【改稿版】人間不信の俺が恋なんてできるわけがない

柚希乃愁

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第六章 体育祭

第62話 体育祭の終わりに

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 一方その頃、当の春陽と雪愛は、悠介達や瑞穂達が言っていたとおり、屋上にいた。
 春陽と雪愛以外は誰もいない。
 まだ暑い季節なので、二人は階段室近くの日陰になっているところに座っている。
 雪愛だけが一度教室に現れたのは、お弁当の入った手提げを取りに来たのだ。
 春陽には先に屋上に行ってもらっていた。

 今回も春陽の分も併せてお弁当を作ってきていた雪愛が、手提げから二人分の大きなお弁当箱を取り出す。
「遅くなってごめんね。さ、お弁当食べよう?」
「ああ、ありがとう。……なあ雪愛、教室で大丈夫だったか?」
 春陽は心配そうに眉をひそめる。
「ん?まあ色々聞かれたけど、早くここに来たかったから途中で切り上げてきちゃった」
 そんな春陽に雪愛はおどけるような笑みを浮かべて大丈夫だと伝える。
「やっぱり俺も一緒に行けばよかったんじゃ……」
「お弁当取りに行くだけだったんだし、私が一人で行くって言ったんだからいいの。それにもし二人で行ったらそれこそお弁当食べる時間無くなっちゃうよ」
「そっか……。そう、かもしれないな」
 色々聞かれたと言う雪愛にやっぱり自分も行けばよかったと思う春陽だったが、自分が行くことにあまり意味はない、どころか余計に色々聞かれる可能性が高く、雪愛の言うことはそのとおりかもしれないと思ったため、苦笑を浮かべることしかできなかった。

 雪愛がお弁当を広げたところで、いただきますをして二人はお弁当を食べ始める。

 すると、雪愛が春陽におかずを薦めた。
 それも雪愛が自分の箸で摘む形で。
「春陽くん、これ食べてみて。自信作なの。はい、あーん」
 雪愛が取ったのはチーズと大葉の肉巻きだった。
 実のところ雪愛は、春陽が風邪のときにしたこのあーんが好きになっていた。ぱくっと食べる春陽がなんというかすごく可愛いのだ。機会があればまたしたいとずっと思っていたところに、その機会がやってきたため、雪愛にやらないという選択肢はなかった。ちなみに、夏休みに入ってすぐの息抜きデートのときに、ケーキを食べさせ合っているのだが、雪愛の中であれは、意図せずやってしまったことのため、あーんに含まれていなかったりする。
 春陽は慣れる、とまではいかないが、断れば雪愛がしょんぼりすることは風邪を引いたときに経験済みなので、余計なことは言わずに、雪愛に差し出されたそれをパクリと食べて正直な感想を言う。
「美味いっ」
「ふふっ、よかった。こっちも食べてみて?」
 楽しそうな雪愛。
 それからも春陽はまるで雪愛に餌付けされるように、食べさせてもらっている。
 自分ばかり食べていると感じた春陽は、自身で卵焼きを取ると、雪愛に差し出した。
「さっきから俺ばっかり食べてるぞ。雪愛も食べないと。ほら、あーん」
「っ!?」
 春陽にされるなんて全く思っていなかったため一瞬固まる。そして徐々に雪愛の頬が染まっていく。自分がするのはいいが、されるのは恥ずかしいらしい。
「あ、あーん」
 それでも、言いながら春陽の差し出した卵焼きを食べる雪愛。
 春陽は春陽で、自分の差し出した卵焼きを食べようとする雪愛の姿に、ドキッとして顔が熱くなっていた。
「ふふっ、美味しい」
 自分で作った卵焼きだが、春陽に食べさせてもらうと余計美味しく感じる。
 瑞穂達の予想は大当たりで、傍から見ればただただイチャイチャしているだけの二人だった。

 二人はその後も食べさせ合ったりしながら雪愛の作ったお弁当を食べていき、二人きりのお昼休みを十二分に満喫するのだった。

 そして午後の部が始まった。
 最初に行われるのは、応援合戦だ。一年から順番に行われていく。
 雪愛達が出場するため、春陽達は二年白組の番を楽しみにしていた。のだが、春陽は向けられる視線を痛いほど感じ居心地悪くしていた。
 嫉妬、懐疑、恨みなどその視線に含まれる感情は様々だ。

 だが、春陽に直接何かを言ってくる者はいない。それは雪愛にはっきりと肯定されてしまったからなのか。理由は定かではないが、春陽にとっては唯一の救いだった。

 順番に応援合戦が行われていく。
 皆それぞれ特色を出してきており、バラエティ豊かで面白い。
 応援席も盛り上がっている。 
 そしていよいよ雪愛達、二年白組の出番となった。

 チアの衣装を着て、手にはポンポンを持ち、二年白組の女子生徒達がグラウンドに集まる。
 可愛くもちょっぴりセクシーな衣装で、一糸乱れず音楽に合わせて踊る姿は実に華やかだ。
 激しい動きもあるのに、彼女達は笑顔を絶やさない。
 見ている生徒、特に男子生徒達の歓声がすごい。
 女子生徒にもその可愛さに目を輝かせている者がいる。
 一年生の中には憧れのような目で見ている者もいた。来年自分もあんなのをやってみたいと思っているのかもしれない。

 そんな中、春陽は雪愛から目が離せなかった。
 笑顔で踊る雪愛が、あまりに綺麗であまりに可愛くて。簡単に言えば、春陽は雪愛に見惚れていた。

 だが、それは春陽だけではなかった。
 和樹、隆弥、蒼真もそれぞれ、瑞穂、未来、香奈から目が離せないでいた。理由はきっと、いや間違いなく春陽と同じだろう。

 悠介はそんな男連中の様子に理由を察して苦笑を浮かべるのだった。
(まあ、しょうがないわな)
 それほど彼女達は魅力的だった。

 雪愛達は息を荒くしながらも笑顔で踊り続けていた。
 これまで練習してきたことの集大成だ。最後までしっかりとやり切りたい。そんな思いから皆楽しみながらも真剣だった。
 それに、雪愛達四人にはそれぞれ心から応援したい相手がいる。それが踊りにも表れているのか、雪愛達をより一層輝かせていた。

 音楽の終わりと共に彼女達がポーズを決め、二年白組の応援合戦は終わった。
 応援席からは大きな拍手が起きている。
 春陽達も拍手している。
 そんな中で、本番を無事に終えた雪愛達は手を取り合い喜び合っていた。皆で一生懸命練習して、この本番を楽しく踊りきることができたから。やってよかった、と皆の思いは同じだった。

 午後になると実行委員の悪ノリもなくなり種目は順調に進んだ。
 どうやら今年の体育祭は、午前中に彼らのお遊びを集中させ、午後は真剣勝負を楽しむという趣向らしい。
 騎馬戦では体重が一番軽い隆弥が上になり、春陽、悠介、蒼真で支えたのだが、隆弥がやる気を見せ、春陽達も頑張って動き、二人を倒す奮戦をした。
 クラス対抗リレーでは和樹の懸命な走りで、三人を抜き去り一時トップになった。
 皆、チアを見て、カッコいいところを見せたい、と思ったのかもしれない。

 そうして、最後の種目であるクラス対抗リレーが終わり、総合得点は白組の勝ちで体育祭は終わった。

 体育祭実行委員が教師や生徒会とともに、最後の仕事であるテントなどの後片付けをしている中、他の生徒達は思い思いに行動していた。集まってお喋りをしている者、写真を撮っている者、さっさと着替えて教室に戻る者など様々だ。そんな中、春陽は今、日陰にあるベンチに座っていた。
 辺りには誰もおらず、遠くから生徒達の話し声が僅かに聞こえる。
 こんなところに春陽が一人でいるのは、雪愛に少し待っていてほしいとお願いされたからだ。
 その雪愛は今、チアの衣装に再び着替え、皆で写真を撮ったりしている。

(今日は色々あったなぁ。……けど、まあ楽しかったかな)
 朝から本当に色々なことがあった。
 極めつけは雪愛の借り物競争だろう。
 春陽と雪愛が付き合っていることが全校生徒の知るところとなった。雪愛のこうと決めたときの行動力には本当に驚かされる。
 遡れば、ナンパ男達から助けた後からそうだった。けれど、その行動力のおかげで今がある。

 春陽はなんとなく目を瞑り、これまでの雪愛とのことを思い出す。
 そこには色々な表情の雪愛がいた。
 中には泣き顔や困ったような表情もあるが、一番は笑顔の雪愛だ。
 春陽は笑っている雪愛が好きだった。これからも雪愛にはたくさん笑顔でいてほしい。
 そう考えれば、今日のことはよかった。
 付き合っていると言えたことで、雪愛はすっきりとした表情をしていたし、春陽の好きな笑顔も戻ってきた。
 最近、学校では苦笑や困った表情が多く、見れなかった雪愛だ。

 春陽の口元に笑みが浮かぶ。

 そこで春陽は徐にスマホを取り出した。
 今日も頑張ったのは雪愛だ。
 雪愛の想いに自分も少しは応えたい。
 雪愛と約束したこと、それを自分も果たさなければ。操作して画面に出したのは美優の連絡先。
 春陽はもう一度美優と会って話をするために、メッセージを送るのだった。

 雪愛からメッセージがあり、春陽が自分のいる場所を送ると、すぐに雪愛はやってきた。
「待たせちゃってごめんなさい春陽くん」
「いや、ぜんぜ……」
 やってきた雪愛に春陽は言葉を失くす。
 雪愛はチアの衣装を着たままだった。
「あのね、チアの衣装で記念に写真撮ってたんだけど、春陽くんとも一緒に写真撮りたいなって思ってて。自分では結構気に入ってるんだけど、どうかな?」
 言いながら自分の恰好に目を遣る雪愛。
 春陽は思わず口元に手をやる。触れた顔が熱い。
「……すごく似合ってる。けど……」
「けど?」
 似合ってると言われたのが嬉しくて顔が綻んだが、春陽の言葉はそれで終わりではないらしい。
 雪愛は首を傾げる。
「……他の男にはあんまり見せたくない」
 嫉妬を意味するその言葉を、春陽は言うのが恥ずかしいのか、目を逸らしている。
 けれどそれは雪愛にとっては嬉しい言葉以外の何物でもなかった。
 客観的に見れば可愛らしいレベルの独占欲かもしれないが、それを春陽が自分に向けてくれたのだ。
 自分も度々春陽に独占欲を抱いていることを自覚している雪愛は、春陽も同じ想いだということが嬉しかった。
 雪愛は春陽にギュッと抱き着く。
 その顔は赤くなっていた。
 周りも皆同じ衣装だったため、雪愛は自分の恰好を客観的に見れなくなっていたが、確かに露出は多いし、春陽に言われてちょっと恥ずかしくなったのだ。
 春陽も、応援合戦のときは全体で統一された恰好だったので見ていられたが、雪愛一人だとどうにも意識してしまった。
 それだけ雪愛のチア衣装が似合っていて魅力的だということなのだろう。

 顔を上げて春陽を見る雪愛。
「……こういうことするのは春陽くんだけだよ?」
 抱きついたことを指して雪愛が言う。
「っ、わかったから」
 今の雪愛の恰好で、かつ上目遣いでそんなことを言われては敵わない。
 春陽の顔が耳まで赤くなる。
 だが、雪愛の攻撃?は止まらない。
「春陽くん……」
 雪愛は、潤んだ目で見つめながら春陽の名前を呼ぶ。
 何かを期待しているような表情だ。
「雪愛?」
 そんな雪愛の様子に春陽は名前を呼び返す。
 すると、雪愛は言葉を続けることなくその目をそっと閉じた。
「っ!?」
 春陽はそれで雪愛の意図を正確に理解する。
 やっぱり雪愛の行動力は凄まじい。
 雪愛に気づかれないよう一度そっと息を吐いた春陽は、雪愛の肩に自身の手を置いた。
 目を閉じていても雪愛はそれで、春陽が応えてくれたとわかり胸が高鳴った。
 二人の唇がゆっくりと重なる。
 ここが人のあまり来ない場所でよかったと春陽は心の中で安堵した。

 その後、当初言っていたとおり、二人で写真を撮り、今日からはまた一緒に帰れると喜び合った。
 加えて、今日からはもう隠す必要もない。二学期が始まってから今日までのあれこれはやはりそれなりにストレスが溜まっていたようで、なんだか清々しい気分だった。
 帰りのホームルームが終わると、瑞穂達と別れの挨拶をして、教室から堂々と二人は並んで出て行った。
 教室内には、そんな二人をなんで、どうしてという目で見る者が何人もいた。
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