冥界の仕事人

ひろろ

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第七章: 仕事人 明日へ

おじいちゃん

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  あおいが蓮に会ってから、暫くたった ある日の夕方。


 仕事が終わり、第7の門スタッフルームのロッカーに、ポシェットを取りに行く途中、見知った顔にバッタリ会った。


「あれ、あおいちゃん?久しぶりだね」


 前方から、優が歩いてきたのだ。


「優さん!お久しぶりです。
えっ、何で?
どうしてここにいるんですか?」


「そんなに驚く事ないでしょう?

僕は、第7所属なんだし、事務所に来ても、不思議はないと思うけど?」

 
 あおいの問い掛けに、少し不満気味に答えた優だった。


「あっ、そうでしたね!
調査員は、第7所属ですよね。

この建物の外に死神管理棟があって、調査員スタッフルームもありますものね。

失礼しました」


「まっ、でもさ。

本当、驚くほど、僕たち会っていなかったね。

ここにも来たりしていたけど、偶然にも会わなかったよね?

だから、今日は、あおいちゃんの仕事が終わる頃かと思って、来てみたんだ」


「はい、私、鳥居勤務ですから、ここにはあまりいないですからね」


 うん?私の仕事が終わる頃?に来たとか言ったかな?


もしかして優さんは、私に会いに来たの?


「そうだよねー!鳥居勤務だもんね。

因みにだけど、鳥居の中に入ったことはあるの?

 ……鳥居勤務だと、見学が出来ると聞いたことがあるけど、見学はした?」


 えっ、鳥居の見学?


何で、そんな事を聞くの?

 
「あっ、はい、行きました」  

 
 思ってもみなかったことを、優から聞かれ、あおいは不思議に思うのだった。


「孝蔵さんが会いたがっているから、今からうちに来ない?」


「い、今からですか?」


 えー!もし蓮さんがいたら恥ずかしいんだけど……。

 
「あのぉ、今日は誰か、お休みだったりしますか?」


「ううん、孝蔵さんとグレースだけしかいないよ」


 そっか、良かった。


蓮さんがいない方がいい。


この前、抱きついちゃったから、超気まずいよ……。


でも、途中 休憩で来ちゃったらなぁ。


……だけど、ホントは会いたいような気もするし、複雑だなぁ。


「今から、行けばいいですか?」

 
 あおいの言葉に、優は爽やかさ、増し増しの笑顔になった。


「じゃあ、行こう」


 優は、あおいの手を握り、突然 瞬間移動をしたのだ。


「ぎゃあ!」


 そして、すぐに孝蔵宅の庭に着いた。 


「ちょっと、優さん!
前もって、行くって言って下さい!
びっくりするじゃないですかっ!

いきなりは心臓に悪いです」


 あれ?心臓あるのかな?ないのかな?


 まっ、いいか。


「えー!行くよ!って言ったけどなぁ。
でも、ごめん、ごめん。

それでは、あおいお嬢様、玄関から中へどうぞ。
 
あっ、靴は脱いで下さいね。
我、主人は口うるさいですから」


 優は、左手を後ろに 右手を自分の胸に、軽くお辞儀をして言った。


 ふざけて、執事の真似をしているようだ。


「ええ、わかったわ。

 あおいお嬢様って、いい響ね。
 これからは、そう呼んでちょうだい」


 あおいも、調子を合わせて言ってみた。


「それでは、あおいお嬢様に1つお願いがあります。

我、主人の孝蔵を“コウさん”ではなく、今は、お爺ちゃんと呼んでもらっていいですか?」


「あっ、はい、実際の祖父だと聞いているので、いいですよ。
はい、そうします」


「それと……。

孝蔵さんは今、寝込んでいるんだ。

だから、布団にいるけど気にしないでね。

じゃあ、中へ入って」


 優は、もうふざけていなかった。


 玄関から中へ入り、短い廊下を歩き右が台所で、左が8畳の居間で、その奥にもう1つ8畳間がある。


 その居間と奥の部屋はふすまで仕切られていて、今日も襖は開けてあった。


 ただ、いつもと違うのは、奥の部屋に布団が敷かれて、孝蔵が床についていたのだ。


「お邪魔します……おじいちゃん……」


 あおいに気づいた孝蔵は、ゆっくりと身体を起こす。


「おっ、あおい!久しぶりだな。
 元気にしてたか?

俺は、風邪を引いちまってな。
ちょっと、横になってたんだよ」


「おじいちゃん、起きなくていいですよ。横になっていて下さい。

大丈夫ですか?」


 あおいが敬語になっている、と気づいた孝蔵は少しガッカリしたが、顔が見られるだけでも、話しが出来るだけでも幸せだと思い、連れて来てくれた優に、感謝したのだった。


 あおいの家族の弥生たちは、姿さえ見えないんだもんな。


俺は幸せだな。


「ああ、こんな風邪なんか大丈夫だ。
それよりも、あおいは今、鳥居の所で働いているんだろう?

どうだ、鳥居の先には行ったのか?」


 孝蔵は、目を輝かせて聞いてきた。


「鳥居の先?
ええと……先というのはどこかしら?」


 あおいが首を傾げた。


「あおいちゃんが、見学に行った所の事だよ!」


 じれったくなった優が、口を挟んだ。


「私は、全部 行っています。

 それで、どこの事を言っているのかと思って……」

 
「へぇ、あおいちゃんは、3つの鳥居の中、全部に入ったんだね。凄い!

じゃあ、どんな所か教えてよ。

あそこは、泰山王様に許可を取らないと行けないし、特別な用もないから行かれないんだよ」


 えー!


言っていいのかな?


内緒のことがあったはず、それを言わなければいいのかな?

 
 あおいは、暫し黙って考えた。


「あ、はい。全てを見たわけではないですけど、少しなら教えられると思います」


「鳥居の先には、縫製工場と製造工場と発電所がありました。

そこで、白札の人や一部の緑札の人が働いていました。

縫製工場は、女性や子供が多かったです。

 製造工場は、主に電化製品を作っていました。男性が圧倒的に多かったと思います。

そうそう、紙や筆記用具も作っていましたよ。

で、発電所は……」


「あっ、あおい、縫い物工場は、女が多いと言ったな?」


 あおいの話しをさえぎって孝蔵が言った。


「えっ?はいそうです。
 私は、そこで計算問題のテス……」


「そこの縫い物工場に、友恵は、婆さんは、いなかったかい?」


 あおいの話しに被せて、興奮気味に孝蔵が聞いた。
 

「えー、ちょっとわかりません。
 案内の人以外、話しはしていなかったし……」


 その言葉にガッカリとなる孝蔵だった。


 なんだ、あおいは、婆さんの事も忘れたのか……。


 あれ?なんか私、ガッカリされているみたいだ。


 うん?えーと、そういえば、誰かと話しをした気がするなぁ。


「あっ!私がスズマさんのズボンの表と裏を一緒に縫い付けた時、話しをした工員がいた!」


 確か、お婆さんだったな……。


 名前は、名前は、何だっけ?


 どんな話しをしたっけ?


「前と後ろを縫っているから、このズボンは履けないよ!って教えてもらったな……。

それで、マチコさんが新しいズボンをくれるから、大丈夫だと言ってくれた。

お婆さんの名前は、ト……ト?……ト?」


 あおいは、独り言のように言っている。


「と? そのあとは何?」


 孝蔵と優は、一緒に揃って言った。


「トモ……トモミ?トモコ?違うなぁ」


「あおい!名前を、名前を思い出すんだ!」


 孝蔵は、布団から出て、あおいの目の前に正座をする。


「そうだ!トモエさんだ!」


「な、何!ともえ だと?
婆さんだったか?
美人の婆さんだったか?

頭は、髪は長いか?どうだった?」


「はい、お婆さんでした。
髪型は、長い髪を1つに縛っていて、確かに綺麗な人でしたよ」


「そうか……。元気そうだったのか?」


 孝蔵は、うつむきながら小さな声で聞いた。


「はい、元気そうでした」


 あおいが答えた。


「そうかそうか……。なら良かった」


 孝蔵は、心からホッとするように言い、にっこりとした。


「トモエさんって、もしかして、おじいちゃんの奥さん?
ということは、私のお婆ちゃんってこと?」


「多分、婆さんだと思う……。
あおい のことがわからなかったんだな」


  お盆に、あおいと会っていたはずなのに。


 冥界にずっといると、記憶を無くすとかって聞いたが、本当にそんなもんなのか?


  友恵がとても可愛がっていた孫のことを忘れてしまったことに、ショックを受けた孝蔵だった。


 友恵が盆帰りした時に、冥界で何をしているか聞いたら、


「あれ?何をしていたかしら?忘れちゃった」


と言っていたし、婆さんは少しボケているのかもしれないな……。


 俺も、そうなるのかもしれない。


 歳をとるのは嫌だな。


 ボケたくないな。


 孝蔵は、心から願っていた。


「私のお婆ちゃん……そうだったのか。
とても優しそうな人だった……

 あの人がお婆ちゃんなのか……。
こんな偶然があるなんて、驚いた」


  あおいは、感慨深げに呟いた。


 「へぇ、凄い縁だね。冥界で、肉親同士が会うなんて!

もっとも、他にも身内同士が顔を合わせているかもしれないけど、互いに記憶が無いから知らないだけかもね」


黙って聞いていた優が、拍手をしながら軽く言った。


 婆さんは、冥界で縫い物をしているのか……。


 縫い物をしている姿は、あまり見なかったから、苦手なのかと思っていたよ。


 まあ割と几帳面だったから、上手に縫うのだろうな……。


 婆さん……あっ、まずい、涙が出そうだ。

 
 おっ、涙をこらえたが鼻水の方が出てきた。


 あっ、やっぱり、涙が溢れそうだ……。


「ずずず……おぉ、鼻水が出てきたから、お爺ちゃんは、もう寝るから。

 あおい、ありがとう。
 ゆっくりしていけ。おやすみ」


 孝蔵は、急いで襖を閉めて部屋に入ったのだった。


「ニャーただいま!

 孝蔵さん、ただいま帰りました、あっ、あおいさん!どうして、いるのですか?

 まさか、孝蔵さんにニャにかありましたか?
 孝蔵さん、大丈夫ですか?」


「グレース、落ち着いて!大丈夫だか……ら」


 優が言っても聞いてはいないようで、グレースは、焦って襖を開けた。


「グレース、俺は大丈夫だから、安心しろ」


 横になっていた孝蔵が言った。
 

「あー驚いた、ニャにかあったのかと思いました。

 騒いですみませんでした。
 どうぞ休んで下さい。おやすみニャさい」


 グレースは、がしっ、すっすっすぅと襖を閉めた。
 

「じゃあ、私は帰りますね」


 あおいが玄関に向かうと、優とグレースがついてきて、外まで一緒に出た。


「あおいちゃん、まだ帰らないで!」


 優があおいの手首を掴み、引き留めた。


 えっ?何?ドキッ!ドキドキしちゃう。


「あおいさん、ご相談したい事があります。記憶のニャい今のあニャたに言っても、ピンとこニャいかもしれませんが、孝蔵さんは、ずっとニャやんでいます」


「えっ?ニャやんでいるって、悩んでいるって事?」


 あおいが、グレース語を訳して聞いた。


「そうだよ、あおいちゃん。
孝蔵さんは、毎日 悩んでいるから、僕等で何とかしてあげたいと思っているんだよ」


 今度は、優まで深刻な表情で言った。


 その後、2人から話しを聞き、あおいまで深刻な表情となった。


「密かに、ここの跡取りにと思っていた 私が死んでしまって、おじいちゃんの夢が打ち砕かれちゃって……。
 
先祖代々、守ってきた この家と土地を今後、どうするかって問題なのか……」


 これまで、能天気に過ごしてきた あおいは、考えたことの無い問題だったのだ。

 
 あおいは生前に孝蔵から「この家を継いでくれよ。新しくして構わないから!」と言われていたが、冗談だと認識していたのだ。

 そんな事も今のあおいは、忘れているのだが、今更ながら死んでしまったことを申し訳なく思うのだった。

 
「グレース、それで私は、何かできるの?出来ることがあればやるよ」


「はい、是非、やってもらいたい事があります」


 グレースが話し始めた。

………………

「じゃあね、リッチ君」

 あおいは、就業許可証を持ち瞬間移動をした。


 行き先は、配車センターにある車乗り場だ。

 
 冥界タクシーの運転手は、御神水集めでお世話になった、マサルであった。

「あおいさん、久しぶりですね。

 オストは、元気ですか?

 船乗りになるって、異動になったけど、船の操縦をしていますか?」


「えっ、ああ、船乗りは即、クビになったらしいです。

 船酔いが酷くて乗っていられないと言っていました。

 今は、第5の閻魔大王様の所にいます。

 とても元気ですよ」


「えぇークビ!ははは、ここに戻ってくればよかったのになぁ。

 まあ、元気でなによりです。

 それでは、札を貼ります。
 
発車しますね!いいですか」


 あおいの返事を待たずに、車は発車したのだった。


「きゃあぁぁ……」


 あおいの額には金札が、思い出が走馬灯の様に駆け巡り、やがて意識が無くした。
 
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