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第三章 初デートと新たな出会い

第25話 センスが被って何が悪い

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 翌日、教室で雪愛が悠介と春陽から昨日の子猫のことを聞いている時だった。

「風見君!用があるって子が来てるよ」
 クラスメイトの女子が大声で春陽を呼んだ。
 扉のところには知らない女子生徒がいる。
 クラスメイト達は、あの風見に用?女の子だぞ?あんな可愛い子が?とざわついている。
 春陽は悪目立ちしたことに深いため息を吐いて、悠介と雪愛に一言断り、女子生徒のいる扉へと向かった。
 悠介が、「あれ、あの子…」と言ったのは春陽の耳には届いていなかった。
 だが、雪愛は聞こえていたらしく、
「佐伯君、あの子のこと知ってるの?」
 悠介に聞いた。
「ん?ああ。さっき話してた子猫を見つけた男の子の姉ちゃんだよ。ここの一年なんだ」
「そうなんだ」
 雪愛はそう言うと、春陽の背中へ目をやった。
 春陽が出てくるのを待っているその子はとても可愛らしい女の子だった。

「俺に用って何?」
「風見先輩ですか?突然すみません。昨日お礼もお詫びもできなかったので。大翔の姉の詩那です。昨日は弟がご迷惑をおかけしました。それからありがとうございました」
 ここに悠介がいたら気づいたかもしれない。
 今日の詩那は昨日と違い、態度が素っ気ない、というかなんだか事務的だ。
「ああ、大翔の。いや、したくてしたことだから気にしなくていい。昨日は家で話し合うって聞いたけど?」
 だが、春陽は初対面のため、そんなことには気づかない。
「はい。母と話しました。それで今日麻理さんに報告に行くつもりです」
「わかった。じゃあ俺もそのとき一緒に聞かせてもらうよ」
「わかりました。それではまたお店で」
「ああ。また」

 本当にお礼とお詫びを言いに来ただけのようで、言うだけ言うと詩那は自分のクラスへと戻っていった。

「大翔の姉ちゃん、何の用だったんだ?」
 戻ってきた春陽に聞いたのは悠介だった。
「昨日のお礼とお詫びだって。それと今日麻理さんに話し合いの結果を伝えにいくってさ。俺もバイトだからそのとき一緒に聞くことにした」
(え?)
 春陽の言葉に雪愛は疑問に思った。
 バイト中の春陽はこの学校の風見春陽であると知られたくないのではなかったか、と。
 自分にも最初はすごく隠そうとしていた。けれど今の春陽はそれを気にした様子が無くて―――。
「そっかぁ。俺も関わったことだし、どうなるか気になるから今日も店行くわ」
 悠介は春陽の言葉に一瞬目を大きくしたが、すぐに笑みへと変わった。
「わかった」
「あの、春陽くん。私も一緒に行ってもいい?子猫も見てみたいし」
 思わず自分もと雪愛は口にしていた。子猫を見たいと思ったのも本心ではある。
 春陽は特に問題も無いため、雪愛の言葉に快諾した。

 こうして、放課後、春陽、悠介、雪愛の三人は揃ってフェリーチェへと向かった。

 春陽がバックヤードで着替えた後、入れ替わるように麻理、悠介、雪愛がバックヤードに入り、春陽はバイトのためそのまま店内に留まった。

 今日も子猫はバックヤードにおり、春陽は着替え後に撫でてから出てきていた。
 人への警戒心があまりないのか、撫でられると気持ちよさそうに鳴くので春陽もつい笑顔になってしまった。

「わぁ、すごくかわいい」
 子猫を見た雪愛の第一声がそれだった。
「この子結構甘えん坊みたいだから撫でてみたら?」
「いいんですか?じゃあ少しだけ―――」
 麻理の言葉に、雪愛は優しく子猫を撫でた。
「にゃーーん」
「っ!気持ちいいですかぁ?ここですかぁ?」
 雪愛は子猫のあまりの可愛さに速攻でやられた。
 デレデレになっている。
「にゃーーん」
「~~~~~~っ」
 悶えるのを必死に堪える雪愛。
「昨日見た時よりずっと元気になってますね」
 そんな隠しきれていない雪愛の様子に笑いを噛み殺しながら、悠介が麻理に言った。
「ええ。もうすっかり大丈夫みたい。元気なもんよ」

 一頻り子猫を構った後、悠介と雪愛も店内に戻ってきた。
 麻理は一足先に戻って働いている。
 二人はいつものカウンター席に座った。
 全員合わせると大人数になるし、麻理と春陽は仕事をしながらになるため、大翔は座らせてあげる必要があるかもしれないが、皆にはカウンター席に座ってもらうつもりだ。
 麻理と春陽はカウンターの内側に立てば話もしやすい。
 雪愛は先ほどから語彙力が低下したように、かわいい、かわいいと麻理と子猫のことを話している。
 悠介はその隣で苦笑しながら二人の会話を聞いていた。

 そして、ついに詩那と大翔がフェリーチェへとやってきた。
「いらっしゃい――って、来たな。大翔、昨日は帰るまでに戻ってこられなくて悪かったな。さ、大翔も杉浦さんもそこに座ってくれ」
 春陽が声をかけるが、二人とも疑問でいっぱいの顔をしていた。
「どうした?……って、ああそうか。俺だ、俺。風見春陽だ」
 二人の様子に春陽は首を傾げたが、すぐに思い当たったようで苦笑した。
「春陽兄ちゃん!?」「風見先輩!?」
「…とりあえず、そこに座ってくれ」
 働いている最中なのに、ハル以外の呼ばれ方をしても落ち着いた様子の春陽。
 現在、店内に光ヶ峰の制服を着た客はいない。
 でもそれは偶々だ。やはり、春陽の頑なさが無くなっている気がすると雪愛は思った。それは春陽の心の変化か、それともこの二人相手だからなのか――――。

 大翔と詩那が席に着いても最初の話題は春陽だった。
 二人の前には昨日と同じ飲み物が置かれている。
「春陽兄ちゃん、昨日と全然違っててわかんなかった」
 大翔の方はそれだけだったが、詩那の方は衝撃が大きかったようだ。
 春陽にジト目を向けている。
「風見先輩、何ですかそれ?学校とこことで違いすぎませんか?髪留めまで付けちゃって。まるで別人じゃないですか」
「そんなこと言われてもな。好き好んでわざわざこんな顔晒そうとは思わないさ。接客でアレは駄目だって言われてるんだから仕方ないだろ。髪留めは雪愛から貰ってな。気に入ってるんだ」
 春陽は学校との違いについてはとても面倒くさそうに答えた。
 だが、髪留めについては―――そっと髪留めに触れ、雪愛に目をやり優しく微笑を浮かべた。
(春陽くん……!)
 春陽の言葉と優しい微笑が嬉しくて、目が合った雪愛の顔が熱くなるが、なんとか春陽に微笑を返した。
 変な風に考えてモヤモヤしていた気持ちが、自分でも不思議なほど簡単に吹き飛ばされてしまった。
「まあ、似合ってるとは思いますけど……」
 雪愛と名前で呼んだことに驚き目を大きくした詩那だが、視線を逸らし、少し仏頂面になりながらもそれだけ言った。
 詩那には、こんな顔という春陽の言葉はよくわからない。嫌味か何かのつもりだろうか。けれど、髪留めが大切なものなんだろうというのは伝わってきた。

 そこで、何だか詩那の春陽への当たりが強いように感じた悠介が空気を変えるように割って入り、詩那と大翔に言った。
「そういうことだからさ!ここでのバイトあんま知られたくないみたいなんだよ。だからここでは皆ハルって呼んでるんだ。よかったら二人ともそう呼んでやってくれ」
「わかった、ハル兄ちゃん!」「……わかりました」
 素直に頷く大翔と解せないといった様子で不承不承頷く詩那だった。
 そして、春陽の話が終われば、詩那にはもう一つ気になって仕方ないことがある。
 先ほども名前が挙がって驚いた人物についてだ。
「あの……どうして白月先輩もここに?」
 名前を呼ばれたことに目を大きくする雪愛。
「あれ?私のこと知ってるの?」
「白月先輩を知らない人、あの学校にいないと思うんですけど…」
 そう思うほどには雪愛は有名だった。 
 その言葉に雪愛は苦笑する。
「名乗るのが遅くなっちゃってごめんなさい。白月雪愛です。二人ともよろしくね。今日は私も子猫が見たくてハルくん達と一緒に来てしまったの。迷惑だったかしら……?」
 詩那も大翔も迷惑という部分を否定し、それぞれ名乗り、三人は自己紹介を終えた。
 だが、詩那の中で更なる疑問が湧いていた。雪愛の噂は詩那を含め一年でも知っている者が多い。なのに、なぜ春陽達と仲良さげなのか。春陽は雪愛を名前で呼んでおり、雪愛は春陽に髪留めをプレゼントしているというのだから余計に気になる。
 さすがに初対面でそこまで突っ込んで聞くことは憚られたため口にはしなかったが。

 そこでようやく、麻理が今日の本題を切り出した。話し合いはどうだった?と。
 答えたのは詩那だ。
 結論から言うと、飼う飼わないは話し合いにすらならなかった。父親がアレルギー持ちでそもそも動物を飼うことはできなかったのだ。だが、それを大翔に納得してもらう方が大変だった。
 そう説明した最後に、詩那はごめんなさいと言って締め括った。

「そう。それは残念だったわね…」
 予想外の詩那の話に麻理は大翔を気遣うようにそう言った。
 だが、気を取り直すように麻理は続ける。

「そういうことなら昨日言った通り、あの子はここで育てるわね。名前はどうする?折角だし大翔君達で決める?女の子だから可愛い名前がいいと思うわ」
「ううん。昨日お姉ちゃんといっぱい話をして、家族になる麻理お姉さんが決めるのがいいと思います。いいですか?」
 大翔の言葉に驚く四人。詩那だけは大翔に優しい目を向けている。
「私でいいの?」
「うん」「はい」

 二人からの言葉に麻理は、そうねえと言ってしばらく考えた後、いい名前が思いついたのか全員に対して得意顔で言った。
「じゃあ、『アズキ』っていうのはどうかしら?可愛い名前じゃない?黒猫だし似合ってると思うのよ」
「「「「…………」」」」
 一瞬何とも言えない空気が流れた。
 もっと可愛い名前はあるのでは?、と。
 そんな中春陽が真面目な顔で言った。
「いいですね。俺も『アズキ』か『あんこ』がいいんじゃないかと思ってました」
 さすがは、かつて白猫に『ダイフク』と名付けた春陽。
 春陽は自分で飼う覚悟もあったため、実は名前も考えており、名付けるならどちらかだと思っていた。
 麻理と春陽、まさかのセンス被りだ。
「「「「!?」」」」
 春陽と麻理を除く四人が一斉に春陽に顔を向ける。
 他にも色々ある中で、なぜ和菓子で一致するのか、と。
「あら、『あんこ』も可愛いわね。けど、やっぱりあの子は『アズキ』って感じだと思うのよ」
「確かにそうですね」
 麻理と春陽の間だけは何の疑問もなく会話が成立していた。

 最初にその衝撃から復活したのは雪愛だった。
「……アズキ……アズキちゃん。…うん、可愛いかも」
 さっき見た子猫を思い浮かべながら呼んでみたのだ。
 その後、他の三人も復活し、悠介と大翔は雪愛と同じように子猫を思い浮かべながら、確かに似合ってるか、意外とかわいいかもと口々に感想を言い、まだ子猫を見たことがない詩那は女の子の黒猫に日本名ならそういうのもアリかと思った。
 こうして、正式に『アズキ』という名前が決まり、麻理と共に暮らす、新しい家族ができた。
 名前が決まり、麻理の家の子になることが決まったことを記念して、今日をアズキの誕生日にすることも決まった。
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