15 / 105
第二章 球技大会
第15話 彼が本気になる理由は
しおりを挟む
試合開始前、悠介が四人に言った。
「あの人が田島さんであっちの人が小山さん、二人ともバスケ部のレギュラーだ」
田島は体操服の上からでも筋肉がすごいことがわかる。テレビなどでよく見る胸筋を片方ずつ動かすやつができそうなほどだ。小山は田島ほどではないが引き締まった身体をしている。そして二人とも春陽達五人の誰よりも身長が高い。
詳しいな、と和樹が言うと、悠介が答えた。
何でも、悠介は一年の時の球技大会であの二人がいるクラスと戦って負けたらしい。インサイドが兎に角強かったと。その時バスケ部に誘われ、断る過程で色々話したそうだ。去年はそのまま彼らのいるクラスが三年生を抑え優勝したため、今年も優勝候補と言われているらしい。
悠介の言葉に隆弥、蒼真、和樹が少し硬い表情になる。
「なんにせよ、やれることをするだけだろ」
すると、春陽がいつもの調子で言った。
この二試合で春陽の凄さを十分にわかっている和樹達は、春陽の言葉にそうだな、と返し表情が戻った。
最初は今まで通りだった。
春陽のペネトレイトから四人が得点を決めた。
だが、田島と小山が他の三人に何か言うと、隆弥、蒼真、和樹のマークが外れなくなった。
そうなると自然と悠介にボールが集まり、悠介のマークについている田島とのワンオンワンのような形となり、悠介も徐々に抑え込まれていった。
春陽もマークについている小山が春陽の動きに慣れたのか抜き去ることができなくなっていった。
そんな試合の様子にクラスメイト達の応援が野次のようになっていった。
「おいおい、風見は何やってんだよ」
「さっきから全然ダメじゃん。なんであいつにボール渡すの?」
「それな!風見足引っ張ってるだけだよな。佐伯か新条の方が絶対いいだろ」
「ってか、風見にバスケとか無理があるだろ。大人しくしてりゃいいのにいいところ見せようとして粋がってんじゃねえの?」
「それで試合壊すとか最悪じゃん。和樹ならゴールできそうなもんなのに何でボール渡さねえんだよ」
これまでの二試合を知らない男子達は好き勝手なことを言い始める。
加えて、雪愛と親しげに話しているところを見せられ、それに対するやっかみもあるのかもしれない。
今も「春陽くん!頑張ってー!」と雪愛の声が聞こえている。
「んー、正直佐伯君とか新条君の活躍が見れると思ってたんだけどなぁ」
「そうだよね。なんで風見ばっかりボール持ってるんだろ?」
「それはほら、やっぱりいいところ見せたいんじゃない?白月さんに」
「えー、雪愛に見てほしいからって普通そこまでする?」
「白月さんも何で風見君の応援?二人ってどういう関係なんだろ」
二勝したというのが、和樹そして悠介の活躍だと思って疑わない女子もコソコソと話し出す。
応援側の雰囲気が悪くなる中、これまでの試合を見ていた女子七人だけが純粋に応援していた。
そんなクラスメイト達の声が聞こえて奥歯を噛んだのはコートの中にいる春陽を除く四人だ。男子達は隠す気も無い様で声がコートまで届いていたのだ。
春陽の実力をわかっている四人は相手がそれだけ強いんだと心の中で反論した。それと同時にそんな相手と戦っている春陽の助けになれていないことが悔しかった。
春陽自身は聞こえていても特に何とも思わなかった。春陽はそれくらいのことでは動じない。それよりも―――。
その後、悠介と和樹が単発でシュートを決めたが、24対13という大差で前半が終わった。むしろ24点でよく抑えたと言えるかもしれない。
途中から春陽達も悠介が田島を春陽が小山をマンツーマンでディフェンスするようになり、この点差で抑えることができた。
前半終了と同時に、小山が春陽に話しかけてきた。
「風見?でいいか?クラスメイトから随分な言われようだったが」
小山にも男子達の声が聞こえていたのか苦笑を浮かべていた。
「なんですか?」
「ああ。何ってほどのことでもないんだがな。お前は上手いよ。外野から色々聞こえてきてそれだけは言っておきたいと思ってな。けどそのスピードにも慣れた。お前について来れるやつは佐伯くらいだろう?他のやつらは気にするほどでもなかった。もう一人、せめて佐伯くらいのやつがいればいい勝負ができたと思うがな。正直少し期待外れだったよ」
言いたいことは言ったという様子で小山は春陽から離れていった。
小山の言葉は近くにいた悠介、和樹、隆弥、蒼真にも聞こえていた。四人とも悔しそうに顔を歪めている。
そんな中、春陽は静かに怒っていた。春陽を慰めるつもりだったのか知らないが、他のメンバーを馬鹿にされたようで自分でも驚くほどそれが気に入らなかった。
蒼真は毎日の練習は嫌だと言っていたのに、結局毎日練習をした。隆弥もスリーの精度を上げると一生懸命練習していた。和樹も練習こそ一緒にしていないが、今日一日だけでも周りに気を配っていて、一緒に戦うんだと一致団結しようとしているのが春陽にもわかった。爽やかイケメンは性格もいいようだ。
そして悠介は言わずもがな。
そんな彼らを馬鹿にしたような言い方が春陽は気に入らなかった。
春陽は体の向きを悠介達の方へと変えて目を見ながら言った。
「俺はあの人が言ったことが気に食わない。だから。悠介、隆弥、蒼真、和樹。俺はみんなとこの試合勝ちたい」
春陽は自分のことではまず怒らない。自分の価値を春陽自身が誰よりも一番低く見ているからだ。春陽の心が波立つのはいつも誰かのことを思ってだ。
そんな春陽の言葉に四人も胸が熱くなった。
小山の言ったことは正しいだろう。悔しかったがそれだけとも言える。けど、何も知らずに春陽を悪く言うクラスメイトの言い様が気に入らなかった。
春陽達はみな、それぞれの思いから気合いを入れ直した。
勝つためには何が必要か。春陽はずっと考えていた。
そして、もっと試合に集中しなければいけない、と思った。さっきの試合、後半最後はかなり集中できていて自分の思ったように身体が動いた。今も試合には集中できていると思う。だが、もっともっと入り込みたい。そのためにはどうすればいいか―――、とりあえず邪魔なものを無くそう、と春陽は考えた。
スタスタとクラスメイトのところに歩いていった春陽は雪愛の前に立つとそっと眼鏡を外した。
学校では一度も外したことのないそれを手に春陽は、
「雪愛。悪いんだが、終わるまで持っててくれないか?」
そう言って眼鏡を雪愛に手渡した。
突然やってきた春陽に驚いた雪愛だったが、春陽の言葉を聞き、春陽が伊達メガネだと知っている雪愛は、眼鏡を受け取ると笑顔で言った。
「わかった。頑張ってね、春陽くん」
だが、周りにいた瑞穂達は違う。思わず「えっ!?」と声が出てしまう。試合中に眼鏡を外すってどういうこと!?と混乱中だ。
そんな瑞穂達に雪愛は大丈夫と伝えるのだった。
隆弥、蒼真、和樹も驚いていた。
戻ってきた春陽はその表情に気づいたのだろう。三人に説明した。
「大丈夫だ。あれ、度は入ってないから。邪魔だから外しただけだ」
悠介は他の三人とは違い、まさか外すなんてという驚きがあったが、今はそれほど本気になっているのだろうと笑みを浮かべている。
三人にとっては新事実だったが、辿り着いた答えは悠介と同じだった。
そうして後半が始まった。
今は春陽達が攻めているところだ。
春陽は攻撃の最初のワンプレーが最初で最後のチャンスだと考えていた。後半も春陽には小山がマークについているが、春陽のスピードに対応するため、距離を空けている。春陽は一度抜くかのようにフェイントを入れた。小山はまたか、と思いながらも油断はしない。しかし、春陽はそこで抜くのではなく、シュート体勢に入った。
いきなりのスリーに「なっ!?」と驚く小山。
(入れ!)
そんな春陽の思いに応えるように、ボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていった。
「そんな飛び道具も持ってたのか」
小山は春陽のスリーが決まると苦笑を浮かべて春陽に言った。
「こんなもんじゃないですよ、俺たちは」
そこから小山は春陽のスリーにも気を配らなければならなくなった。春陽レベルの選手が後半早々一発で綺麗にスリーを決めたのだ。まぐれではなく今まで隠していたと考えざるを得ない。
そうすると、春陽のペネトレイトを止めることも難しくなる。春陽は徐々に集中力を増していき動きが鋭くなってきているから尚更だ。
さらには悠介までもがスリーを決めた。
春陽の考えを理解し、自分にもスリーがあると田島に思わせるためだ。
それを一発で決める辺り、悠介の集中力も増している。
そうなると浮足立つのは三年生チームだ。
春陽のパスが通るようになり、得点が決まっていく。
(春陽にばっか任せる訳にいかねえ!)
(風見君……春陽君のパス、絶対決める!)
(春陽達との練習でここまで来れた。自分ももっとやってやる)
(本当このチーム最高だな。俺も一緒に練習からしたかった)
悠介、隆弥、蒼真、和樹もそれぞれの思いから必死にゴールを狙う。
相手の攻撃に対しても、集中力を増していく春陽と悠介が小山、田島のバスケ部レギュラー二人を食い止めることが増え、和樹達も一生懸命ディフェンスをして簡単にはシュートを許さない。三年生側からボールを奪う場面も増えてきた。
ジワジワと得点差が縮まっていく。
後半に入り、追い上げを見せる春陽達にクラスメイトの反応も変わっていった。
春陽の、その見た目やイメージに合わない動きに最初は皆驚いていたが、だんだんと応援に熱中していった。男子の中には春陽が活躍することにわかり易く顔を顰め舌打ちまでしている者もいたが。女子も驚きが収まっていくと悠介や和樹を始め皆の活躍に大きな声を上げている。
そんな中、雪愛はずっと春陽を応援し、春陽を目で追い続けていた。
そして、後半も残り時間わずか。
得点は44対43。またもや一点差だ。
今は相手ボールで小山にボールが渡り、相対するのは春陽。
二試合目を見ていた女子七人はその再現のような状況に固唾を呑んでいた。
小山がこれで決めると強い意志を持って仕掛ける。
春陽はその動きを読んでいたかのようなディフェンスで小山からボールを奪った。
そのままドリブルを始める春陽。
しかし、今回は二試合目とは違った。
ゴール前に田島が先回りしていた。
(止める!)(決める!)
二人の意志がぶつかり合う。
春陽が田島の目の前、フリースローラインの辺りで急ブレーキをかける。キュっと高い音が鳴った。そのままジャンプし、シュート体勢に入った。
この時、正確には小山へのディフェンスの時から春陽はゾーンと呼ばれる状態になっていた。スポーツ選手が極稀に入るというアレだ。相手の動きや周囲が驚くほどゆっくりに見え、視野も驚くほど広い。思考だけが通常のスピードで行える。
春陽には角度的に見えないはずのタイマーが見えていた。残り五秒。今打てば十分間に合う。打てば入る、そんな確信もあった。だが、そのとき、下から気配を感じた。田島が春陽の後を追うようにジャンプしていたのだ。このままだと止められる、瞬時にそう判断した春陽は僅かに上体を後ろに倒した。残り三秒。田島が完全に春陽のシュートコースを無くすように腕を伸ばす。だが、そうなるだろうと感じていた春陽は上体を倒したため、さらにその上を通してゴールを狙うつもりだった。残り一秒。早くボールを放たなければならない。
そして―――――。
ビーーーーーーッ
試合終了のブザーが鳴り、鳴りやむ前にボールはゴールへと入った。
応援に来ていたクラスメイト達が勝った、逆転だ、ブザービーターだと騒いでいる。
悠介達もガッツポーズをしていた。
だが、春陽だけが、膝に手をつき、顔を上げない。田島も複雑そうな顔を春陽に向けていた。
すると、審判をしていたバスケ部員が笛を鳴らして春陽達のところへやってきて言った。
「ブザーの後のシュートのため今のシュートは無得点です!」
春陽にはそれがわかっていたのだ。田島もすぐ近くで見ていたため気づいていた。
審判のその言葉で途端に三年生側が盛り上がる。
春陽のクラスメイト達は未だ理解が追いつかない。
コートの四人がいち早く理解し春陽の名を呼びながら春陽へと駆け寄ってくる。
田島はそんな四人に一度目をやり、再び春陽に顔を向けると、
「最後のシュート、二試合目を見ていなかったら対応できなかっただろう。…いい試合だった」
そう言って、春陽の肩をポンと叩き、仲間のところへと歩いていった。
そこでようやく顔を上げる春陽。
駆け寄った四人が何かを言う前に春陽は「すまなかった」と謝った。
それに対し、何言ってんだと、謝る必要なんかないだろ、いい試合だった、楽しかったと四人は笑っていた。
そんな四人に春陽も、そうだな、と小さく笑って返すのだった。
44対43で三年生チームが勝ち、春陽達の予選敗退が決まった。
春陽は、しばらくバスケメンバーと一緒にいて話していたが、今は別れ、一人で中庭のベンチに座っていた。
悠介は本気の春陽とこんな痺れる試合ができたと終始上機嫌だった。隆弥、蒼真、和樹も本当に楽しかったと笑顔が絶えなかった。
皆は今、他の試合の応援に行っている。
「……勝ちたかったなぁ」
これほど勝ちたいと思ったことはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
だからこそ悔しさがこみ上げる。
試合が終わった後、ふと雪愛を見ると笑顔で春陽のことを見ていた。だが、どうせなら勝って喜んで欲しかったと春陽は思う。
そして、そう言えば、眼鏡を受け取るのを忘れたと思い出したが、それは後でいいかと思い直す。
この後、昨日雪愛としたもう一つの約束があるのだから。
結局、春陽は昼休みまでの三十分ほどをベンチに座りぼんやり過ごすと、徐に立ち上がった。
そして、雪愛との約束のために屋上へと向かうのだった。
『明日の昼休みなんだけど屋上に来てくれないかな?』
『わかった』
『ご飯は買ってこなくていいからね!』
『?りょーかい』
「あの人が田島さんであっちの人が小山さん、二人ともバスケ部のレギュラーだ」
田島は体操服の上からでも筋肉がすごいことがわかる。テレビなどでよく見る胸筋を片方ずつ動かすやつができそうなほどだ。小山は田島ほどではないが引き締まった身体をしている。そして二人とも春陽達五人の誰よりも身長が高い。
詳しいな、と和樹が言うと、悠介が答えた。
何でも、悠介は一年の時の球技大会であの二人がいるクラスと戦って負けたらしい。インサイドが兎に角強かったと。その時バスケ部に誘われ、断る過程で色々話したそうだ。去年はそのまま彼らのいるクラスが三年生を抑え優勝したため、今年も優勝候補と言われているらしい。
悠介の言葉に隆弥、蒼真、和樹が少し硬い表情になる。
「なんにせよ、やれることをするだけだろ」
すると、春陽がいつもの調子で言った。
この二試合で春陽の凄さを十分にわかっている和樹達は、春陽の言葉にそうだな、と返し表情が戻った。
最初は今まで通りだった。
春陽のペネトレイトから四人が得点を決めた。
だが、田島と小山が他の三人に何か言うと、隆弥、蒼真、和樹のマークが外れなくなった。
そうなると自然と悠介にボールが集まり、悠介のマークについている田島とのワンオンワンのような形となり、悠介も徐々に抑え込まれていった。
春陽もマークについている小山が春陽の動きに慣れたのか抜き去ることができなくなっていった。
そんな試合の様子にクラスメイト達の応援が野次のようになっていった。
「おいおい、風見は何やってんだよ」
「さっきから全然ダメじゃん。なんであいつにボール渡すの?」
「それな!風見足引っ張ってるだけだよな。佐伯か新条の方が絶対いいだろ」
「ってか、風見にバスケとか無理があるだろ。大人しくしてりゃいいのにいいところ見せようとして粋がってんじゃねえの?」
「それで試合壊すとか最悪じゃん。和樹ならゴールできそうなもんなのに何でボール渡さねえんだよ」
これまでの二試合を知らない男子達は好き勝手なことを言い始める。
加えて、雪愛と親しげに話しているところを見せられ、それに対するやっかみもあるのかもしれない。
今も「春陽くん!頑張ってー!」と雪愛の声が聞こえている。
「んー、正直佐伯君とか新条君の活躍が見れると思ってたんだけどなぁ」
「そうだよね。なんで風見ばっかりボール持ってるんだろ?」
「それはほら、やっぱりいいところ見せたいんじゃない?白月さんに」
「えー、雪愛に見てほしいからって普通そこまでする?」
「白月さんも何で風見君の応援?二人ってどういう関係なんだろ」
二勝したというのが、和樹そして悠介の活躍だと思って疑わない女子もコソコソと話し出す。
応援側の雰囲気が悪くなる中、これまでの試合を見ていた女子七人だけが純粋に応援していた。
そんなクラスメイト達の声が聞こえて奥歯を噛んだのはコートの中にいる春陽を除く四人だ。男子達は隠す気も無い様で声がコートまで届いていたのだ。
春陽の実力をわかっている四人は相手がそれだけ強いんだと心の中で反論した。それと同時にそんな相手と戦っている春陽の助けになれていないことが悔しかった。
春陽自身は聞こえていても特に何とも思わなかった。春陽はそれくらいのことでは動じない。それよりも―――。
その後、悠介と和樹が単発でシュートを決めたが、24対13という大差で前半が終わった。むしろ24点でよく抑えたと言えるかもしれない。
途中から春陽達も悠介が田島を春陽が小山をマンツーマンでディフェンスするようになり、この点差で抑えることができた。
前半終了と同時に、小山が春陽に話しかけてきた。
「風見?でいいか?クラスメイトから随分な言われようだったが」
小山にも男子達の声が聞こえていたのか苦笑を浮かべていた。
「なんですか?」
「ああ。何ってほどのことでもないんだがな。お前は上手いよ。外野から色々聞こえてきてそれだけは言っておきたいと思ってな。けどそのスピードにも慣れた。お前について来れるやつは佐伯くらいだろう?他のやつらは気にするほどでもなかった。もう一人、せめて佐伯くらいのやつがいればいい勝負ができたと思うがな。正直少し期待外れだったよ」
言いたいことは言ったという様子で小山は春陽から離れていった。
小山の言葉は近くにいた悠介、和樹、隆弥、蒼真にも聞こえていた。四人とも悔しそうに顔を歪めている。
そんな中、春陽は静かに怒っていた。春陽を慰めるつもりだったのか知らないが、他のメンバーを馬鹿にされたようで自分でも驚くほどそれが気に入らなかった。
蒼真は毎日の練習は嫌だと言っていたのに、結局毎日練習をした。隆弥もスリーの精度を上げると一生懸命練習していた。和樹も練習こそ一緒にしていないが、今日一日だけでも周りに気を配っていて、一緒に戦うんだと一致団結しようとしているのが春陽にもわかった。爽やかイケメンは性格もいいようだ。
そして悠介は言わずもがな。
そんな彼らを馬鹿にしたような言い方が春陽は気に入らなかった。
春陽は体の向きを悠介達の方へと変えて目を見ながら言った。
「俺はあの人が言ったことが気に食わない。だから。悠介、隆弥、蒼真、和樹。俺はみんなとこの試合勝ちたい」
春陽は自分のことではまず怒らない。自分の価値を春陽自身が誰よりも一番低く見ているからだ。春陽の心が波立つのはいつも誰かのことを思ってだ。
そんな春陽の言葉に四人も胸が熱くなった。
小山の言ったことは正しいだろう。悔しかったがそれだけとも言える。けど、何も知らずに春陽を悪く言うクラスメイトの言い様が気に入らなかった。
春陽達はみな、それぞれの思いから気合いを入れ直した。
勝つためには何が必要か。春陽はずっと考えていた。
そして、もっと試合に集中しなければいけない、と思った。さっきの試合、後半最後はかなり集中できていて自分の思ったように身体が動いた。今も試合には集中できていると思う。だが、もっともっと入り込みたい。そのためにはどうすればいいか―――、とりあえず邪魔なものを無くそう、と春陽は考えた。
スタスタとクラスメイトのところに歩いていった春陽は雪愛の前に立つとそっと眼鏡を外した。
学校では一度も外したことのないそれを手に春陽は、
「雪愛。悪いんだが、終わるまで持っててくれないか?」
そう言って眼鏡を雪愛に手渡した。
突然やってきた春陽に驚いた雪愛だったが、春陽の言葉を聞き、春陽が伊達メガネだと知っている雪愛は、眼鏡を受け取ると笑顔で言った。
「わかった。頑張ってね、春陽くん」
だが、周りにいた瑞穂達は違う。思わず「えっ!?」と声が出てしまう。試合中に眼鏡を外すってどういうこと!?と混乱中だ。
そんな瑞穂達に雪愛は大丈夫と伝えるのだった。
隆弥、蒼真、和樹も驚いていた。
戻ってきた春陽はその表情に気づいたのだろう。三人に説明した。
「大丈夫だ。あれ、度は入ってないから。邪魔だから外しただけだ」
悠介は他の三人とは違い、まさか外すなんてという驚きがあったが、今はそれほど本気になっているのだろうと笑みを浮かべている。
三人にとっては新事実だったが、辿り着いた答えは悠介と同じだった。
そうして後半が始まった。
今は春陽達が攻めているところだ。
春陽は攻撃の最初のワンプレーが最初で最後のチャンスだと考えていた。後半も春陽には小山がマークについているが、春陽のスピードに対応するため、距離を空けている。春陽は一度抜くかのようにフェイントを入れた。小山はまたか、と思いながらも油断はしない。しかし、春陽はそこで抜くのではなく、シュート体勢に入った。
いきなりのスリーに「なっ!?」と驚く小山。
(入れ!)
そんな春陽の思いに応えるように、ボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれていった。
「そんな飛び道具も持ってたのか」
小山は春陽のスリーが決まると苦笑を浮かべて春陽に言った。
「こんなもんじゃないですよ、俺たちは」
そこから小山は春陽のスリーにも気を配らなければならなくなった。春陽レベルの選手が後半早々一発で綺麗にスリーを決めたのだ。まぐれではなく今まで隠していたと考えざるを得ない。
そうすると、春陽のペネトレイトを止めることも難しくなる。春陽は徐々に集中力を増していき動きが鋭くなってきているから尚更だ。
さらには悠介までもがスリーを決めた。
春陽の考えを理解し、自分にもスリーがあると田島に思わせるためだ。
それを一発で決める辺り、悠介の集中力も増している。
そうなると浮足立つのは三年生チームだ。
春陽のパスが通るようになり、得点が決まっていく。
(春陽にばっか任せる訳にいかねえ!)
(風見君……春陽君のパス、絶対決める!)
(春陽達との練習でここまで来れた。自分ももっとやってやる)
(本当このチーム最高だな。俺も一緒に練習からしたかった)
悠介、隆弥、蒼真、和樹もそれぞれの思いから必死にゴールを狙う。
相手の攻撃に対しても、集中力を増していく春陽と悠介が小山、田島のバスケ部レギュラー二人を食い止めることが増え、和樹達も一生懸命ディフェンスをして簡単にはシュートを許さない。三年生側からボールを奪う場面も増えてきた。
ジワジワと得点差が縮まっていく。
後半に入り、追い上げを見せる春陽達にクラスメイトの反応も変わっていった。
春陽の、その見た目やイメージに合わない動きに最初は皆驚いていたが、だんだんと応援に熱中していった。男子の中には春陽が活躍することにわかり易く顔を顰め舌打ちまでしている者もいたが。女子も驚きが収まっていくと悠介や和樹を始め皆の活躍に大きな声を上げている。
そんな中、雪愛はずっと春陽を応援し、春陽を目で追い続けていた。
そして、後半も残り時間わずか。
得点は44対43。またもや一点差だ。
今は相手ボールで小山にボールが渡り、相対するのは春陽。
二試合目を見ていた女子七人はその再現のような状況に固唾を呑んでいた。
小山がこれで決めると強い意志を持って仕掛ける。
春陽はその動きを読んでいたかのようなディフェンスで小山からボールを奪った。
そのままドリブルを始める春陽。
しかし、今回は二試合目とは違った。
ゴール前に田島が先回りしていた。
(止める!)(決める!)
二人の意志がぶつかり合う。
春陽が田島の目の前、フリースローラインの辺りで急ブレーキをかける。キュっと高い音が鳴った。そのままジャンプし、シュート体勢に入った。
この時、正確には小山へのディフェンスの時から春陽はゾーンと呼ばれる状態になっていた。スポーツ選手が極稀に入るというアレだ。相手の動きや周囲が驚くほどゆっくりに見え、視野も驚くほど広い。思考だけが通常のスピードで行える。
春陽には角度的に見えないはずのタイマーが見えていた。残り五秒。今打てば十分間に合う。打てば入る、そんな確信もあった。だが、そのとき、下から気配を感じた。田島が春陽の後を追うようにジャンプしていたのだ。このままだと止められる、瞬時にそう判断した春陽は僅かに上体を後ろに倒した。残り三秒。田島が完全に春陽のシュートコースを無くすように腕を伸ばす。だが、そうなるだろうと感じていた春陽は上体を倒したため、さらにその上を通してゴールを狙うつもりだった。残り一秒。早くボールを放たなければならない。
そして―――――。
ビーーーーーーッ
試合終了のブザーが鳴り、鳴りやむ前にボールはゴールへと入った。
応援に来ていたクラスメイト達が勝った、逆転だ、ブザービーターだと騒いでいる。
悠介達もガッツポーズをしていた。
だが、春陽だけが、膝に手をつき、顔を上げない。田島も複雑そうな顔を春陽に向けていた。
すると、審判をしていたバスケ部員が笛を鳴らして春陽達のところへやってきて言った。
「ブザーの後のシュートのため今のシュートは無得点です!」
春陽にはそれがわかっていたのだ。田島もすぐ近くで見ていたため気づいていた。
審判のその言葉で途端に三年生側が盛り上がる。
春陽のクラスメイト達は未だ理解が追いつかない。
コートの四人がいち早く理解し春陽の名を呼びながら春陽へと駆け寄ってくる。
田島はそんな四人に一度目をやり、再び春陽に顔を向けると、
「最後のシュート、二試合目を見ていなかったら対応できなかっただろう。…いい試合だった」
そう言って、春陽の肩をポンと叩き、仲間のところへと歩いていった。
そこでようやく顔を上げる春陽。
駆け寄った四人が何かを言う前に春陽は「すまなかった」と謝った。
それに対し、何言ってんだと、謝る必要なんかないだろ、いい試合だった、楽しかったと四人は笑っていた。
そんな四人に春陽も、そうだな、と小さく笑って返すのだった。
44対43で三年生チームが勝ち、春陽達の予選敗退が決まった。
春陽は、しばらくバスケメンバーと一緒にいて話していたが、今は別れ、一人で中庭のベンチに座っていた。
悠介は本気の春陽とこんな痺れる試合ができたと終始上機嫌だった。隆弥、蒼真、和樹も本当に楽しかったと笑顔が絶えなかった。
皆は今、他の試合の応援に行っている。
「……勝ちたかったなぁ」
これほど勝ちたいと思ったことはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
だからこそ悔しさがこみ上げる。
試合が終わった後、ふと雪愛を見ると笑顔で春陽のことを見ていた。だが、どうせなら勝って喜んで欲しかったと春陽は思う。
そして、そう言えば、眼鏡を受け取るのを忘れたと思い出したが、それは後でいいかと思い直す。
この後、昨日雪愛としたもう一つの約束があるのだから。
結局、春陽は昼休みまでの三十分ほどをベンチに座りぼんやり過ごすと、徐に立ち上がった。
そして、雪愛との約束のために屋上へと向かうのだった。
『明日の昼休みなんだけど屋上に来てくれないかな?』
『わかった』
『ご飯は買ってこなくていいからね!』
『?りょーかい』
49
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【完結】碧よりも蒼く
多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。
それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。
ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。
これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる