上 下
23 / 105
第三章 初デートと新たな出会い

第23話 過去を思い出す出来事

しおりを挟む
 水族館デートの数日後にこの辺りも梅雨入りした。
 デートは本当にタイミングがよかったといえるだろう。
 梅雨入りしてからは連日のように雨が降っている。

 突然だが、六月から光ヶ峰高校では夏服への衣替えがあった。とは言っても、強制ではないため、様々な着こなしの生徒がいる。
 男子のネクタイ、女子のリボンは通年でつけることになっているが、長袖の生徒がいたり、特に女子にはベストを着ている生徒が多かったりと様々だ。
 ちなみに、雪愛は半袖のブラウスにベストを着ている。女子がベストを着る理由は様々だが、雪愛はインナーが透けるのが嫌だからだ。麻理がよく似合ってて可愛いと言っていたが、本当なら暑いから着たくはないらしい。
 春陽は長袖のシャツで袖を捲っている。こちらはそれが一番楽だからという春陽らしい理由だ。

 なぜこんな話になったかというと、現在、夏服で初めてフェリーチェに来た雪愛を見た麻理が、雪愛と制服談議に花を咲かせているからだ。
 そこに春陽も巻き込まれた。
 春陽は雪愛の理由を聞いて、女子は大変だなと感想を口にしたら、雪愛は若干不機嫌になり、麻理からはツッコまれた。何と言うのが正解か春陽にはわからなかった。

「だって、似合ってるし、可愛いとも思うけど、そんな理由で着なきゃいけないなんて大変だろ?」
 だが、春陽が自分の思ったことを言うと、雪愛の機嫌が直り、麻理からは最初からそう言いなさい、と呆れた顔で言われた。

 そんな二人に春陽は首を傾げることしかできなかった。やっぱり人と関わるというのは難しい。何が正解で何が間違いなのか、春陽には本気でわからない。そしてそれは春陽にとってとても怖いことだった。けれど春陽に、今更自分から雪愛を遠ざけるという選択肢はない。当然麻理も。親しくなった相手に急に態度を変えられる辛さは春陽自身がよく知っているから。
 以前、バーベキューに行く道中で麻理や楓花が雪愛に言ったことはやはり正しかった。

 その後は、先日行った水族館の話が始まった。
 雪愛が撮ってもらった写真を麻理に見せながら色々と話している。
 春陽は二人の会話から離れたいと思っていたが、こういう時に限って客も少なくやることがない。
 春陽が飼育員から大人げないイケメンのお兄さんと言われたと雪愛が話した時には、麻理はお腹を抱えて笑っていた。

「それで、今日の記念にってそっくりなぬいぐるみをプレゼントしてくれたんです」
「へぇー?やるじゃないハル」
 嬉しそうな雪愛に対し、麻理はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「……雪愛からもキーホルダーを貰ったのでお相子ですよ」
「ふふっ。何よそれ。それにしても、二人とも楽しめたみたいでよかったわね」
 麻理はニヤニヤ笑いを止め、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 それからしばらく経ち、春陽が接客から戻ってきたタイミングで、雪愛は思い切って聞いてみることにした。
「ねえ、ハルくん。ハルくんは小さい頃から周りの人にハルって呼ばれてたの?」
「?まあ、そうだな。小学生の頃なんかはそう呼ばれることは多かったと思う。けどどうしたんだいきなり?」
「急にごめんね。あの、一つ聞きたくて……、もしかしてなんだけど、五年生の時に女の子に髪留めをあげたことってないかな?」
「?いや、ないと思うけど。本当にどうしたんだ?」
 雪愛は清水の舞台から飛び降りる覚悟で聞いたつもりだったが、春陽の答えは実に呆気なかった。
「ごめんなさい。私はハルくんって呼ぶのここでだけだし、麻理さんと楓花ちゃんがそう呼んでるだけだなってふと思っちゃって。ちょっと気になっただけなの」
 雪愛は誤魔化すように言った。
「ああ。今は麻理さんくらいだからな。楓花も麻理さんがそう呼んでたからだろうし」
 春陽は雪愛の様子を疑問に思いながらも、本当に訳がわからなかったため、雪愛が続けた言葉にただ返すだけだった。
(やっぱり私の勘違いなのかな……)

 そんな二人のやり取りを、麻理は注文の入ったコーヒーを淹れながら黙って聞いていた。

 雪愛がこんなことを突然聞いたのには当然理由がある。
 雪愛は水族館デートの日、家に帰った後、母の沙織に聞いたのだ。
「母さんって私が小学生の時に男の子から髪留めを貰ったときのこと覚えてる?」
「どうしたの突然?そのことなら覚えてるわよ。洋一さんが亡くなってすぐのことだったし、雪愛といっぱい泣いたものね。確か……ハルくんだったかしら?」
「っ、そう!ハルくん。ハルくんの名前って私母さんに言ったりしなかったかな?覚えてない?もしかして風見春陽って名前だったり―――」
「さあ、聞いてないんじゃないかしら。雪愛はその子の話をする時、いつもハルくんって言ってたでしょ?それにそれ以降会えなくてだんだんその話もしなくなったじゃない」
「そっか……」
 雪愛はぬいぐるみをプレゼントしてもらった時に感じた既視感を確かめたくて沙織に聞いたが結果は不発だった。
 だが、どうしても確かめずにはいられなくて、春陽に直接聞くことにしたのだ。結果はこちらも不発に終わってしまったが。

 雪愛はハルの名前を思い出せない自分をもどかしく思った。



 七月に入っても雨の日が多い。
 今日も雨が降っていた。
 梅雨が明けるのは夏休みに入る少し前といったところだろうか。
 春陽は悠介と二人でフェリーチェへと向かっていた。
 二人は今日担任の東城から言われたオープンキャンパスについて話していた。
 光ヶ峰高校では、一年の時からオープンキャンパスに行くことが推奨されている。
 一年では強制ではなかったそれは、二年では半ば夏休みの宿題のように強制で複数校行くことが決まっている。今日言われたのは、予約が必要な大学も多くそろそろその予約開始時期のため、忘れないように、という話だった。
 春陽は強制ではなかった一年の時は当然のようにオープンキャンパスに行っていない。大学に興味がなかったからだ。自分の将来に、と言い換えてもいいかもしれない。春陽の中では未だ進学するかどうかすら定まっていない。
 春陽から話を聞いた悠介がそんなことだろうと思ったと苦笑を浮かべ、なら一緒のところ行ってみるかと春陽を誘った。

 そんな話をしていた時だ。
 最初に気づいたのは悠介だった。
 電柱の下で、小学校低学年くらいの子がしゃがみこんでいる。
「あの子どうしたんだ?」
「体調でも悪くなったか?」
 悠介の言葉に春陽もすぐに目に入ったのか遅れることなく言葉を返した。

 二人はその子のところへとまっすぐ向かい、悠介が声をかけた。
「どうした?大丈夫、か?」
 言い切る前に、なぜその子がしゃがみこんでいるのかがわかった。
 春陽にもそれが目に入り、同様に理解した。
 その子の前には段ボールが置かれており、その中に小さな黒猫が入っていた。
 その子はぎりぎりまで段ボールに寄り、自分と猫が濡れないように傘を差していた。
 声をかけられたことに驚き、春陽達に振り向いたその子は男の子だった。
 目に涙を浮かべている。
「この子猫さっき見つけて。けど動かなくなっちゃって。どうしたらいいかわからなくて……」
 初対面の高校生二人相手だが、必死に説明をする。それだけ切羽詰まっているのだろう。
 悠介達が覗いてみると、確かに子猫はぐったりとして動いていなかった。
 どれだけの時間ここで雨に当たっていたかわからない。
 悠介はどうしたものかと悩んだ表情を浮かべている。
 動物病院に連れていくことはできてもその後が問題だ。この子猫はどう見ても捨て猫なのだから。
 すると、春陽が男の子の横に同じようにしゃがんで話しかけた。
「きみ、名前は?」
杉浦大翔すぎうらひろと
「そうか。俺は風見春陽、こっちが佐伯悠介だ。大翔はこの猫をどうしたい?」
「助けたい」
「助けた後は?」
「……家で飼いたい」
 少し間があったが、大翔は答えた。その答えに、春陽は即断した。子猫の様子から悠長にはしていられない。
「わかった。今から俺がこの子猫を動物病院に連れていく。大翔は家の人で誰かこの時間に連絡が取れる人はいるか?」
 おい、春陽!?と悠介が驚いたような声を上げる。
 大翔は動物病院に連れて行ってくれるという春陽の言葉に表情が明るくなった。
「お姉ちゃんがいる!高校生の!もう家に帰ってると思う!」
 大翔は一生懸命春陽に聞かれたことを答える。
「そうか。じゃあそのお姉ちゃんに連絡して、来てもらえるように頼んでみてくれ。その間、大翔はこのお兄ちゃんと少し待っててくれ。悠介は大翔を連れて店に行っててほしい。麻理さんに説明しておいてもらいたい」
「いいんだな?」
 悠介の顔は真剣だった。
 それに春陽は苦笑を浮かべて答える。
「ああ。俺も小さい頃子猫を拾ってな。だから放っておけない。まあ、いざとなったら俺がペット可のところに引っ越せば済むだろ」
 簡単に言う春陽。だが、その意志は固かった。
 それが悠介にも伝わったのだろう。悠介は深いため息を吐いた。
「わーったよ。じゃあ大翔、すぐそこにカフェがあるからそこで待とう。お姉ちゃんにもそこで連絡してくれ」
「うん!」

 こうして、春陽は段ボールごと子猫を抱えて動物病院へと急いだ。
 動物病院に着くとすぐに獣医の先生が対応してくれた。
 待っている間、春陽は昔のことを思い出していた。小さい頃、今日のように段ボールに入った子猫を見つけて、家に連れて帰った。その時は姉の美優が味方になってくれ、母から飼うことが許された。
 そうでなければ、春陽が連れてきた捨て猫などあの母親は絶対に飼うことを許さなかっただろう。
 真っ白な子猫で春陽が『ダイフク』と名付けたその猫はどんどんとその名前に引っ張られるように丸っこい体に成長していった。小五の時に姉に連れられていったため、以降は会っていないが、今日の出来事はそれらを強く思い出させた。
 だからこそ、放っておくことができなかった。

 今すべての処置が終わって、春陽は先生と話している。春陽が病院に着いてから結構な時間が経っていた。
「あの子猫は大丈夫でしょうか?」
「もう少し遅かったら危なかったかもしれない。けど、もう大丈夫。あの子は強い子だよ。今は眠ってる」
 先生の言葉に安堵の息を吐く春陽。
「ありがとうございました」
 そしてお礼を言って頭を下げた。
「けど、あの子は捨て猫なんだろう?この後はどうするんだい?」
「それは……」
 先生からの当然の質問に、頭を戻した春陽は言葉を詰まらせる。大翔の顔が思い浮かぶが、彼の一存で決められることではないということはわかるから。
「もう連れて帰ることもできるけど、とりあえず、一日ここに泊めていくかい?」
 春陽のことも気にかけてくれる優しい先生だった。 
 するとその時、春陽のスマホが震えた。
 大分時間が経ったため、大翔が帰らなければならなくなった等の連絡かもしれないと思い、ちょっとすみません、と一言断って春陽はスマホを見た。
 見ると、メッセージアプリにメッセージが届いていた。
 相手は麻理からだった。
 アプリを開いて、メッセージを確認すると簡潔な文が送られていた。
『もし子猫を連れて帰れるようなら店に一緒に連れてきなさい』
 そのメッセージを見て、春陽は先生に向き直って言った。
「子猫は連れて帰ります」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

【完結】遠くて近きは幼なじみ

カムナ リオ
青春
疎遠になっていた、二人の運命が交差するーー 仁科華は、待ちに待っていた0時から配信されるゲームをダウンロードしようとしていたが、突然の雷で家の電気が落ち、wifiが死に途方に暮れる。 二駅先のファミレスのwifiでゲームをダウンロードすべく、出かけようと思って窓の外を見たら、激しい雨が降ってきていた。 その時、昔仲が良かった近所の幼馴染の家の窓に、明かりが灯っている事に気がつく。華は、今はほぼ交流の無くなってしまったその幼馴染の家のwifiを借りれないか、一か八か連絡しようとするが……。 ※この作品は他、小説サイトにも掲載しています。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

【御伽のお話】人魚姫に恋を

一ノ瀬 瞬
恋愛
人魚姫に恋をしたのは……?

おしっこ我慢が趣味の彼女と、女子の尿意が見えるようになった僕。

赤髪命
青春
~ある日目が覚めると、なぜか周りの女子に黄色い尻尾のようなものが見えるようになっていた~ 高校一年生の小林雄太は、ある日突然女子の尿意が見えるようになった。 (特にその尿意に干渉できるわけでもないし、そんなに意味を感じないな……) そう考えていた雄太だったが、クラスのアイドル的存在の鈴木彩音が実はおしっこを我慢することが趣味だと知り……?

もう一度時間を巻き戻せたら

花井美月
青春
中嶋香織は、県内でも屈指の進学校に入学した高校一年生。 香織は七年前、交通事故に遭い、香織を庇って亡くなった命の恩人は、未だ身元が判明していない。 高校の入学式の日に、運命的な出会いがあった。 その人は偶然にも、入部を希望した写真部の先輩だった。 カメラを介して親しくなり、お付き合いが始まった。 そんなある日、幼馴染の友達と一緒に遊んでいる時に、彼女が衝撃的な写真を見つけた。 それは七年前のもので、『現在』の先輩の姿が写り込んでいたのだ。 それも一枚だけではない。 先輩、もしかしてあなたが私の命の恩人なんですか……? だとしたら、先輩は、もうすぐ私を庇って死んでしまうーー 現在進行形で執筆しているため、タイトル変わるかもです。 2024/07/08 連載開始 2024/07/29 完結

処理中です...