冥界の仕事人

ひろろ

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番外編

イベントだよー

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 ここは死者の国 冥界である。

 死者たちにとって、一大イベントであるお盆が近づき、冥界全体がウキウキ感に包まれていた。
   
 あおいも御多分ごたぶんれず、ウキウキしている1人なのであった。


「ランランラン、ただいま!リッチ君」


「あっ、お姉ちゃん、おかえりなさい。
遅かったですね」


「そうなの、初盆者の説明会に参加してきたけど、質問をする人が多くて、長くなっちゃった。

お盆って、地域によって7月と8月に分かれているし、盆入りも初盆の人は、特別に1日早く帰っていいんだって!

初盆の人達以外は、冥界の仕事があるからお留守番の人が必要なんだってよ」

 
 あおいは、聞いてきた事を忘れないうちに全てをオストリッチに話しておきたくて、勢いよく言った。


「それでお姉ちゃんは、いつ帰るのですか?」


「私は8月に帰るけど、リッチ君は帰らないの?」


 リッチ君だって、初盆なのに帰る気が無いみたい。


「自然界の鳥の世界には、そんな風習が無いし、帰る場所もありません。

僕のパパとママの役目をしてくれているのは、秦広王様だけです。

だから、僕の故郷は秦広王様が居るところです」


「そっか、そうだよね。
リッチ君にとっては、育ててくれた大切な両親って感じだものね。

じゃあ、お盆になったら、沢山甘えておいで」


「はい、そうします」


 そんな2人を外から覗き見、いや見守っていた男がいた。


 男は、涙を流し感激した様子でいる。


「オ、オストリッチ、君という鶴は、なんて なんて可愛いのだろう……そうだぞ、私が君のパパであり、ママなのである。

水だけで、こんなに立派に成長してくれて、パパママは嬉しいのである。

オストリッチよ、お盆は、きっと仕事であろう。だが、私は いつだって君の側にいる。

君がいつか巣立って行く日まで、私は見守り続けると約束しよう」

   
 秦広王は、あったかい幸せな気持ちで、仕事に戻って行くのだった。


 秦広王に覗き見をされていた事を知らない2人は、お盆の話題で盛り上がっている。


「それでね、リッチ君、お盆で皆が一斉に里帰りをするとなると、乗り物が足りなくなるでしょ?

どうするか心配にならない?」


 あおいは得意顔で聞いた。


「別に、心配にはなりません」


 オストリッチは、人間界に里帰りをしないから、気にならないらしい。


「あぁ、もう、少しは興味を示してよ。

お盆の早朝、里帰りを希望する冥界労働者たちに就業許可証を渡すの。

そして、人間界に戻って来るのを、待たれている者は、自動的に就業許可証から札が取れ、その本人の額にくっついて、待っていてくれている人の元へと 、自然に移動ができるんだって」


「えっ、それじゃあ、待っている人がいなかったら、ショックですね。
立ち直れないかもしれない……」
 

 人間界に、待つ者がいない寂しさを知っているオストリッチが言った。


「そうだね、ショックだよね。
でも、待つ人がいないくても、里帰り希望者は簡単な手続きをして、札を付けて出掛けるらしいよ。

大型バスで人間界での最寄り駅までの送迎をしてくれるから、それに乗って行くんだって」


「あっ、大型バスの里帰りの事は、知っています。

 オサル先輩が、冥界大型車の免許を持っているドライバーは、お盆が1番大変だと言っていましたから。

 バスを各門に配置して、配車センターに連れて行ってから、行き先別に乗車をさせるのです。
大型車ドライバーは、全員、仕事らしいです。

 里帰りと言っても、殆どの方は旅行という感じみたいで、帰りの集合時刻を守らない方が多いらしいですよ」


 と、オストリッチが仕入れた情報を教えた。
 
 
 そうか、待っている人がいないなら、帰る場所が無いのと同じだもの。


 スタンプ無しで、旅行ができるんだから、お盆を利用するのは妥当な事だよね。


 お留守番ばかりじゃあ、つまらないだろうし……。


 そんな風にあおいが思っていると、オストリッチは、更に言う。


「聞くところによると、お盆中に亡くなられた方は、到着ロビーや各門のあちこちに、大行列を作るそうなんです。

 冥界スタッフ不足が原因です。

だから、人間界の人も この時期に海水浴とか危険な事は、極力、辞めて欲しいですね」


 あおいは 頷きながら、オストリッチに感心したり、大人になっていってしまう寂しさを感じたり、よくわからない感情になっていた。


 会ったばかりの頃は、怒りん坊のダチョウだったのにね……。


 今では、少し鶴っぽくなって、頼もしさも出てきたみたい。


「それで、お姉ちゃん、天界にいる人は、どうするのですか?」


「天界に住んでいる人は、額に札があるままだから、待っている人がいれば、そこに自動で行けるって!

でも、長年、札を貼ったままでいると、記憶が薄らいでいくらしくて、行かない人も多いみたいだよ。

 私なんて、何故か すぐに苗字を忘れちゃったもんね」


「お姉ちゃん、それ自慢できません!」


 えっ、リッチ君、あなたには、そこを突っ込まれたくありません!


リッチ君は、他人の名前を忘れるくせに!


 私の名前を覚えているのかだって、怪しいのに!

…………

 そして、初盆の人達の里帰り当日となった。


「リッチ君、行ってきます」


  あおいは、ウキウキしながら出掛けて行ったのだった。


 あおいは、迎え火の煙に、吸い寄せられるように自宅へと帰った。


 玄関の前で、迎え火をしていたのは、あおいの家族に加え、父方の祖父母だ。


「うわぁ、里じい、里ばあ 久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

 
 あおいは、祖父母に話しかけたのだ。


 あおい と旬は、父方の祖父のことは“里じい”祖母は“里ばあ”と呼んでいる。


 父のふる里のお爺ちゃんだから、里じい、ふる里のお婆ちゃんだから、里ばあ という単純な理由から、そう呼ぶことになった。


 母方の祖父母の呼び方は、おじいちゃん、おばあちゃんであるから、随分な違いだが、本人達からの願いなので、そう呼んでいるのだった。


「わあ、玄関前に大きな白い提灯ちょうちんをぶら下げている!なんでだろう?」


 あおいが疑問に思っていたら、家族と一緒に迎え火をしていた、父方の祖父や祖母に弟の旬が聞く。


「なんでこんな提灯を吊るしているの?」


「これは、ここの家は新盆にいぼんですよって、近所の人たちに知らせるためさ。

昔は、近所の人がその提灯を見て、お焼香にやって来たりしたもんだ。

今は、そういうことも少なくなっているが、風習が残っているんだよ。

それとな、死者の方も初めてだから、家を間違えないよう目印にしている、とも言われているなぁ」

 
 へー!そうだったんだねぇ。 

 
 さてと、家の中に入りますよぉ。


「ただいま……。
おお、この祭壇、ぼんぼりが綺麗。
灯篭も素敵じゃん。

えー!また、この写真を飾っているのぉ。映りが悪いから嫌なのになぁ。

お父さん、この写真を替えてよ。
もっと 可愛い写真があったでしょう?」


 あおいの父が祭壇の前に座り、御線香をあげている。


 ガタッ


 写真立てが突然、倒れた。


「 ! 」


「ちょっと、あなた!
写真立てを倒さないでよ。
側に蝋燭がついているし、危ないじゃないのっ!」


 母が父を叱った。


 父方の義父母の前で、堂々と父を叱り飛ばす、母、強し。


「お母さん、あたしが倒したんだよ!
その写真は、嫌だから、お願い替えて下さい」


 勿論、あおいの声は、この場の者に届くことはない。


「姉ちゃんが、その写真は嫌だって言っているのかもよ。

だってさ、その写真、目が細くなっているし、微妙じゃん。

 今日は、新盆と一周忌の法要を一緒にやっちゃうんでしょ?

 親戚とか沢山来て、写真を見るからさ!急いで他の写真をプリントアウトしてあげれば?

 なんなら、僕がやろうか?」


「えっ?今からそんな事やっていられないでしょう?

今日は、午前中に法要があるから、時間がないわよ。

今日の新盆法要は、よその家も同じ日だから、御寺さんは大忙しなのよ。

そこをなんとか一周忌の法要もお願いしたんだから!

遅刻はできないでしょっ!

 さあ、支度、支度。

お義母さん、御寺さんに持って行く御供物は、この果物で大丈夫ですよね?」


 今日は、あたしの新盆と一周忌?


そっかぁ、キャンプに行ったのって、お盆が終わって、すぐだったのか……。

……………

「水島さん、お久しぶりです。あおいがあの世に行って1年ですね……」
 
 
「森田さん、お久しぶりです。

孫に先立たれてしまって、毎日、気持ちが沈んでいましたよ。

せめて、夢で会えればいいのに。

あの子は、夢にさえ出て来ないんですよっ!薄情ですよね。

でもね、ここらで、現実を受け入れなければ……って、思っています」


 あおいの祖父同士が、お寺の境内で立ち話しをしているが、孝蔵は あおいに会っていたので、少し後ろめたい気もしていた。

 
 あおいなら、今……。


 今だって、ここにいるんだ。


 肉親だけには、存在を知らせてやりたい。


「なあ、あおい、ここにいるんだよな?この寺にいるんだよな?

 いいから、ここに来い。
 里じいの側に立ってみろ」


「ちょっと、おじいちゃん、そんな大きな声で言っちゃって、皆んなに聞こえちゃうでしょう?

 何でここにいる事をバラしているのよ?」


 あおいは、そう言いながら、素直に里じいの隣に立つ。


「水島さん、新盆ですから、絶対にあおいは、あの世から帰ってきて、我々の近くにいるはずですよ。

そう思いませんか?」


 孝蔵は、気づいてほしかったのだ。


「そうですね、死者が帰ってくるのが、盆ですからね。あおいがここにいますよね。
きっと、うん、来ているはずだ。

 あおい、里じいの声が聞こえるか?
 たまには、夢でもいいから出て来い」
 

 里じいは、空を見上げて言っている。


「ふふ……里じい、あたしは隣にいるよ。上じゃないよ。

里じいの夢に出演するのは、難しいけど、会いに行くからね……」


 あおいは、泣きながら話しかけた。


 孝蔵は、貰い泣きしそうになりながら言う。


「俺の携帯で、あおいとのツーショットを撮ってみましょう。

 もしかしたら、あおいが写るかもしれないから、はい、ポーズをとって!

 水島さん、はい、ポーズ!はい!」


 カシャ!


「はっ!嘘だろう」


 写真画像を確かめている孝蔵が、驚きの声を上げた。


「何ですか?どうしました?」


 里じいが、恐る恐る孝蔵に近寄ってくる。


「えっ……えー本当に?本当か?」


 里じいは、腰を抜かして砂利の上に尻もちをついた。


「ちょっと、お爺さん、何やっているの」


 里ばあが慌てて、寄って来た。


「う、う、う……」と里じいが言う。


「えっ?どうしたの?具合いが悪いのね?皆んな、こっちに来てー」


 里ばあは、里じいが急病になったと思い、あおいの家族を呼んだ。


「違います、違います!
ご主人は、俺の写した写真を見て、驚いたんですよ!

なんたって、あおいが写っていたから、そりゃあ、驚きますよ」


 孝蔵自身も驚いているのだ。


「えっ!おじいちゃん、マジか?
 心霊写真を撮っちゃったの?
 あたし、自分の身なりを気にしていなかったよ。痛恨のミスだ!」

 
 法要の前に心霊写真を撮ってしまい、あおいの家族と水島の祖父母は、お経の最中でも集中が出来ずにいたのだった。


あおいが近くにいると思い、やたらにキョロキョロして、何かの音がすれば一斉に振り向く始末なのだ。


 何も知らない親戚達は、落ち着きのない家族と思ったに違いない。


 法要が済むと本堂から飛び出した家族は、代わる代わる孝蔵に写真を撮って貰ったが、あおいは拒否をしたので、心霊写真は里じいとのツーショットのみとなった。


 あおいの家族と里ばあは、それは、それはガッカリしたとした。


「姉ちゃん、変な格好をしているね。
お坊さんの作業着でしょ?

こんなの着て掃除しているのをテレビで見たよ」


 心霊画像を見て、旬が言った。


 がーん!変な格好……。


 あたし、いつでもこれなんですけど……


「あおいったら、ブイサインしているわね。指を2本立てて、幽霊でも お馬鹿さんね……ふふ……」


 「まったく、明るさだけが取り柄だったものな……」


 お母さん、お父さん、なんか微妙に酷い事、言ってますよね?


……って、泣いているの?


 あおいもうつむいた。


「こら、施主!料理屋の迎えのマイクロバスが来たぞ。

ほら、弥生、皆んなを誘導しないとダメだぞ」


 孝蔵の声が、しんみりとした空気を吹き飛ばした。


「あおいも一緒に行こう。
美味いものを沢山食べような」


 孝蔵の言葉に、あおいは頷いている。


「おお、そうだぞ!あの世では、どうせ生米を食べているのだろう?
今日は、沢山 食べて行きなさい」


 里じいも負けじと、あおいに話し掛けた。


「ほとんど水しか、飲んでいないんだよ。びっくりでしょ?」


  と言う あおいの声は孝蔵だけに届いていた。
 そのあと、親戚たちに混じって、ご馳走を食べまくり、満足して実家に戻ったのであった。


 孝蔵も  あおいの家に寄り、旬に里じいの写真をプリントしてもらっていたのである。


「えー!姉ちゃん、写っていないよぉ」

 あおいとのツーショット写真を貰えると思って楽しみにしていた一同は、ガッカリとしたのであった。

「お父さんの携帯の画像は、どうなっているの?見せて」


 弥生が確認してみたら、もう姿は無く、里じいが1人で写っていたのである。


 あたしの姿、消えちゃったのか……

 ちょっと残念かな。


「…………」
 部屋の中は、どんよりとした空気が流れる。


「ちょっと、おじいちゃん、どうするの、この空気!暗すぎだよ。

 そうだ、飾ってある遺影を違う写真にして欲しいって、皆んなに言って。

可愛い写真をプリントしてよ」

 
 ガタッ!

 あおいは、仏壇の写真立てを倒した。

 その音にいち早く気がついた旬が言う。

「あっ、やっぱ、姉ちゃん、この部屋にいるんだよ!

 見えないけど、一緒にいるんだよ!
 この写真が気に入らないんだよね?」


「そうだな、旬。あおいは、もっと可愛い映りのがいいって言っている、あっ、映りがいいのがいいだろうよ。

 皆んなで、選ばないか?」


 里じい、里ばあ、孝蔵も あおいの実家に泊まることになり、時間が経つのも忘れ、賑やかに写真を選んでいたのであった。


 そんな和やかな雰囲気の家を 外からのぞいている存在がいたのである。


 爺さんが、帰って来いよ!って準備をして私を呼んだのに、家は、もぬけの殻で、帰って来たのは、遊びから戻った灰色の猫だけ!


 私の初めてのお盆だというのに、ずっと待っていたのに、放ったらかしって、酷いわ……。

だから、娘の所に来てみたけど……。


 ええー!これって、新盆の祭壇でしょう?


 誰か亡くなったということでしょ?


 えっ!まさか!


 あおいの額に札がついている……。

 
 覗いていたのは、孝蔵の妻であり、あおい の祖母である友恵であった。


 友恵は、衝撃を受け自宅へ戻って行ったのである。



 あまりの衝撃に、酒でも飲まないと正気でいられないと言い、グレース相手に友恵は、酒盛りをしたのであった。

 
 幸い、友恵の好物の、筑前煮と焼き鳥がお供え物であがっていたので、孝蔵は不在だった事を許されたのである。


 孝蔵は、お供え物を作って置いて、本当に良かったと、後日、グレースと話すのだった。


 翌日、友恵の新盆法要が孝蔵宅で行われ、あおいも やって来て、久しぶりの孫との再会となったのであった。

 
「おばあちゃん、私達は、冥界の者同士だから、冥界に戻っても孫と祖母だって、覚えていられるよね?

 会いに行くね」


 友恵は、複雑な気持ちだったが、孝蔵から冥界での あおいの頑張りを聞いて、少しホッとし、冥界へと帰って行くのだった。


 こうして、あおいは、新盆を充分に堪能し、元気に明るく家族と別れ、煙と共に冥界に戻って行ったのである。


 あおいの遺影は、本人が選び、孝蔵にゴリ押しさせて、決めた写真となった。


 孝蔵に頼み、写真の修正までしてもらった あおいは、大満足の里帰りとなったのであった。


 その後、あおいが縫製工場に行った時に祖母と再会したのだが、互いに記憶を無くし、知らない者同士となっていたのである。


 ちょっと記憶力が足りない所は、祖母譲りなのであった。



 一方、オストリッチの新盆は、仕事が終わると秦広王の側に行き、仕事中の秦広王の隣に黙って座っていたのだった。


 秦広王は、邪魔だとも言わず、隣に座っている事を許していたのである。


 第1の門 スタッフ達は、オストリッチがちょこんと座っている姿を陰で、

「可愛い」と話していたのであった。
 
冥界に残るスタッフ達の寂しさを癒していたのである。


 黙って座り、やがて眠ってしまうオストリッチを心から、愛しいと思う秦広王であった。

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