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第七章 それぞれの想い
第69話 初お家デートは終わり、彼女たちは対面する
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春陽が雪愛を家まで送っているときのこと。
遠いとは言えない雪愛の家までの間に、雪愛は沙織にお願いされていたことを春陽に伝えた。
「ねえ、春陽くん、今度ね、家に遊びに来てくれないかな?」
「雪愛の家に?」
「うん、実は母さんがね、春陽くんと話してみたいから家で食事でもどうかって。もちろん断ってくれても全然いいんだけど」
「……いいのか?俺なんかが行っても」
以前花火大会の日に一度だけ会ったことを思い出す。
結局あのときは挨拶をするだけで終わった。
雪愛は母娘二人だけの家庭だ。
そしてその母親が雪愛と付き合っている自分と話したいと言っている。
いったい何を言われるのだろうかと、緊張を感じてしまう。
「もちろんだよ。それと、なんか、じゃないよ。……私もね、春陽くんに来てほしいなって思ってて」
雪愛もそう思っているというのなら春陽の結論は決まっている。
それに、自分のところには来てもらったのだ。お相子という表現が合っているかはわからないが、折角誘ってもらったのなら断る理由がない。
「……わかった。それじゃあ今度お邪魔させてくれ」
「うん!ありがとう春陽くん。また予定立てようね」
雪愛の家の前に着くと、二人は繋いでいた手を解いた。
「今日は本当にありがとう、雪愛」
「どういたしまして。また作るからね」
「ああ、楽しみにしてる。じゃあ、またな」
「またね、春陽くん」
そして雪愛が家に入るのを春陽は見送った。
こうして、初めてのお家デートは二人にとって大満足の一日となった。
春陽達が体育祭を終えた後、九月のとある平日。
美優は一人、歩いていた。
春陽からもう一度会って話がしたいというメッセージをもらった美優は、未だその返事をできていなかった。
その前に、会いたい人物がいたからだ。
それは春陽の話に出てきた麻理という女性。彼女と一度どうしても話がしたかった。
フェリーチェの場所は調べたらすぐにわかった。
けれど中々決心がつかず、これまでずるずると過ごしてしまったが、春陽からのメッセージを受け、美優は麻理に会いに行くことを決めたのだ。
大学はまだ夏休み中だ。
だから、春陽が学校でいないであろう平日の昼間に、美優はこうしてフェリーチェに向かっている。
フェリーチェの前に着いた美優。
歩いているときからそうだが、心臓の鼓動が速い。
緊張しているのが自分でもよくわかる。
一度深呼吸をしてから、美優は震えそうになる手でフェリーチェの扉を開けた。
中に入ると、時間帯の関係か、客の数は少なかった。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
カウンターの中から声がかけられる。
美優は声をかけてきた女性に目を遣る。
他に働いている人はいないようだ。
(この人が春陽の言っていた麻理さん……?)
美優はなんとか平静を装い、麻理が立っている正面のカウンター席に座り、アイスコーヒーを注文した。
注文したものが出された後も美優は落ち着かず、麻理にどう話しかけたらいいかとそればかりを考えていた。
すると、アイスコーヒーに口もつけず、目の前で挙動不審な若い女性客が一人、それを不思議に思ったのだろうか。
「お客さん、どうかしました?」
麻理から声がかけられた。
「えっ!?」
突然話しかけられ、美優の肩がビクッとする。
思わず周囲をぐるりと見るといつの間にか他の客がいない。
全く気づかなかった。
どれだけ自分の世界にいたのかと美優の額に冷や汗が浮かぶ。
だけど、これは絶好の機会だ。
話すなら今しかない。
「あ、あの!私、私……美優と言います。橘美優。……春陽の姉、です」
勢いあまって自己紹介をしたが、自分なんかが春陽の姉と名乗るのには抵抗を感じ、声が小さくなった。
「っ!?」
美優の言葉に麻理は息を呑み、目を大きくする。突然のことにちょっと理解が追いつかない。
美優はそのまま言葉を続ける。最初に言うべき言葉は決めていた。
「麻理さん、ですよね?この間、春陽に会って聞きました。母のもとから春陽を引き取り、育ててくれた、と。私からもお礼を言わせてください。春陽をあの母親から救ってくれてありがとうございました」
そう言って麻理に頭を下げる美優。その顔は苦しそうに歪んでいる。
別居前に直哉と静香が言い争いをしていた内容は今でもはっきりと覚えている。それだけ衝撃的だったし、美優の心に傷として深く刻み込まれてしまったから。
静香と二人だなんて、絶対に碌な生活ではなかったはずなのだ。
だからそんなところから春陽を助けてくれた麻理にお礼を言いたかった。
そんな資格、自分にはないと思いながら……。
一方、麻理は突然美優と名乗った彼女にお礼まで言われてもう意味がわからない。
なぜ美優が春陽のことでお礼を言うのか。
「ち、ちょっと待って。あなたが美優?本当に美優なの?」
麻理が混乱しながらも確認を取る。
そんな麻理の言葉に美優はゆっくりと頭を戻して「はい」と頷いた。
麻理は絶句してしまった。
まさか、美優がここに訪ねてくるとは。そんなこと想像だにしていなかった。
一度深く息を吐き、自分を落ち着かせる麻理。
そうして頭が回ってくると、先日雪愛と話したときのことを思い出した。
そして思う。
もしかしたら雪愛の考えは正しいのかもしれない、と。
でなければ、わざわざ自分に会いにきて、春陽のことでお礼まで言うだろうか。
まだ会話らしい会話もしていないから実際のところはわからない。
けれどそこまで考えると、わずかな時間の間に麻理の心は冷静さを取り戻すことができた。
美優は美優で今の麻理の反応に、春陽から聞いたとかそういうことではなく、やはりこの人は自分のことを知っている、と確信した。
「……そう。それで、どうしてここに?まさか、さっきのお礼を言うため、って訳じゃないんでしょ?それに、ハルを引き取ったのは私がそうしたいと思ったからよ。お礼を言われるようなことじゃないわ」
「はい。今日は麻理さんとお話がしたくて来ました。……教えていただきたいこともあります。けれど、その前に一つだけ。麻理さんは春陽とどういう関係なんですか?なぜ、春陽を引き取るなんていうことに?……それに、私のこともご存知のように感じたのですが」
一つだけと言いながら芋づる式に疑問を口にする美優。心の中はかなりテンパっていた。
美優がどんな反応も見逃さないとでもいうように麻理を見つめる中、美優の言葉に思わず麻理は苦笑を浮かべてしまう。
まさか、こんな短期間に同じようなことを二度も訊かれることになるとは。
それも今回の相手は完全に想定外だ。
「……あの、何か?」
麻理の苦笑を美優は訝しむ。
そんな美優に麻理は苦笑を深める。
「いいえ、ごめんなさい。少し前に同じことを訊かれたばかりなものだから。ちょっと可笑しく思ってしまっただけよ」
麻理の言葉に今度は美優が目を大きくする。
いったい誰が自分と同じことを訊いたというのだろうか。
こんなこと色々なことを知っていなければ、そして踏み込む覚悟がなければ、訊こうなんて思わないはずだ。
「私とハルの関係だったわね。美優ももうある程度予想がついてるみたいだけど、私は静香の妹。つまりあんたたち二人の叔母よ。大きくなったわね、美優。久しぶりに会えて嬉しいわ」
麻理は素直に答えた。春陽に対する考えと基本的には同じだ。姪がわざわざ訪ねてきて真実を知りたいと言うのだ。隠す気になんてならなかった。まあ姪が来るとは思っていなかった訳だが。
「っ!?」
親戚かもしれない、確かにそう思ってはいた。少し考えればわかることだ。
でなければ、春陽を引き取るなんてありえないと思ったから。というか、赤の他人ならそんなこと認められるようなことじゃない。
けれど、まさか静香の妹だったとは。
「……叔母さん。……あの人に妹がいるだなんて初めて知りました」
美優は強張った表情をしていた。
母親のことをあの人、と美優は言った。
そこからは静香のことを親として慕ってはいないことが感じられた。
春陽と同じなのだと麻理は思った。
「でしょうね。交流なんて全然なかったし、仲もよくなかったから。けど、ハルが生まれたときに私たち一度会ってるわよ。美優は当時まだ小さかったし覚えてないのも無理はないけど」
「……そうでしたか。どうしてそのことを春陽には言ってないんですか?」
麻理が叔母だとわかっても美優の口調は崩れない。
ほぼ初対面なのだから美優にしてみれば当たり前だった。それに春陽の話ではいい人なのだろうと思ったが、静香の妹というだけでどうしても警戒してしまう。
「それは知ってるのね。まあ色々考えてのことよ。今は本人が訊いてきたら答えるつもりでいるわ。だから美優もハルには言わないでね?」
春陽が美優ともう一度会って話すつもりだということを雪愛から聞いて知っている麻理は、念のためにお願いした。
「……わかりました」
「それで?他は何が聞きたいのかしら?」
「……麻理さん、あなたの、あなたの知っている春陽のことを教えてもらえませんか?たとえば、どうしてあなたが引き取ることになったのかとか。……私は春陽のことを全く知りません。一緒に暮らしていたときも、その後のことも。だから。知ってることなら何でもいいんです。お願いします」
そう言って、美優は再び頭を下げる。
「頭を上げて。あなたがハルと会ったことは知ってるわ。そこで何を話したかは知らないけれど。けど、どうしてそんなにハルのことを聞きたがるのかしら?言っては何だけど今さら知ってどうするの?」
麻理の言葉に美優は頭を上げる。
「……私は今度もう一度春陽と会います。そのとききちんと話すためにも、春陽のことを知っておきたいんです。いえ、知らなきゃいけないと思ったんです。私はこの間、春陽のことを何も知らないのに、酷いことを言ってしまったから……。次に会うときはそんなことがないようにしたいんです」
美優はまっすぐに麻理を見て言った。
美優と麻理の目が合う。
麻理はそこから美優の強い意志を感じた。
美優もまた春陽にもう一度会うつもりのようだ。
(雪愛ちゃん、あなた本当にすごいわね)
麻理からすると雪愛の言い分が正しいことがどんどんと証明されていっているような感じだった。
だとしたら、二人の関係をより良いものにするために、自分ができることは――—。
麻理の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「わかったわ。私の知っている限りのことを話してあげる。けど一つだけ交換条件。折角だし、私からもあなたに聞きたいことがあるのよ。答えてくれるかしら?」
「?私に聞きたいことですか?……わかりました。それでお願いします」
麻理が自分に聞きたいことなんて美優には想像もつかないが、それで春陽のことを教えてもらえるならと了承した。
「交渉成立ね。それじゃあどこから話しましょうか」
「知っていることを全部、春陽を引き取る前のこともご存知であればそれも含めて最初からお願いします。私はすべてを知りたいんです」
「……わかったわ」
麻理は自分の知っていることの本当にすべてを美優に話し始めた。
最初に話したのは、美優が春陽と離れ離れになるまでのこと。
静香本人から聞いたというのだから内容に間違いはない。
なのに、その話はどれも美優が知らないことばかりで。
予想はしていた。
静香が春陽に対し、まともな育て方をしていなかっただろう、と。
けれど、一緒に暮らしていたときの自分から見た春陽とのあまりの違いに美優は言葉も出なかった。
そして気づけば目からは涙が流れていた。
あの日、直哉と静香の言い争いを聞いたときにわかったことは本当に片鱗でしかなかったのだ。
麻理は美優の涙に気づいていたが、そのことには触れなかった。
触れず、ただ春陽のことを美優に話し続けた。
遠いとは言えない雪愛の家までの間に、雪愛は沙織にお願いされていたことを春陽に伝えた。
「ねえ、春陽くん、今度ね、家に遊びに来てくれないかな?」
「雪愛の家に?」
「うん、実は母さんがね、春陽くんと話してみたいから家で食事でもどうかって。もちろん断ってくれても全然いいんだけど」
「……いいのか?俺なんかが行っても」
以前花火大会の日に一度だけ会ったことを思い出す。
結局あのときは挨拶をするだけで終わった。
雪愛は母娘二人だけの家庭だ。
そしてその母親が雪愛と付き合っている自分と話したいと言っている。
いったい何を言われるのだろうかと、緊張を感じてしまう。
「もちろんだよ。それと、なんか、じゃないよ。……私もね、春陽くんに来てほしいなって思ってて」
雪愛もそう思っているというのなら春陽の結論は決まっている。
それに、自分のところには来てもらったのだ。お相子という表現が合っているかはわからないが、折角誘ってもらったのなら断る理由がない。
「……わかった。それじゃあ今度お邪魔させてくれ」
「うん!ありがとう春陽くん。また予定立てようね」
雪愛の家の前に着くと、二人は繋いでいた手を解いた。
「今日は本当にありがとう、雪愛」
「どういたしまして。また作るからね」
「ああ、楽しみにしてる。じゃあ、またな」
「またね、春陽くん」
そして雪愛が家に入るのを春陽は見送った。
こうして、初めてのお家デートは二人にとって大満足の一日となった。
春陽達が体育祭を終えた後、九月のとある平日。
美優は一人、歩いていた。
春陽からもう一度会って話がしたいというメッセージをもらった美優は、未だその返事をできていなかった。
その前に、会いたい人物がいたからだ。
それは春陽の話に出てきた麻理という女性。彼女と一度どうしても話がしたかった。
フェリーチェの場所は調べたらすぐにわかった。
けれど中々決心がつかず、これまでずるずると過ごしてしまったが、春陽からのメッセージを受け、美優は麻理に会いに行くことを決めたのだ。
大学はまだ夏休み中だ。
だから、春陽が学校でいないであろう平日の昼間に、美優はこうしてフェリーチェに向かっている。
フェリーチェの前に着いた美優。
歩いているときからそうだが、心臓の鼓動が速い。
緊張しているのが自分でもよくわかる。
一度深呼吸をしてから、美優は震えそうになる手でフェリーチェの扉を開けた。
中に入ると、時間帯の関係か、客の数は少なかった。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
カウンターの中から声がかけられる。
美優は声をかけてきた女性に目を遣る。
他に働いている人はいないようだ。
(この人が春陽の言っていた麻理さん……?)
美優はなんとか平静を装い、麻理が立っている正面のカウンター席に座り、アイスコーヒーを注文した。
注文したものが出された後も美優は落ち着かず、麻理にどう話しかけたらいいかとそればかりを考えていた。
すると、アイスコーヒーに口もつけず、目の前で挙動不審な若い女性客が一人、それを不思議に思ったのだろうか。
「お客さん、どうかしました?」
麻理から声がかけられた。
「えっ!?」
突然話しかけられ、美優の肩がビクッとする。
思わず周囲をぐるりと見るといつの間にか他の客がいない。
全く気づかなかった。
どれだけ自分の世界にいたのかと美優の額に冷や汗が浮かぶ。
だけど、これは絶好の機会だ。
話すなら今しかない。
「あ、あの!私、私……美優と言います。橘美優。……春陽の姉、です」
勢いあまって自己紹介をしたが、自分なんかが春陽の姉と名乗るのには抵抗を感じ、声が小さくなった。
「っ!?」
美優の言葉に麻理は息を呑み、目を大きくする。突然のことにちょっと理解が追いつかない。
美優はそのまま言葉を続ける。最初に言うべき言葉は決めていた。
「麻理さん、ですよね?この間、春陽に会って聞きました。母のもとから春陽を引き取り、育ててくれた、と。私からもお礼を言わせてください。春陽をあの母親から救ってくれてありがとうございました」
そう言って麻理に頭を下げる美優。その顔は苦しそうに歪んでいる。
別居前に直哉と静香が言い争いをしていた内容は今でもはっきりと覚えている。それだけ衝撃的だったし、美優の心に傷として深く刻み込まれてしまったから。
静香と二人だなんて、絶対に碌な生活ではなかったはずなのだ。
だからそんなところから春陽を助けてくれた麻理にお礼を言いたかった。
そんな資格、自分にはないと思いながら……。
一方、麻理は突然美優と名乗った彼女にお礼まで言われてもう意味がわからない。
なぜ美優が春陽のことでお礼を言うのか。
「ち、ちょっと待って。あなたが美優?本当に美優なの?」
麻理が混乱しながらも確認を取る。
そんな麻理の言葉に美優はゆっくりと頭を戻して「はい」と頷いた。
麻理は絶句してしまった。
まさか、美優がここに訪ねてくるとは。そんなこと想像だにしていなかった。
一度深く息を吐き、自分を落ち着かせる麻理。
そうして頭が回ってくると、先日雪愛と話したときのことを思い出した。
そして思う。
もしかしたら雪愛の考えは正しいのかもしれない、と。
でなければ、わざわざ自分に会いにきて、春陽のことでお礼まで言うだろうか。
まだ会話らしい会話もしていないから実際のところはわからない。
けれどそこまで考えると、わずかな時間の間に麻理の心は冷静さを取り戻すことができた。
美優は美優で今の麻理の反応に、春陽から聞いたとかそういうことではなく、やはりこの人は自分のことを知っている、と確信した。
「……そう。それで、どうしてここに?まさか、さっきのお礼を言うため、って訳じゃないんでしょ?それに、ハルを引き取ったのは私がそうしたいと思ったからよ。お礼を言われるようなことじゃないわ」
「はい。今日は麻理さんとお話がしたくて来ました。……教えていただきたいこともあります。けれど、その前に一つだけ。麻理さんは春陽とどういう関係なんですか?なぜ、春陽を引き取るなんていうことに?……それに、私のこともご存知のように感じたのですが」
一つだけと言いながら芋づる式に疑問を口にする美優。心の中はかなりテンパっていた。
美優がどんな反応も見逃さないとでもいうように麻理を見つめる中、美優の言葉に思わず麻理は苦笑を浮かべてしまう。
まさか、こんな短期間に同じようなことを二度も訊かれることになるとは。
それも今回の相手は完全に想定外だ。
「……あの、何か?」
麻理の苦笑を美優は訝しむ。
そんな美優に麻理は苦笑を深める。
「いいえ、ごめんなさい。少し前に同じことを訊かれたばかりなものだから。ちょっと可笑しく思ってしまっただけよ」
麻理の言葉に今度は美優が目を大きくする。
いったい誰が自分と同じことを訊いたというのだろうか。
こんなこと色々なことを知っていなければ、そして踏み込む覚悟がなければ、訊こうなんて思わないはずだ。
「私とハルの関係だったわね。美優ももうある程度予想がついてるみたいだけど、私は静香の妹。つまりあんたたち二人の叔母よ。大きくなったわね、美優。久しぶりに会えて嬉しいわ」
麻理は素直に答えた。春陽に対する考えと基本的には同じだ。姪がわざわざ訪ねてきて真実を知りたいと言うのだ。隠す気になんてならなかった。まあ姪が来るとは思っていなかった訳だが。
「っ!?」
親戚かもしれない、確かにそう思ってはいた。少し考えればわかることだ。
でなければ、春陽を引き取るなんてありえないと思ったから。というか、赤の他人ならそんなこと認められるようなことじゃない。
けれど、まさか静香の妹だったとは。
「……叔母さん。……あの人に妹がいるだなんて初めて知りました」
美優は強張った表情をしていた。
母親のことをあの人、と美優は言った。
そこからは静香のことを親として慕ってはいないことが感じられた。
春陽と同じなのだと麻理は思った。
「でしょうね。交流なんて全然なかったし、仲もよくなかったから。けど、ハルが生まれたときに私たち一度会ってるわよ。美優は当時まだ小さかったし覚えてないのも無理はないけど」
「……そうでしたか。どうしてそのことを春陽には言ってないんですか?」
麻理が叔母だとわかっても美優の口調は崩れない。
ほぼ初対面なのだから美優にしてみれば当たり前だった。それに春陽の話ではいい人なのだろうと思ったが、静香の妹というだけでどうしても警戒してしまう。
「それは知ってるのね。まあ色々考えてのことよ。今は本人が訊いてきたら答えるつもりでいるわ。だから美優もハルには言わないでね?」
春陽が美優ともう一度会って話すつもりだということを雪愛から聞いて知っている麻理は、念のためにお願いした。
「……わかりました」
「それで?他は何が聞きたいのかしら?」
「……麻理さん、あなたの、あなたの知っている春陽のことを教えてもらえませんか?たとえば、どうしてあなたが引き取ることになったのかとか。……私は春陽のことを全く知りません。一緒に暮らしていたときも、その後のことも。だから。知ってることなら何でもいいんです。お願いします」
そう言って、美優は再び頭を下げる。
「頭を上げて。あなたがハルと会ったことは知ってるわ。そこで何を話したかは知らないけれど。けど、どうしてそんなにハルのことを聞きたがるのかしら?言っては何だけど今さら知ってどうするの?」
麻理の言葉に美優は頭を上げる。
「……私は今度もう一度春陽と会います。そのとききちんと話すためにも、春陽のことを知っておきたいんです。いえ、知らなきゃいけないと思ったんです。私はこの間、春陽のことを何も知らないのに、酷いことを言ってしまったから……。次に会うときはそんなことがないようにしたいんです」
美優はまっすぐに麻理を見て言った。
美優と麻理の目が合う。
麻理はそこから美優の強い意志を感じた。
美優もまた春陽にもう一度会うつもりのようだ。
(雪愛ちゃん、あなた本当にすごいわね)
麻理からすると雪愛の言い分が正しいことがどんどんと証明されていっているような感じだった。
だとしたら、二人の関係をより良いものにするために、自分ができることは――—。
麻理の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「わかったわ。私の知っている限りのことを話してあげる。けど一つだけ交換条件。折角だし、私からもあなたに聞きたいことがあるのよ。答えてくれるかしら?」
「?私に聞きたいことですか?……わかりました。それでお願いします」
麻理が自分に聞きたいことなんて美優には想像もつかないが、それで春陽のことを教えてもらえるならと了承した。
「交渉成立ね。それじゃあどこから話しましょうか」
「知っていることを全部、春陽を引き取る前のこともご存知であればそれも含めて最初からお願いします。私はすべてを知りたいんです」
「……わかったわ」
麻理は自分の知っていることの本当にすべてを美優に話し始めた。
最初に話したのは、美優が春陽と離れ離れになるまでのこと。
静香本人から聞いたというのだから内容に間違いはない。
なのに、その話はどれも美優が知らないことばかりで。
予想はしていた。
静香が春陽に対し、まともな育て方をしていなかっただろう、と。
けれど、一緒に暮らしていたときの自分から見た春陽とのあまりの違いに美優は言葉も出なかった。
そして気づけば目からは涙が流れていた。
あの日、直哉と静香の言い争いを聞いたときにわかったことは本当に片鱗でしかなかったのだ。
麻理は美優の涙に気づいていたが、そのことには触れなかった。
触れず、ただ春陽のことを美優に話し続けた。
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