【改稿版】人間不信の俺が恋なんてできるわけがない

柚希乃愁

文字の大きさ
上 下
28 / 105
第四章 花火大会と海の家

第28話 成し遂げられたのはキミのおかげ

しおりを挟む
 春陽と雪愛は、ショッピングモール内にあるゲームセンターに来ていた。
 外にクレーンゲーム機が設置されており、なんの気なしに近くに行ってみれば、店内にはずらりとクレーンゲーム機が並んでおり、その種類と台数の多さにちょっと見てみようかとなったのだ。
「クレーンゲームってこんないっぱいあるもんなんだな」
「本当だね。ぬいぐるみもいっぱいあって見てるだけで楽しくなっちゃうよ」
 二人ともクレーンゲームはやったことがなく、こうしてじっくりと見たことも無かったため、物珍しそうに見て回っていた。
 すると雪愛がある台に目を留めた。
「あ、ねえ、春陽くん。この子アズキに似てない?」
「ん?ああ、確かに似てるな」
 春陽も雪愛の隣に並んで、中を見ると、様々な種類の猫のぬいぐるみが積まれており、その中にアズキのような黒猫があった。
「かわいいね」
 笑顔で黒猫のぬいぐるみを見つめながらそんなことを言う雪愛に春陽は、
「ちょっとやってみるか」
 そう言って財布から百円を取り出した。
 春陽がやると言い出すとは思っていなかった雪愛は少し驚いたが、春陽もこのアズキに似たぬいぐるみを気に入ったらしいとすぐに笑顔で頷いた。

 一回目は少し持ち上がったが、中心からズレていたため、途中で転がって落ちてしまった。
「ああ。もうちょっとだったのに。惜しかったね春陽くん」
 やっぱり難しいんだなと思いながら雪愛は春陽に感想を言った。
「結構悔しいもんだな」
 そう言うと春陽はもう一度百円を出した。
「春陽くん!?」
 それに驚いたのは雪愛だ。一回だけかと思ったら二回目をしようとしているのだから。
 だが、クレーンゲームをしたことがあれば誰でも一度は経験したことがあるはずだ。一度始めれば次は取れそうだと二回目、三回目とやってしまうのは。
 春陽もまさにそんな気持ちだった。その顔は初めてやるクレーンゲームに実に楽しそうに笑んでいた。
 そんな春陽の横顔を見て雪愛は目をパチパチとさせたが、すぐに苦笑した。
 だが、春陽を見るその目はすごく優しい。なにせ、子供のように楽しそうに笑う春陽を見れたのだから。もう少し見ていたい。
 あまり使いすぎるようなら止めようと雪愛は思った。

「よしっ!」
 雪愛が止める必要もなく、春陽は二回目で狙っていた黒猫のぬいぐるみを見事落とした。
 雪愛もやったぁ、すごいと喜んでいる。
 実際、手の大きさくらいのぬいぐるみとはいえ、二回目で景品を獲得できればかなりいい方だろう。
 春陽は取り出し口からぬいぐるみを出すと、ほいと雪愛に差し出した。
「え!?くれるの?」
「ああ。元々そのつもりだったしな」
「っ、ありがとう!」
 雪愛は黒猫のぬいぐるみを胸に抱いて嬉しそうに笑顔を春陽に向けた。

 その後、雪愛があるものを見つけた。
「春陽くん、あれ撮ろう?この子も一緒に」
 雪愛が片腕にぬいぐるみを抱いて、そう言って指さした先にはプリントシール機があった。
 春陽はそれが何かは知っているが撮ったことはない。
「いいけど、俺やったことないぞ?」
「大丈夫だよ。行こっ」
 カーテンの中に入り、お金を入れて起動させたところで雪愛は緊張に身を固くした。
 ちなみに、ここは雪愛がお金を出した。ぬいぐるみをもらったからと。

 雪愛が緊張したのは、春陽との距離が想像以上に近かったからだ。けれど近づかないとカメラに収まらない。
 瑞穂達とも撮ったことがあるが、その時は距離感なんて何も考えていなかった。同性の友人同士と異性と二人きりでは感じるものが違うのは当然だが、そのことを雪愛は失念していた。
 つい水族館で写真を撮った時を思い出してしまう。
 雪愛は少し顔が熱いのを感じながらもなんとか平静を装い春陽に笑いかける。
 心の中は、今日の記念に春陽と撮れることの嬉しさと近距離に春陽の顔があることの気恥ずかしさでいっぱいだった。
「春陽くん、笑顔だよ」
「あ、ああ」
 春陽も水族館の時を思い出していた。あの時は半ば強制だったが、今は自分の意思で雪愛と近づいている。人を避けてきた春陽にとっては他人と物理的に距離が近いことも苦手なことだった。
 なのに、近くにいるのが雪愛だと思うと、なんだかくすぐったいような照れくさいような気持ちになり、嫌だとは感じない。
 そのことに春陽は戸惑っていた。

 なんとか無事撮り終えたところで、春陽はチラッと雪愛を横目で見た。
 春陽は撮影中、ずっと雪愛のことを考えていた。思い出されるのは、そのどれもが、胸の辺りが温かくなるものばかりだ。

(俺は雪愛のことを―――――)
 その先は心の中であっても言葉にならなかった。

 その後、印刷されたシールを半分に切って分け、二人のスマホにもデータを保存した。そこに写っていたのは、少し顔を赤らめながらも、嬉しさが満ち溢れたような笑顔の雪愛と照れくささを滲ませつつも、雪愛に時々向けてきてドキッとさせる優しい笑顔の春陽だった。

 こうして、息抜きという名のデートを終え、春陽は雪愛を家まで送った。
 その別れ際。
「春陽くん、今日ってちゃんと息抜きになったかな?私、自分ばっかり楽しんじゃったんじゃないかって思えて……」
「そんなことない。十分息抜きになったよ。それに俺も楽しかった。雪愛のおかげだ。付き合ってくれてありがとう」

 こうして急遽決まった息抜きデートは、二人にとって楽しい一日となったのだった。

 五日目。
 今日は雪愛がサンドイッチを作ってきてくれ、春陽はそれをありがたくいただいた後、厨房に行った。
 今日の春陽は迷いが無かった。昨日一日が本当にいいリフレッシュになったようだ。

 今、春陽の前には試作したトマトのドライキーマカレーと焼きチーズカレーがある。
 あっさりとしたものと濃厚なもの、真逆のこの二つが、これまでの試行錯誤も含めて考えた結果の最終候補だ。

「一応、一皿ずつ作ってみたんだけど。食べた感想を聞かせてほしい」
 そう言って春陽は三人の座る前に皿を置いた。

 それぞれが小皿に取り分け、いただきます、と試食が始まった。
「このドライカレー、トマト味でさっぱりしてて美味しい」
「チーズがのったやつも濃厚で美味いぞ」
「本当、こっちも美味しい」
「カレーって言ってもこうやって同時に食べ比べると全然違う味で面白いな」
「交互に食べると濃厚とさっぱりでいくらでも食べられちゃいそう」
「ああ。白月の言う通り、交互に食べるのいいな」
 雪愛と悠介が食べながら感想を言っていく。それを春陽は真剣に聞いていた。
 そんな中、黙っていた麻理が口を開いた。
「どっちも美味しいとは思うけど、欲を言えば、もっとこうインパクトが欲しくない?」
「インパクト?」
 春陽が聞き返す。
「んー、見た目が普通というか。今って見た目のインパクトも大事でしょ?どっちもそれなりに注文は入るとは思うけど……」
「確かに、見た目が可愛かったりすると頼みたくなるかもですね。写真も撮りたくなりますし」
 麻理の言葉に雪愛が同意する。
「なるほど……」
 春陽は雪愛が水族館の昼食で写真を撮っていたことを思い出した。
 確かに見た目で楽しんでもらうことも考えた方がいいだろう。

 その後も三人から感想を聞いた春陽は、何かイメージできたのか、もう少し考えてみると今日はメニュー決定を保留し、明日一日を空けて、明後日あらためての試食を三人に頼み、この日の試食会は終わった。


 夏休みに入り、七日目。
 昨日春陽は午前中から一人で出かけ、イメージに合う食器を探していた。
 そして、小さめの丼サイズの透明な耐熱性ボウルのような器を見つけた。
 先日、感想で言われていた交互に食べるのがいいという言葉から春陽はハーフ&ハーフを考えたのだが、普通に半分ずつにしてもインパクトはないだろう。そこで、層にすることにした。着想は先日雪愛が頼んだミルフィーユだ。

 厨房で作りながら、本当に雪愛のおかげだなと思わず笑みが浮かぶ春陽。

 最下層にターメリックライスの黄色、次にトマトのキーマカレーの赤、白米の白、そしてカレーをかけて、その中心にチーズをのせるとそれをバーナーで炙って溶かした。
 最後にコーンを散らし、これで完成だ。
 透明なボウル型の器の側面からは綺麗な層になって見える。

 三人が座っているところに春陽ができあがったものを持ってきた。
「一応、こんな感じで作ってみたんだけど、どうかな?」
「うわぁ。すごいよ春陽くん。ミルフィーユみたい」
 最初に反応したのは雪愛だった。
「それ、いいな。ミルフィーユカレーって名前にしようか」
 雪愛がすぐにミルフィーユと思い当たったこと、それが春陽には嬉しかった。
「本当すげーな。どうなってんだこれ?」
 悠介の問いに春陽が下層から順に説明していく。
「二種類食べれるようになってるってことか!」
「美味しそう。それに横から見ても可愛い」
「冷めないうちに食べてみてくれ」
 味はすでにお墨付きをもらっている。皆美味しいと言って食べてくれた。

「ハル、すごいわね。頑張ったじゃない」
 麻理も笑みを浮かべてお疲れ様と春陽を労った。

 こうして、新メニューは決まった。
 示されていた期限にもなんとか間に合った。
 後は、ケイに写真とレシピを送って最終確認をするだけだ。
 もっとも、透明の器や材料も色々と必要になるため、どんな判断をされるかはまだわからない。

「三人とも付き合ってくれてありがとう。特に雪愛。弁当マジで美味かったし嬉しかった。毎回本当にありがとうな。この前も一日付き合ってくれたし。ここまでできたのも雪愛のおかげだ。いくら感謝してもし足りないくらいだよ」
「そんなっ。全部私がしたくてしたことだから。…役に立てたならよかった」
 春陽の真っ直ぐな言葉に雪愛は顔を少し赤らめてはにかんだ。
 そんな雪愛の膝上からアズキが雪愛の顔を見てにゃーと鳴いた。
 よかったね、とでも言っているようだ。
「麻理さんも厨房貸してくれてありがとうございました」
「そんなのいいのよ」
 春陽、雪愛、麻理の三人はすっきりしたような晴れやかな表情をしている。
「……おい」
「どうした?」
「俺には何かないのかよ?」
 そんな三人に悠介が茶々を入れるように春陽に聞く。
「お前は食べてただけだろ」
「そりゃねえだろ春陽」
 がっくりと肩を落とす悠介。
 確かに食べていただけだが、一応自分も朝から付き合っていたのだ。順番にお礼を言うのなら流れというものがあるだろう、というのが悠介の思いだった。
 悠介の反応にアズキが悠介を見ながらにゃーおと鳴いた。
 今度は悠介にドンマイとでも言っているようだ。
 会話がわかっているかのようなタイミングでアズキが鳴くものだから、悠介を除く三人は声に出して笑った。

 悠介から送られてきたレシピと完成写真を見たケイは、見た瞬間、これは売れると感じ、準備を始めた。元々は春陽にチャレンジさせてあげたいという親心的な思いだったが、ちゃんと成功させたくなったのだ。
 悠介には、いい料理だと、とりあえず数量限定のメニューとして、準備ができ次第、二人がバイトに入る前から売り始めるとメッセージを送った。

 悠介からメッセージでそれを知った春陽は自分の部屋で一人小さく拳を握った。
 その顔には、やりきったと満足そうな笑みが浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

処理中です...