冥界の仕事人

ひろろ

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第七章: 仕事人 明日へ

未来のために

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「……お客さん。
…あおいさん、あおいさん!

猛スピード地帯は抜けましたよ。

起きて、夜景を見た方がいいんじゃないですか?」


 運転手のマサルが言った。


「あっ、人間界だ。
わあ、夜景だぁ。

工場の灯りって、結構、綺麗なんですね……。

あっ、夜の出発で すみません。
お世話になります。
よろしくお願いします」


 この件は、私が何とかしなきゃね。 


皆んな、家にいるかな?


あおいは、孝蔵の悩みを少しでも和らげられるように、動き出したのだ。


 冥界タクシーは、街中まちなかの上空を走っている。
 

 繁華街は、スーツを着たサラリーマンやOLが多いみたいだ。


 楽しそうに歩いている。

 
いいなぁ、羨ましい、私には経験できないことだ。


 いろんな経験をしないままで、冥界に行ってしまったから、凄く損をしていると思う。

 
 好きな人とデートも した事が無いもの。


はぁ。

 
まっ、済んでしまった事を嘆いても、戻れないから考えるのはやめよう。


 それから、少しして実家に到着した。


「では、予定通りに迎えに来ますから。
帰りは、前回と同じように、孝蔵さん宅でいいですね?」


「はい、その通りでお願いします。
ありがとうございました」


  玄関の外灯は、ついている。


皆んな、揃って家にいるといいなぁ。


 あおいは、両親がいつもいるリビングに行ってみた。


 やっぱり2人がいた。


ソファに座って、テレビを観ながら、お茶を飲んでいる。


 へぇ、このタレントがドラマに出ているんだね。 


「お母さん、眉間にシワが寄ってるよ。
 集中してるね」


 あおいが母の側で話し掛けた。


「おい、弥生、眉間!シワ、シワ!
本当にしわになるぞ」

 
 あっ、父も眉間のシワに気づいたんだ!


「えっ?しいっ、いいところだから!
黙っていて!」

 
  母は、ドラマに夢中だ。


 グレースと優から、作戦を伝授されているので、さっそく実行しよう。


 作戦その1、実行するであります。


 リビングのドアの横にある電話台の上にメモ帳とボールペンがある。


 このメモ帳に書いてみようかな。

 
「ひっこせ あおい」


  ふー!やっと書けた!


 ありゃ、下手クソな字になった!


 読めるかな?


 幽霊もどきには、微妙な力加減が難しいのだ。


 ……で、このメモを切り取って……。


 カチャッ!ドアが開いたと同時に、


 ピリッ!メモを切り取った!


「お母さん、僕の 週間マンガ誌 知らない?部屋になかっ……た……うん?」


  あおいの弟の旬が、リビングに入って来て、あおいの横にいる。


 旬は、微かな音を感じ辺りを見回すが、特に変わった事がなかったので、そのまま本を探し始めた。


 あおいは、何とか両親のいるテーブルの上にメモを置きたいのだ。


 これを持って少し移動、止まって床に置いてから、また取って移動の繰り返しをしないといけないな。


 よしっ、って行こう。


 我ながら良い考えだね。
 

「えっ」
 あおいは、呟いた。


  ムギュ!と音はしていないが、あおいは弟の旬に踏まれている。


 踏まれていても痛くもなんともないが、透明な存在だということを実感して、寂しく思ったのであった。


「あれ?なんかメモが落ちてるよ。
 なんだこれ?はい、どうぞ」

 
 旬がメモを運び、母に渡してくれたのだった。


「旬、ありがとう、手間が省けたよ」


 あおいが思わず呟いた。


 母がメモを読む。


「メモ?何これ?ひ、てせあ おい?意味がわからない!

あなたが書いたの?」


 今度は、父が読む。


「ひ……つ、てぇ?こぉ?せ、あ、お、い?
わかった!ひってせ あおいだ!

何だろうなぁ?俺はわからんぞ」


 父は、チンプンカンプンな様子だ。


 ちゃんとに書いてあるのに、何で読めないのよ!


「ちょっ、ちょっと待って、お父さん!

今、あおいって言った?

姉ちゃんの名前?」



 そうだよ!旬、あたしだよ!あおいだよ、ここにいるよ!


 旬が父からメモを取り上げ、解読する。


「ひ、つ、て じゃなくて、こ、かな?せ、ひっこせ?あおい?

えー!引っ越せ、あおい……」  
 
 
「ピンポン!当たり!良かった」

 家族には、声は届いていないが、伝える事ができて、あおいはホッとした。


 3人は、沈黙する。


「お父さん、姉ちゃんが引っ越せって言っているんだよ!

もしかして、ここがヤバい家なんじゃないの?
きっと、呪われているんだよ!

だから、姉ちゃん死んじゃったんだよ」


「旬、そんな変な事を言うんじゃありません!
あんたが書いたんでしょう?」


 母は、旬を疑っている……。


「コラぁ!旬、悪戯にも程があるんだぞ」


  父まで、怒った!


 これは、あたしの存在を知らせなくては!どうしようか?そうだ!


 あおいは、テーブルへ行き、わざと湯呑み茶碗を倒したのだ。


カラン!


 少し残っていたお茶と共に、湯呑みが転がったのを皆が目撃したのだ。


「 ! 」一同、目が点になる。


「まさか……あおい?あおい ここにいるの?お母さんの側にいるの?

 ねえ?あおいなの?」


 お母さんがあたしに気づいてくれた!


「うん、お母さん、あたし、いるよ!
ここにいるんだよ!見えないの?」


 あおいの声は、誰にも聞こえなかった。


 結局、湯呑み茶碗は、何かの振動で倒れたのだと結論が出され、メモは旬の悪戯だと父が決めつけてしまったのだ。


 作戦1は、失敗したであります。

………………

 自分の部屋にいる あおいは、家族が眠るのを待っている。


 よし、作戦その2を実行します。


 もう寝たかな?両親の部屋から行ってみよう!


 そっと、ドアを開けて部屋に入る。
 

 眠る父の耳に、内緒話しをする様に言う。


「おじいちゃんの家と、土地を引き継いで下さい。
今は、それだけでいいから、お願いします。

 お父さん、親不孝な娘の我儘わがままを聞いて下さい。

 お願いします」


「うん……うーん、うーん」


 お父さん、何だかうなされているなぁ。


わかってくれたかなぁ?


 今度は、母の番だ。


「お母さん、おじいちゃんが、自分が死んだ後の事を心配しているよ。

 跡取りがいないって、悩んでいるんだよ……。
あたしが死んじゃったからだね。

 ……ごめんなさい……」


 あおいは、両親に手をついて謝った。


 そして、部屋から出ようとドアを開けた瞬間だった。


「あおいか?あおいなのか?
どうした?
成仏できないのか?
お経が足りないのか?
だから、ぼやっと白い影だけなのか?

 明日からは、お父さんもお経をあげるからな。
成仏してくれな」


 振り向いた あおいに向かって父が話したのだ。


「お父さん、うん、あおいだよ。
大丈夫、成仏しているよ。安心して!

 お父さん、おじいちゃんの家を守って下さい。お願いします」


「……うん?目の錯覚か?
 幽霊でもいいから、あおいに会いたいよ……」


 そう言って、あおいの父である康太は、再び眠った。


 今度こそ、何とか伝えなくっちゃ!


 旬の部屋に入ると、まだ起きていたのだ。


 ベットの中に入ってマンガを読んでいる。


 仕方がない!


 マンガをひょいと掴んで、ぽいっと投げた!


「うわあ!何だよ、これっ!
心霊現象だあ!こえーよ!まさか、姉ちゃんなのか?」


 顔面蒼白の旬が、大声で叫んだのだ!


「そうだよっ!って言っても聞こえないでしょう!まったくうちの家族は、鈍感で困る!

 旬、あんたは、早く結婚しなさい!
 それで、早く子どもを産むんだよ!

 子沢山家族で有名になるくらいに子どもを産むんだよ!

そしたら、おじいちゃんちを守ってくれる子が現れるかもしれない!

 いい?わかったね?約束だよ」


 あおいは、ヤケになってぶちまけた。


「…………姉ちゃん、僕は男だから、産めないけど、頑張ってはみるよ。

 早く結婚できるように、自立できるように頑張るよ。

 姉ちゃんは、おじいちゃんが心配で成仏が出来ないんだね。

 僕は、水島家を守っていくから、僕の子どもに、森田家を守らせて って事なんでしょう?

 わかったよ、姉ちゃん。
 約束する……姉ちゃんの姿は見えないけどさ、なんか、頭の中に声が、姉ちゃんの声が入ってきたよ……。

 姉ちゃん、いないとさ、やっぱ寂しいよ。けど、成仏してよ、怖いから」


 旬は、泣き笑いの様な顔をして言った。


「しゅん……ありがとう……お姉ちゃんは、成仏しているから安心してね」


「…………」


 もう あたしの声は、届いていないみたいだ。


 旬は、電気を消して、掛け布団を被ってしまった。

 
 旬には、伝わったはずだ。


 これは、作戦成功って事でいいかな?


 翌日の早朝、男性の声で目覚めた あおいは、1階にある和室に行ってみて、驚いた。

 
 あおいの位牌のある仏壇に父と旬がいて、お経をあげていたからだ。


 あおいは、再び眠りにつきたくなる様な、穏やかな気分にさせられたのだった。

 ………………

「……あおいちゃん、あおいちゃん、起きて!あおいちゃん」


「うーん?あれ、優さん?
えっ?優さん、どうして?」


 あおいは、ベッドから飛び起きた。


 よ、ヨダレは、大丈夫かな?


「どうしたって、家族が出かけた頃に行くよって、約束していたじゃないか。

 グレースも一緒に来たよ」


「あおいさん、おはようございます。
それで、例の件は伝えられましたか?」


「両親は、無理かもしれないけど、弟には伝わったと思うよ。

だから、将来的には明るいとは思うけど、どうでしょう」


「伝える事ができたのニャら、良かったです。

孝蔵さんは、先が心配で、死んでも死にきれニャいと言っていたから、気の毒だったのです」


「そんな事を言っているの?
まさか、おじいちゃん、病気なの?

 ねえ、グレース、どうなの?」


「ニャ、ニャ、ニャんですか!
そ、そんニャことは、ありません」


 グレースは、落ち着かない様子で


「そう?なら良いけど。
今日は、仕事に行っているの?」


「今日は、孝蔵さんは仕事、休みだよ。

 あおいちゃんが来たら、喜ぶよ。

 今、僕達が会っていたことは、内緒だから、初めて会った様にしてね。

 じゃあ、戻るから、少ししたら来てね」


 優は、グレースを抱いて、孝蔵宅へと戻って行った。


 あおいは、名残惜しそうに家の中を見て回り、またね と言い残し去ったのだった。

………………

 あっ、花壇に赤いチューリップの花が咲いている!


 可愛いな。でも、咲き開いているから、もうすぐ散ちゃうね……。


 あおいは、孝蔵宅に着いたのである。
 

「ごめんくださーい」


 あおいが孝蔵宅の玄関で、元気に声を掛けている。


「あれ、ごめん下さいだと?
また、他人行儀だなー!

 あおい、いらっしゃい。

 おっ、額に札だな。という事は、記憶があるんだな?

あおい、おじいちゃんだぞぉ!」


 孝蔵は、心から喜んでいる。


「おじいちゃん、ただいま!
 いつも記憶が無くて、ごめんね」


「いいさ、気にするな。
俺は あおい に会えるだけで、幸せなんだ。ほれ、中に入れ」


「はーい!おじゃましまーす。
あっ、グレース、おはよう」


「おはようございます。あおいさん、元気そうですね」


 グレース、芝居が上手いね。


「グレース、今日は他に誰かいるの?」


「はい、優さんが休みでいますよ」


「へー、そうかー、じゃあ後で、一緒に遊べるねー」


 あおいさん、芝居が下手ですね……。


「優さん、おはようございます。
今日は、お休みなんですね、あはは」


 あおいさん、白々しいです……とグレースは思うのだった。


「おじいちゃん、身体の調子はどうなの?」


 今日は、布団は敷いていないね。


 元気そうだし、病気だと思ったのは気のせいかもね……。


「あぁ、大丈夫だ。あおい、何か食べたいものあるのか」


「それは、勿論、卵焼きだよ。
おじいちゃんのは、絶品だもん」


「嬉しいことを言ってくれるね」


 孝蔵は、にっこり優しい笑顔で言ったのである。


 この笑顔をずっと忘れずにいたい……。


 あおいと孝蔵は、楽しいひと時を過ごしたのであった。

………………

 あおいが冥界に帰って、数日が過ぎた頃、第7の門、泰山王に呼ばれた


「あおいです。失礼します」


 所長室に入ると、オストリッチがいたのだった。


「あっ、リッチ、オストリッチ君も来ていたんだね」

 
 オストリッチは、コクリと頷いた。


「オッホン、さて、2人を呼んだのは、そろそろ調査員として活躍してもらおうかと思っておるのですが、いかがですかなと思ってな。

正式に調査員になりますかな?」


「はい、勿論です」


 2人は、同時に答えた。


 「よろしい。では、後日、連絡をするゆえ、それまでは、今の職場で頑張ってもらいますぞ」


「はい、かしこまりました」


  これまた2人は、同時に答えたのだった。

………………

 その夜のこと。


「リッチ君、いよいよ正式に調査員になれるんだね」


「はい、僕がなれるなんて信じられません。感激しています。

そうだ、先生に、あっ、秦広王様に知らせに行ってきます」


 そう言ってオストリッチは、秦広王のところへ飛んでいった。

 
 トントン!


 ドアノックの音だ。


「はーい」


  カチャ!


 あおいがドアを開けた。


「えっ、蓮さん!どうしたんですか」
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