力には敵わない。
「さあ、今目を覚ましてあげるからね?」
 大地の言葉に恐怖と拒絶の思いで心がいっぱいになり目に涙が溜まっていく。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――――。
(春陽くん!)
 思わず雪愛はぎゅっと目を瞑り心の中で春陽を呼ぶのだった。
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