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第八章 文化祭

第80話 文化祭が始まり、接客中の二人

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(一回一回断るのもめんどくさいな……)
 文化祭が始まり接客をしている春陽は今少々焦っていた。

 春陽はずっとフェリーチェで接客をしてきた。
 愛想がいいとは言えなくても、その丁寧な接客はクールな印象を相手に与える。そしてその歴も長く、不慣れな他のクラスメイトと比べると春陽の仕事ぶりがより際立って見える。
 そんな春陽が今は執事服に身を包み、その衣装と相まって接客が実に様になっているのだ。完璧な接客をする、整った顔立ちの爽やかでありながらクールな青年執事のできあがりだ。
 するとどうなるか。
 当然、女子人気がすごいことになった。
 先ほどから接客をする度に一緒に写真を撮りたいという女子が後を絶たない。中には彼が雪愛と付き合っている春陽だと知らないのか気づいていないのか、休憩時間に一緒に回らないかと誘ってくる女子もいた。
 知ってて誘ってきているとは思いたくないところだ。

 客と写真を撮ったりしていれば時間がかかってしまうため、それはご遠慮くださいと注意書きもされているのだが、いざコスプレした彼らを目の前にするとその効果は薄いようだ。
 生徒同士ということもあり、ノリが軽くなっているということもあるだろう。
 彼女達はこのコスプレ喫茶を楽しんでいるだけなのだ。

 それらに対し、春陽なりに角が立たないように断るのはかなりの労力だった。海の家でも接客中にここまで女子に声をかけられることはなかったのだ。麻理や啓蔵の存在がどれほど助けになっていたかを思い知る。もっと感謝しなければならないとあらためて思った。
 準備のときにした話を思い出し、春陽は溜息を吐いた。
(マジでちゃんとしないと、な)

 和樹によって、春陽の撮影会のようなものが終わった後、悠介が春陽の肩を叩いて言った。
「春陽、お前早く自覚した方がいいぞ?麻理さんがいつも言ってただろ。お前はイケメンだって。海の家でも毎年逆ナンされてるだろ?つまりはそういうことなんだよ。フェリーチェで全然話しかけられたりしなかったのは単に麻理さんのおかげってだけだ」
「麻理さん?」
「やっぱ気づいてなかったか。強引な客とかがお前に変なちょっかい出したりしないか、麻理さん、めっちゃ目光らせてんだぞ?まあ、ケイちゃんもあれでかなり気にはしてくれてたしな」
「そう、だったのか…!?」
「そうだったんだよ。わかったら、これからは自分一人でもどうにかできるようになっていかねえとな?」
「…………」
 自分の顔については、美優、そして雪愛に言われたばかりのタイムリーなことを悠介にまで言われ、春陽は何も言い返せない。
 フェリーチェで何もなかったのは麻理のおかげというのも初めて知った。
 麻理が目を光らせていたため、春陽に声をかける客がいなかっただなんて。啓蔵なんて男の自分には一人でなんとかしろ、という態度だったと思うが、それでも気にかけてはくれていたらしい。自分はずっと一人でやってきているつもりだった。一人で問題ないのだと、一人がいいのだと思ってきた。でも実際は周囲の人に気を配ってもらって、助けられていた……。これまでの自分はどれほど思い上がっていたのだろう。ずっと抱いていた自分の考えを否定されるようなことを言われて複雑なはずなのに、嬉しく感じている自分がいる。
 ただそれとは別に、自分が全く知らなかった、気づかなかったことを全部知っているように言う悠介が憎たらしく感じた。
「でなきゃ、白月が大変なことになるぞ?ほら」
 そう言って悠介が指し示す方には雪愛がいた。
 雪愛を見て春陽はすぐに気づく。
 ずっとこちらを見ていたのか目が合った雪愛は取り繕っていたが、一瞬見えた表情は機嫌が悪そうだった。これには春陽も参ってしまった。

「はーい、皆!最終準備始めるよー!気合入れていこー!」
 そんな葵の掛け声で始まった準備中、手は動かしながらも、春陽は雪愛に話しかけた。
「雪愛?その、悪かった。ああいうの慣れてなくて……」
「何が?」
 春陽の方に顔を向けた雪愛は笑顔だった。
 だが何だろう。ちょっと怖いような……。
「いや、何がっていうか……」
 雪愛の切り返しで言葉に詰まってしまう。
「春陽くんは何か悪いことしたの?」
 笑顔のままの雪愛から何か見えない圧力を感じる春陽。気のせいなのだろうか……。
 それでも、自分の気持ち、自分の考えをちゃんと伝えなければ。
「……雪愛が男子から次々寄って来られるのを見たら、俺はいい気はしない。それなのに俺のさっきの状況はそれと同じだ。だから、本当にごめん。これからは気をつけるから、……許してくれないか?」
 独占欲丸出しの言葉。でもそれは春陽の本心だった。そして雪愛にもそう思っていてほしいという気持ちが込められているような言い方だった。 
 一切言い訳もせず伝えてくれた春陽の言葉に雪愛は目を大きくする。鼓動も一度大きく鳴った。
 自分の気持ちをわかってくれたこと、春陽も同じ気持ちだということ、すべてが嬉しかった。
 するとどうしたことだろう。
 嬉しいはずの雪愛は急にしょんぼりし始めた。
「ごめんなさい。許すも許さないもないの。ちょっとだけヤキモチを焼いちゃっただけで……」
「いや、悪いのは俺だから。本当にごめんな?ただ……悪い。雪愛が妬いてくれたって思うとちょっと嬉しいな」
 最後、春陽の口元には照れているのか小さく笑みが浮かぶ。
「もうっ、春陽くんの意地悪っ」
 雪愛は頬を膨らませた。
「ごめん……」
 後頭部に手をやり、すぐに謝罪する春陽。
 それで雪愛の頬はすぐに元に戻った。
「……後で私とも写真撮ってくれる?」
 そして実に可愛らしいおねだりをする。
「ああ、もちろんだ。俺も雪愛と撮りたい。着替えた雪愛を見たときから言いたかったんだ。その衣装すごく似合ってる」
「ありがとう……。春陽くんも似合ってるよ」
 春陽に褒めてもらえたことで雪愛の頬が僅かに染まる。
「ありがとう」
 コスプレをやりたくない気持ちが強い春陽は、正直このコスプレが似合っていると言われても複雑な思いがあったが、雪愛が褒めてくれたのは間違いないため、お礼を言った。苦笑気味の表情になってしまったのは許してほしいところだ。
「休憩時間には一緒に回るんだし、めいっぱい文化祭を楽しもう?」
「うん!」
 雪愛の機嫌がよくなってくれたことに、春陽はそっと安堵の息を吐くのだった。

 そしていよいよ文化祭の開催が校内放送で知らされた。
「さあ、それじゃあ皆。これから一日目。頑張っていきましょう!そして楽しみましょう!」
 葵の掛け声でコスプレ喫茶が始まり、今に至る。

 準備中にそんなやり取りをしたばかりだというのに、いざ始まってみたらこの状況だ。
 当然どれほど労力が必要だろうとすべてお断りしているが春陽は気が気じゃなかった。雪愛に嫌な思いなんてさせたくないから。
 雪愛の方を見ればそちらはうまくやっていた。
 正直心配もあってつい目が行ってしまう。
 体育祭で雪愛があれだけ堂々と彼氏がいると言ったのに、未だにあわよくばと考える男子生徒がいることは腹立たしいが、雪愛は接客として失礼にならない程度にあしらっているようだ。
 ただ、自分が雪愛は大丈夫かと気にしているのもあると思うが、
 なぜか客も自分の方を見ているのが不思議だったが。
 疚しいことは何もないのに、それが春陽には無言のプレッシャーになっていた。

 春陽は気合を入れなおして接客を続けた。

 一方、雪愛の方は確かに話しかけられたりはしているが、春陽に比べれば断然少なかった。
 彼氏がいると言ったことはちゃんと効果があったようだ。
 それに、雪愛達は理解していないが、朝、春陽と登校しているのを見た者はそんな気もなくしていた。そのため、客で来た者は、純粋にこの出し物を楽しむ生徒がほとんどだった。
 だから今雪愛にちょっかいをかけようとしているのはまだ本当の春陽を知らない男子達、ということになる。
 そして、そんな男子に話しかけられ、普通に対応してもやめてくれない者に対し雪愛がどうやってあしらっているかというと―――。

「彼の前なのでそういうのはやめてもらえますか?」
 接客中のメイドではなく、ただの雪愛としての言葉で言う。
「ああ、彼ってあれでしょ?陰キャっていう噂の。どこにいる―――」
「あの人です」
 そう言って春陽を示し、自身も春陽に目を向ける。
 すると
 先ほどから何度か同じようなことがあるが、その度に春陽はこちらを確認してくれている。
 回数自体少ないが、毎回気づいてくれるのだ。
 春陽だって忙しく接客しているのに、自分のことを気にかけてくれているのがわかる。そんなの嬉しいに決まっている。
 春陽の方は女子生徒からよく声をかけられているみたいだが、丁寧に断って、平穏に済ませているようで、雪愛は安心していた。
 春陽が断ってもぐいぐい来るような人がいたら助けに入ろうと考えていたから。
 朝のクラスメイトとのことだって春陽の気持ちを疑ったとか怒ったとかではないのだ。ちょっと拗ねてしまっただけで……。
 春陽がそういうのを喜ばないことはわかっているし、春陽のことを信じているから。

 雪愛に言われて、執事服の男子生徒を見た客は目を大きくする。
 そこにいるのはどう見ても陰キャなどではなかったから。
 そして、その執事服の男もこちらを見ている。
 整った顔の男が見てくる姿には妙な迫力を感じ、思わず冷や汗が出る。
「私のことを気にかけてくれているみたいなので。これ以上は他のお客様のご迷惑にもなってしまいますし、ご退席いただくことになってしまうかと……」
「あ、いや……まあ冗談だから。そんな真に受けないでくれよ」
「そうそう。もう言わないからさ」
「……そうですか。それでは失礼します」
 そう言って男子二人組のテーブルを後にする雪愛。
 残された客の二人は執事服の男からの視線も外れたことにほっと安堵するのだった。

 春陽が感じていた雪愛の視線というのは、このことだった。
 雪愛は、単純に目が合って嬉しくて笑っているだけなのだが、先ほどのやり取りもあり、春陽が無駄にプレッシャーに感じていた。
 そして、そのタイミングは雪愛が面倒な客に捉まったときで、客からの視点では会話の流れ的にも春陽に睨まられているように感じていた。イケメンの真顔というのは相当迫力があるもののようだ。

 こうして、それぞれが感じていることは異なっているが、絶妙なかみ合い方をして、春陽と雪愛の接客時間は忙しくとも大きな問題はなく過ぎていった。

 そして、この文化祭以降、校内で春陽と雪愛のことを悪く言う声が二人に届くことは二度となかった。

 二人の休憩時間となり、春陽と雪愛は早速先ほど撮れなかったツーショットの写真を撮った。
 そこに写っているのは、執事服姿の春陽と春陽の腕に抱き着く和風メイド服の雪愛。
 二人とも笑顔だ。
 美男美女という意味でも、衣装の組み合わせという意味でも、とてもお似合いの二人だった。

 それから二人は文化祭を楽しむべく教室を後にするのだった。
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