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第五章 過去との再会

第45話 思いもよらない再会

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 人々の中には、不意に手に入れた幸せに、逆に怖くなってしまう人がいる。その幸せが大きければ大きいほど、失うことを恐れるからだ。
 雪愛との関係は順調に見える春陽だが、心の底ではそんな恐怖を抱いているのかもしれない。
 ただ、春陽の中では無意識下に一抹の不安があるだけで、怖さを意識している訳ではない。
 けれど、そんなものが表れてしまったのか、春陽は、悪夢にうなされていた。
 もしかしたら、夏の暑さに加えて、フェリーチェでのバイトや海の家のバイト、新メニュー開発など、精力的に活動していたために疲労が溜まっていただけかもしれない。もしくは、雪愛と付き合うことができてふっと気が緩んでしまったのか。またはそれらすべてが原因か。本当のところは春陽自身にもわかりようがない。
 春陽が目を開けると息苦しさのようなものを感じた。ぼんやりとした頭で夢を見ていたようだと思う。内容を憶えていないため、どんな夢かはわからないが、起きたときに抱いている感情がいい夢ではないと教えてくれた。
 そして体を起こそうとするが、どうにも怠い。けれど今日は予定がある。重い身体をなんとか動かし春陽は準備をするのだった。

 夏休みも後半のこの日、今日、春陽、雪愛、悠介、和樹、瑞穂の五人は、予定していたオープンキャンパスへとやってきていた。
 春陽、雪愛、悠介は、三人で待ち合わせをして、大学前で瑞穂達と落ち合ったが、春陽にしては珍しく、三人での約束の時間に少し遅れてやってきたため、瑞穂と和樹を少し待たせてしまった。
 遅れたことを謝る春陽達だったが、事前に遅れそうだとメッセージももらっていたし、大した時間でもなかったため、瑞穂達は気にしないように三人に言った。

 ここ、明政大学は、私立の難関大学に分類されており、都心部にほど近い場所にキャンパスがある。
 他にも後三つキャンパスを保有しているが、春陽達が訪れたのは入学式などが行われるメインのキャンパスだ。
 文理ともに様々な学部がある総合大学で、メインのキャンパスは、交通アクセスが良く、近くに商業施設が多いこともあり、人気が高く、全国から学生が集まっている。
 毎年光ヶ峰でも受験する者が多い大学だ。
 今の五人の学力でいうと、雪愛は合格圏内、他の四人はちょっと頑張る必要があるといった具合だ。

 このオープンキャンパスは予約制で、続々と高校生が集まってきている。
 中には保護者とともに来ている者もいるようだ。

 広大な敷地を誇る明政大学には、このキャンパスだけでも、十号館まで校舎があり、他にも多数の実験棟や講堂、図書館、食堂、カフェテリアなどの建物に、体育館やプール、運動場、陸上競技場、球技場、テニスコートなど様々な施設が存在している。

 五人は、正門を通り、そんなキャンパス内を指定された集合場所に向かって歩いていた。
「やっぱ明政いいねー。立地はいいし、キャンパスは綺麗だし」
「だな。来てよかったよ。勉強頑張るかって気になる」
 瑞穂がきょろきょろと周囲を見ながら言った感想に、和樹が応えるように言う。
 明政大学は、どうやら二人にとって志望校の一つのようだ。

 悠介と雪愛も似たような会話をしており、春陽もそれに相づちを打っている。

 なぜ積極的に話に参加しないのかというと、正直、未だ進学するかどうかすら定まっていない春陽には、あまり共感できる話ではなく、中々言葉が出ないからだ。
 加えて、今日は何だか朝から体調がよくない。
 春陽が待ち合わせに遅れた理由もこれだった。
 頭がぼんやりするし、話し声は聞こえているのに、内容が頭に入ってこない感じだ。
 歩いているのもちょっと身体がきつかった。
 少しバイトなどの疲れが出たようだと春陽は思う。

 だが、皆の話に水を差したい訳でもない。
 だからこその相づちでもあった。

 春陽は、そんなぼんやりした頭でチラリと雪愛を見る。
 それでも――――。
 今の自分には雪愛がいる。
 雪愛との関係を大切にしていきたい春陽は、雪愛と一緒に歩んでいくために、自分の将来のことも真剣に考えていかなければならないと、そう思うのだった。

 悠介も雪愛も春陽があまり興味を示していないことには気づいていたが、自分達はまだ高二で、今日は強制のオープンキャンパスだ。
 そのため、春陽の態度にも違和感を抱かなかった。

 皆で話しながら歩いていると目的地にはすぐに着いた。

 まずは、キャンパス内の一号棟にある一番大きな教室で全体の学校説明会が行われた。
 学校紹介映像が放映され、その後、教職員から、配付された大学案内を基に教育方針やカリキュラムなど大学の自己紹介的な説明が行われた。
 引き続いて、入試説明会が始まった。
 過去問集や願書が配られ、入試問題の傾向や対策の解説がなされた。

 その後は、模擬授業だ。
 担当した教授は高校生向けにアレンジしていると言っていたが、高校の教科学習とは全く違う専門的で面白い内容だった。
 三十分程度の時間だったが、五人ともあっという間に感じたほどだ。

 休憩を挟み、次が、キャンパスツアーだ。
 少人数のグループに分かれ、在学生がガイド役となり、様々な施設を案内してくれる。
 在籍する高校を考慮したグループ分けをしてもらえたようで、春陽達五人は同じグループになることができた。他校の生徒三人を含めて八人グループだ。


 春陽達の担当になったのは、木下妃奈きのしたひなという法学部一年生の女子学生だ。
 去年自分もここのオープンキャンパスに来て、楽しいキャンパスツアーだったため、入学できた今年、自分もやってみたいと思いスタッフになったそうだ。
 自己紹介のときにそう話してくれた。

 妃奈は結構フランクな人で、質問にも気さくに答えてくれ、説明も高校生が興味を持てるようにと大学生活がイメージできるように工夫されていた。

 広い敷地に施設も数多くあるため、すべてを紹介するという訳にはいかないが、ツアーコースはよく考えられており、加えて、高校生側が希望したところにも臨機応変に立ち寄ってくれるなど、皆満足するものだった。
 ただ、春陽の体調は明らかに朝よりも悪くなっていた。
 口数もどんどん少なくなってきている。
 見た目に変化があれば、雪愛や悠介などは春陽の体調に気づいたかもしれないが、傍目にはいつもと変わらない春陽だったため、興味がないだけとも見えて気づくことができなかった。

「じゃあ、最後はサークル棟に行ってみようか。やっぱり大学といえばサークルのイメージ強いと思うし」
 妃奈を先頭にサークル棟へと移動する。
「明政ってすごいサークルの数が多くてね。ガチのものからゆるーいものまで。もちろん入ってない人もいるけど、複数入っている人も結構いるんだよ。それに、インカレサークルってわかるかな?色んな大学の人が参加してるサークルのことなんだけど、それも結構充実してるんだ」
 妃奈の説明に皆耳を傾けている。
「私も、フットサルサークルとイベント系のインカレサークルに入っててね。イベント系って言うと、男女で遊んでるイメージあるかもしれないけど、そのサークルは女子だけなの。今日はちょうど九月に行くバーベキューの打ち合わせしてるはずだからちょっと覗いてみようか」

 妃奈がサークル棟の一室の扉を開けると中には一人の女子学生がいた。
「あれ?美優みゆ一人だけ?」
「妃奈じゃない。あんた今日オープンキャンパスの手伝いじゃなかった?」
「そうだよ。それで見学に来たんだけど、今日の打ち合わせは?」
「ああ、それなら中止になったよ。午前中にグループメッセージ来てたと思うけど、見てなかったの?私ももう帰るところ」
「そうだったの!?……あ、本当だ。ごめん、みんな。今日活動してなかったみたい。本当にごめんね。他にやってるサークルあるはずだからそっち見に行こうか。その前に、部室がどんな感じか見ていって?」
 妃奈がスマホを見ると、確かに今日の打ち合わせは中止というメッセージが来ていた。
 午前中からツアーの準備をしていて、スマホを見ていなかったのだ。
 高校生グループに謝罪して、代替案を提示する妃奈。

 妃奈の案に誰も否やはなかった。

 ぞろぞろと部室に入っていく高校生達。
 部室には、テーブルにソファ、冷蔵庫や電子レンジ、テレビと生活できそうなものが揃っており、本棚には漫画や小説が並んでいる。テーブルの上にはノートパソコンが一台ある。
 皆物珍しそうに室内を見回している。
「紹介するね。彼女は。経済学部の一年で彼女もこのサークルに入ってるの」
 綺麗に化粧がされた整った顔立ちで、ミルクティーベージュのミディアムヘアをカールしており、大人っぽい印象の女性がソファに座っていた。
 高校生達は皆、緊張気味に美優に挨拶をする。
「っ!?」
 そんな中、妃奈が目の前の女性を紹介した瞬間、春陽が目をこれでもかと大きくした。
 記憶にある顔とは大分違う。
 
 だが、面影は僅かにある。
 浪人などをしていない限り、年齢も一致している。
 まさか、そんなまさか、と鼓動が速くなり、嫌な汗も出てくる。

 春陽は、突然の状況に処理が追いつかず、朝からの体調不良も相まって、頭がグラグラとし、思わず立っていられなくなり、慌てて扉に手をつく。
 だが、勢いよく手をついてしまったため、大きな音がしてしまい、悠介達が振り返った。一緒のグループで回っていた他校の生徒達も驚いて春陽を見ている。
「おい、春陽!どうした?」
「春陽くん!?」
「ちょっと、大丈夫?風見」
「春陽、大丈夫か?」
「ああ、悪い。大丈夫だ。ちょっと目眩がしただけだから」
 心配してくれた皆に春陽は薄っすらと笑みを浮かべて謝った。
 だが、雪愛達からは全然大丈夫そうに見えない。このときには春陽の顔色は明らかに悪くなっていた。
 妃奈も心配して近づいてきていたが、妃奈にも大丈夫です、すみませんと謝る春陽。

 一方、今のやり取りで、美優が目を大きくしたまま固まっていた。
?)
 美優はそう呼ばれた男子に目を遣る。
 言われてみれば似ている気がする。
(まさか!?)
 そんな偶然があるのか。いや、でも。頭は混乱し、嫌な感じに鼓動が速くなる。それでも確認せずにはいられない。
 美優は恐る恐る声を出した。その声は少し震えていた。
「……春陽、なの?」
「っ!?」
 美優に名前を呼ばれ、春陽が身体をビクッとさせた。
 美優が春陽の名を呼んだことに雪愛達が疑問顔を美優に向ける。
 だが、ここで悠介だけは何かに気づいたようだ。
 橘美優という名前には聞き覚えがあった。
「……まさかっ!?」
 美優と春陽を交互に見て、最後に春陽に目を留める。
「……
 苦しげな表情で声を絞り出す春陽。
 春陽と美優、姉弟が六年ぶりに再会した瞬間だった。

 美優はすぐにでも何か言いたげだったが、ここで話し始める訳にもいかない。それをもどかしく感じる美優。
 結局、二人はこの後話をする約束をしてその場は終わった。

 春陽の反応が明らかにおかしい。
 ただの知り合いという雰囲気ではない。 
 雪愛は春陽のことを不安げに見つめていた。

 一時、微妙な空気になってしまったが、その後もツアーは続いた。
 と言っても、残りは、サークルを少し見て終わったが。

 キャンパスツアーが終われば、後は、在学生や教職員と話ができる個別相談会があるだけだ。
 これはもっと聞きたいことや相談したいことがある人向けの自由参加イベントとなっている。
 瑞穂や和樹はこれにも参加したいと思っており、悠介と雪愛もそれに付き合うことになった。
 春陽の顔色は部室を出てからもどんどん悪くなっており、悠介も雪愛も春陽のことが心配で声をかけたが、春陽が大丈夫だからというので、それ以上は何も言えなかった。ただ、雪愛の胸はずきりと痛んだ。雪愛には春陽の大丈夫という言葉が、いつものこちらを安心させてくれるようなものではなく、拒絶とまでは言わないが、関わってほしくないと言っているように聞こえたから。
 悠介は何かを察したようだったが、雪愛には何が何だかわからない。
 春陽と美優がどうやら知り合いらしいとわかっただけだ。
 それが余計に雪愛の心配と不安を大きくしていた。

 そして、春陽は、雪愛達と別れた後、約束した場所で待ち合わせ、美優と一緒に大学を後にするのだった。
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