【改稿版】人間不信の俺が恋なんてできるわけがない

柚希乃愁

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第七章 それぞれの想い

第68話 二人はお腹も気持ちも満たされた

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 そうして二人は再び歩き始める。
(今のはなんだったんだ?)
 最後に一度だけ春陽は公園を振り返った。
 春陽の中にはそんな疑問が残ったが、その答えが春陽にはわからない。
 そして、答えをくれる者もいなかった。だから、春陽は気にしても仕方がないと考えるのを止めた。少なくとも今は。

 今は雪愛と一緒にいるのだ。そちらの方が春陽にとっては大切だった。

 春陽と雪愛は近所のスーパーへとやってきた。
 春陽が買い物かごを持ち、そこに雪愛が迷いなく次々と食材を入れていく。作る料理も決まっていて、それに必要なものもすべて頭に入っているようだ。
 この間、一度春陽の家でスープとおかゆを作ったのがよかった。
 春陽の持っている調理器具はすべて把握できているし、調味料も雪愛がそのとき買ったものがそのまま残っていることは外に出てくる前に確認している。

 野菜コーナーで人参、玉ねぎ、じゃがいもと雪愛はかごに入れていった。
 それらを見た春陽は雪愛が作ろうとしている料理を予想した。
「もしかして、カレーを作ってくれるのか?」
 当てると言った手前、ちゃんと正解を狙ったのだが、
「ん?ふふっ、はずれでーす。ルーは買ってないよ?でも確かに食材は似てるね」
 春陽の予想に対し楽しそうに答える雪愛。 
 入ってるものは似てるけど、違う料理。春陽にはわからず首を傾げることしかできなかった。
 それからも二人は話しながら様々な棚を見て回った。

 お肉コーナーでは、豚肉やひき肉がかごに入れられた。
 どんどんとかごに入れられる食材に春陽はどんな料理か考えるのをやめた。
 食材の量からどうも一つの料理ではなさそうなのだ。
 それではもう春陽程度にはわかるはずもない。
「料理当ては降参だな。雪愛がこれで何を作ってくれるのか、全然わからない」
「そう?残念。じゃあできあがりを楽しみにしてて?頑張っておいしく作るから」
 残念と言う割に楽しそうに笑っている。この場で答えはくれないようだ。
「ああ、楽しみにしてる」
 本心から春陽は答えた。

 その後も二人は、スーパーをぐるりと回って必要なものはすべて揃えられたようだ。
 雪愛は終始楽しそうにしており、そんな雪愛の様子に春陽も自然と笑みが浮かんでいた。
「重いかご持たせちゃってごめんね。これでもう終わりだから」
「いや、全然。じゃあレジに行こうか」
 確かにかごいっぱいだが、実際、春陽はそれほど重く感じていない。

 お会計は春陽の役目だ。
 以前、雪愛が料理を作ってくれると言った際に、そう約束している。
 だが、レジの列に並んでいると、
「ねえ、春陽くん。私も一緒に食べるんだし、私も出すよ?」
 そう言って雪愛が財布を取り出した。
 どうやら春陽が全部払うということを割り切れてはいなかったようだ。
「ダメ。前に言っただろ?作ってもらうんだし、これくらいはさせてくれ」
「うぅ……」
 春陽にはっきり駄目と言われてしまって、言い返すことができない。でも申し訳ない気持ちはあるのだ。それが言葉にならない声となって出てきた。
「そんな可愛く唸ってもダメなものはダメだから」
 断られてしまったことは残念だが、春陽に可愛いと言われ雪愛の頬が緩む。
「っ、……ありがとう、春陽くん」
「お礼を言うのもこっちの方だ。ありがとう、雪愛」

 当初の予定通り、春陽が会計を済ませ、二人はスーパーを出た。
 雪愛がエコバッグを二つ持ってきてくれており、片方を持つと譲らなかったため、二人で一つずつエコバッグにかごから買ったものを入れていくときに、春陽は雪愛の方がなるべく軽いものになるように、重いものを率先して自分の方に入れていった。

 スーパーを出たところで、雪愛がエコバッグを片方持つと譲らなかった理由がわかった。
「ふふっ、こうすれば手を繋いで帰れるでしょ?」
 どうやらそういうことらしい。
 雪愛は春陽の空いている方の手を握ると笑顔でそう言った。
「そうだな」
 雪愛には本当に敵わない。春陽からも握り返すと雪愛の笑みが深まった。

 二人はそれぞれ片手にエコバッグを持ち、もう片方の手を恋人繋ぎしながら、仲良く並んで春陽の部屋へと帰っていった。

 春陽の部屋に帰ってくると、雪愛は持ってきていたエプロンを身につけ、早速夕食作りを始めた。
 できあがる頃にはいい時間になっていそうだ。
 少し早めの夕食になるかもしれないが、春陽も雪愛もお昼は軽めに済ませているため、問題なかった。

 雪愛は当初一人で作るつもりだったが、春陽が手持無沙汰だからと手伝いを申し出て、狭いキッチンではあるが、春陽も野菜の皮むきくらいはと隣に並んで手伝っている。
 春陽も料理自体は慣れているが、何を作るかもわかっていないため、一応雪愛に指示を仰ぎながら、雪愛は慣れた手つきで、話しながらも二人とも手は止めない。

 雪愛は部屋に着いて、繋いでいた手を離すことになったときだけ、少し残念そうにしていたが、以降はずっと楽しそうにしている。今こうして春陽と並んで料理していることも雪愛が上機嫌な理由だ。
 チラリと隣に立つ春陽に目を向ける。
(ふふっ、なんだか新婚さんみたい)
 自分のそんな考えに雪愛の頬がわずかに染まる。
 雪愛の中では今春陽との新婚生活が広がっていた。毎日こうして春陽と一緒にいたい。
 そんな風に雪愛が少しだけ妄想の世界に浸っていると手を止めた雪愛を不思議に思った春陽が声をかけた。
「どうかしたか?雪愛」
 春陽の声で雪愛が現実に戻ってくる。
「えっ!?ど、どうもしてないよ?」
 自分の妄想に照れて少しだけ声が裏返ってしまった。
「そうか?ならいいんだけど。これは終わったから、次は何をしたらいい?」
「あ、ありがとう。それじゃあ―――」
 雪愛が春陽に次をお願いする。
 春陽はその作業を始め、雪愛もいけない、いけない、と再び手を動かし始めた。

 二人で進めたため、下準備はそれほど時間がかからず終わった。
「ありがとう、春陽くん。後は私がやるから部屋で待ってて?」
「わかった。ありがとう、雪愛。楽しみにしてる」
「うん!すぐできるからね」

 雪愛はエプロン姿もよく似合っていた。
 そんな雪愛の隣に立ち一緒に料理をする自分に、春陽は不思議な温かさを感じていた。
 フェリーチェで調理しているときにそんなものを感じたことはない。
 雪愛と一緒だからだろうな、と春陽は思った。
 春陽は知る由もないが、もしかしたら、それは先ほど雪愛が考えていたものに近いのかもしれない。
 実際、春陽が感じた温かさは、幼少期には感じたことなどなかったが、麻理と貴広が日常で醸し出していた温かさに似ているものだった。

 雪愛に言われた通り、春陽は部屋で大人しくしていた。
 キッチンに繋がる扉は開けたままにしている。
 スマホを弄る気にはならず、この部屋にはテレビもないため、することはないが、春陽は気にもならない。
 キッチンで楽しそうに料理をする雪愛を見ているだけで十分だった。
 だが、途中雪愛から「あんまり見られると恥ずかしいよ」と言われてしまったため、ごめんと謝り、それからはただぼんやりとしていた。
 もしかしたら公園でのことなどを色々と考えていたのかもしれない。

 そうして、しばらく待っていると、キッチンから食欲をそそられるいい匂いが漂ってきた。

 さらにしばらく経ったところで、雪愛が扉近くまで来て言った。
「春陽くん、お待たせ。もうすぐできるからね」
「ありがとう。何か手伝えることはあるか?」
「それじゃあ、できたものから運んでくれる?」
「わかった」

 やはり夕食には少しだけ早い時間だが、お昼も軽めだったし、散歩もしたため、お腹は十分空いている。
 それにこの匂いだ。
 春陽は楽しみに思いながら立ち上がった。

 テーブルに並べられたのは二人分のご飯とみそ汁。
 そして、肉じゃがとハンバーグ、付け合わせのサラダだった。

「たくさん作ったからいっぱい食べてね。おかわりもあるから」
 笑顔で言う雪愛。
 それは雪愛が本心から言った何気ない言葉だ。
 だが、春陽の幼少期を考えればその言葉は全然当たり前の言葉ではなかった。
 悠介の家でご飯をご馳走になるときにも言われ、心に沁みたが、雪愛に言われると沁みわたり方も一入だった。そう感じることができるのも麻理と貴広が愛情を注いで春陽を育てたおかげだ。
「ああ、ありがとう雪愛」
 春陽も柔らかな笑みを浮かべ返すのだった。

「「いただきます」」

 春陽は早速、ハンバーグを一口食べた。
 お弁当にもミニハンバーグが入っており美味しかったが、できたてで温かいからか、このハンバーグは肉汁たっぷりでさらに美味しかった。
「美味いっ」
 思わずといった様子で感想が口から出る。
「ほんと!?よかったぁ」
 雪愛は料理に手を付けず、春陽が食べるのを見ていたが、春陽の言葉にほっと一つ息を吐いた。
「ああ、弁当で食べたのも美味かったけど、これもすごく美味い」
「ふふっ、ありがとう。お弁当のものとは少しだけ中身を変えてるんだよ。あっちは冷めても美味しいようにしてるんだ」
「そうなのか!?」
 春陽にはどう変えているのかはわからなかったが、そうしてどちらも美味しく作れる雪愛を純粋にすごいと思った。
 雪愛は本当に料理が上手だ。それに、ちょっぴり自慢げに話す雪愛も実に可愛らしい。

 春陽は次に肉じゃがを食べた。
 肉じゃがも味が染みていてとても美味しい。

 春陽が美味しいと言って箸を止めずに食べるのを見て、雪愛も食べ始める。
(うん、上出来かな)
 味見はしていたので大丈夫だと思ってはいたが、雪愛自身もちゃんと満足のいく出来だったようだ。

 それから二人は食事を楽しみ、春陽はおかわりもして、テーブルの上の皿はすべて空になった。

「ごちそうさま。本当に美味かったよ。ありがとう雪愛」
「お粗末さまでした。ふふっ、春陽くん本当に美味しそうにいっぱい食べてくれて私も嬉しかった」
 春陽の言葉に雪愛は嬉しくなる。春陽はいつも気持ちだったり感謝だったりを言葉にして伝えてくれる。その度に雪愛は胸がポカポカするのだ。それに食べているときから春陽の表情がその気持ちを物語っていた。
 そんなに顔に出ていたか、と春陽は少し恥ずかしそうだ。
 そんな春陽を見て、雪愛は笑みを深めるのだった。

 食後、後片付けは春陽が買って出た。
 雪愛は自分がやると言ったのだが、そこは春陽も譲らなかった。

 春陽は雪愛に寛いでいるように言って、今洗い物をしている。
 すると突然背中に柔らかな感触がした。
 と同時に、腕が春陽のお腹の上辺りに回される。
 この部屋には自分以外雪愛しかいない。

「どうした雪愛?まだ洗い物してるところだぞ?」
「うん。それはわかってるけど……ダメかな?」
 雪愛は午前中春陽にずっとくっついていられたのが気に入っていたのに、料理中は離れていなければならなかったため、我慢できなくなってしまったようだ。
 折角のお家デート、二人きりで誰にも邪魔されることもないため、できるだけくっついていたいらしい。
「いいよ。それじゃあそのままもう少しだけ待っててくれ」
「うん」
 雪愛は春陽の背中にぴたりとくっつくように腕に力を込めた。

「終わったぞ?」
「うん……」
「雪愛?」
「うん……」
 洗い物を終えた春陽が声をかけても雪愛は離れず、それで会話が終わってしまったため、春陽は、少し困ったように上を向いたが、結局抱きつく雪愛をそのままにして部屋へと戻り、午前中のように座った。

 春陽が座ると、それを待っていたかのように雪愛が春陽の足の間に座り背中を春陽に預けた。
 そして、午前中のように、春陽の方に首を回し、目を瞑る。
 春陽がそれに応えると、元に戻る。
 ここまでのやりとりで会話は洗い物を終えたときのものだけだ。

 お腹も気持ちも満たされた二人の間に穏やかな時間が流れる。

 二人は雪愛が帰るまでの時間を、合間に雪愛が春陽の方を向いたり、春陽が雪愛の頬に手をやり、そっと自分の方を向かせたりしながら、お喋りをして過ごすのだった。
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