冥界の仕事人

ひろろ

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第七章: 仕事人 明日へ

縫製工場にて

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 縫製工場の中を案内してくれているのは、マチコという、ここの事務員で黒のパンツスーツにオレンジ色のスカーフを巻いている女性だ。


 あおい とスズマは、このマチコに案内されて、研修室という部屋に通されたのだ。


 部屋全体に長テーブル3列ずつが離して置いてあり、各テーブルに2つの椅子がある。


 後ろから2列分の6つのテーブルの上に、電動ミシンが各2台ずつ載っている。


 あー、これはミシンの練習ってこと?
 ふぇーん、ミシンも苦手だー!


 リッチ君、王子様のように現れて、私をここから連れ去ってよぉ!

………………………
 

僕の名前は、オストリッチ。


 他人ひとは、僕のことをリッチ君、ツルノ君、オストとか呼ぶけれど、それは全然構いません。


 けどね、ダチョウって言われるのは納得できないのです。

 
 だって、僕は、優雅に空を舞う鶴なのだから……。


 オストリッチが修行に出てから1年半の月日が流れ、子どもであった彼は、少しは成長したのだ。


 近頃では、ダチョウと呼ばれることは少なくなり、「鶴っぽいね」と言われるようになった。


 人間界に生存している鶴ならば、とっくに大人になっている頃だが、冥界でのオストリッチの成長は、とても遅いらしい。


 ある時、オストリッチは聞いた。


「先生……秦広王様、僕の身体の色は、スワンさんの様に美しくなりますか?」


 スワンというのはオストリッチの元同僚で、立派な翼をもった先輩鶴なのだ。


「オストリッチ、今は、薄い灰色をしているが、若さがあるという証拠なのだよ。

それはそれで、今しかない美しさであるから、自信を持ち、胸を張りたまえ。

きっと、そのうちに白い翼になるであろう」


 ただし、冥界にいる 人の子と同じようになって、成長は止まるのだが……。


完全な大人の姿にはならないのである。


……と、秦広王は心の中で付け加えた。


 秦広王の前にいる彼は、目を輝かせ何度も、頷いていたのだった。

…………………………

 さて、その彼、オストリッチの近況をお伝えしよう。
 
オストリッチは、配車センターから、船乗り場に異動になり、船頭ゴロウに弟子入りした。

 
 しかしながら、冥界ドライバーであったオストリッチは、猛スピードに身体が慣れてしまっていたので、子どもを乗せてゆらりゆらりと動くボートに乗ると、どうしても船酔いをしてしまったのだ。


 それでも数日間、出勤したのであるが、ゴロウからクビを言い渡されてしまったのだった。


 その後、第2の門、緑札専用の殺生の有無鑑定会場に、異動となった。


 そこで、虎とヘビ達と一緒に、緑札の者たちを追い掛け回す役目を担っていたのだ。


 逃げ回る緑札の人たちは、何故かオストリッチに対しては、強気に出て反撃をしてくる為、鑑定に役立つまれな存在だと高く評価をされていたのだった。


 ただ、日に日にオストリッチの頭の産毛が、擦り切れていったのだ。


 それを気の毒に思った初江しょごう王が、異動を決めたらしい。


「オストリッチ君、大変、残念じゃが君は異動した方が良いじゃろう。

 明日からは、第5の門に行くのじゃ」


「初江王様 、かしこまりました」


 そうして、現在は第5の門、閻魔大王の元で働いているのだった。

…………………

 研修室にいる あおい とスズマ。


「あおいさん、これから新入りの皆さんと一緒に、適正審査を体験して頂きます」


 そう案内をしてくれているマチコが言ったと 同時に、待合室に待機していた死者達が入って来た。


「ス、スズマさん、適正審査って、何ですか?
どうしよう、何をするのでしょうか」


 スズマに聞くが、首を横に振るので、代わりにマチコが答える。


「はい、簡単な計算テストに実技テストですが、子どもは受けません。

計算テストについては、縫製、製造工場とも共通なんですが、実技は、違うテストとなります。

 それでは、テスト結果発表後に合流いたしますので、これにて一旦、失礼致します」


 そう言って、マチコは事務所に戻って行った。 


  えっ?計算テスト?えーーー嫌だ!


「皆さん、好きな席にお座り下さい。

 これより適性審査を受けて頂きます」

 試験管だと言う スソオが話すと、


「えーーーー 何それ!」


 ここにいる15名程の死者達が、一斉にブーイングを始めた。


「大丈夫ですよ。人間界の小学生低学年 程度の問題なので、心配は入りません。

 少し急いで解いてもらえば結構です。

 この適性審査で、性格が判りますので、それによって、進路を決めるのです」


 試験管のスソオが、付け加えて話した。


 その後に実技テストの説明を受け、皆、渋々と着席し、計算テストが裏面でテーブルに置かれたのだった。


 前の方に近い席に1人で座った あおいは、助けを求めるようにスズマの方を見た。


 スズマは、ニヤニヤしながら あおいを見ている。


 くそ!あの おじさん!腹立つ!


 あおいは、金札の人とは思えない事を思っているのだった。


「そのテストを30分でやって下さい。
それから、終わった人順に、後列にあるミシンへ来て下さい。

 それでは、始め」


 静けさの中で、支給された 鉛筆で書く音だけがする。

 
 この音は、けっこう焦りを感じさせるものだ。

 
 げっ、何、この問題の量!足し算、引き算だけど、50問ある!


「あおい君、何しているんだ?鉛筆を置いたぞ!
はあ?指を使って数えている!

大丈夫なのか?」


 あおいを見ていたスズマが呟いた。


 そのうちに、鉛筆の音が減ってきて、ミシンの音が聞こえ始めていた。


一層、あおいは焦る。


 もはや、老人との闘いとなって、何とかペケを免れたところだ。


 あおいの全身からは、ペケじゃなかった喜びが溢れ出ている。


 その姿をガッカリして、見ていた おじさんがいた事など、知らない あおいだったのだ。


 あおいよりも先にミシンに来ていた人たちは、雑巾を作っていた。


 雑巾の作り方、縫い方にも個性が出るらしく、見る人が見れば性格がわかるそうだ。


 あおい は、雑巾を作ったことが無い。
 

 売っている雑巾は、どんな風に縫ってあったかな?


 思い出したいけど、思い出せない!


 いいや、適当だ!


「はい、出来ました」


 試験管のスソオに渡したものは、縫い目が、形の崩れた渦巻きになっている雑巾だった。


「はぁー スズマさーん、疲れました……」


「あおい君、お疲れ!

結果は、この部屋の外に、貼り出されるそうだぞ。

そこにある椅子に座って、待っていよう」


 精神的に疲れてしまった あおいは、項垂うなだれるように、椅子に座った、その時だった。


 きゃっ、きゃっ、あはー、キャハ、キャハ……。


 近くの部屋から、子どもらしい声が、聞こえてきたのだ。


「スズマさん、この声って、赤ちゃんや子どもですか?」


「ああ、そうだ。
赤ん坊や子どもの世話をする仕事もあるからな。

 その人達が面倒を見ているんだよ」


「なんだ、赤ちゃんや幼い子は、仕事をしないで遊べるんですね。
働くのかと思いました」


「いや、全く働かないわけじゃないさ。

あの子達にも役割りがあって、子ども用の型紙を作る時にモデルになったり、ここで働いている人を、癒してあげたりしているのさ。

 まあ、赤ん坊は輪廻転生の命令が早く来るから、ここにいる日数が少ないがな」


「えっ、輪廻転生をするには冥界に何十年もいないと、出来ないかと思っていました。

赤ちゃんって、すぐに生まれ変わるんですね」


「ああ、赤ん坊は特別だ。

我々は、人間界へと修行をしに行く ということは、知っているだろう?

 せっかく修行に行ったのに、すぐに赤ん坊のまま冥界に戻ってきたら、修行に行った意味がないからな。

だから、年齢が若いほど、早く輪廻転生の命令が下されるんだ」


「じゃあ、私も若いので、早めに生まれ変わりますか?」


「ああ、そうだな。但し、仕事を極めようと打ち込んでやっている人は、ある程度は仕事を優先させる事ができるようだぞ」

 
 蓮さんは、どれくらい冥界にいるのかな?
 
 死神になったばかりだから、まだまだ冥界にいてくれるよね?


「おっ、結果がきたぞ」


 黒のスーツの女性スタッフが壁に紙を貼っている。


「スズマさん、私は体験しているだけなのに、結果が出ちゃうんですかぁ。

 なんか、嫌な感じです。見たくないです」



「どこの場所で働くのがいいかが、わかるんだぞ。
 さっ、見るぞ。

 テスト番号は、何番だ?」



「教えません。内緒です」


ふーん、内緒か。あおい君は、1番初めにテストが配られていたから、1番だろうな……ごめんな、だいたいわかるぞ。



 スズマさんには、恥ずかしくて、教えられません!すみません!ええと、1番は……

 げっ、計算は35点!何点満点だ?
 実技は、20点!ひぃ!これも何点満点なの?


 どこで、働いたらいいのかは?

 なるほど、第3の門か……

 まあ、調査員や死神の仕事は、ここでは除外されているから、無くて当たり前だし、ショックを受ける必要はないから、いいや。


「スズマさん、ここに貼り出されている人は、書いてある各門で働く事が出来ますか?

 単に試験を受けただけで、縫製工場で働くのですか?」


 第1の門と書いてある人や第4の門と書いてある人がいたので、気になって聞いたのであった。


「うん。ここで研修をしてから、書いてある門に異動となる。

 縫製と製造工場の場合は、違う門へと移ることができる」


「それじゃあ、発電所に行ったら、そのままなんですか?」

 あおいがスズマに聞いたのである。


「う……ん、教えていいのか、わからないな……
 まあ、教えてやる。

 あそこでは、緑札の体格のいい男性を選び、武道を教え、資格を取った者だけが、鬼になる……

 やっぱ、教えたのはまずいかな……
 聞かなかった事にしておいてくれ」


「えっ、あそこに行ったお婆さんやお爺さんも鬼候補生ですか?」


「ま、まさか、そんな事あるわけないだろう!
 鬼候補生以外は、発電要員だ。

 皆んなで自転車をこいで、発電するんだ!」


「あ……そういう発電なんですね。

 ……あっ、今、緑札の人が鬼になるって、言いましたか?もしかして、大抵の鬼が緑札の人とか?」


「これは、大っぴらに言えないんだ!
 聞かないでくれ!

 鬼が会話禁止になっているのも、柄の悪さを隠す為とかなんて、言えないんだから!

 あっ、しまった!

 会話したら、地獄行きというのも緑札だからなんて、言えないじゃないか……あっ、言っちゃった」


「スズマさん、言っちゃいましたね……

 確かに聞きましたよ……

 でも、聞かなかった事にしてあげます」

 
 あおいは、少しショックを受けていたのであった。


 何故なら、仲良くなった斗真も緑札なのだと知ったから。

 何か悪いことをしたのかな?

 でも、地獄ではなかったんだから、そこまでは酷い事をしていないんだよね?


 緑札だからって、全てが悪い人ではないのは知っているし、鬼の人たちは優しかったし、いい人だと思ったし、なんか複雑な気分だ。


「スズマさん、鬼さんって輪廻転生できますか?」


「もう、鬼の事に随分と食いついてくるなぁ!
 できる!生まれ変われるぞ!

 鬼については、内緒だ!秘密のことだぞ!

 さあ、次に行くぞ」


 「はあ?次って、どこですか?」


「肝心の縫製工場の見学だ。

 それから、隣の鳥居の製造工場と隣の隣の発電所も見学が出来ることになったぞ。

 泰山王様からのご褒美だそうだ」


「えー、まさかあの坂を登って降りての繰り返しなんて、嫌です!もう、ここだけで充分ですから!」


「お待たせしました。ご案内致します。
これから、縫製工場に行きますが、そこでスズマさんのズボンを直しましょう」


「えっ、いやぁ、悪いですねぇ、はっはっは」

 
 マチコに直してもらえると思いスズマの顔は、緩みっぱなしになったのである。


 縫製工場は、とても広くて大勢の人が働いていた。


 マチコは、空いたミシンの所に行き、スズマにズボンを脱ぐように言った。


「いや、ここで、いきなり脱げませんよ。
 何か隠すバスタオルとかありませんか?」


 マチコは、バスタオルを渡し、代わりにスズマの切れたズボンを受け取った。


「はい、あおいさん、どうぞ」


「 ! 」

 えっ、私が縫うの?無理でしょ?


 えっ、あおい君が?無理でしょう?


「……お邪魔します」

 あおいは、後ろの工員に挨拶をして、ミシンの前に座った。

 あー緊張するよー!見られていると余計に緊張しちゃうでしょう……見ないで!

「マチコさーん、いらっしゃいますかー?」
 誰かがマチコを呼んでいる。


「すみません、呼ばれているので、少しだけ席を外します。あおいさん、やっていて下さい」


 見られるのは、嫌だけど、放置されても困る!このズボンいったいどうやって縫うの?


 スズマさんは、相変わらずニヤニヤしているし、ええい、自己流で縫ってやる!


 ダダダダッ!


「おいっ!それでいいのか?」

 スズマが慌てて言った。


「えっ?どうして?縫いましたよ?」


「あらぁ、お嬢さん、ちょっと見せてちょうだい。どれどれ……」

 後ろの工員が来て、あおいが縫ったズボンを広げて見た。


「ありゃ、まあ、前と後ろを一緒に縫ってあるね。これは、履けないよ」

 ネームプレートは、トモエとある。

 互いに顔を合わせて、あれ?知り合い?と感じたが、気のせいかと思ったのだった。


「おい、あおい君、どうするんだ!
私は、バスタオルで帰るのか?」


「大丈夫ですよ。ここで新しいズボンを作っていますから、ほら、今出来た完成品もあるから、安心して下さい。

 マチコさんがくれますよ。
お嬢さん、気にしないで大丈夫ですよ」
 
  後ろの工員が優しく言ってくれて、あおいはホッとしたのであった。


「ありがとうございます。ええと、お名前は……トモエさん?」


「えっ?何で知っているの?あぁ、名札を見たのね。そうです、私はトモエです。

 あなたは、なんと仰るの?」


「私は、あおい です」

「私は、スズマです」

 えっ?あおい?何故か懐かしい感じがするのは、気のせいかしら?

 そんな話しをしている時に マチコが戻ってきたのである。
 
 
 マチコは、履けなくなったズボンを見て、顔が引きつったのだが、

「こんな事もたまにはありますよ……新しいズボンを履いて下さい」とズボンを差し出してくれたのであった。



「すみません……」


 くれる気があったのなら、最初から新しいズボンを出してくれれば、良かったのにと不満に思う あおい なのである。


 それから、あおいは作業服を返し、縫製工場を後にした。
 丁度、外へ出たところに、あの坂道から猛スピードでやって来るものがいた。

「何、あれ?もしかして!」

あおいが叫んだ。


 悲鳴を上げて来たのは、そりに乗った赤ちゃんであった。


 そりは、下で待ち構えていたスタッフに受け止められ、赤ちゃんは抱っこされたのである。


「赤ちゃん1人で、そりに乗せちゃうのっ?
 凄い所ですね!驚きました」


 「赤ん坊を歩かせるより、安全だから そりに乗せるんだ」

 まっ、あの坂なら確かにそりの方がいいかも。

 しかし、この坂道を登って上に行くって、大変だ!

 瞬間移動なら簡単なんだけど、きっと駄目と言われるだろうなぁ。


 チラッとスズマを見ると、またニヤニヤしていた。

「スズマさん、どうして笑っているんですかっ」

 あおいがムッとしながら聞いたら、


「ごめん、ごめん、可笑しくてな。

 隣の製造工場と隣の隣の発電所は、平坦な道で繋がっているから、坂を登っていかなくても行けるぞ。

 それに、第7の建物の中に行く、エレベーターが本当はあるぞ。

 だから、帰りは楽だぞ」


  はっ?もしかして、行きも坂を下らなくても来れたということなの?

「スズマさん、騙したんですか?酷い」


「違う、泰山王様が行く時は、他の人と同じように体験してみなさいって、おっしゃったんだ!私は、被害者だぞ」


「そうだったんですか、すみません。
 スズマさん、一緒に来てくれてありがとうございます」

 
  そのあと、2人は製造工場に寄り、発電所にも寄り帰ろうかとした時に呼び止められたのである。

「わっ、おねえ……あおいさん」


「えっ?誰かが私を迎えに来てくれたの?王子様?

 もう少し早く来て欲しかったよぉ」
 
  あおいは、かなり疲れていたので、意味不明な事を言ったのであった。


 あおいの隣で、聞いていたスズマはニヤニヤが止まらないでいたのである。

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