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第二章 球技大会
第15話 彼が本気になる理由は
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試合開始前、悠介が四人に言った。
「あの人が田島さんであっちの人が小山さん、二人ともバスケ部のレギュラーだ」
田島は体操服の上からでも筋肉がすごいことがわかる。テレビなどでよく見る胸筋を片方ずつ動かすやつができそうなほどだ。小山は田島ほどではないが引き締まった身体をしている。そして二人とも春陽達五人の誰よりも身長が高い。
詳しいな、と和樹が言うと、悠介が答えた。
何でも、悠介は一年の時の球技大会であの二人がいるクラスと戦って負けたらしい。インサイドが兎に角強かったと。その時バスケ部に誘われ、断る過程で色々話したそうだ。去年はそのまま彼らのいるクラスが三年生を抑え優勝したため、今年も優勝候補と言われているらしい。
悠介の言葉に隆弥、蒼真、和樹が少し硬い表情になる。
「なんにせよ、やれることをするだけだろ」
すると、春陽がいつもの調子で言った。
この二試合で春陽の凄さを十分にわかっている和樹達は、春陽の言葉にそうだな、と返し表情が戻った。
最初は今まで通りだった。
春陽のペネトレイトから四人が得点を決めた。
だが、田島と小山が他の三人に何か言うと、隆弥、蒼真、和樹のマークが外れなくなった。
そうなると自然と悠介にボールが集まり、悠介のマークについている田島とのワンオンワンのような形となり、悠介も徐々に抑え込まれていった。
春陽もマークについている小山が春陽の動きに慣れたのか抜き去ることができなくなっていった。
そんな試合の様子にクラスメイト達の応援が野次のようになっていった。
「おいおい、風見は何やってんだよ」
「さっきから全然ダメじゃん。なんであいつにボール渡すの?」
「それな!風見足引っ張ってるだけだよな。佐伯か新条の方が絶対いいだろ」
「ってか、風見にバスケとか無理があるだろ。大人しくしてりゃいいのにいいところ見せようとして粋がってんじゃねえの?」
「それで試合壊すとか最悪じゃん。和樹ならゴールできそうなもんなのに何でボール渡さねえんだよ」
これまでの二試合を知らない男子達は好き勝手なことを言い始める。
加えて、雪愛と親しげに話しているところを見せられ、それに対するやっかみもあるのかもしれない。
今も「春陽くん!頑張ってー!」と雪愛の声が聞こえている。
「んー、正直佐伯君とか新条君の活躍が見れると思ってたんだけどなぁ」
「そうだよね。なんで風見ばっかりボール持ってるんだろ?」
「それはほら、やっぱりいいところ見せたいんじゃない?白月さんに」
「えー、雪愛に見てほしいからって普通そこまでする?」
「白月さんも何で風見君の応援?二人ってどういう関係なんだろ」
二勝したというのが、和樹そして悠介の活躍だと思って疑わない女子もコソコソと話し出す。
応援側の雰囲気が悪くなる中、これまでの試合を見ていた女子七人だけが純粋に応援していた。
そんなクラスメイト達の声が聞こえて奥歯を噛んだのはコートの中にいる春陽を除く四人だ。男子達は隠す気も無い様で声がコートまで届いていたのだ。
春陽の実力をわかっている四人は相手がそれだけ強いんだと心の中で反論した。それと同時にそんな相手と戦っている春陽の助けになれていないことが悔しかった。
春陽自身は聞こえていても特に何とも思わなかった。春陽はそれくらいのことでは動じない。それよりも―――。
その後、悠介と和樹が単発でシュートを決めたが、24対13という大差で前半が終わった。むしろ24点でよく抑えたと言えるかもしれない。
途中から春陽達も悠介が田島を春陽が小山をマンツーマンでディフェンスするようになり、この点差で抑えることができた。
前半終了と同時に、小山が春陽に話しかけてきた。
「風見?でいいか?クラスメイトから随分な言われようだったが」
小山にも男子達の声が聞こえていたのか苦笑を浮かべていた。
「なんですか?」
「ああ。何ってほどのことでもないんだがな。お前は上手いよ。外野から色々聞こえてきてそれだけは言っておきたいと思ってな。けどそのスピードにも慣れた。お前について来れるやつは佐伯くらいだろう?他のやつらは気にするほどでもなかった。もう一人、せめて佐伯くらいのやつがいればいい勝負ができたと思うがな。正直少し期待外れだったよ」
言いたいことは言ったという様子で小山は春陽から離れていった。
小山の言葉は近くにいた悠介、和樹、隆弥、蒼真にも聞こえていた。四人とも悔しそうに顔を歪めている。
そんな中、春陽は静かに怒っていた。春陽を慰めるつもりだったのか知らないが、他のメンバーを馬鹿にされたようで自分でも驚くほどそれが気に入らなかった。
蒼真は毎日の練習は嫌だと言っていたのに、結局毎日練習をした。隆弥もスリーの精度を上げると一生懸命練習していた。和樹も練習こそ一緒にしていないが、今日一日だけでも周りに気を配っていて、一緒に戦うんだと一致団結しようとしているのが春陽にもわかった。爽やかイケメンは性格もいいようだ。
そして悠介は言わずもがな。
そんな彼らを馬鹿にしたような言い方が春陽は気に入らなかった。
春陽は体の向きを悠介達の方へと変えて目を見ながら言った。
「俺はあの人が言ったことが気に食わない。だから。悠介、隆弥、蒼真、和樹。俺はみんなとこの試合勝ちたい」
春陽は自分のことではまず怒らない。自分の価値を春陽自身が誰よりも一番低く見ているからだ。春陽の心が波立つのはいつも誰かのことを思ってだ。
そんな春陽の言葉に四人も胸が熱くなった。
小山の言ったことは正しいだろう。悔しかったがそれだけとも言える。けど、何も知らずに春陽を悪く言うクラスメイトの言い様が気に入らなかった。
春陽達はみな、それぞれの思いから気合いを入れ直した。
勝つためには何が必要か。春陽はずっと考えていた。
そして、もっと試合に集中しなければいけない、と思った。さっきの試合、後半最後はかなり集中できていて自分の思ったように身体が動いた。今も試合には集中できていると思う。だが、もっともっと入り込みたい。そのためにはどうすればいいか―――、とりあえず邪魔なものを無くそう、と春陽は考えた。
スタスタとクラスメイトのところに歩いていった春陽は雪愛の前に立つとそっと眼鏡を外した。
学校では一度も外したことのないそれを手に春陽は、
「雪愛。悪いんだが、終わるまで持っててくれないか?」
そう言って眼鏡を雪愛に手渡した。
突然やってきた春陽に驚いた雪愛だったが、春陽の言葉を聞き、春陽が伊達メガネだと知っている雪愛は、眼鏡を受け取ると笑顔で言った。
「わかった。頑張ってね、春陽くん」
だが、周りにいた瑞穂達は違う。思わず「えっ!?」と声が出てしまう。試合中に眼鏡を外すってどういうこと!?と混乱中だ。
そんな瑞穂達に雪愛は大丈夫と伝えるのだった。
隆弥、蒼真、和樹も驚いていた。
戻ってきた春陽はその表情に気づいたのだろう。三人に説明した。
「大丈夫だ。あれ、度は入ってないから。邪魔だから外しただけだ」
悠介は他の三人とは違い、まさか外すなんてという驚きがあったが、今はそれほど本気になっているのだろうと笑みを浮かべている。
三人にとっては新事実だったが、辿り着いた答えは悠介と同じだった。
そうして後半が始まった。
今は春陽達が攻めているところだ。
春陽は攻撃の最初のワンプレーが最初で最後のチャンスだと考えていた。後半も春陽には小山がマークについているが、春陽のスピードに対応するため、距離を空けている。春陽は一度抜くかのようにフェイントを入れた。小山はまたか、と思いながらも油断はしない。しかし、春陽はそこで抜くのではなく、シュート体勢に入った。
いきなりのスリーに「なっ!?」と驚く小山。
(入れ!)
そんな春陽の思いに応えるように、ボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていった。
「そんな飛び道具も持ってたのか」
小山は春陽のスリーが決まると苦笑を浮かべて春陽に言った。
「こんなもんじゃないですよ、俺たちは」
そこから小山は春陽のスリーにも気を配らなければならなくなった。春陽レベルの選手が後半早々一発で綺麗にスリーを決めたのだ。まぐれではなく今まで隠していたと考えざるを得ない。
そうすると、春陽のペネトレイトを止めることも難しくなる。春陽は徐々に集中力を増していき動きが鋭くなってきているから尚更だ。
さらには悠介までもがスリーを決めた。
春陽の考えを理解し、自分にもスリーがあると田島に思わせるためだ。
それを一発で決める辺り、悠介の集中力も増している。
そうなると浮足立つのは三年生チームだ。
春陽のパスが通るようになり、得点が決まっていく。
(春陽にばっか任せる訳にいかねえ!)
(風見君……春陽君のパス、絶対決める!)
(春陽達との練習でここまで来れた。自分ももっとやってやる)
(本当このチーム最高だな。俺も一緒に練習からしたかった)
悠介、隆弥、蒼真、和樹もそれぞれの思いから必死にゴールを狙う。
相手の攻撃に対しても、集中力を増していく春陽と悠介が小山、田島のバスケ部レギュラー二人を食い止めることが増え、和樹達も一生懸命ディフェンスをして簡単にはシュートを許さない。三年生側からボールを奪う場面も増えてきた。
ジワジワと得点差が縮まっていく。
後半に入り、追い上げを見せる春陽達にクラスメイトの反応も変わっていった。
春陽の、その見た目やイメージに合わない動きに最初は皆驚いていたが、だんだんと応援に熱中していった。男子の中には春陽が活躍することにわかり易く顔を顰め舌打ちまでしている者もいたが。女子も驚きが収まっていくと悠介や和樹を始め皆の活躍に大きな声を上げている。
そんな中、雪愛はずっと春陽を応援し、春陽を目で追い続けていた。
そして、後半も残り時間わずか。
得点は44対43。またもや一点差だ。
今は相手ボールで小山にボールが渡り、相対するのは春陽。
二試合目を見ていた女子七人はその再現のような状況に固唾を呑んでいた。
小山がこれで決めると強い意志を持って仕掛ける。
春陽はその動きを読んでいたかのようなディフェンスで小山からボールを奪った。
そのままドリブルを始める春陽。
しかし、今回は二試合目とは違った。
ゴール前に田島が先回りしていた。
(止める!)(決める!)
二人の意志がぶつかり合う。
春陽が田島の目の前、フリースローラインの辺りで急ブレーキをかける。キュっと高い音が鳴った。そのままジャンプし、シュート体勢に入った。
この時、正確には小山へのディフェンスの時から春陽はゾーンと呼ばれる状態になっていた。スポーツ選手が極稀に入るというアレだ。相手の動きや周囲が驚くほどゆっくりに見え、視野も驚くほど広い。思考だけが通常のスピードで行える。
春陽には角度的に見えないはずのタイマーが見えていた。残り五秒。今打てば十分間に合う。打てば入る、そんな確信もあった。だが、そのとき、下から気配を感じた。田島が春陽の後を追うようにジャンプしていたのだ。このままだと止められる、瞬時にそう判断した春陽は僅かに上体を後ろに倒した。残り三秒。田島が完全に春陽のシュートコースを無くすように腕を伸ばす。だが、そうなるだろうと感じていた春陽は上体を倒したため、さらにその上を通してゴールを狙うつもりだった。残り一秒。早くボールを放たなければならない。
そして―――――。
ビーーーーーーッ
試合終了のブザーが鳴り、鳴りやむ前にボールはゴールへと入った。
応援に来ていたクラスメイト達が勝った、逆転だ、ブザービーターだと騒いでいる。
悠介達もガッツポーズをしていた。
だが、春陽だけが、膝に手をつき、顔を上げない。田島も複雑そうな顔を春陽に向けていた。
すると、審判をしていたバスケ部員が笛を鳴らして春陽達のところへやってきて言った。
「ブザーの後のシュートのため今のシュートは無得点です!」
春陽にはそれがわかっていたのだ。田島もすぐ近くで見ていたため気づいていた。
審判のその言葉で途端に三年生側が盛り上がる。
春陽のクラスメイト達は未だ理解が追いつかない。
コートの四人がいち早く理解し春陽の名を呼びながら春陽へと駆け寄ってくる。
田島はそんな四人に一度目をやり、再び春陽に顔を向けると、
「最後のシュート、二試合目を見ていなかったら対応できなかっただろう。…いい試合だった」
そう言って、春陽の肩をポンと叩き、仲間のところへと歩いていった。
そこでようやく顔を上げる春陽。
駆け寄った四人が何かを言う前に春陽は「すまなかった」と謝った。
それに対し、何言ってんだと、謝る必要なんかないだろ、いい試合だった、楽しかったと四人は笑っていた。
そんな四人に春陽も、そうだな、と小さく笑って返すのだった。
44対43で三年生チームが勝ち、春陽達の予選敗退が決まった。
春陽は、しばらくバスケメンバーと一緒にいて話していたが、今は別れ、一人で中庭のベンチに座っていた。
悠介は本気の春陽とこんな痺れる試合ができたと終始上機嫌だった。隆弥、蒼真、和樹も本当に楽しかったと笑顔が絶えなかった。
皆は今、他の試合の応援に行っている。
「……勝ちたかったなぁ」
これほど勝ちたいと思ったことはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
だからこそ悔しさがこみ上げる。
試合が終わった後、ふと雪愛を見ると笑顔で春陽のことを見ていた。だが、どうせなら勝って喜んで欲しかったと春陽は思う。
そして、そう言えば、眼鏡を受け取るのを忘れたと思い出したが、それは後でいいかと思い直す。
この後、昨日雪愛としたもう一つの約束があるのだから。
結局、春陽は昼休みまでの三十分ほどをベンチに座りぼんやり過ごすと、徐に立ち上がった。
そして、雪愛との約束のために屋上へと向かうのだった。
『明日の昼休みなんだけど屋上に来てくれないかな?』
『わかった』
『ご飯は買ってこなくていいからね!』
『?りょーかい』
「あの人が田島さんであっちの人が小山さん、二人ともバスケ部のレギュラーだ」
田島は体操服の上からでも筋肉がすごいことがわかる。テレビなどでよく見る胸筋を片方ずつ動かすやつができそうなほどだ。小山は田島ほどではないが引き締まった身体をしている。そして二人とも春陽達五人の誰よりも身長が高い。
詳しいな、と和樹が言うと、悠介が答えた。
何でも、悠介は一年の時の球技大会であの二人がいるクラスと戦って負けたらしい。インサイドが兎に角強かったと。その時バスケ部に誘われ、断る過程で色々話したそうだ。去年はそのまま彼らのいるクラスが三年生を抑え優勝したため、今年も優勝候補と言われているらしい。
悠介の言葉に隆弥、蒼真、和樹が少し硬い表情になる。
「なんにせよ、やれることをするだけだろ」
すると、春陽がいつもの調子で言った。
この二試合で春陽の凄さを十分にわかっている和樹達は、春陽の言葉にそうだな、と返し表情が戻った。
最初は今まで通りだった。
春陽のペネトレイトから四人が得点を決めた。
だが、田島と小山が他の三人に何か言うと、隆弥、蒼真、和樹のマークが外れなくなった。
そうなると自然と悠介にボールが集まり、悠介のマークについている田島とのワンオンワンのような形となり、悠介も徐々に抑え込まれていった。
春陽もマークについている小山が春陽の動きに慣れたのか抜き去ることができなくなっていった。
そんな試合の様子にクラスメイト達の応援が野次のようになっていった。
「おいおい、風見は何やってんだよ」
「さっきから全然ダメじゃん。なんであいつにボール渡すの?」
「それな!風見足引っ張ってるだけだよな。佐伯か新条の方が絶対いいだろ」
「ってか、風見にバスケとか無理があるだろ。大人しくしてりゃいいのにいいところ見せようとして粋がってんじゃねえの?」
「それで試合壊すとか最悪じゃん。和樹ならゴールできそうなもんなのに何でボール渡さねえんだよ」
これまでの二試合を知らない男子達は好き勝手なことを言い始める。
加えて、雪愛と親しげに話しているところを見せられ、それに対するやっかみもあるのかもしれない。
今も「春陽くん!頑張ってー!」と雪愛の声が聞こえている。
「んー、正直佐伯君とか新条君の活躍が見れると思ってたんだけどなぁ」
「そうだよね。なんで風見ばっかりボール持ってるんだろ?」
「それはほら、やっぱりいいところ見せたいんじゃない?白月さんに」
「えー、雪愛に見てほしいからって普通そこまでする?」
「白月さんも何で風見君の応援?二人ってどういう関係なんだろ」
二勝したというのが、和樹そして悠介の活躍だと思って疑わない女子もコソコソと話し出す。
応援側の雰囲気が悪くなる中、これまでの試合を見ていた女子七人だけが純粋に応援していた。
そんなクラスメイト達の声が聞こえて奥歯を噛んだのはコートの中にいる春陽を除く四人だ。男子達は隠す気も無い様で声がコートまで届いていたのだ。
春陽の実力をわかっている四人は相手がそれだけ強いんだと心の中で反論した。それと同時にそんな相手と戦っている春陽の助けになれていないことが悔しかった。
春陽自身は聞こえていても特に何とも思わなかった。春陽はそれくらいのことでは動じない。それよりも―――。
その後、悠介と和樹が単発でシュートを決めたが、24対13という大差で前半が終わった。むしろ24点でよく抑えたと言えるかもしれない。
途中から春陽達も悠介が田島を春陽が小山をマンツーマンでディフェンスするようになり、この点差で抑えることができた。
前半終了と同時に、小山が春陽に話しかけてきた。
「風見?でいいか?クラスメイトから随分な言われようだったが」
小山にも男子達の声が聞こえていたのか苦笑を浮かべていた。
「なんですか?」
「ああ。何ってほどのことでもないんだがな。お前は上手いよ。外野から色々聞こえてきてそれだけは言っておきたいと思ってな。けどそのスピードにも慣れた。お前について来れるやつは佐伯くらいだろう?他のやつらは気にするほどでもなかった。もう一人、せめて佐伯くらいのやつがいればいい勝負ができたと思うがな。正直少し期待外れだったよ」
言いたいことは言ったという様子で小山は春陽から離れていった。
小山の言葉は近くにいた悠介、和樹、隆弥、蒼真にも聞こえていた。四人とも悔しそうに顔を歪めている。
そんな中、春陽は静かに怒っていた。春陽を慰めるつもりだったのか知らないが、他のメンバーを馬鹿にされたようで自分でも驚くほどそれが気に入らなかった。
蒼真は毎日の練習は嫌だと言っていたのに、結局毎日練習をした。隆弥もスリーの精度を上げると一生懸命練習していた。和樹も練習こそ一緒にしていないが、今日一日だけでも周りに気を配っていて、一緒に戦うんだと一致団結しようとしているのが春陽にもわかった。爽やかイケメンは性格もいいようだ。
そして悠介は言わずもがな。
そんな彼らを馬鹿にしたような言い方が春陽は気に入らなかった。
春陽は体の向きを悠介達の方へと変えて目を見ながら言った。
「俺はあの人が言ったことが気に食わない。だから。悠介、隆弥、蒼真、和樹。俺はみんなとこの試合勝ちたい」
春陽は自分のことではまず怒らない。自分の価値を春陽自身が誰よりも一番低く見ているからだ。春陽の心が波立つのはいつも誰かのことを思ってだ。
そんな春陽の言葉に四人も胸が熱くなった。
小山の言ったことは正しいだろう。悔しかったがそれだけとも言える。けど、何も知らずに春陽を悪く言うクラスメイトの言い様が気に入らなかった。
春陽達はみな、それぞれの思いから気合いを入れ直した。
勝つためには何が必要か。春陽はずっと考えていた。
そして、もっと試合に集中しなければいけない、と思った。さっきの試合、後半最後はかなり集中できていて自分の思ったように身体が動いた。今も試合には集中できていると思う。だが、もっともっと入り込みたい。そのためにはどうすればいいか―――、とりあえず邪魔なものを無くそう、と春陽は考えた。
スタスタとクラスメイトのところに歩いていった春陽は雪愛の前に立つとそっと眼鏡を外した。
学校では一度も外したことのないそれを手に春陽は、
「雪愛。悪いんだが、終わるまで持っててくれないか?」
そう言って眼鏡を雪愛に手渡した。
突然やってきた春陽に驚いた雪愛だったが、春陽の言葉を聞き、春陽が伊達メガネだと知っている雪愛は、眼鏡を受け取ると笑顔で言った。
「わかった。頑張ってね、春陽くん」
だが、周りにいた瑞穂達は違う。思わず「えっ!?」と声が出てしまう。試合中に眼鏡を外すってどういうこと!?と混乱中だ。
そんな瑞穂達に雪愛は大丈夫と伝えるのだった。
隆弥、蒼真、和樹も驚いていた。
戻ってきた春陽はその表情に気づいたのだろう。三人に説明した。
「大丈夫だ。あれ、度は入ってないから。邪魔だから外しただけだ」
悠介は他の三人とは違い、まさか外すなんてという驚きがあったが、今はそれほど本気になっているのだろうと笑みを浮かべている。
三人にとっては新事実だったが、辿り着いた答えは悠介と同じだった。
そうして後半が始まった。
今は春陽達が攻めているところだ。
春陽は攻撃の最初のワンプレーが最初で最後のチャンスだと考えていた。後半も春陽には小山がマークについているが、春陽のスピードに対応するため、距離を空けている。春陽は一度抜くかのようにフェイントを入れた。小山はまたか、と思いながらも油断はしない。しかし、春陽はそこで抜くのではなく、シュート体勢に入った。
いきなりのスリーに「なっ!?」と驚く小山。
(入れ!)
そんな春陽の思いに応えるように、ボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていった。
「そんな飛び道具も持ってたのか」
小山は春陽のスリーが決まると苦笑を浮かべて春陽に言った。
「こんなもんじゃないですよ、俺たちは」
そこから小山は春陽のスリーにも気を配らなければならなくなった。春陽レベルの選手が後半早々一発で綺麗にスリーを決めたのだ。まぐれではなく今まで隠していたと考えざるを得ない。
そうすると、春陽のペネトレイトを止めることも難しくなる。春陽は徐々に集中力を増していき動きが鋭くなってきているから尚更だ。
さらには悠介までもがスリーを決めた。
春陽の考えを理解し、自分にもスリーがあると田島に思わせるためだ。
それを一発で決める辺り、悠介の集中力も増している。
そうなると浮足立つのは三年生チームだ。
春陽のパスが通るようになり、得点が決まっていく。
(春陽にばっか任せる訳にいかねえ!)
(風見君……春陽君のパス、絶対決める!)
(春陽達との練習でここまで来れた。自分ももっとやってやる)
(本当このチーム最高だな。俺も一緒に練習からしたかった)
悠介、隆弥、蒼真、和樹もそれぞれの思いから必死にゴールを狙う。
相手の攻撃に対しても、集中力を増していく春陽と悠介が小山、田島のバスケ部レギュラー二人を食い止めることが増え、和樹達も一生懸命ディフェンスをして簡単にはシュートを許さない。三年生側からボールを奪う場面も増えてきた。
ジワジワと得点差が縮まっていく。
後半に入り、追い上げを見せる春陽達にクラスメイトの反応も変わっていった。
春陽の、その見た目やイメージに合わない動きに最初は皆驚いていたが、だんだんと応援に熱中していった。男子の中には春陽が活躍することにわかり易く顔を顰め舌打ちまでしている者もいたが。女子も驚きが収まっていくと悠介や和樹を始め皆の活躍に大きな声を上げている。
そんな中、雪愛はずっと春陽を応援し、春陽を目で追い続けていた。
そして、後半も残り時間わずか。
得点は44対43。またもや一点差だ。
今は相手ボールで小山にボールが渡り、相対するのは春陽。
二試合目を見ていた女子七人はその再現のような状況に固唾を呑んでいた。
小山がこれで決めると強い意志を持って仕掛ける。
春陽はその動きを読んでいたかのようなディフェンスで小山からボールを奪った。
そのままドリブルを始める春陽。
しかし、今回は二試合目とは違った。
ゴール前に田島が先回りしていた。
(止める!)(決める!)
二人の意志がぶつかり合う。
春陽が田島の目の前、フリースローラインの辺りで急ブレーキをかける。キュっと高い音が鳴った。そのままジャンプし、シュート体勢に入った。
この時、正確には小山へのディフェンスの時から春陽はゾーンと呼ばれる状態になっていた。スポーツ選手が極稀に入るというアレだ。相手の動きや周囲が驚くほどゆっくりに見え、視野も驚くほど広い。思考だけが通常のスピードで行える。
春陽には角度的に見えないはずのタイマーが見えていた。残り五秒。今打てば十分間に合う。打てば入る、そんな確信もあった。だが、そのとき、下から気配を感じた。田島が春陽の後を追うようにジャンプしていたのだ。このままだと止められる、瞬時にそう判断した春陽は僅かに上体を後ろに倒した。残り三秒。田島が完全に春陽のシュートコースを無くすように腕を伸ばす。だが、そうなるだろうと感じていた春陽は上体を倒したため、さらにその上を通してゴールを狙うつもりだった。残り一秒。早くボールを放たなければならない。
そして―――――。
ビーーーーーーッ
試合終了のブザーが鳴り、鳴りやむ前にボールはゴールへと入った。
応援に来ていたクラスメイト達が勝った、逆転だ、ブザービーターだと騒いでいる。
悠介達もガッツポーズをしていた。
だが、春陽だけが、膝に手をつき、顔を上げない。田島も複雑そうな顔を春陽に向けていた。
すると、審判をしていたバスケ部員が笛を鳴らして春陽達のところへやってきて言った。
「ブザーの後のシュートのため今のシュートは無得点です!」
春陽にはそれがわかっていたのだ。田島もすぐ近くで見ていたため気づいていた。
審判のその言葉で途端に三年生側が盛り上がる。
春陽のクラスメイト達は未だ理解が追いつかない。
コートの四人がいち早く理解し春陽の名を呼びながら春陽へと駆け寄ってくる。
田島はそんな四人に一度目をやり、再び春陽に顔を向けると、
「最後のシュート、二試合目を見ていなかったら対応できなかっただろう。…いい試合だった」
そう言って、春陽の肩をポンと叩き、仲間のところへと歩いていった。
そこでようやく顔を上げる春陽。
駆け寄った四人が何かを言う前に春陽は「すまなかった」と謝った。
それに対し、何言ってんだと、謝る必要なんかないだろ、いい試合だった、楽しかったと四人は笑っていた。
そんな四人に春陽も、そうだな、と小さく笑って返すのだった。
44対43で三年生チームが勝ち、春陽達の予選敗退が決まった。
春陽は、しばらくバスケメンバーと一緒にいて話していたが、今は別れ、一人で中庭のベンチに座っていた。
悠介は本気の春陽とこんな痺れる試合ができたと終始上機嫌だった。隆弥、蒼真、和樹も本当に楽しかったと笑顔が絶えなかった。
皆は今、他の試合の応援に行っている。
「……勝ちたかったなぁ」
これほど勝ちたいと思ったことはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
だからこそ悔しさがこみ上げる。
試合が終わった後、ふと雪愛を見ると笑顔で春陽のことを見ていた。だが、どうせなら勝って喜んで欲しかったと春陽は思う。
そして、そう言えば、眼鏡を受け取るのを忘れたと思い出したが、それは後でいいかと思い直す。
この後、昨日雪愛としたもう一つの約束があるのだから。
結局、春陽は昼休みまでの三十分ほどをベンチに座りぼんやり過ごすと、徐に立ち上がった。
そして、雪愛との約束のために屋上へと向かうのだった。
『明日の昼休みなんだけど屋上に来てくれないかな?』
『わかった』
『ご飯は買ってこなくていいからね!』
『?りょーかい』
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佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
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