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第八章 文化祭
第74話 文化祭前日、大きな転換点となりそうな予感
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文化祭準備最終日の金曜日。
今日の授業は午前中で終わりだ。
水曜から部活動も休みとなり、学校中が完全に文化祭モードになった。
校内はどこも飾り付けがされ、グラウンドには屋台も並んでいる。
また、校門には『光峰祭』と書かれた大きなアーチが飾られている。
まさに文化祭一色といった様相だ。
明日、明後日の土日が文化祭本番となる。
春陽たちのクラスでも午後から始めた最後の作業で準備はすべて整い、現在最終チェックを行っていた。
衣装はすべて月曜にはできあがっており、月曜、火曜を使って試着と手直しが必要かどうかの確認が行われ、この最終日には無事すべての調整が完了していた。
また、メニュー作りもフィナンシェが最後の試作だったようで、その日のうちにメニューは完成し、皆で一品ずつ注文から提供までの手順書を作成し、各テーブルに置くメニュー表を作った。
それから、それぞれ何食分作るかを確定し、必要な材料の買い出しを行った。
この買い出しは量が多くなるため、リーダーが春陽に他にも男子を連れてきてとお願いし、春陽は悠介と和樹を誘って三人で手伝いに行った。
そして、昨日、今日で日持ちするものや下準備できるものを事前に作った。
さらに、内装、装飾も完成し、教室は可愛らしいカフェへと変身している。
机を四つ並べたテーブルには花柄のテーブルクロスが敷かれ、壁も飾り付けられ全体的にフェミニンな印象に仕上がっている。
加えて、教室の前にはデフォルメされた男の子と女の子、それに子猫の絵が描かれた看板も設置されている。
こうして、すべての準備が終わり、夕方には最終チェックも終えた。ここまで順調に、計画通り準備が進められたのも、各担当のリーダー、そしてすべてを取りまとめたクラス委員でもある葵の手腕が大きいだろう。
「みんな、準備お疲れさまでした!無事すべて終わりました!明日から二日間、めいっぱい楽しみながら頑張りましょう!」
葵が最後を締めくくり、クラスメイト達がお~!!!と元気に返し、春陽達のクラスは早めの解散となった。
そのことに春陽は安堵の息を吐いた。
どうやら準備最終日に早抜けという悪目立ちする行動をせずに済んだようだ、と。
春陽にはこの後予定がある。
バイト、ではない。だが大事な予定だ。
雪愛、そして麻理には今日の予定を事前に伝えてある。
そのとき雪愛から少し驚くお願いをされたが、春陽は考えた末、了承した。
解散後、今日は雪愛ももう学校でやることはないため、二人で下校しようと、春陽は雪愛と一緒に教室を出て、学校を後にするのだった。
一人の女性が駅から出てきた。
ヒールの足元で最大限歩調を速くして歩いている。
そのせいか、少し息が上がっている。
その女性は、ミルクティーベージュのミディアムヘアをカールし、綺麗に化粧がされた整った顔立ちをしている。
大人っぽい印象の女性だ。
そんな女性が何度も腕時計を確認している。
そしてその目には焦りの色が浮かんでいた。
どこかに急いでいるようだ。
(約束の時間に遅れちゃう)
どうやら人と待ち合わせをしているらしい。
その女性———、美優は迷いなく真っ直ぐにフェリーチェへと向かっていた。
美優が麻理から話を聴いたその日。
美優は春陽にメッセージを送った。そのとき、会う日をいつにするかでも美優は迷った。自分のために土日を潰させてしまうのは真っ先に除外した。
春陽には彼女がいるのだ。空いている土日は彼女と会いたいだろうと考えた。
平日で考えたとき、九月中なら自分は大学が休みだが、それは今から少し近すぎると思った。
春陽は高校が始まっている。春陽にだって予定があるかもしれない。
あまり近い日付にして予定があると断られてしまったら、次の日付を提示するのが怖くなってしまう。今でさえこんなに怖くてこんなに迷っているのに……。
だが、十月になると自分は大学の後期が始まる。
最初の方は後期からの講義で自分自身バタバタすることが予想できた。
美優の大学生活は今年から始まったばかりなのだ。まだまだわからないことも多い。そんな慌ただしい状態で春陽に会いたくはなかった。
春陽とは落ち着いた気持ちで話したい。
そうして色々考えた結果、今日という日を指定してみたところ、春陽から了承の返事が来た。
そのことに美優は心底安堵した。
次は場所についてだが、それはもう決めていた。
春陽にとって落ち着ける場所にしたいと美優は考えていた。だから、麻理と話したとき、フェリーチェで春陽と会ってもいいかと確認したところ、麻理からは快い返事をもらえた。
そのとき、日付が決まったら教えて、と言われ、麻理と連絡先の交換もしている。
美優から日時の連絡があってすぐ、春陽からもフェリーチェで美優と会うことを麻理は伝えられた訳だが、とりあえず余計なことは何も言わなかった。
時間については春陽の学校の時間に合わせて夕方からとした。
こうして色々考えて決めたというのに、今日に限ってまさかサークルの打ち合わせに捉まってしまうとは。
緩いとはいっても、一年の自分には断りづらく出席した結果、大学を出るのが遅くなってしまった。
フェリーチェの最寄り駅に着き、一度通った道を思い出しながら、焦る気持ちを抑え進むとようやくフェリーチェが見えてきた。
再度時計を見ると、なんとか約束の時間には間に合ったようだ。本当にギリギリではあったが。
美優は歩む速度を普通に戻し、呼吸を整える。
心臓の鼓動が速いのは急いだからか、それとも緊張からか。
フェリーチェの前に着いた美優は一度深呼吸をして、扉を開けた。
「いらっしゃい」
美優が店内に入るとすぐに麻理が声をかけてきた。
「麻理さん。先日はありがとうございました」
美優は麻理に言葉を返すと、視線を店内に巡らせ、春陽を探した。
店内には何人か客の姿があった。
テーブル席には二人で座っている若い女性客、一人でノートパソコンを開いている女性客、カンター席にも、後ろ姿だが制服を着た女子高生が膝の上に小さな黒猫を乗せて座っている。
なぜわかったかというと、彼女のお腹のあたりから黒猫が顔を覗かせ美優と目が合ったからだ。
あれは確か以前来たときにもいた麻理が飼っているペットの黒猫。名前はそう、アズキだ。その名前を聞いたときにダイフクのことが思い出されて、しんみりしてしまったのでよく覚えている。
そんな中、唯一の男性客、制服を着た男子高生が一人窓側の角にあるテーブル席に座っている。
だが、春陽の姿が見当たらない。
(まだ来てないのかな……?)
春陽がまだ来ていないことに、残念なような安堵したような複雑な気持ちになる。
すると、そこで麻理に声をかけられた。
「ハルならあそこにいるわよ?」
麻理はしょうがないか、とでも思っているかのように、小さく苦笑していた。
「えっ!?」
美優が驚きに目を大きくし、麻理を見る。
鼓動も一度大きく鳴った。
麻理が示す方を見れば、制服を着た男子生徒がいた。
だが、以前会った春陽とは似ても似つかない。黒縁眼鏡に目元まで隠れた長い前髪。よく言っても地味な印象の男子高生だ。失礼だが、いかにも陰キャ、という表現がしっくりきてしまう。
だというのに、麻理が春陽だと言って示したのはその男子高生だった。
(まさか!?)
美優にとって、六年ぶりに一度だけ会った春陽は、雪愛と一緒にいるときの春陽だ。
そのイメージしか頭の中にない美優に、全然雰囲気の違うその男子高生を春陽と結びつけろというのは酷な話だろう。
美優はゆっくりと男子高生へ近づいていく。
(どうして?あのときと全然違う。……これが学校での春陽、ということ?)
男子高校生が座っているテーブルの前まで来ると、まだ半信半疑の美優は恐る恐る言葉をかけた。
「春陽、なの?」
声をかけられた春陽は、スマホを弄っていた手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
美優と目が合い、そのままスマホをポケットにしまった。
「ええ。お久しぶり、というのも変な感じですが、お久しぶりです、美優さん」
その声で美優にもわかった。
「っ、……ええ、久しぶりね」
そこにいたのはやはり春陽だった。
まさか話す前に見た目で心乱れることになるとは思ってもみなかった。
あんなにカッコよく成長した春陽がどうしてそれを隠すような真似を?と疑問が湧くが今話すのはそこではない。
美優は春陽の正面に座った。
するとすぐに麻理が注文を取りに来た。
メニューも見ず、アイスコーヒーを注文する美優。
春陽の前にはすでに同じくアイスコーヒーが置かれている。
麻理が美優の分のアイスコーヒーを持ってくるまで二人の間に会話はなかった。二人ともどう切り出したらいいかわからないようだ。
そんな中、美優が春陽の顔を窺い見る。
こうして正面から春陽だとわかって見れば、確かに目の前にいるのは春陽だった。
他の人が聞けば、何を当然のことを言っているんだ、と思うかもしれないが、それが美優の正直な思いだ。
それほど以前会ったときとは違っているのだ。
(本当に全然違う……。どうして顔を隠すようにしてるんだろう……。それになんだか顔色が悪い?……疲れてるのかな?それとも……春陽も緊張してる?)
美優のアイスコーヒーが届いて間もなく、先に口を開いたのは美優だった。
もし春陽も緊張しているなら自分から話し出さなければと意を決してのことだ。
自分は春陽の姉なのだから、と。
「……あの!春陽、この間はごめん。私、色々酷いこと言っちゃって。ずっと謝りたいと思ってたの。……だから春陽からもう一度話したいって連絡くれて嬉しかった」
一方、春陽は開口一番美優が謝ったことに目を大きくした。まさか謝罪されるとは全く思っていなかったのだ。
それに、あのときの会話では自分にも謝るべきところがある。
「……いえ、俺もすみませんでした。あの女と一括りにして言ってしまって」
雪愛のことを色々言われた春陽は、美優にこう言ったのだ。
『俺は、同じ女性だからと雪愛をあなたたちと同じに考えることはありません』
あなたたち、つまり美優を静香と同列に語ってしまった。
その直前には美優自身が自分を静香と同列に話してはいたが、静香と比べれば雲泥の差だ。同列に語っていい二人ではない。熱があって深く考えられず、話の流れそのままに言ってしまったが、そんなことを言い訳にはできない。
だから春陽も謝罪した。
「っ、そんなこといいの。私が悪かったんだから……」
あの日の会話はちゃんと覚えている。
美優は春陽が何について言っているか正確に理解してそう言葉を返した。
「それじゃあこの間のことはこれで終わりにしませんか?突然の再会で、お互い混乱もあった中でのことだと思いますし」
「ええ、そうね。……ありがとう春陽」
「俺からもいいですか?前は自分のことばかり聞かれるまま話していましたけど、あなたはあれからどんな風に過ごしてきたんですか?」
「え……!?」
美優は呆けたように春陽を見つめてしまった。
まさか春陽が自分のことを聞いてくるなんて思いもしなかったのだ。事前にわかっていたのは話したいことがあるということだけ。二人にはそれぞれの意思があるのだから当然かもしれないが、互いにとって想定外の話が続いていた。
「……よければ教えてもらえませんか?……今回はあなたのことを聴きたくて連絡しました」
そんな美優に春陽もまっすぐ目を向け言葉を続けた。
今日の授業は午前中で終わりだ。
水曜から部活動も休みとなり、学校中が完全に文化祭モードになった。
校内はどこも飾り付けがされ、グラウンドには屋台も並んでいる。
また、校門には『光峰祭』と書かれた大きなアーチが飾られている。
まさに文化祭一色といった様相だ。
明日、明後日の土日が文化祭本番となる。
春陽たちのクラスでも午後から始めた最後の作業で準備はすべて整い、現在最終チェックを行っていた。
衣装はすべて月曜にはできあがっており、月曜、火曜を使って試着と手直しが必要かどうかの確認が行われ、この最終日には無事すべての調整が完了していた。
また、メニュー作りもフィナンシェが最後の試作だったようで、その日のうちにメニューは完成し、皆で一品ずつ注文から提供までの手順書を作成し、各テーブルに置くメニュー表を作った。
それから、それぞれ何食分作るかを確定し、必要な材料の買い出しを行った。
この買い出しは量が多くなるため、リーダーが春陽に他にも男子を連れてきてとお願いし、春陽は悠介と和樹を誘って三人で手伝いに行った。
そして、昨日、今日で日持ちするものや下準備できるものを事前に作った。
さらに、内装、装飾も完成し、教室は可愛らしいカフェへと変身している。
机を四つ並べたテーブルには花柄のテーブルクロスが敷かれ、壁も飾り付けられ全体的にフェミニンな印象に仕上がっている。
加えて、教室の前にはデフォルメされた男の子と女の子、それに子猫の絵が描かれた看板も設置されている。
こうして、すべての準備が終わり、夕方には最終チェックも終えた。ここまで順調に、計画通り準備が進められたのも、各担当のリーダー、そしてすべてを取りまとめたクラス委員でもある葵の手腕が大きいだろう。
「みんな、準備お疲れさまでした!無事すべて終わりました!明日から二日間、めいっぱい楽しみながら頑張りましょう!」
葵が最後を締めくくり、クラスメイト達がお~!!!と元気に返し、春陽達のクラスは早めの解散となった。
そのことに春陽は安堵の息を吐いた。
どうやら準備最終日に早抜けという悪目立ちする行動をせずに済んだようだ、と。
春陽にはこの後予定がある。
バイト、ではない。だが大事な予定だ。
雪愛、そして麻理には今日の予定を事前に伝えてある。
そのとき雪愛から少し驚くお願いをされたが、春陽は考えた末、了承した。
解散後、今日は雪愛ももう学校でやることはないため、二人で下校しようと、春陽は雪愛と一緒に教室を出て、学校を後にするのだった。
一人の女性が駅から出てきた。
ヒールの足元で最大限歩調を速くして歩いている。
そのせいか、少し息が上がっている。
その女性は、ミルクティーベージュのミディアムヘアをカールし、綺麗に化粧がされた整った顔立ちをしている。
大人っぽい印象の女性だ。
そんな女性が何度も腕時計を確認している。
そしてその目には焦りの色が浮かんでいた。
どこかに急いでいるようだ。
(約束の時間に遅れちゃう)
どうやら人と待ち合わせをしているらしい。
その女性———、美優は迷いなく真っ直ぐにフェリーチェへと向かっていた。
美優が麻理から話を聴いたその日。
美優は春陽にメッセージを送った。そのとき、会う日をいつにするかでも美優は迷った。自分のために土日を潰させてしまうのは真っ先に除外した。
春陽には彼女がいるのだ。空いている土日は彼女と会いたいだろうと考えた。
平日で考えたとき、九月中なら自分は大学が休みだが、それは今から少し近すぎると思った。
春陽は高校が始まっている。春陽にだって予定があるかもしれない。
あまり近い日付にして予定があると断られてしまったら、次の日付を提示するのが怖くなってしまう。今でさえこんなに怖くてこんなに迷っているのに……。
だが、十月になると自分は大学の後期が始まる。
最初の方は後期からの講義で自分自身バタバタすることが予想できた。
美優の大学生活は今年から始まったばかりなのだ。まだまだわからないことも多い。そんな慌ただしい状態で春陽に会いたくはなかった。
春陽とは落ち着いた気持ちで話したい。
そうして色々考えた結果、今日という日を指定してみたところ、春陽から了承の返事が来た。
そのことに美優は心底安堵した。
次は場所についてだが、それはもう決めていた。
春陽にとって落ち着ける場所にしたいと美優は考えていた。だから、麻理と話したとき、フェリーチェで春陽と会ってもいいかと確認したところ、麻理からは快い返事をもらえた。
そのとき、日付が決まったら教えて、と言われ、麻理と連絡先の交換もしている。
美優から日時の連絡があってすぐ、春陽からもフェリーチェで美優と会うことを麻理は伝えられた訳だが、とりあえず余計なことは何も言わなかった。
時間については春陽の学校の時間に合わせて夕方からとした。
こうして色々考えて決めたというのに、今日に限ってまさかサークルの打ち合わせに捉まってしまうとは。
緩いとはいっても、一年の自分には断りづらく出席した結果、大学を出るのが遅くなってしまった。
フェリーチェの最寄り駅に着き、一度通った道を思い出しながら、焦る気持ちを抑え進むとようやくフェリーチェが見えてきた。
再度時計を見ると、なんとか約束の時間には間に合ったようだ。本当にギリギリではあったが。
美優は歩む速度を普通に戻し、呼吸を整える。
心臓の鼓動が速いのは急いだからか、それとも緊張からか。
フェリーチェの前に着いた美優は一度深呼吸をして、扉を開けた。
「いらっしゃい」
美優が店内に入るとすぐに麻理が声をかけてきた。
「麻理さん。先日はありがとうございました」
美優は麻理に言葉を返すと、視線を店内に巡らせ、春陽を探した。
店内には何人か客の姿があった。
テーブル席には二人で座っている若い女性客、一人でノートパソコンを開いている女性客、カンター席にも、後ろ姿だが制服を着た女子高生が膝の上に小さな黒猫を乗せて座っている。
なぜわかったかというと、彼女のお腹のあたりから黒猫が顔を覗かせ美優と目が合ったからだ。
あれは確か以前来たときにもいた麻理が飼っているペットの黒猫。名前はそう、アズキだ。その名前を聞いたときにダイフクのことが思い出されて、しんみりしてしまったのでよく覚えている。
そんな中、唯一の男性客、制服を着た男子高生が一人窓側の角にあるテーブル席に座っている。
だが、春陽の姿が見当たらない。
(まだ来てないのかな……?)
春陽がまだ来ていないことに、残念なような安堵したような複雑な気持ちになる。
すると、そこで麻理に声をかけられた。
「ハルならあそこにいるわよ?」
麻理はしょうがないか、とでも思っているかのように、小さく苦笑していた。
「えっ!?」
美優が驚きに目を大きくし、麻理を見る。
鼓動も一度大きく鳴った。
麻理が示す方を見れば、制服を着た男子生徒がいた。
だが、以前会った春陽とは似ても似つかない。黒縁眼鏡に目元まで隠れた長い前髪。よく言っても地味な印象の男子高生だ。失礼だが、いかにも陰キャ、という表現がしっくりきてしまう。
だというのに、麻理が春陽だと言って示したのはその男子高生だった。
(まさか!?)
美優にとって、六年ぶりに一度だけ会った春陽は、雪愛と一緒にいるときの春陽だ。
そのイメージしか頭の中にない美優に、全然雰囲気の違うその男子高生を春陽と結びつけろというのは酷な話だろう。
美優はゆっくりと男子高生へ近づいていく。
(どうして?あのときと全然違う。……これが学校での春陽、ということ?)
男子高校生が座っているテーブルの前まで来ると、まだ半信半疑の美優は恐る恐る言葉をかけた。
「春陽、なの?」
声をかけられた春陽は、スマホを弄っていた手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
美優と目が合い、そのままスマホをポケットにしまった。
「ええ。お久しぶり、というのも変な感じですが、お久しぶりです、美優さん」
その声で美優にもわかった。
「っ、……ええ、久しぶりね」
そこにいたのはやはり春陽だった。
まさか話す前に見た目で心乱れることになるとは思ってもみなかった。
あんなにカッコよく成長した春陽がどうしてそれを隠すような真似を?と疑問が湧くが今話すのはそこではない。
美優は春陽の正面に座った。
するとすぐに麻理が注文を取りに来た。
メニューも見ず、アイスコーヒーを注文する美優。
春陽の前にはすでに同じくアイスコーヒーが置かれている。
麻理が美優の分のアイスコーヒーを持ってくるまで二人の間に会話はなかった。二人ともどう切り出したらいいかわからないようだ。
そんな中、美優が春陽の顔を窺い見る。
こうして正面から春陽だとわかって見れば、確かに目の前にいるのは春陽だった。
他の人が聞けば、何を当然のことを言っているんだ、と思うかもしれないが、それが美優の正直な思いだ。
それほど以前会ったときとは違っているのだ。
(本当に全然違う……。どうして顔を隠すようにしてるんだろう……。それになんだか顔色が悪い?……疲れてるのかな?それとも……春陽も緊張してる?)
美優のアイスコーヒーが届いて間もなく、先に口を開いたのは美優だった。
もし春陽も緊張しているなら自分から話し出さなければと意を決してのことだ。
自分は春陽の姉なのだから、と。
「……あの!春陽、この間はごめん。私、色々酷いこと言っちゃって。ずっと謝りたいと思ってたの。……だから春陽からもう一度話したいって連絡くれて嬉しかった」
一方、春陽は開口一番美優が謝ったことに目を大きくした。まさか謝罪されるとは全く思っていなかったのだ。
それに、あのときの会話では自分にも謝るべきところがある。
「……いえ、俺もすみませんでした。あの女と一括りにして言ってしまって」
雪愛のことを色々言われた春陽は、美優にこう言ったのだ。
『俺は、同じ女性だからと雪愛をあなたたちと同じに考えることはありません』
あなたたち、つまり美優を静香と同列に語ってしまった。
その直前には美優自身が自分を静香と同列に話してはいたが、静香と比べれば雲泥の差だ。同列に語っていい二人ではない。熱があって深く考えられず、話の流れそのままに言ってしまったが、そんなことを言い訳にはできない。
だから春陽も謝罪した。
「っ、そんなこといいの。私が悪かったんだから……」
あの日の会話はちゃんと覚えている。
美優は春陽が何について言っているか正確に理解してそう言葉を返した。
「それじゃあこの間のことはこれで終わりにしませんか?突然の再会で、お互い混乱もあった中でのことだと思いますし」
「ええ、そうね。……ありがとう春陽」
「俺からもいいですか?前は自分のことばかり聞かれるまま話していましたけど、あなたはあれからどんな風に過ごしてきたんですか?」
「え……!?」
美優は呆けたように春陽を見つめてしまった。
まさか春陽が自分のことを聞いてくるなんて思いもしなかったのだ。事前にわかっていたのは話したいことがあるということだけ。二人にはそれぞれの意思があるのだから当然かもしれないが、互いにとって想定外の話が続いていた。
「……よければ教えてもらえませんか?……今回はあなたのことを聴きたくて連絡しました」
そんな美優に春陽もまっすぐ目を向け言葉を続けた。
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