84 / 105
第八章 文化祭
第80話 文化祭が始まり、接客中の二人
しおりを挟む
(一回一回断るのもめんどくさいな……)
文化祭が始まり接客をしている春陽は今少々焦っていた。
春陽はずっとフェリーチェで接客をしてきた。
愛想がいいとは言えなくても、その丁寧な接客はクールな印象を相手に与える。そしてその歴も長く、不慣れな他のクラスメイトと比べると春陽の仕事ぶりがより際立って見える。
そんな春陽が今は執事服に身を包み、その衣装と相まって接客が実に様になっているのだ。完璧な接客をする、整った顔立ちの爽やかでありながらクールな青年執事のできあがりだ。
するとどうなるか。
当然、女子人気がすごいことになった。
先ほどから接客をする度に一緒に写真を撮りたいという女子が後を絶たない。中には彼が雪愛と付き合っている春陽だと知らないのか気づいていないのか、休憩時間に一緒に回らないかと誘ってくる女子もいた。
知ってて誘ってきているとは思いたくないところだ。
客と写真を撮ったりしていれば時間がかかってしまうため、それはご遠慮くださいと注意書きもされているのだが、いざコスプレした彼らを目の前にするとその効果は薄いようだ。
生徒同士ということもあり、ノリが軽くなっているということもあるだろう。
彼女達はこのコスプレ喫茶を楽しんでいるだけなのだ。
それらに対し、春陽なりに角が立たないように断るのはかなりの労力だった。海の家でも接客中にここまで女子に声をかけられることはなかったのだ。麻理や啓蔵の存在がどれほど助けになっていたかを思い知る。もっと感謝しなければならないとあらためて思った。
準備のときにした話を思い出し、春陽は溜息を吐いた。
(マジでちゃんとしないと、な)
和樹によって、春陽の撮影会のようなものが終わった後、悠介が春陽の肩を叩いて言った。
「春陽、お前早く自覚した方がいいぞ?麻理さんがいつも言ってただろ。お前はイケメンだって。海の家でも毎年逆ナンされてるだろ?つまりはそういうことなんだよ。フェリーチェで全然話しかけられたりしなかったのは単に麻理さんのおかげってだけだ」
「麻理さん?」
「やっぱ気づいてなかったか。強引な客とかがお前に変なちょっかい出したりしないか、麻理さん、めっちゃ目光らせてんだぞ?まあ、ケイちゃんもあれでかなり気にはしてくれてたしな」
「そう、だったのか…!?」
「そうだったんだよ。わかったら、これからは自分一人でもどうにかできるようになっていかねえとな?」
「…………」
自分の顔については、美優、そして雪愛に言われたばかりのタイムリーなことを悠介にまで言われ、春陽は何も言い返せない。
フェリーチェで何もなかったのは麻理のおかげというのも初めて知った。
麻理が目を光らせていたため、春陽に声をかける客がいなかっただなんて。啓蔵なんて男の自分には一人でなんとかしろ、という態度だったと思うが、それでも気にかけてはくれていたらしい。自分はずっと一人でやってきているつもりだった。一人で問題ないのだと、一人がいいのだと思ってきた。でも実際は周囲の人に気を配ってもらって、助けられていた……。これまでの自分はどれほど思い上がっていたのだろう。ずっと抱いていた自分の考えを否定されるようなことを言われて複雑なはずなのに、嬉しく感じている自分がいる。
ただそれとは別に、自分が全く知らなかった、気づかなかったことを全部知っているように言う悠介が憎たらしく感じた。
「でなきゃ、白月が大変なことになるぞ?ほら」
そう言って悠介が指し示す方には雪愛がいた。
雪愛を見て春陽はすぐに気づく。
ずっとこちらを見ていたのか目が合った雪愛は取り繕っていたが、一瞬見えた表情は機嫌が悪そうだった。これには春陽も参ってしまった。
「はーい、皆!最終準備始めるよー!気合入れていこー!」
そんな葵の掛け声で始まった準備中、手は動かしながらも、春陽は雪愛に話しかけた。
「雪愛?その、悪かった。ああいうの慣れてなくて……」
「何が?」
春陽の方に顔を向けた雪愛は笑顔だった。
だが何だろう。ちょっと怖いような……。
「いや、何がっていうか……」
雪愛の切り返しで言葉に詰まってしまう。
「春陽くんは何か悪いことしたの?」
笑顔のままの雪愛から何か見えない圧力を感じる春陽。気のせいなのだろうか……。
それでも、自分の気持ち、自分の考えをちゃんと伝えなければ。
「……雪愛が男子から次々寄って来られるのを見たら、俺はいい気はしない。それなのに俺のさっきの状況はそれと同じだ。だから、本当にごめん。これからは気をつけるから、……許してくれないか?」
独占欲丸出しの言葉。でもそれは春陽の本心だった。そして雪愛にもそう思っていてほしいという気持ちが込められているような言い方だった。
一切言い訳もせず伝えてくれた春陽の言葉に雪愛は目を大きくする。鼓動も一度大きく鳴った。
自分の気持ちをわかってくれたこと、春陽も同じ気持ちだということ、すべてが嬉しかった。
するとどうしたことだろう。
嬉しいはずの雪愛は急にしょんぼりし始めた。
「ごめんなさい。許すも許さないもないの。ちょっとだけヤキモチを焼いちゃっただけで……」
「いや、悪いのは俺だから。本当にごめんな?ただ……悪い。雪愛が妬いてくれたって思うとちょっと嬉しいな」
最後、春陽の口元には照れているのか小さく笑みが浮かぶ。
「もうっ、春陽くんの意地悪っ」
雪愛は頬を膨らませた。
「ごめん……」
後頭部に手をやり、すぐに謝罪する春陽。
それで雪愛の頬はすぐに元に戻った。
「……後で私とも写真撮ってくれる?」
そして実に可愛らしいおねだりをする。
「ああ、もちろんだ。俺も雪愛と撮りたい。着替えた雪愛を見たときから言いたかったんだ。その衣装すごく似合ってる」
「ありがとう……。春陽くんも似合ってるよ」
春陽に褒めてもらえたことで雪愛の頬が僅かに染まる。
「ありがとう」
コスプレをやりたくない気持ちが強い春陽は、正直このコスプレが似合っていると言われても複雑な思いがあったが、雪愛が褒めてくれたのは間違いないため、お礼を言った。苦笑気味の表情になってしまったのは許してほしいところだ。
「休憩時間には一緒に回るんだし、めいっぱい文化祭を楽しもう?」
「うん!」
雪愛の機嫌がよくなってくれたことに、春陽はそっと安堵の息を吐くのだった。
そしていよいよ文化祭の開催が校内放送で知らされた。
「さあ、それじゃあ皆。これから一日目。頑張っていきましょう!そして楽しみましょう!」
葵の掛け声でコスプレ喫茶が始まり、今に至る。
準備中にそんなやり取りをしたばかりだというのに、いざ始まってみたらこの状況だ。
当然どれほど労力が必要だろうとすべてお断りしているが春陽は気が気じゃなかった。雪愛に嫌な思いなんてさせたくないから。
雪愛の方を見ればそちらはうまくやっていた。
正直心配もあってつい目が行ってしまう。
体育祭で雪愛があれだけ堂々と彼氏がいると言ったのに、未だにあわよくばと考える男子生徒がいることは腹立たしいが、雪愛は接客として失礼にならない程度にあしらっているようだ。
ただ、自分が雪愛は大丈夫かと気にしているのもあると思うが、何度か雪愛から視線を感じ、そちらを見ると毎回雪愛が自分に向けて笑みを浮かべているのだ。
なぜか客も自分の方を見ているのが不思議だったが。
疚しいことは何もないのに、それが春陽には無言のプレッシャーになっていた。
春陽は気合を入れなおして接客を続けた。
一方、雪愛の方は確かに話しかけられたりはしているが、春陽に比べれば断然少なかった。
彼氏がいると言ったことはちゃんと効果があったようだ。
それに、雪愛達は理解していないが、朝、春陽と登校しているのを見た者はそんな気もなくしていた。そのため、客で来た者は、純粋にこの出し物を楽しむ生徒がほとんどだった。
だから今雪愛にちょっかいをかけようとしているのはまだ本当の春陽を知らない男子達、ということになる。
そして、そんな男子に話しかけられ、普通に対応してもやめてくれない者に対し雪愛がどうやってあしらっているかというと―――。
「彼の前なのでそういうのはやめてもらえますか?」
接客中のメイドではなく、ただの雪愛としての言葉で言う。
「ああ、彼ってあれでしょ?陰キャっていう噂の。どこにいる―――」
「あの人です」
そう言って春陽を示し、自身も春陽に目を向ける。
するとタイミングよく春陽と目が合い、雪愛は嬉しくなり笑みを浮かべる。
先ほどから何度か同じようなことがあるが、その度に春陽はこちらを確認してくれている。
回数自体少ないが、毎回気づいてくれるのだ。
春陽だって忙しく接客しているのに、自分のことを気にかけてくれているのがわかる。そんなの嬉しいに決まっている。
春陽の方は女子生徒からよく声をかけられているみたいだが、丁寧に断って、平穏に済ませているようで、雪愛は安心していた。
春陽が断ってもぐいぐい来るような人がいたら助けに入ろうと考えていたから。
朝のクラスメイトとのことだって春陽の気持ちを疑ったとか怒ったとかではないのだ。ちょっと拗ねてしまっただけで……。
春陽がそういうのを喜ばないことはわかっているし、春陽のことを信じているから。
雪愛に言われて、執事服の男子生徒を見た客は目を大きくする。
そこにいるのはどう見ても陰キャなどではなかったから。
そして、その執事服の男もこちらを見ている。
整った顔の男が自分達を見てくる姿には妙な迫力を感じ、思わず冷や汗が出る。
「私のことを気にかけてくれているみたいなので。これ以上は他のお客様のご迷惑にもなってしまいますし、ご退席いただくことになってしまうかと……」
「あ、いや……まあ冗談だから。そんな真に受けないでくれよ」
「そうそう。もう言わないからさ」
「……そうですか。それでは失礼します」
そう言って男子二人組のテーブルを後にする雪愛。
残された客の二人は執事服の男からの視線も外れたことにほっと安堵するのだった。
春陽が感じていた雪愛の視線というのは、このことだった。
雪愛は、単純に目が合って嬉しくて笑っているだけなのだが、先ほどのやり取りもあり、春陽が無駄にプレッシャーに感じていた。
そして、そのタイミングは雪愛が面倒な客に捉まったときで、客からの視点では会話の流れ的にも春陽に睨まられているように感じていた。イケメンの真顔というのは相当迫力があるもののようだ。
こうして、それぞれが感じていることは異なっているが、絶妙なかみ合い方をして、春陽と雪愛の接客時間は忙しくとも大きな問題はなく過ぎていった。
そして、この文化祭以降、校内で春陽と雪愛のことを悪く言う声が二人に届くことは二度となかった。
二人の休憩時間となり、春陽と雪愛は早速先ほど撮れなかったツーショットの写真を撮った。
そこに写っているのは、執事服姿の春陽と春陽の腕に抱き着く和風メイド服の雪愛。
二人とも笑顔だ。
美男美女という意味でも、衣装の組み合わせという意味でも、とてもお似合いの二人だった。
それから二人は文化祭を楽しむべく教室を後にするのだった。
文化祭が始まり接客をしている春陽は今少々焦っていた。
春陽はずっとフェリーチェで接客をしてきた。
愛想がいいとは言えなくても、その丁寧な接客はクールな印象を相手に与える。そしてその歴も長く、不慣れな他のクラスメイトと比べると春陽の仕事ぶりがより際立って見える。
そんな春陽が今は執事服に身を包み、その衣装と相まって接客が実に様になっているのだ。完璧な接客をする、整った顔立ちの爽やかでありながらクールな青年執事のできあがりだ。
するとどうなるか。
当然、女子人気がすごいことになった。
先ほどから接客をする度に一緒に写真を撮りたいという女子が後を絶たない。中には彼が雪愛と付き合っている春陽だと知らないのか気づいていないのか、休憩時間に一緒に回らないかと誘ってくる女子もいた。
知ってて誘ってきているとは思いたくないところだ。
客と写真を撮ったりしていれば時間がかかってしまうため、それはご遠慮くださいと注意書きもされているのだが、いざコスプレした彼らを目の前にするとその効果は薄いようだ。
生徒同士ということもあり、ノリが軽くなっているということもあるだろう。
彼女達はこのコスプレ喫茶を楽しんでいるだけなのだ。
それらに対し、春陽なりに角が立たないように断るのはかなりの労力だった。海の家でも接客中にここまで女子に声をかけられることはなかったのだ。麻理や啓蔵の存在がどれほど助けになっていたかを思い知る。もっと感謝しなければならないとあらためて思った。
準備のときにした話を思い出し、春陽は溜息を吐いた。
(マジでちゃんとしないと、な)
和樹によって、春陽の撮影会のようなものが終わった後、悠介が春陽の肩を叩いて言った。
「春陽、お前早く自覚した方がいいぞ?麻理さんがいつも言ってただろ。お前はイケメンだって。海の家でも毎年逆ナンされてるだろ?つまりはそういうことなんだよ。フェリーチェで全然話しかけられたりしなかったのは単に麻理さんのおかげってだけだ」
「麻理さん?」
「やっぱ気づいてなかったか。強引な客とかがお前に変なちょっかい出したりしないか、麻理さん、めっちゃ目光らせてんだぞ?まあ、ケイちゃんもあれでかなり気にはしてくれてたしな」
「そう、だったのか…!?」
「そうだったんだよ。わかったら、これからは自分一人でもどうにかできるようになっていかねえとな?」
「…………」
自分の顔については、美優、そして雪愛に言われたばかりのタイムリーなことを悠介にまで言われ、春陽は何も言い返せない。
フェリーチェで何もなかったのは麻理のおかげというのも初めて知った。
麻理が目を光らせていたため、春陽に声をかける客がいなかっただなんて。啓蔵なんて男の自分には一人でなんとかしろ、という態度だったと思うが、それでも気にかけてはくれていたらしい。自分はずっと一人でやってきているつもりだった。一人で問題ないのだと、一人がいいのだと思ってきた。でも実際は周囲の人に気を配ってもらって、助けられていた……。これまでの自分はどれほど思い上がっていたのだろう。ずっと抱いていた自分の考えを否定されるようなことを言われて複雑なはずなのに、嬉しく感じている自分がいる。
ただそれとは別に、自分が全く知らなかった、気づかなかったことを全部知っているように言う悠介が憎たらしく感じた。
「でなきゃ、白月が大変なことになるぞ?ほら」
そう言って悠介が指し示す方には雪愛がいた。
雪愛を見て春陽はすぐに気づく。
ずっとこちらを見ていたのか目が合った雪愛は取り繕っていたが、一瞬見えた表情は機嫌が悪そうだった。これには春陽も参ってしまった。
「はーい、皆!最終準備始めるよー!気合入れていこー!」
そんな葵の掛け声で始まった準備中、手は動かしながらも、春陽は雪愛に話しかけた。
「雪愛?その、悪かった。ああいうの慣れてなくて……」
「何が?」
春陽の方に顔を向けた雪愛は笑顔だった。
だが何だろう。ちょっと怖いような……。
「いや、何がっていうか……」
雪愛の切り返しで言葉に詰まってしまう。
「春陽くんは何か悪いことしたの?」
笑顔のままの雪愛から何か見えない圧力を感じる春陽。気のせいなのだろうか……。
それでも、自分の気持ち、自分の考えをちゃんと伝えなければ。
「……雪愛が男子から次々寄って来られるのを見たら、俺はいい気はしない。それなのに俺のさっきの状況はそれと同じだ。だから、本当にごめん。これからは気をつけるから、……許してくれないか?」
独占欲丸出しの言葉。でもそれは春陽の本心だった。そして雪愛にもそう思っていてほしいという気持ちが込められているような言い方だった。
一切言い訳もせず伝えてくれた春陽の言葉に雪愛は目を大きくする。鼓動も一度大きく鳴った。
自分の気持ちをわかってくれたこと、春陽も同じ気持ちだということ、すべてが嬉しかった。
するとどうしたことだろう。
嬉しいはずの雪愛は急にしょんぼりし始めた。
「ごめんなさい。許すも許さないもないの。ちょっとだけヤキモチを焼いちゃっただけで……」
「いや、悪いのは俺だから。本当にごめんな?ただ……悪い。雪愛が妬いてくれたって思うとちょっと嬉しいな」
最後、春陽の口元には照れているのか小さく笑みが浮かぶ。
「もうっ、春陽くんの意地悪っ」
雪愛は頬を膨らませた。
「ごめん……」
後頭部に手をやり、すぐに謝罪する春陽。
それで雪愛の頬はすぐに元に戻った。
「……後で私とも写真撮ってくれる?」
そして実に可愛らしいおねだりをする。
「ああ、もちろんだ。俺も雪愛と撮りたい。着替えた雪愛を見たときから言いたかったんだ。その衣装すごく似合ってる」
「ありがとう……。春陽くんも似合ってるよ」
春陽に褒めてもらえたことで雪愛の頬が僅かに染まる。
「ありがとう」
コスプレをやりたくない気持ちが強い春陽は、正直このコスプレが似合っていると言われても複雑な思いがあったが、雪愛が褒めてくれたのは間違いないため、お礼を言った。苦笑気味の表情になってしまったのは許してほしいところだ。
「休憩時間には一緒に回るんだし、めいっぱい文化祭を楽しもう?」
「うん!」
雪愛の機嫌がよくなってくれたことに、春陽はそっと安堵の息を吐くのだった。
そしていよいよ文化祭の開催が校内放送で知らされた。
「さあ、それじゃあ皆。これから一日目。頑張っていきましょう!そして楽しみましょう!」
葵の掛け声でコスプレ喫茶が始まり、今に至る。
準備中にそんなやり取りをしたばかりだというのに、いざ始まってみたらこの状況だ。
当然どれほど労力が必要だろうとすべてお断りしているが春陽は気が気じゃなかった。雪愛に嫌な思いなんてさせたくないから。
雪愛の方を見ればそちらはうまくやっていた。
正直心配もあってつい目が行ってしまう。
体育祭で雪愛があれだけ堂々と彼氏がいると言ったのに、未だにあわよくばと考える男子生徒がいることは腹立たしいが、雪愛は接客として失礼にならない程度にあしらっているようだ。
ただ、自分が雪愛は大丈夫かと気にしているのもあると思うが、何度か雪愛から視線を感じ、そちらを見ると毎回雪愛が自分に向けて笑みを浮かべているのだ。
なぜか客も自分の方を見ているのが不思議だったが。
疚しいことは何もないのに、それが春陽には無言のプレッシャーになっていた。
春陽は気合を入れなおして接客を続けた。
一方、雪愛の方は確かに話しかけられたりはしているが、春陽に比べれば断然少なかった。
彼氏がいると言ったことはちゃんと効果があったようだ。
それに、雪愛達は理解していないが、朝、春陽と登校しているのを見た者はそんな気もなくしていた。そのため、客で来た者は、純粋にこの出し物を楽しむ生徒がほとんどだった。
だから今雪愛にちょっかいをかけようとしているのはまだ本当の春陽を知らない男子達、ということになる。
そして、そんな男子に話しかけられ、普通に対応してもやめてくれない者に対し雪愛がどうやってあしらっているかというと―――。
「彼の前なのでそういうのはやめてもらえますか?」
接客中のメイドではなく、ただの雪愛としての言葉で言う。
「ああ、彼ってあれでしょ?陰キャっていう噂の。どこにいる―――」
「あの人です」
そう言って春陽を示し、自身も春陽に目を向ける。
するとタイミングよく春陽と目が合い、雪愛は嬉しくなり笑みを浮かべる。
先ほどから何度か同じようなことがあるが、その度に春陽はこちらを確認してくれている。
回数自体少ないが、毎回気づいてくれるのだ。
春陽だって忙しく接客しているのに、自分のことを気にかけてくれているのがわかる。そんなの嬉しいに決まっている。
春陽の方は女子生徒からよく声をかけられているみたいだが、丁寧に断って、平穏に済ませているようで、雪愛は安心していた。
春陽が断ってもぐいぐい来るような人がいたら助けに入ろうと考えていたから。
朝のクラスメイトとのことだって春陽の気持ちを疑ったとか怒ったとかではないのだ。ちょっと拗ねてしまっただけで……。
春陽がそういうのを喜ばないことはわかっているし、春陽のことを信じているから。
雪愛に言われて、執事服の男子生徒を見た客は目を大きくする。
そこにいるのはどう見ても陰キャなどではなかったから。
そして、その執事服の男もこちらを見ている。
整った顔の男が自分達を見てくる姿には妙な迫力を感じ、思わず冷や汗が出る。
「私のことを気にかけてくれているみたいなので。これ以上は他のお客様のご迷惑にもなってしまいますし、ご退席いただくことになってしまうかと……」
「あ、いや……まあ冗談だから。そんな真に受けないでくれよ」
「そうそう。もう言わないからさ」
「……そうですか。それでは失礼します」
そう言って男子二人組のテーブルを後にする雪愛。
残された客の二人は執事服の男からの視線も外れたことにほっと安堵するのだった。
春陽が感じていた雪愛の視線というのは、このことだった。
雪愛は、単純に目が合って嬉しくて笑っているだけなのだが、先ほどのやり取りもあり、春陽が無駄にプレッシャーに感じていた。
そして、そのタイミングは雪愛が面倒な客に捉まったときで、客からの視点では会話の流れ的にも春陽に睨まられているように感じていた。イケメンの真顔というのは相当迫力があるもののようだ。
こうして、それぞれが感じていることは異なっているが、絶妙なかみ合い方をして、春陽と雪愛の接客時間は忙しくとも大きな問題はなく過ぎていった。
そして、この文化祭以降、校内で春陽と雪愛のことを悪く言う声が二人に届くことは二度となかった。
二人の休憩時間となり、春陽と雪愛は早速先ほど撮れなかったツーショットの写真を撮った。
そこに写っているのは、執事服姿の春陽と春陽の腕に抱き着く和風メイド服の雪愛。
二人とも笑顔だ。
美男美女という意味でも、衣装の組み合わせという意味でも、とてもお似合いの二人だった。
それから二人は文化祭を楽しむべく教室を後にするのだった。
31
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
転校してきた美少女に僕はヒトメボレ、でも彼女って実はサキュバスらしい!?
釈 余白(しやく)
青春
吉田一(よしだ かず)はこの春二年生になった、自称硬派な高校球児だ。鋭い変化球と抜群の制球で入部後すぐにエースとなり、今年も多くの期待を背負って練習に精を出す野球一筋の少年である。
かたや蓮根咲(はすね さき)は新学期に転校してきたばかりの、謎めいてクールな美少女だ。大きな瞳、黒く艶やかな髪、凛とした立ち姿は、高潔さを感じるも少々近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
そんな純情スポ根系野球部男子が、魅惑的小悪魔系女子へ一目惚れをしたことから、ちょっとエッチで少し不思議な青春恋愛ストーリーが始まったのである。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
夏の決意
S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる