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第三章 初デートと新たな出会い

第19話 認めていないのは当人だけ

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「あの、麻理さん。今ちょっといいですか?」
 現在、春陽はバイト中だ。ちょうど二人とも手隙になったところで麻理に声をかけた。
 バイト中に春陽から麻理に雑談を持ちかけるのは珍しい。
「どうしたの?」
「いや、六月の日曜なんですけど、どこかで休みもらっていいですか?」
 春陽は雪愛と水族館へ行く約束のため、麻理に休みが欲しいと相談した。
「春陽から休みが欲しいなんて珍しいじゃない。何かあるの?」
「いえ、まあちょっと出かける予定があって」
「あら。どこに行くの?」
「まあ、ちょっと……」
 あまり麻理に雪愛と出かけると言いたくない春陽。揶揄ってくることが目に見えているからだ。

 だが、麻理の方がやはり上手だった。
 麻理は言葉を濁す春陽に堪えきれなくなったというように小さく笑った。それに対し怪訝な顔をする春陽。
「ごめん、ごめん。雪愛ちゃんとお出かけするのよね?」
「……なんで知ってるんですか」
 春陽は驚きに目を大きくする。麻理は知っていて、自分はすでに揶揄われていたということか。
 今度は知らないふりをすることなく、すぐに麻理は答えた。
「雪愛ちゃんから連絡があったのよ。バイト休ませることになっちゃってごめんなさいって。気にする必要ないって言っておいたから安心して」
 雪愛からも麻理に知らせていたらしい。
 春陽から気にしなくていいと言われたが、やっぱり一言麻理に断りを入れておきたかったようだ。
 実は、そのメッセージのやり取りの際、麻理は、『デート楽しんできてね』とも送っており、デートという言葉に雪愛は赤面していたりする。
 あくまでお弁当のお礼にということであって、すぐに、『そういうのじゃありません!』と送ったが、その否定は麻理にスルーされた。
「それは…ありがとうございます」
 自分と同じように雪愛に言ってくれたことには感謝した春陽。
「ただし、休みをあげる代わりにハルには一つ言うことを聞いてもらうわ」
「…なんですか?」
 麻理の言い方に春陽は警戒する。今揶揄われたばかりなのだ。
「ふふっ。全然大したことじゃないから安心しなさい。あんた普段はオシャレになんて興味ないって感じだけど、センスはいいんだからそこにも気を遣って、めいっぱい楽しんできなさい。折角のデートなんだから。それだけよ。それに、その方がわよ?」
 お節介なと思う春陽だったが、雪愛が喜ぶ、その言葉には弱かった。もしかすると、今の春陽にとっては他のどんな言葉よりも効果覿面かもしれない。そんな自分に春陽はまだ気づいていない。

 だが、麻理の言葉に素直にわかりましたと言うのも釈然とせず、
「……別にデートってわけじゃありませんよ」
 誰かさんと同じようなことをなんとか言い返したのだった。
 その言葉に麻理は可笑しそうに笑った。本当そういうところそっくりね、とでも思ったのかもしれない。

 春陽が麻理とそんな話をしていた日の夜。
 奇しくも、雪愛は、香奈、未来、瑞穂の四人でビデオ通話をしていた。
 四人ともお風呂上がりの寝間着姿で、寝る準備を万端にした上で、時々こうしてお喋りしている。
 雪愛は可愛らしいピンク色のパジャマ、香奈はワンピースタイプのシンプルなネグリジェ、未来はTシャツにショートパンツ、瑞穂はパンダのキャラクターがプリントされたパジャマをそれぞれ着ている。
 瑞穂のパジャマが意外に感じるかもしれないが、瑞穂がリラックス系のキャラクターが好きなことは三人にとって周知の事実だ。

 フェリーチェでの一件から、四人の会話はこれまでよりも遠慮が無くなっており、その仲の良さが窺える。

 すると、瑞穂が思い出したように雪愛に聞いた。
「そう言えば雪愛。風見から球技大会のときのお弁当のお礼はもうしてもらったの?」
「え?」
 突然の話題に雪愛は驚く。
「風見があの日言ってたんだよね。雪愛にお礼するって。で、どうなの?」
 球技大会の日、昼休み後に、瑞穂は春陽から雪愛の弁当の感想などを聞いた。その時のやり取りはその日の内に香奈、未来にも共有されており、三人とも気になっていたことだった。
「何かプレゼントもらったりとかー?」
「雪愛ちゃんから何かリクエストしたり、とか?」
 未来と香奈も興味津々だ。
 スマホの画面越しだというのに三人からの圧に身体が引いてしまう雪愛。
 瑞穂なんて、この間自分の好きな人の話はのらりくらりして全然話そうとしなかったくせに、人の時にはグイグイ来るのはずるいと雪愛は思う。
 だが、ここで正直に答えてしまうのが雪愛だ。
「プレゼントとかは貰ってないわ。ただ、今度一緒に水族館に行く約束をして――」
「それってデートってことじゃん!」
「えっ!?」
「風見君から誘われたの?」
「ゆあち達も一歩前進だねー」
 瑞穂のデートという言葉に雪愛は言葉を失う。
 ついこの前、麻理に言われたのと同じことを言われたからだ。
 自分との約束のために、春陽がバイトを休むことを、麻理とも親しい雪愛は一言謝っておきたかったため、麻理にメッセージを送った。
 春陽に言われたのと同じように、そんなこと気にしないでと言ってもらえたが、その後、デート楽しんできてとも言われ、そんなのじゃないと雪愛は慌てて否定したのだ。

「ち、違うわよ。そんなのじゃないの。私が水族館に行きたいけどまだ誰も誘えてないって言ったら、一緒に行っていいかって春陽くんが言ってくれて、それで……」
 雪愛の顔が画面越しでもわかるほど赤らんでいく。
「へぇ。風見もやるね。でも、それをデートって言うと思うんだけど?」
「ゆあち、もしかして初デートなんじゃー?」
 それがわかっても追撃する瑞穂と未来。
「春陽くんはあくまでお弁当のお礼にって言ってくれただけだから!」
「雪愛ちゃんはなんで水族館に行きたくなったの?」
 そこで、香奈が角度を変えて聞いてくる。
 本当にこういう話には皆積極的だ。
 だが、これには雪愛も落ち着いて返せた。
「…六月に、ペンギンの赤ちゃんを抱っこできるっていうイベントがあってね。小さい頃はよく家族で水族館に行ってて、そのイベントを知って久しぶりに行ってみたくなったの」
「ペンギンの赤ちゃん!?何それ!私も行きたいかも!」
 雪愛の話すイベントの内容に勢いよく瑞穂が食いつく。
「瑞穂ってそういうの好きだったんだ?……じゃあ一緒に行く?春陽くん、この約束のためにバイト休むって言っててちょっと申し訳なかったし…」
「動物の赤ちゃんとか好きだよ。パンダの赤ちゃんが生まれた時も見に行ったしね。けど、だからって、もう風見と約束してるのに、私が雪愛と一緒に行くなんてそんな無粋なことさすがにしないから。風見もバイトのことは納得済みで約束したんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「そんな二人のデート、邪魔するわけないじゃん」
「だからデートじゃ―――」
 またデートという瑞穂。雪愛が否定しようとするが、
「じゃあみずっちは誰と行くつもりなのかなー?」
 そこで未来が瑞穂に矛先を向ける。その顔はちょっとニヤニヤしていた。
「っ!?私のことは今はいいでしょ」
 今度は瑞穂が顔を赤らめる。
「いやー、みずっちのことも私は気になるよー?」
「私も瑞穂ちゃんが誰と行く気なのか気になるな」
「私も気になるわね」
 香奈と雪愛まで未来に乗っかる。本当にこの四人は遠慮がないというか、仲がいい。恋バナとなると特に、だ。
「いいから!私のことは本当にいいから!」
 この後、三人対瑞穂の攻防再び、となったが、今回も瑞穂は話さなかった。
 そういう相手がいるのは明らかなのに、なんでそこまで隠そうとするのか、頭を捻る三人だが、答えは出ない。
 三人はいつか話してくれたらいいなと思う。瑞穂のことを応援するのは最初から決まっているのだから。

 攻防の末、瑞穂が通話を終わらせるように切り出した。
「じゃあ、雪愛。水族館デート楽しんでね!また話聞かせて」
 時計を見ると確かにそろそろいつも通話を終える時間だ。
 それに、三人も気づいたのだろう。
「ゆあち、初デート頑張ってねー」
「雪愛ちゃん、頑張って!」
「…ええ。ありがとう」
 もう訂正するのも疲れてしまった雪愛。
 それから、それぞれおやすみと言って今日のお喋りは終わった。

 通話を終えた後、雪愛の頭はずっと同じことを考えていた。
(デート……これはデートなの?)
 男女が二人で出かける、と考えれば確かにデートかもしれないが、雪愛が水族館の話をしたのはデートと思ってのことではない。春陽もお弁当のお礼がしたいと言っていた。あの流れで決まったお出かけもデートなのだろうか。
(本当にそんなつもりじゃなかったのに……。もうっ。瑞穂達のせいでデートだって思えてきちゃったじゃない)
 もしデートだとすれば、雪愛は自分から春陽をデートに誘ったことになるのだろうか。だとするとそれはすごく恥ずかしいとまた顔が熱くなる雪愛。
 未来の言った初デート、というのも頭に木霊する。雪愛にとって、これがデートであれば確かに初デートだ。今まで男子と二人で出かけるなんて考えたこともないのだから。
 そう考えると、今度は自然と嬉しさがこみ上げてくる。
 初デートの相手が春陽でよかったと。やっぱり春陽は自分にとって他の男性とは違う、特別な人なんだなとあらためて実感してしまう。
(水族館、どの服着て行こう……)
 新たな問題に頭を悩ませる雪愛だった。

 一方、通話を終えた後、瑞穂は雪愛の言っていたイベントを早速調べていた。すぐにそれは見つかり、内容を確認すると、誰かに向けてメッセージを送った。
 行きたい、というのはどうやら本気だったようだ。その目は楽しそうに輝いている。
 相手の予定が空いていなければ諦めるつもりだったが、どうやらメッセージを送った相手からの返事は大丈夫という内容だったようだ。
 嬉しさが表情に出ている。瑞穂は今調べた内容を相手に伝え、二人で行かないかと誘った。
 相手からの返事は瑞穂の誘いに快諾する内容だった。


 春陽が麻理から休みをもらったのは六月最初の日曜日だった。
 麻理曰く、梅雨になる前の方がいいでしょ、ということらしい。
 雪愛は春陽から休みの日をメッセージで知らされると、部屋にあるカレンダーのその日に印を付けた。
 雪愛は、印の付いたその日まで、毎日カレンダーを見ては、ドキドキして、それ以上に楽しみでしょうがないというように、笑みを浮かべていた。

 そして、ついに春陽と雪愛の初デートの日がやってきた。
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