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第七章 それぞれの想い

第66話 話は終わり、今日は初めてのお家デート

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 麻理の言う通り、沙織は何度かフェリーチェに来ていた。
 だが、春陽がいるときに来たのは最初の一回だけで、他はすべて春陽が学校に行っていていない時間帯だったため、春陽は覚えていないだろう。
 一度来ただけの客の顔を覚えるのは中々に難しい。
 カウンセリングのときの記憶が曖昧なことは春陽が雪愛に話したとおりだ。
 だから春陽は花火大会の日、初対面の相手として、沙織にはじめまして、と丁寧に挨拶をしたのだ。

「そうだったんですね……」
(母さんはどうして黙っていたの?フェリーチェに行ったことがあるならそう言ってくれてもいいのに。麻理さんとも知り合いだったなんて。それに、花火大会の日、家の前で春陽くんに会ったときも、はじめまして、って。春陽くんに合わせたってこと?……仕事で会った相手だから守秘義務とかそういうのがある、のはわからなくもないけど……。確かに春陽くんとのことは、春陽くんから色々教えてもらったからこそ麻理さんも教えてくれたんだろうし。でも……)
 雪愛は麻理の話を聞きながら、沙織のことばかり考えていた。
 フェリーチェに来たことがあることくらいは言ってくれてもいいんじゃないかという思いがあるが、そこから芋づる式に春陽が以前沙織のクライアントだったことが何も知らない自分に知られてしまうのは問題だということも理解はできるため、少しモヤモヤはするが沙織が自分に何も言わないようにしたことを雪愛は一応納得した。

 こうして、最後に沙織の新事実を知ることにはなったが、雪愛は知りたかったことをすべて、いやそれ以上に様々なことを知ることができた。
 けれどそれを春陽に言うことはできない。麻理がそれを望んでいないから。
 それでも聞けてよかったと雪愛は思った。

 最後に麻理は雪愛に柔らかな笑みを浮かべて言った。
「雪愛ちゃん。雪愛ちゃんはハルに何もできていないなんて言っていたけど、そんなことは本当にないのよ。ハルと一緒にいてあげて?それだけでいいと私は思うの。きっとそれがハルの一番望んでいることだと思うから」
 そのときの麻理はまるで春陽の母親のようで、姉のようで、紛れもなく春陽の家族としての言葉だった。麻理からすれば、これが今日一番雪愛に伝えたかったことのようだ。

 雪愛はその日、沙織と二人、リビングでハーブティーを飲んで寛いでいるときに、麻理から聞いた話をした。
 モヤモヤを残したままはやっぱり嫌で、すっきりさせたいと思ったのだ。
「……今日、フェリーチェに行ってきたの。麻理さんから母さんのこと、聞いた」
「っ……」
 沙織が息を呑む。
「母さん、フェリーチェに行ったことがあったんだね。それに春陽くんのカウンセリングを担当したって。私、春陽くんから子供の頃のこと教えてもらって、だから麻理さんも教えてくれたみたい」
「……そう」
 雪愛の説明を受け、沙織は落ち着いた声で一言そう言った。
「どうして何も教えてくれなかったの?やっぱり守秘義務ってこと?」
「そうよ。クライアントのことは誰にも言えないわ。関係者以外、たとえ家族であってもね。そこに繋がりそうなことも。彼も私のことは覚えていないみたいだったしね」
「でも、フェリーチェに行ったことがあることくらい言ってくれても問題ないんじゃない?」
「だから言ってるでしょう?繋がりそうなことも言えないって。あなたが何にどう興味を持つかもわからないのに。実際、雪愛は彼と仲良くなったじゃない。麻理さんもあなたがすべてを知っているから話してくれたのでしょう?」
「それは、そうだけど……」
「黙っていたことは悪かったと思ってるわ」
「ううん……。私こそごめんなさい」
 沙織の言葉はすべて雪愛の予想通りだったため、雪愛と沙織の話はそこで終わった。
 雪愛が部屋へと戻った後、沙織は一人考えていた。沙織が言ったのは嘘ではないが、かなりの極論だった。雪愛の言う通りフェリーチェに行ったことがあることくらい話したところで何ら問題はない。それでも当時は話さないことが最善だと思ったのだ。雪愛がフェリーチェに通うようになったり、麻理や春陽と親しくなるなんて思っていなかったから。
(麻理さんが話したってことは、雪愛は春陽君からすべてを聞いたんでしょうね。でも当時の記憶はまだ戻っていない、と。自分の過去を話せるほど、あの二人、本当に強い信頼関係を結べているみたいね。雪愛と春陽君ならきっと……。麻理さんもそう思ったのかしら?)
 二年になってから、いや、五月の連休辺りからだろうか、雪愛が楽しそうにしていることはわかっていた。
 五月の連休中にバーベキューに出かけたり、球技大会ではお弁当を二人分作ったり。お弁当作りのときに少しだけ聞いて、その理由が男の子だと知ったときには驚いたけれど。
 洋一が亡くなって、行かなくなった水族館にも行っていた。それもきっと一緒に行ったのは春陽なのだろう。
 夏休みに入ってもお弁当を作っていた。あれも春陽のためだったのだろう、本当に楽しそうだった。
 花火大会の日、家の前で春陽の姿を見たときは驚いた。まさか彼が雪愛の言っていた男の子なのか、と。思わず、声をかけてしまって、雪愛の邪魔をしてしまった。あれは本当に申し訳なかった。
 雪愛が春陽と付き合い始めたと聞いたときも本当に驚いたが、どうやら順調にいっているようだ。
(私も覚悟を決めなきゃいけないかもしれないわね。……今度、春陽君を誘って家で夕食を食べるように雪愛に言ってみようかしら。あの子ったら私にも紹介してって言ったのに全然してくれないし。……春陽君とは一度ゆっくり話してみたいわ。もしかしたら長い付き合いになるかもしれないしね)
 沙織は柔らかな笑みを浮かべていた。

 それから雪愛は一緒にいる、その意味を自分なりに考えた。
 自分だって春陽と一緒にいたいと思っている。物理的にはもちろん、精神的にも。
 そこで、言葉や態度はもちろんだが、それだけでなく、何か、自分はいつも一緒だと春陽に伝えたいと思ったのだ。
 その一つが体育祭のハチマキだった。

 春陽を表す四葉のクローバー、その隣にはいつも自分がいると示したくて、雪の結晶を。こんな想いを込めるなんてイタイのかな、という考えも過ったけど、結局刺繍することに決めた。
 体育祭本番まであまり時間はなく、チアの練習もあったが、雪愛は夜にコツコツと作っていった。大変ではあったけど楽しい時間だった。
 そうして、なんとか体育祭本番の朝、春陽にそのハチマキを渡すことができたのだ。
 春陽はその意味を正確に理解してくれた。それが本当に本当に嬉しかった。

 そして、体育祭。
 借り物競争で運よくあんなお題を手にすることができた。
 春陽との仲を示すことができたのだからよかったのだが、このときはなんだか気持ちがふわふわしていて、よくあんな積極的なことを即決できたなと後になって思う。

 お昼休み、それから終わった後も、本当に春陽と幸せな時間を過ごすことができた。
 最後は学校でキスを求めるなんて少し大胆だったかもしれないけど……。自分の気持ちを抑えられなかったし、それを春陽に伝えるためだったのだから、うん、あれでよかったのだ。

 春陽の知らないところで、体育祭までに雪愛にはこんなことがあった。

 そして、時は現在に戻る。
 体育祭が終わった週末の土曜。
 雪愛は春陽の家に向かっていた。今日は春陽とお家デートだ。

 風邪のお見舞いに行って以降初めての春陽の家。デートとして訪れるのは初めてである。
 ずっと楽しみにしていた雪愛は、今にも鼻唄を口ずさみそうなほど上機嫌で歩いていた。

 家に着きインターフォンを鳴らすとすぐに春陽が出てきた。
「いらっしゃい、雪愛」
 春陽に迎られ、雪愛が部屋へと入る。
「お邪魔します」
 雪愛を座らせ、春陽は飲み物の準備をする。
 春陽は今日雪愛が来るということで、ちゃんと飲み物を準備していたようで、冷蔵庫からすぐに持ってきた。
 テーブルに飲み物を置き、春陽が座ると、雪愛がお礼を言った後、のそのそと四つん這いで動き始めた。
 大した距離じゃない。
 春陽がどうした、と言うよりも早く、雪愛は目的地に着いた。そして春陽の胡坐を緩めさせると、そこにすっぽりと収まるように腰を落とす。
「なっ!?」
 春陽が驚くのも構わず、今度は春陽の腕を取り、自身の肩から前に回すようにした。
 春陽の胸に自身の後頭部を預ければ完成だ。
 こうして、春陽が雪愛を後ろから抱きしめる構図ができあがった。
「雪愛?」
 突然の雪愛の行動に春陽は説明を求めるように名前を呼んだ。
 すると雪愛は顎を上げ、後ろにある春陽の顔を見た。
「えへへ、春陽くんに包まれてる感じがする。今日はこうしてたいな」
「っ、~~~~~~っ」
 こういうときの雪愛は本当にずるい。可愛すぎるのだ。
 春陽は諦めたように目を瞑り、一度息を吐いた。それは溢れ出そうになる何かを必死に堪えてるようでもあった。
「わかった……」
 その顔は見てわかるくらいに赤くなっていた。

 春陽の返事をもらって、安心したのか、雪愛は顔を元に戻し全身から力を抜いて身体を春陽に預ける。
(ちょっと大胆過ぎたかな!?でもくっつきたかったのも本当だし……。それに、春陽くんには私もいるんだってもっと感じてほしい)
 だが、内心では春陽以上にドキドキしていた。
 チラリと横に目を向ければ、春陽がいつも寝ているベッドがある。
 何かを想像してしまったのか、雪愛の顔が耳まで赤くなった。

 そんな二人だったが、なんとか落ち着いたところで雪愛が春陽に話しかける。
 本当に体勢はこのままのようだ。
 体育祭の思い出話に花を咲かせた後、話題は文化祭に移っていった。
「体育祭が終わったばかりだけど、次は文化祭だね」
「ああ、二学期は本当イベント事多いよな。二年は特に」
「ふふっ、そうだね。今年はその後、修学旅行もあるもんね」
「だな」
「今年はコスプレ喫茶って決まったけどどんな服着るんだろう?」
「これから決めていくんだろうな。まあ、俺は裏方でいいからやらなくて済むと思うけど」
「えー、春陽くんはしないの?コスプレ」
「そんなの誰も求めてないだろ?」
「私は見たいけどな、春陽くんのコスプレ」
「……雪愛は何が着たいとかあるのか?」
 この話の流れはまずいと思った春陽が方向を変えた。
 雪愛にお願いされたら春陽は断れない。
「私?んー、特にはないけど、定番なのはメイドさんとか?」
「メイドさん……」
 だが、変えた方向もよかったとは言えない。 
 春陽は思わず、雪愛のメイド服姿を想像してしまった。
 それが雪愛に伝わってしまったのだろうか。
「お帰りなさいませ、ご主人様。……どう?」
 定番のセリフを口にして、先ほどのように顎を上げ、春陽を見て問いかける。
 春陽の中の想像と現実の声が見事にリンクしてしまった。破壊力が大き過ぎる。
「っ………似合うと思うぞ。というか、雪愛なら大抵のものは似合うだろうな。チアもよく似合ってたし」
 春陽は誤魔化すように、雪愛のどう?をメイド服が似合うかどうかという意味に捉え、答えた。
 雪愛は春陽の言葉に小さく笑う。
「ありがと。でもチアはコスプレじゃないよ?」
「そういう意味じゃないよ。どんなのでも似合うって意味だ。……まあ、あんまり露出が多いのはできれば避けてほしいけど……」
「うん!私も春陽くん以外にそんなの見られたくないもん」
 体育祭のときにも言っていた春陽の要望に雪愛は嬉しくなった。

 その後もしばらく二人はお喋りを楽しんだ。
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