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第一章 二人の出会い
第8話 裸の付き合いは本音を引き出す
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今日の予定の二つ目。
春陽たちは日帰り温泉施設までやってきた。ここには、温泉が露天風呂と内風呂の二か所、岩盤浴にサウナ、炭酸泉や寝湯もあり充実した内容だ。
「それじゃあ、二時間後に集合ね」
「また後でね、春陽くん!」
「ああ、また後で」
麻理の言葉でそれぞれ男湯と女湯に入っていった。
今、春陽と悠介は隣同士並んで座っている。二人とも細身ではあるが、その身体は引き締まっている。全身から汗を吹き出し、顎先から汗がぽたぽたと落ちていた。
二人は最初にサウナに入っていた。
「なあ、春陽。一つ聞きたいんだが?」
「なんだ?」
「……お前、白月のこと雪愛って呼んでなかったか?」
悠介は横目に春陽を見ながら言った。その目は若干ジト目になっている。
「呼んだな」
あっさり認める春陽。
川辺から戻ってきた後、ギクシャクした感じが薄れ、若干二人の雰囲気が柔らかくなったように悠介は感じた。
何があったかはわからないが、よかったとその時は思ったのだ。だが、すぐに目を見開くことになる。春陽が雪愛のことを『雪愛』と名前で呼び、雪愛も『春陽くん』と呼び方が変わっていたのだ。
一度目は聞き間違いかとも思ったが、何度もあれば聞き間違いではない。そうなると今度は一体何があったんだと気になるというもの。
普通の男女なら親しくなれば名前で呼び合うことなど普通かもしれない。悠介自身女友達で名前呼びする相手は普通にいる。
だが、それが春陽となると話は変わってくる。春陽はそもそも他人と関わるのを避けていた。それがなぜ急に、と。
雪愛の気持ちはなんとなくこの間話を聞いたときに察することはできたが、あの感じでは自覚しているか怪しいレベルだろう。
そんな二人が突然わずかだが確かに一歩近づいたのだ。
「何かあったか?二人で何か話してたよな?ほら、川辺で」
「特に何もなかったぞ?」
「じゃあなんで急に二人とも呼び方変わったんだ?」
「雪愛の方は理由は分かんねーけど、俺が好きに呼んでくれていいって言ったらそうなった。俺はそうして欲しいって言われたからだな。さすがに学校だと色々怖いが、このメンバーならそう呼んでも特に問題ないだろ?」
「今だけってことか?」
「そりゃそうだろう」
「……まあ春陽がそう思ってるならそれでいいか」
あの呼ばれただけで嬉しそうにしていた雪愛を思い出せば、雪愛が今だけだと思っているか悠介には甚だ疑問だった。
学校でも変わらないのではないか、と。だが、だからと言って自分にできることは何もない。だからこその言葉だった。
「…どういう意味だよ?」
「なんでもねーよ。俺はそろそろ水風呂行くわ」
春陽の方は、悠介の奥歯に物が挟まったような物言いに眉を寄せたが、悠介はそれ以上この話をするつもりがないようでそのままサウナを出て行った。
かれこれサウナに入って十五分になろうとしている。春陽もそろそろ限界だと、水風呂に向かったのは悠介が出て一分後だった。
二人は水風呂に浸かった後、休憩スペースにあるデッキチェアに座り整えた。もちろん水分補給もばっちりだ。
その後は身体を洗い、露天風呂、炭酸泉、寝湯と時間いっぱいまで満喫した。岩盤浴には行かなかったようだ。
一方、女性陣は、現在三人で炭酸泉に浸かっていた。
三人は一番最初に岩盤浴に行き、身体を洗った後にこの炭酸泉に入ったところだ。
雪愛はその綺麗な長い黒髪をアップにして纏めている。楓花も髪が長いため、雪愛同様アップにしている。
楓花は腕や足についた小さな泡を取って遊んでいたが、ふと違和感に気づいた。
その違和感に、まずは自分のとある部分を見た。うん、見慣れた光景だ。次に、麻理を見た。自分よりも僅かに大きいが、あまり差はない。やはり見慣れた光景だ。そして、あらためて違和感の正体を見た。
うん、間違いない。そこには都市伝説のようなものとして、そうなるらしいと聞いたことがあるが、今まで見たことのない光景が広がっていた。
服の上からでも大きいことはわかっていた。わかっていたが、まさか浮くなんて!と楓花の衝撃は凄まじいものだった。
「ふぉぁぁぁあああああ!!!?」
その衝撃そのままに楓花は目を見開き、思わず叫んでしまった。
「楓花!お風呂で騒がないの!」
だが、楓花に麻理の注意は聞こえていない。目は雪愛の胸に釘付けだ。
「ゆ、雪愛さんのお、おっぱいが浮いてる!」
「えっ!?」
「…………」
驚いたのは雪愛だ。まさかそんなところを見ていたなんて。若干楓花の目が怖い。麻理はスルーした。
「雪愛さん!雪愛さんって何カップあるんですか!?教えてください!」
「ええっ!?」
雪愛は突然何を言い出すのだこの子は、と思ったが、楓花の目はマジだった。雪愛の胸を凝視して離れない。
雪愛は楓花が教えるまで諦めないだろうことを感じた。
「………Fよ」
「え、ふ……」
楓花は雪愛の答えたサイズを呟くことしかできなかった。
楓花の友人の中では大きい子でもCカップの子がいるくらいだ。自分自身はAだし、麻理は良くてBだろう。Fというのは未知の領域だった。
麻理も最初から雪愛の胸が浮いていることには気づいていた。そして自分にはないそれに愕然とした。自制できたからいいが、内心では『うがぁぁああああ!!!』と叫んでいた。巨乳へのコンプレックスは本物のようだ。
エフという雪愛の答えに目が死にかけている。
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんで触ってみていいですか!?」
楓花は両手をわきわきさせながらじわじわと雪愛ににじり寄っていく。それは触るというよりも揉む気満々のようだ。
「さわっ!?ちょっ、楓花ちゃん待って。ちょっと怖いわよ!?」
雪愛は自分の胸元を腕で隠すようにして楓花に言った。
腕に押されて雪愛の胸が形を変える。
「減るものじゃないし、ちょっとだけですから。その感触をぜひ―――あいたっ」
「落ち着きな楓花」
麻理が楓花の頭をぺちっと叩いて止めた。
思わずといった感じで頭に手をやる楓花。痛くはなさそうだが、恨みがましそうに麻理を見る。
「だって、麻理さん。エフだよ。エ・フ!どんな感じか気になるじゃん」
「雪愛ちゃんが引いてるわよ」
「雪愛さん…ダメ?」
雪愛が引いていると言われ、雪愛を見る。確かに引かれてる…。それでも諦めきれないのか今度はちょっとしおらしい。
そんな楓花に、はぁっと深いため息を吐いて雪愛は言った。
「……指で触れるくらいならいいわよ」
「雪愛さん!」
雪愛からの許可をもらった楓花は雪愛の近くに行くと、そっと指の腹を雪愛の膨らみに押し当てた。
自分の指が沈み込んでいく感覚。力を抜けば柔らかく押し戻そうとする。それを体験した楓花は、
「ふぉぁぁぁあああああ!!!?」
再び叫んだ。
麻理に再び注意された楓花だが、今の感動体験は余程衝撃が強かったのか、自分の指を見つめていた。
その衝撃から少し持ち直した楓花が、
「雪愛さん!どうしたらそんなにおっぱい大きくなれますか?」
今度はそんな質問をした。
楓花はこの話題では先ほどからなぜか雪愛への言葉遣いが丁寧になっている。
「そんなのわからないわよ……」
雪愛は疲れたように答えた。雪愛自身は大きくしたいと望んだ訳でもない。何かをした訳でもない。自然と大きくなってしまったのだから。
「何か、何かありませんか!?」
楓花は必死だ。どうやら楓花としては大きくなりたいらしい。
「はぁ……。よくは知らないけど、胸の筋肉を鍛えるとか、バランスのいい食事を取るとか、かしら?」
雪愛はため息を吐くと、一般的なバストアップ法を言った。
楓花もそれくらいは知っていた。というか現在進行形で実践している。
「ちなみに……雪愛さんが中三の頃ってどれくらいでした?」
「……Eよ……」
雪愛は楓花の様子から非常に言い辛そうに、しかし本当のことを言った。
「っぐはっっっ!!!」
楓花は絶望した。元々のポテンシャルが違いすぎた。雪愛は自分と同じ年の時にすでにE。自分はAだ。
「で、でも楓花ちゃんもまだまだこれから大きくなることはあるはずよ!高校の友だちもこの一年で大きくなったって言ってたし」
ちなみに、それは瑞穂のことだ。サイズがCからDになってしまって、肩が凝るからこんなにいらないし、下着を買い替えなきゃいけないのが面倒だと愚痴っていた。雪愛も同じ思いだったため、その時は愚痴で結構盛り上がった。
雪愛は楓花の落ち込んだ様子からなんとか励まそうと声をかけるが、それは悪手だった。
「……その人のサイズって?」
雪愛自身楓花に問われて、しまったと気づいたが遅かった。
「っ!?………Dになったって……」
大きい人がさらに大きくなる。それは自分のように小さい人が大きくなるのとは似ているようで違う。楓花にとってはただの追い打ちだった。
「………神様は不公平だぁ…」
楓花はがっくりと項垂れた。
そこでこの話題になってから初めて麻理が口を開いた。
「楓花。胸なんて大きくてもいいことなんてないでしょ。肩は凝るし、服だって似合いにくかったりして――」
「……麻理さんに何がわかるの?」
「ああっ!?」
思わずと言った感じで出てしまった楓花の言葉に、麻理の目が一瞬で吊り上がった。
「ひっ!ごめんなさい!」
そこで、雪愛が麻理に同意するように言った。
「ま、麻理さんの言う通りよ。肩は凝るし、着れる服も限られる。下着もかわいいのは少ないしね。夏なんて汗もかきやすいし。……何より男性の視線がね。あれは気持ちのいいものではないわ」
最初は心底面倒そうで、最後は少し翳のある表情を浮かべていた。
麻理はその表情を見て何か思うことがあったのか思案顔だ。
「視線って……?」
楓花も雪愛の表情には気づいたが理由がわからなかった。
楓花自身、スタイルのいい人に目がいってしまったことはある。露出が多かったりすると、すごっ!って感じだ。友人と街を歩いているときなどに今の人すごかったね、なんて話をしたこもある。イケメンや美人を見た時もそんな話をした覚えがある。
楓花の疑問に雪愛は何と答えたらいいものかと考えた。女性同士だし、麻理にはたくさん親切にしてもらいお世話にもなっている。楓花とも今日一日で大分仲良くなれた。だから答えたくない、という訳ではない。
「うーん、なんて言えばいいのかな。……自分のことを性的な目でばかり見られてる気がするっていうか……」
それは楓花にはまだよくわからない感覚だった。
だが、麻理は何かを察したのか雪愛に聞いた。
「……もしかして、雪愛ちゃんが男性が苦手っていうのはそれが原因?ごめんね?前に悠介から学校でそんな噂があるって聞いて」
麻理の言葉に雪愛は苦笑いを浮かべた。
「春陽くんにもそんな噂があるって以前言われました。友達にも言ってますから知ってる人は結構いるのかも。……苦手っていうのは間違ってはないんですけど実は正しくも無くて…。私、男の人が嫌いなんです」
楓花の息を呑む音が聞こえた気がした。
麻理は無言を貫いている。
「さっきの話じゃないですけど、中学生になったあたりから胸が大きくなっていって……、そしたら、そこばっかり見てくる同級生とか、先生にもそんな人がいて。それが嫌で嫌で気づいたらって感じです」
雪愛はそう言って苦笑を浮かべる。
思春期の多感な時期に、そんなことがあれば仕方のないことだろう。自分自身でも身体の変化に戸惑う時期に、不特定多数の異性からそんな目を向けられ続ければ嫌に思うのも無理もない。
「そっか……それは辛かったわね」
同じ女性として、当時の雪愛を思うと胸が痛んだ。自分がそんな目で見られれば相手をぶん殴っていただろう。特にその教師、そいつは今からでもぶん殴ってやりたいほどだ。生徒にトラウマを与えるなんて教師の仕事をなんだと思っているんだと怒りがふつふつと湧いてくる。
楓花にはそんな経験は無かったが、自分がもしそうだったらと思えばやはり嫌だろうと思った。女の子同士であっても、そういった話をすることすら仲良くなった子だけだ。
楓花は雪愛の話でどうしても一つ気になってしまい、雪愛に恐る恐る聞いた。
「雪愛さんはお兄とハル兄も嫌い?今日もしかして楽しくなかった?」
今日自分は雪愛と出会えて嬉しくて楽しかったが雪愛にとっては嫌な時間だったのではないかと心配になったのだ。
その問いに慌てたのは雪愛だ。
「そんなことないわ!バーベキューとっても楽しかった。春陽くんも佐伯くんも嫌な感じは全然しないの。楓花ちゃんとも仲良くなれたし今日は本当に来れてよかったって思ってるわ」
雪愛の必死な表情と言葉に楓花が安心したように小さくそっかと呟いた。
「私も!雪愛さんと仲良くなれてすっごくうれしい!」
楓花の笑顔に誤解されなくてよかったと雪愛は安堵の息を吐いた。
二人が落ち着いたのを見て、麻理は空気を変えるように雪愛に言った。
「ねえ雪愛ちゃん。私としてはハルの呼び方が変わったことについて聞きたいなあと思うんだけど」
「えっ!?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべていることから楽しんでいるだけかもしれない。
麻理の言葉に、お互い名前で呼び合えるようになったことの嬉しさとその過程がちょっと強引だったかという気恥ずかしさで雪愛の顔がお風呂とは関係なく見る見るうちに赤くなっていく。
「あ、それ私も気になってた!」
楓花も追随する。
「それじゃあ逆上せちゃいけないし、涼むのも兼ねて露天風呂行かない?それならゆっくり話もできるし。ね?」
楓花は元気よく、雪愛は消え入りそうな声で「はい」と返事をした。
露天風呂では特に楓花が盛り上がっていた。
楓花はキャーキャー言いながらテンション高く雪愛に質問しては、またキャーキャーというのを繰り返し、雪愛はそれに、しどろもどろになりながらも自分の気持ちを正直に答え、麻理は過度に揶揄うこともなく微笑ましそうに雪愛を見つめ、時折楓花の暴走を止めながら、三人で話に花を咲かせた。
ちなみに、この話の中で、楓花は雪愛を雪愛姉と呼ぶようになった。
「ハル兄はハル兄だし、雪愛さんのことも雪愛姉って呼ぶね」ということらしい。
そうして、あっという間に時間は過ぎ、麻理達はそろそろ出ようか、と脱衣所に向かった。
脱衣所にて。
雪愛は今ドライヤーで髪を乾かしている。
「雪愛姉可愛すぎるんですけど。こっちまで顔が熱くなって鼻血出ないか本気で心配になった」
「ふふっ。そうね。こっちまで幸せな気持ちになったわ」
「あんなに可愛くておっぱいもおっきくて、なのに名前呼びできるってだけであの笑顔は悶え死ぬかと思った」
「胸は関係ないでしょうが。…それだけ純粋なのよ」
「雪愛姉の男嫌いって、絶対後ろに『ハル兄を除く』って付くよね」
「それにハルが気づければいいんだけどね」
「あー、ハル兄鈍感だからなぁ」
「ハルも純粋なのよ。温かく見守ってあげましょう」
「もちろんだよ!こんなおもしろ――じゃなくて、素敵な二人のこと見逃せないもん」
「楓花はちょいちょい暴走しすぎよ」
二人がそんな話をしていたことを雪愛は知らない。
春陽たちは日帰り温泉施設までやってきた。ここには、温泉が露天風呂と内風呂の二か所、岩盤浴にサウナ、炭酸泉や寝湯もあり充実した内容だ。
「それじゃあ、二時間後に集合ね」
「また後でね、春陽くん!」
「ああ、また後で」
麻理の言葉でそれぞれ男湯と女湯に入っていった。
今、春陽と悠介は隣同士並んで座っている。二人とも細身ではあるが、その身体は引き締まっている。全身から汗を吹き出し、顎先から汗がぽたぽたと落ちていた。
二人は最初にサウナに入っていた。
「なあ、春陽。一つ聞きたいんだが?」
「なんだ?」
「……お前、白月のこと雪愛って呼んでなかったか?」
悠介は横目に春陽を見ながら言った。その目は若干ジト目になっている。
「呼んだな」
あっさり認める春陽。
川辺から戻ってきた後、ギクシャクした感じが薄れ、若干二人の雰囲気が柔らかくなったように悠介は感じた。
何があったかはわからないが、よかったとその時は思ったのだ。だが、すぐに目を見開くことになる。春陽が雪愛のことを『雪愛』と名前で呼び、雪愛も『春陽くん』と呼び方が変わっていたのだ。
一度目は聞き間違いかとも思ったが、何度もあれば聞き間違いではない。そうなると今度は一体何があったんだと気になるというもの。
普通の男女なら親しくなれば名前で呼び合うことなど普通かもしれない。悠介自身女友達で名前呼びする相手は普通にいる。
だが、それが春陽となると話は変わってくる。春陽はそもそも他人と関わるのを避けていた。それがなぜ急に、と。
雪愛の気持ちはなんとなくこの間話を聞いたときに察することはできたが、あの感じでは自覚しているか怪しいレベルだろう。
そんな二人が突然わずかだが確かに一歩近づいたのだ。
「何かあったか?二人で何か話してたよな?ほら、川辺で」
「特に何もなかったぞ?」
「じゃあなんで急に二人とも呼び方変わったんだ?」
「雪愛の方は理由は分かんねーけど、俺が好きに呼んでくれていいって言ったらそうなった。俺はそうして欲しいって言われたからだな。さすがに学校だと色々怖いが、このメンバーならそう呼んでも特に問題ないだろ?」
「今だけってことか?」
「そりゃそうだろう」
「……まあ春陽がそう思ってるならそれでいいか」
あの呼ばれただけで嬉しそうにしていた雪愛を思い出せば、雪愛が今だけだと思っているか悠介には甚だ疑問だった。
学校でも変わらないのではないか、と。だが、だからと言って自分にできることは何もない。だからこその言葉だった。
「…どういう意味だよ?」
「なんでもねーよ。俺はそろそろ水風呂行くわ」
春陽の方は、悠介の奥歯に物が挟まったような物言いに眉を寄せたが、悠介はそれ以上この話をするつもりがないようでそのままサウナを出て行った。
かれこれサウナに入って十五分になろうとしている。春陽もそろそろ限界だと、水風呂に向かったのは悠介が出て一分後だった。
二人は水風呂に浸かった後、休憩スペースにあるデッキチェアに座り整えた。もちろん水分補給もばっちりだ。
その後は身体を洗い、露天風呂、炭酸泉、寝湯と時間いっぱいまで満喫した。岩盤浴には行かなかったようだ。
一方、女性陣は、現在三人で炭酸泉に浸かっていた。
三人は一番最初に岩盤浴に行き、身体を洗った後にこの炭酸泉に入ったところだ。
雪愛はその綺麗な長い黒髪をアップにして纏めている。楓花も髪が長いため、雪愛同様アップにしている。
楓花は腕や足についた小さな泡を取って遊んでいたが、ふと違和感に気づいた。
その違和感に、まずは自分のとある部分を見た。うん、見慣れた光景だ。次に、麻理を見た。自分よりも僅かに大きいが、あまり差はない。やはり見慣れた光景だ。そして、あらためて違和感の正体を見た。
うん、間違いない。そこには都市伝説のようなものとして、そうなるらしいと聞いたことがあるが、今まで見たことのない光景が広がっていた。
服の上からでも大きいことはわかっていた。わかっていたが、まさか浮くなんて!と楓花の衝撃は凄まじいものだった。
「ふぉぁぁぁあああああ!!!?」
その衝撃そのままに楓花は目を見開き、思わず叫んでしまった。
「楓花!お風呂で騒がないの!」
だが、楓花に麻理の注意は聞こえていない。目は雪愛の胸に釘付けだ。
「ゆ、雪愛さんのお、おっぱいが浮いてる!」
「えっ!?」
「…………」
驚いたのは雪愛だ。まさかそんなところを見ていたなんて。若干楓花の目が怖い。麻理はスルーした。
「雪愛さん!雪愛さんって何カップあるんですか!?教えてください!」
「ええっ!?」
雪愛は突然何を言い出すのだこの子は、と思ったが、楓花の目はマジだった。雪愛の胸を凝視して離れない。
雪愛は楓花が教えるまで諦めないだろうことを感じた。
「………Fよ」
「え、ふ……」
楓花は雪愛の答えたサイズを呟くことしかできなかった。
楓花の友人の中では大きい子でもCカップの子がいるくらいだ。自分自身はAだし、麻理は良くてBだろう。Fというのは未知の領域だった。
麻理も最初から雪愛の胸が浮いていることには気づいていた。そして自分にはないそれに愕然とした。自制できたからいいが、内心では『うがぁぁああああ!!!』と叫んでいた。巨乳へのコンプレックスは本物のようだ。
エフという雪愛の答えに目が死にかけている。
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんで触ってみていいですか!?」
楓花は両手をわきわきさせながらじわじわと雪愛ににじり寄っていく。それは触るというよりも揉む気満々のようだ。
「さわっ!?ちょっ、楓花ちゃん待って。ちょっと怖いわよ!?」
雪愛は自分の胸元を腕で隠すようにして楓花に言った。
腕に押されて雪愛の胸が形を変える。
「減るものじゃないし、ちょっとだけですから。その感触をぜひ―――あいたっ」
「落ち着きな楓花」
麻理が楓花の頭をぺちっと叩いて止めた。
思わずといった感じで頭に手をやる楓花。痛くはなさそうだが、恨みがましそうに麻理を見る。
「だって、麻理さん。エフだよ。エ・フ!どんな感じか気になるじゃん」
「雪愛ちゃんが引いてるわよ」
「雪愛さん…ダメ?」
雪愛が引いていると言われ、雪愛を見る。確かに引かれてる…。それでも諦めきれないのか今度はちょっとしおらしい。
そんな楓花に、はぁっと深いため息を吐いて雪愛は言った。
「……指で触れるくらいならいいわよ」
「雪愛さん!」
雪愛からの許可をもらった楓花は雪愛の近くに行くと、そっと指の腹を雪愛の膨らみに押し当てた。
自分の指が沈み込んでいく感覚。力を抜けば柔らかく押し戻そうとする。それを体験した楓花は、
「ふぉぁぁぁあああああ!!!?」
再び叫んだ。
麻理に再び注意された楓花だが、今の感動体験は余程衝撃が強かったのか、自分の指を見つめていた。
その衝撃から少し持ち直した楓花が、
「雪愛さん!どうしたらそんなにおっぱい大きくなれますか?」
今度はそんな質問をした。
楓花はこの話題では先ほどからなぜか雪愛への言葉遣いが丁寧になっている。
「そんなのわからないわよ……」
雪愛は疲れたように答えた。雪愛自身は大きくしたいと望んだ訳でもない。何かをした訳でもない。自然と大きくなってしまったのだから。
「何か、何かありませんか!?」
楓花は必死だ。どうやら楓花としては大きくなりたいらしい。
「はぁ……。よくは知らないけど、胸の筋肉を鍛えるとか、バランスのいい食事を取るとか、かしら?」
雪愛はため息を吐くと、一般的なバストアップ法を言った。
楓花もそれくらいは知っていた。というか現在進行形で実践している。
「ちなみに……雪愛さんが中三の頃ってどれくらいでした?」
「……Eよ……」
雪愛は楓花の様子から非常に言い辛そうに、しかし本当のことを言った。
「っぐはっっっ!!!」
楓花は絶望した。元々のポテンシャルが違いすぎた。雪愛は自分と同じ年の時にすでにE。自分はAだ。
「で、でも楓花ちゃんもまだまだこれから大きくなることはあるはずよ!高校の友だちもこの一年で大きくなったって言ってたし」
ちなみに、それは瑞穂のことだ。サイズがCからDになってしまって、肩が凝るからこんなにいらないし、下着を買い替えなきゃいけないのが面倒だと愚痴っていた。雪愛も同じ思いだったため、その時は愚痴で結構盛り上がった。
雪愛は楓花の落ち込んだ様子からなんとか励まそうと声をかけるが、それは悪手だった。
「……その人のサイズって?」
雪愛自身楓花に問われて、しまったと気づいたが遅かった。
「っ!?………Dになったって……」
大きい人がさらに大きくなる。それは自分のように小さい人が大きくなるのとは似ているようで違う。楓花にとってはただの追い打ちだった。
「………神様は不公平だぁ…」
楓花はがっくりと項垂れた。
そこでこの話題になってから初めて麻理が口を開いた。
「楓花。胸なんて大きくてもいいことなんてないでしょ。肩は凝るし、服だって似合いにくかったりして――」
「……麻理さんに何がわかるの?」
「ああっ!?」
思わずと言った感じで出てしまった楓花の言葉に、麻理の目が一瞬で吊り上がった。
「ひっ!ごめんなさい!」
そこで、雪愛が麻理に同意するように言った。
「ま、麻理さんの言う通りよ。肩は凝るし、着れる服も限られる。下着もかわいいのは少ないしね。夏なんて汗もかきやすいし。……何より男性の視線がね。あれは気持ちのいいものではないわ」
最初は心底面倒そうで、最後は少し翳のある表情を浮かべていた。
麻理はその表情を見て何か思うことがあったのか思案顔だ。
「視線って……?」
楓花も雪愛の表情には気づいたが理由がわからなかった。
楓花自身、スタイルのいい人に目がいってしまったことはある。露出が多かったりすると、すごっ!って感じだ。友人と街を歩いているときなどに今の人すごかったね、なんて話をしたこもある。イケメンや美人を見た時もそんな話をした覚えがある。
楓花の疑問に雪愛は何と答えたらいいものかと考えた。女性同士だし、麻理にはたくさん親切にしてもらいお世話にもなっている。楓花とも今日一日で大分仲良くなれた。だから答えたくない、という訳ではない。
「うーん、なんて言えばいいのかな。……自分のことを性的な目でばかり見られてる気がするっていうか……」
それは楓花にはまだよくわからない感覚だった。
だが、麻理は何かを察したのか雪愛に聞いた。
「……もしかして、雪愛ちゃんが男性が苦手っていうのはそれが原因?ごめんね?前に悠介から学校でそんな噂があるって聞いて」
麻理の言葉に雪愛は苦笑いを浮かべた。
「春陽くんにもそんな噂があるって以前言われました。友達にも言ってますから知ってる人は結構いるのかも。……苦手っていうのは間違ってはないんですけど実は正しくも無くて…。私、男の人が嫌いなんです」
楓花の息を呑む音が聞こえた気がした。
麻理は無言を貫いている。
「さっきの話じゃないですけど、中学生になったあたりから胸が大きくなっていって……、そしたら、そこばっかり見てくる同級生とか、先生にもそんな人がいて。それが嫌で嫌で気づいたらって感じです」
雪愛はそう言って苦笑を浮かべる。
思春期の多感な時期に、そんなことがあれば仕方のないことだろう。自分自身でも身体の変化に戸惑う時期に、不特定多数の異性からそんな目を向けられ続ければ嫌に思うのも無理もない。
「そっか……それは辛かったわね」
同じ女性として、当時の雪愛を思うと胸が痛んだ。自分がそんな目で見られれば相手をぶん殴っていただろう。特にその教師、そいつは今からでもぶん殴ってやりたいほどだ。生徒にトラウマを与えるなんて教師の仕事をなんだと思っているんだと怒りがふつふつと湧いてくる。
楓花にはそんな経験は無かったが、自分がもしそうだったらと思えばやはり嫌だろうと思った。女の子同士であっても、そういった話をすることすら仲良くなった子だけだ。
楓花は雪愛の話でどうしても一つ気になってしまい、雪愛に恐る恐る聞いた。
「雪愛さんはお兄とハル兄も嫌い?今日もしかして楽しくなかった?」
今日自分は雪愛と出会えて嬉しくて楽しかったが雪愛にとっては嫌な時間だったのではないかと心配になったのだ。
その問いに慌てたのは雪愛だ。
「そんなことないわ!バーベキューとっても楽しかった。春陽くんも佐伯くんも嫌な感じは全然しないの。楓花ちゃんとも仲良くなれたし今日は本当に来れてよかったって思ってるわ」
雪愛の必死な表情と言葉に楓花が安心したように小さくそっかと呟いた。
「私も!雪愛さんと仲良くなれてすっごくうれしい!」
楓花の笑顔に誤解されなくてよかったと雪愛は安堵の息を吐いた。
二人が落ち着いたのを見て、麻理は空気を変えるように雪愛に言った。
「ねえ雪愛ちゃん。私としてはハルの呼び方が変わったことについて聞きたいなあと思うんだけど」
「えっ!?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべていることから楽しんでいるだけかもしれない。
麻理の言葉に、お互い名前で呼び合えるようになったことの嬉しさとその過程がちょっと強引だったかという気恥ずかしさで雪愛の顔がお風呂とは関係なく見る見るうちに赤くなっていく。
「あ、それ私も気になってた!」
楓花も追随する。
「それじゃあ逆上せちゃいけないし、涼むのも兼ねて露天風呂行かない?それならゆっくり話もできるし。ね?」
楓花は元気よく、雪愛は消え入りそうな声で「はい」と返事をした。
露天風呂では特に楓花が盛り上がっていた。
楓花はキャーキャー言いながらテンション高く雪愛に質問しては、またキャーキャーというのを繰り返し、雪愛はそれに、しどろもどろになりながらも自分の気持ちを正直に答え、麻理は過度に揶揄うこともなく微笑ましそうに雪愛を見つめ、時折楓花の暴走を止めながら、三人で話に花を咲かせた。
ちなみに、この話の中で、楓花は雪愛を雪愛姉と呼ぶようになった。
「ハル兄はハル兄だし、雪愛さんのことも雪愛姉って呼ぶね」ということらしい。
そうして、あっという間に時間は過ぎ、麻理達はそろそろ出ようか、と脱衣所に向かった。
脱衣所にて。
雪愛は今ドライヤーで髪を乾かしている。
「雪愛姉可愛すぎるんですけど。こっちまで顔が熱くなって鼻血出ないか本気で心配になった」
「ふふっ。そうね。こっちまで幸せな気持ちになったわ」
「あんなに可愛くておっぱいもおっきくて、なのに名前呼びできるってだけであの笑顔は悶え死ぬかと思った」
「胸は関係ないでしょうが。…それだけ純粋なのよ」
「雪愛姉の男嫌いって、絶対後ろに『ハル兄を除く』って付くよね」
「それにハルが気づければいいんだけどね」
「あー、ハル兄鈍感だからなぁ」
「ハルも純粋なのよ。温かく見守ってあげましょう」
「もちろんだよ!こんなおもしろ――じゃなくて、素敵な二人のこと見逃せないもん」
「楓花はちょいちょい暴走しすぎよ」
二人がそんな話をしていたことを雪愛は知らない。
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2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
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ほつれ家族
陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。
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Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
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