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第八章 文化祭
第79話 文化祭開催直前、準備中でのこと
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瑞穂達や和樹達は最初こそ驚き春陽に突撃したが、その変化は彼らにとっても喜ばしいことだったため、その後は雑談となった。皆の反応が悪いものではないとわかり春陽はようやく少し安心することができた。
また、春陽の変身と言っていいほどの変化にクラスメイト達は言葉を失くしていて、誰もが見ているだけだったため、朝のショートホームルームまでの時間は平穏に、そしてあっという間に終わった。
たが、今日は文化祭。
担任の東城が来て、注意事項を伝えると、早速全員で開店準備に取りかかった。
最初は着替えから。
クラスメイトの半分が衣装に着替え、もう半分はクラスTシャツに着替える。
春陽と雪愛は最初に接客をすることになっているため衣装に着替え中だ。
本番は衣装を着ている者が接客を担当し、調理や片付け、外回りでの宣伝などその他のことをクラスTシャツを着た者が担当する振り分けとなっている。
また、休憩時間は衣装組、クラスTシャツ組に関係なく割り振られている。衣装を着たまま文化祭を回るのも宣伝になるからだ。
休憩のスケジュールは、準備のときにもスケジュール管理をしていたクラス委員の葵が行った。
事前に誰と回りたいとか、何時から休憩にしたいなどといった要望を集め、可能な限り要望に沿うように調整したのだ。とても優秀である。葵でなかったらここまでしてはもらえなかっただろう。
雪愛はしっかりと要望を出し、春陽と雪愛は同じ時間に休憩を組んでもらえている。
しばらくすると、着替えた者達がぞくぞくと教室に戻ってきた。
今回の衣装、男子は全員執事服を、女子はいわゆるメイド服が半分、もう半分は袴のようなものを着ている。
どちらも可愛らしく作られており、コンセプトとしては洋風のメイドと和風のメイドといった感じだろうか。
洋風メイド服の方が若干露出が多い作りになっている。ただ、別にセクシーさを求めてではない。あくまで可愛らしさを求める過程でそうなったというレベルのものだ。
男子の執事服は、どちらのメイド服と並んでも合うようにシンプルで落ち着いた作りをしている。
どれもボタンでサイズ調整ができるようにもしており、衣装担当渾身の作だ。
衣装担当達は、衣装を着ているクラスメイトを見て、やりきったとでも言うように満足そうな笑みを浮かべて頷いている。
そんな中、雪愛が教室に戻ってきた。
男子生徒は見惚れているのか沈黙し、女子生徒からは感嘆の声が上がる。
雪愛が着ているのは和風メイド服。春陽のお願いがあったため、露出の少ない方を雪愛は選んだ。瑞穂もそっちの方がいいということでこの選択はあっさりと決まった。
その選択は大正解だったかもしれない。
和風メイド服は、長い黒髪の雪愛によく似合っており、まさに大和撫子といったところだろうか。
「雪愛、似合いすぎ。後で自分が着る自信が無くなるわ」
「ありがとう。でも瑞穂だって絶対似合うわよ。試着のときはお互い見れなかったから楽しみにしてる」
「雪愛ちゃん、すごい。綺麗可愛いって感じ?とっても似合ってる」
「ありがとう、香奈。香奈のメイド服も楽しみにしてるわ」
「私は今でも着るのが恥ずかしいよ……」
そこに未来が洋風メイド服を着て戻ってきた。
未来が着ると明るく元気な可愛いメイドさんといった感じだ。
今度は未来に対して感想を言う三人。
未来も雪愛に感想を言っている。
ちなみに、未来と香奈が衣装のペアだ。
そうして雪愛達が四人で話していると、春陽が着替えを終えて戻ってきた。春陽の時間がかかった理由はとても単純で、執事服を着るのが本当に嫌だったからだ。
教室内を見渡し、悠介達が集まっていたため、春陽もそこへ行く。
悠介と和樹は同じ時間に接客をする予定で、今はクラスTシャツを着ている。
この二人を同時に接客させるのは、女子生徒の提案で、女性客をターゲットにしてのことだった。
隆弥と蒼真はペアで、今は隆弥が執事服を着ていた。
身長が低めで線も細い隆弥が着ると少年執事という感じだ。
「春陽、もしかしてこのためにイメチェンしたのか?」
悠介がニヤニヤしながら春陽を弄るように言う。
「そんな訳あるか」
冗談だとわかっている春陽はジト目を悠介に向ける。
「いや、けどそう言いたくなるのもわかる。それくらい似合ってるよ」
和樹が悠介へのフォローも含んでいるのかそんなことを言った。
「いいなぁ。春陽君似合ってて。僕はなんか着させられてる感じがするよ……」
「いや、隆弥も春陽とは違う方向でよく似合ってると思うぞ?」
隆弥の言葉に蒼真がフォローを入れる。
実際、この少年執事、年上女性からの人気がすごいことになるのだが、それはまた別の話だ。可愛い系で守ってあげたくなる感じ、らしい。接客中、女性客から話しかけられ、あたふたする隆弥に未来が頬を膨らませていたらしいがそれもまた別の話だ。
春陽達がそんな話をしている中、春陽を見て女子生徒達が目を大きくして沈黙していた。
変な言い方になるが、彼女達はイケメンを見慣れている。このクラスには、和樹や悠介がいるからだ。
和樹はスポーツマン系の爽やかタイプ、悠介はちょっとチャラく見えるタイプとその系統も違う。
そんな彼女達が今、春陽から目を離せない。
黒の執事服を着た春陽は、他の男子が着ているものと同じはずなのに、とてもそうは見えなかった。大人っぽく、シックに着こなしており、細身の春陽に似合い過ぎなくらい似合っていた。
すると、春陽達が話している輪の中へとうとう突撃する女子生徒が現れた。
「ねえ、風見。一緒に写真撮ろうよ!記念にさ♪」
洋風メイド服に着替えた女子生徒がそう春陽に声をかけた。
「は?」
春陽は突然の提案についていけない。今まで一度も話したこともない女子生徒だ。春陽の反応も仕方がないものだろう。
そんな春陽を置いて、その女子生徒は手際よくスマホを構え、あれよあれよという間に写真を撮ってしまった。
それを見た他の女子生徒達はもう止まらなかった。最初に突撃するのはそれなりに勇気が必要で互いにけん制し合っていたが、一人がやったことでハードルが低くなったのだ。
「あ、ずるい。じゃあ次私達と一緒に撮ろう?」
こうして春陽は何人かの女子と写真を撮ることになってしまった。
その間、春陽は彼女達から色々質問されていた。
なんで今まで髪を伸ばしていたの、とか、球技大会で見ていたのだろう、やっぱり眼鏡は伊達だったんだ、どうしてかけてたの、とか春陽の変化について色々と。
その対応にも春陽は四苦八苦していた。
こういうことに慣れていないのだ。それによく知りもしない相手に簡単に話そうと思えるようなものでもない。
だが、春陽は自分の意思でこうして一歩を踏み出した。これからは少しずつでも上手く対応できるように慣れていく必要があるだろう。
中には春陽単体で撮る者がいたり、離れたところから隠し撮り、と言っていいのだろうか、堂々と春陽にスマホを向けて写真を撮っている者もいたりした。
その様子に悠介達は苦笑を浮かべていただけだったが、一人その程度では済まない者がいた。
もちろん雪愛だ。
春陽と写真を撮る女子生徒の中には春陽の腕をとる者や距離が近すぎる者もおり、雪愛の機嫌は悪くなる一方だ。むぅと可愛らしく拗ねる雪愛などクラスメイトにとってはとんでもなくレアな姿だろう。
雪愛の機嫌が急降下していることに気づいた瑞穂達が必死にフォローしている。
「雪愛、落ち着いて。今はほら。珍しさからみんなああしてるだけだって」
瑞穂はこの雰囲気の雪愛に覚えがあった。
水族館デートの日、春陽達が逆ナンされていたときに似ている。
「そーそー、ゆあちー。今だけだってー」
「風見君が雪愛ちゃんの彼氏だってみんなわかってるから。ね?」
瑞穂達に宥められ、雪愛は一度大きく息を吐きだした。
「……心配かけてごめんなさい。大丈夫よ」
瑞穂達からすれば心配というよりも、嫉妬する雪愛がちょっと怖かったと言った方が正しい。
未来と香奈に至っては初めて見る雪愛だったため余計にだ。だが、彼女達はもちろんそんなことは口にしない。
雪愛だって本気で怒っていた訳ではない。
モヤっとする気持ちはあったが、春陽を蔑むような態度よりは余程いい。
ただ、そうは言っても、思ってしまうものは仕方がない。
自分が春陽の彼女なんだから、と。
自分だって春陽と写真を撮りたいのに、と。
それが態度に出てしまっていただけで……。
春陽は早急に女性からの接近に対する物理的なガードを固くすることを覚えた方がいいかもしれない。
精神的な部分は雪愛一筋のため、全く問題はないのだから。
雪愛が落ち着いたことにほっと安堵の息を吐く三人。互いに視線を交わししょうがないとでも言うように苦笑する。気持ちはよくわかるからだ。自分達ですら、春陽に対する手のひら返しともいえる彼女達の態度には、友人としてちょっと腹立たしく感じるから。
そして、瑞穂が和樹に視線と手振りで春陽達を指し、あれをどうにかしろ、と訴える。
それに気づいてしまった和樹は、狼狽える。あそこに突撃しろというのか、と。
悠介達は和樹と瑞穂のやりとりに気づき、声を出さないようにして笑っていた。
そんな悠介達に恨みがましい目を向けた和樹だが、意を決して春陽と女子生徒の間に割って入った。
「これからまだまだ準備しなきゃいけないし、写真はとりあえずこれくらいにしておいた方がいいんじゃないか?」
開始までそれほど余裕がある訳ではない。和樹の言葉は尤もだった。和樹が言った、というのもよかったのだろう。
そこでようやく春陽との撮影会、のようなものは終わった。
「悪い、和樹。助かった……」
疲れた様子で春陽が言う。
「いや、まあ、うん。お疲れ……」
瑞穂の視線に気づかなければ割って入ることもなかった和樹は、春陽の言葉になんとも居心地の悪さを感じてしまい、乾いた笑いをこぼすのだった。
一連の流れを見ていた悠介達は我慢しきれず声に出して笑った。
そんな中、春陽のことを男子生徒達は複雑な表情で見ていた。
今の和樹達の様子から彼らは以前から春陽の本当の姿を知っていたことがわかる。
今まで春陽のことを陰キャだと思っていた彼らだが、今の春陽を見てそう思える者はいない。
そうすると言葉が出ないのだ。
雪愛と釣り合っていない、なんて言っていたことも今となっては滑稽だ。言わずとも思っていた者達も同様に。
彼らは自分の中で感情に折り合いをつけなければならない。その上で、今後どうしていくかは彼ら次第だ。
こうしてクラスメイトの中でたとえ陰口であっても春陽と雪愛のことをとやかく言う者はいなくなっていくのだった。
春陽のしたことは確かに効果があったのだ。
その後、準備は着々と進み、いよいよ文化祭の開催時間となった。
開始早々、このコスプレ喫茶には客が続々と訪れ、すぐに順番を待つ客で列ができた。今日は校内開放で生徒と見回りついでの教師しか客がいないのに、だ。
ここで一つ。
毎年一クラスはこうした喫茶店形式の出し物をするが、あまり多くないのには理由がある。
準備が大変なことと、予算がそれなりにかかるため、取り戻すのも大変だということだ。
何か食べたければ屋台の方で済ませてしまう人が多い。
その方が時間もかからず、食べ歩きもできるからだ。
今年の喫茶店形式は、春陽達のクラスとは傾向が違うが、一年でもう一つあるだけだった。
春陽達のクラスでもどれだけ売れれば元が取れるかは事前に計算され、その情報は共有されている。
皆、それに向けて気合を入れていたのだが、想定外のことが起こったのだ。
いや、半分は想定通りだ。
男子生徒の客が多いことは事前に予想を立てていた。
それでも開始早々列ができるほどとは思ってもいなかった。
その原因は、なぜか女子生徒の客も多いことだ。まさか執事コスプレにそんなに需要があろうとは。
それが想定外のこと。
実は、彼女達の多くが、朝、春陽を見かけた生徒達で、一目見ようとやって来たのだった。
また、春陽の変身と言っていいほどの変化にクラスメイト達は言葉を失くしていて、誰もが見ているだけだったため、朝のショートホームルームまでの時間は平穏に、そしてあっという間に終わった。
たが、今日は文化祭。
担任の東城が来て、注意事項を伝えると、早速全員で開店準備に取りかかった。
最初は着替えから。
クラスメイトの半分が衣装に着替え、もう半分はクラスTシャツに着替える。
春陽と雪愛は最初に接客をすることになっているため衣装に着替え中だ。
本番は衣装を着ている者が接客を担当し、調理や片付け、外回りでの宣伝などその他のことをクラスTシャツを着た者が担当する振り分けとなっている。
また、休憩時間は衣装組、クラスTシャツ組に関係なく割り振られている。衣装を着たまま文化祭を回るのも宣伝になるからだ。
休憩のスケジュールは、準備のときにもスケジュール管理をしていたクラス委員の葵が行った。
事前に誰と回りたいとか、何時から休憩にしたいなどといった要望を集め、可能な限り要望に沿うように調整したのだ。とても優秀である。葵でなかったらここまでしてはもらえなかっただろう。
雪愛はしっかりと要望を出し、春陽と雪愛は同じ時間に休憩を組んでもらえている。
しばらくすると、着替えた者達がぞくぞくと教室に戻ってきた。
今回の衣装、男子は全員執事服を、女子はいわゆるメイド服が半分、もう半分は袴のようなものを着ている。
どちらも可愛らしく作られており、コンセプトとしては洋風のメイドと和風のメイドといった感じだろうか。
洋風メイド服の方が若干露出が多い作りになっている。ただ、別にセクシーさを求めてではない。あくまで可愛らしさを求める過程でそうなったというレベルのものだ。
男子の執事服は、どちらのメイド服と並んでも合うようにシンプルで落ち着いた作りをしている。
どれもボタンでサイズ調整ができるようにもしており、衣装担当渾身の作だ。
衣装担当達は、衣装を着ているクラスメイトを見て、やりきったとでも言うように満足そうな笑みを浮かべて頷いている。
そんな中、雪愛が教室に戻ってきた。
男子生徒は見惚れているのか沈黙し、女子生徒からは感嘆の声が上がる。
雪愛が着ているのは和風メイド服。春陽のお願いがあったため、露出の少ない方を雪愛は選んだ。瑞穂もそっちの方がいいということでこの選択はあっさりと決まった。
その選択は大正解だったかもしれない。
和風メイド服は、長い黒髪の雪愛によく似合っており、まさに大和撫子といったところだろうか。
「雪愛、似合いすぎ。後で自分が着る自信が無くなるわ」
「ありがとう。でも瑞穂だって絶対似合うわよ。試着のときはお互い見れなかったから楽しみにしてる」
「雪愛ちゃん、すごい。綺麗可愛いって感じ?とっても似合ってる」
「ありがとう、香奈。香奈のメイド服も楽しみにしてるわ」
「私は今でも着るのが恥ずかしいよ……」
そこに未来が洋風メイド服を着て戻ってきた。
未来が着ると明るく元気な可愛いメイドさんといった感じだ。
今度は未来に対して感想を言う三人。
未来も雪愛に感想を言っている。
ちなみに、未来と香奈が衣装のペアだ。
そうして雪愛達が四人で話していると、春陽が着替えを終えて戻ってきた。春陽の時間がかかった理由はとても単純で、執事服を着るのが本当に嫌だったからだ。
教室内を見渡し、悠介達が集まっていたため、春陽もそこへ行く。
悠介と和樹は同じ時間に接客をする予定で、今はクラスTシャツを着ている。
この二人を同時に接客させるのは、女子生徒の提案で、女性客をターゲットにしてのことだった。
隆弥と蒼真はペアで、今は隆弥が執事服を着ていた。
身長が低めで線も細い隆弥が着ると少年執事という感じだ。
「春陽、もしかしてこのためにイメチェンしたのか?」
悠介がニヤニヤしながら春陽を弄るように言う。
「そんな訳あるか」
冗談だとわかっている春陽はジト目を悠介に向ける。
「いや、けどそう言いたくなるのもわかる。それくらい似合ってるよ」
和樹が悠介へのフォローも含んでいるのかそんなことを言った。
「いいなぁ。春陽君似合ってて。僕はなんか着させられてる感じがするよ……」
「いや、隆弥も春陽とは違う方向でよく似合ってると思うぞ?」
隆弥の言葉に蒼真がフォローを入れる。
実際、この少年執事、年上女性からの人気がすごいことになるのだが、それはまた別の話だ。可愛い系で守ってあげたくなる感じ、らしい。接客中、女性客から話しかけられ、あたふたする隆弥に未来が頬を膨らませていたらしいがそれもまた別の話だ。
春陽達がそんな話をしている中、春陽を見て女子生徒達が目を大きくして沈黙していた。
変な言い方になるが、彼女達はイケメンを見慣れている。このクラスには、和樹や悠介がいるからだ。
和樹はスポーツマン系の爽やかタイプ、悠介はちょっとチャラく見えるタイプとその系統も違う。
そんな彼女達が今、春陽から目を離せない。
黒の執事服を着た春陽は、他の男子が着ているものと同じはずなのに、とてもそうは見えなかった。大人っぽく、シックに着こなしており、細身の春陽に似合い過ぎなくらい似合っていた。
すると、春陽達が話している輪の中へとうとう突撃する女子生徒が現れた。
「ねえ、風見。一緒に写真撮ろうよ!記念にさ♪」
洋風メイド服に着替えた女子生徒がそう春陽に声をかけた。
「は?」
春陽は突然の提案についていけない。今まで一度も話したこともない女子生徒だ。春陽の反応も仕方がないものだろう。
そんな春陽を置いて、その女子生徒は手際よくスマホを構え、あれよあれよという間に写真を撮ってしまった。
それを見た他の女子生徒達はもう止まらなかった。最初に突撃するのはそれなりに勇気が必要で互いにけん制し合っていたが、一人がやったことでハードルが低くなったのだ。
「あ、ずるい。じゃあ次私達と一緒に撮ろう?」
こうして春陽は何人かの女子と写真を撮ることになってしまった。
その間、春陽は彼女達から色々質問されていた。
なんで今まで髪を伸ばしていたの、とか、球技大会で見ていたのだろう、やっぱり眼鏡は伊達だったんだ、どうしてかけてたの、とか春陽の変化について色々と。
その対応にも春陽は四苦八苦していた。
こういうことに慣れていないのだ。それによく知りもしない相手に簡単に話そうと思えるようなものでもない。
だが、春陽は自分の意思でこうして一歩を踏み出した。これからは少しずつでも上手く対応できるように慣れていく必要があるだろう。
中には春陽単体で撮る者がいたり、離れたところから隠し撮り、と言っていいのだろうか、堂々と春陽にスマホを向けて写真を撮っている者もいたりした。
その様子に悠介達は苦笑を浮かべていただけだったが、一人その程度では済まない者がいた。
もちろん雪愛だ。
春陽と写真を撮る女子生徒の中には春陽の腕をとる者や距離が近すぎる者もおり、雪愛の機嫌は悪くなる一方だ。むぅと可愛らしく拗ねる雪愛などクラスメイトにとってはとんでもなくレアな姿だろう。
雪愛の機嫌が急降下していることに気づいた瑞穂達が必死にフォローしている。
「雪愛、落ち着いて。今はほら。珍しさからみんなああしてるだけだって」
瑞穂はこの雰囲気の雪愛に覚えがあった。
水族館デートの日、春陽達が逆ナンされていたときに似ている。
「そーそー、ゆあちー。今だけだってー」
「風見君が雪愛ちゃんの彼氏だってみんなわかってるから。ね?」
瑞穂達に宥められ、雪愛は一度大きく息を吐きだした。
「……心配かけてごめんなさい。大丈夫よ」
瑞穂達からすれば心配というよりも、嫉妬する雪愛がちょっと怖かったと言った方が正しい。
未来と香奈に至っては初めて見る雪愛だったため余計にだ。だが、彼女達はもちろんそんなことは口にしない。
雪愛だって本気で怒っていた訳ではない。
モヤっとする気持ちはあったが、春陽を蔑むような態度よりは余程いい。
ただ、そうは言っても、思ってしまうものは仕方がない。
自分が春陽の彼女なんだから、と。
自分だって春陽と写真を撮りたいのに、と。
それが態度に出てしまっていただけで……。
春陽は早急に女性からの接近に対する物理的なガードを固くすることを覚えた方がいいかもしれない。
精神的な部分は雪愛一筋のため、全く問題はないのだから。
雪愛が落ち着いたことにほっと安堵の息を吐く三人。互いに視線を交わししょうがないとでも言うように苦笑する。気持ちはよくわかるからだ。自分達ですら、春陽に対する手のひら返しともいえる彼女達の態度には、友人としてちょっと腹立たしく感じるから。
そして、瑞穂が和樹に視線と手振りで春陽達を指し、あれをどうにかしろ、と訴える。
それに気づいてしまった和樹は、狼狽える。あそこに突撃しろというのか、と。
悠介達は和樹と瑞穂のやりとりに気づき、声を出さないようにして笑っていた。
そんな悠介達に恨みがましい目を向けた和樹だが、意を決して春陽と女子生徒の間に割って入った。
「これからまだまだ準備しなきゃいけないし、写真はとりあえずこれくらいにしておいた方がいいんじゃないか?」
開始までそれほど余裕がある訳ではない。和樹の言葉は尤もだった。和樹が言った、というのもよかったのだろう。
そこでようやく春陽との撮影会、のようなものは終わった。
「悪い、和樹。助かった……」
疲れた様子で春陽が言う。
「いや、まあ、うん。お疲れ……」
瑞穂の視線に気づかなければ割って入ることもなかった和樹は、春陽の言葉になんとも居心地の悪さを感じてしまい、乾いた笑いをこぼすのだった。
一連の流れを見ていた悠介達は我慢しきれず声に出して笑った。
そんな中、春陽のことを男子生徒達は複雑な表情で見ていた。
今の和樹達の様子から彼らは以前から春陽の本当の姿を知っていたことがわかる。
今まで春陽のことを陰キャだと思っていた彼らだが、今の春陽を見てそう思える者はいない。
そうすると言葉が出ないのだ。
雪愛と釣り合っていない、なんて言っていたことも今となっては滑稽だ。言わずとも思っていた者達も同様に。
彼らは自分の中で感情に折り合いをつけなければならない。その上で、今後どうしていくかは彼ら次第だ。
こうしてクラスメイトの中でたとえ陰口であっても春陽と雪愛のことをとやかく言う者はいなくなっていくのだった。
春陽のしたことは確かに効果があったのだ。
その後、準備は着々と進み、いよいよ文化祭の開催時間となった。
開始早々、このコスプレ喫茶には客が続々と訪れ、すぐに順番を待つ客で列ができた。今日は校内開放で生徒と見回りついでの教師しか客がいないのに、だ。
ここで一つ。
毎年一クラスはこうした喫茶店形式の出し物をするが、あまり多くないのには理由がある。
準備が大変なことと、予算がそれなりにかかるため、取り戻すのも大変だということだ。
何か食べたければ屋台の方で済ませてしまう人が多い。
その方が時間もかからず、食べ歩きもできるからだ。
今年の喫茶店形式は、春陽達のクラスとは傾向が違うが、一年でもう一つあるだけだった。
春陽達のクラスでもどれだけ売れれば元が取れるかは事前に計算され、その情報は共有されている。
皆、それに向けて気合を入れていたのだが、想定外のことが起こったのだ。
いや、半分は想定通りだ。
男子生徒の客が多いことは事前に予想を立てていた。
それでも開始早々列ができるほどとは思ってもいなかった。
その原因は、なぜか女子生徒の客も多いことだ。まさか執事コスプレにそんなに需要があろうとは。
それが想定外のこと。
実は、彼女達の多くが、朝、春陽を見かけた生徒達で、一目見ようとやって来たのだった。
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