冥界の仕事人

ひろろ

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第六章: 新人仕事人 修行の身

孝蔵の願い ☆

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「孝蔵さん、ただいま戻りましたー!
 足を拭いて下さーい。ニャー」


 先に車から降りたグレースが、玄関で言った。


「おかえり、グレース。お疲れ様!

リュックが凄く重かっただろう。さあ、よこせ。

 おお、グレースには重いな……。

 足を拭いてやるからな、ほら抱っこだ」


 グレースは、孝蔵の腕の中で足を拭いてもらい、目を閉じ幸せ気分でいたのだった。


「グレース、いつもは自分で足を拭いているのに、孝蔵さんがいると、拭いてもらうんですか?」


 蓮が、ひょっこり顔を出した。


「そうニャんだニャー!
これが癖にニャるんです」


「よしグレース、荷物を台所に持っていこうな」 


 孝蔵は、グレースを抱いたままリュックを片付けに行った。


 そこへ、あおいとアサオがやって来たから、蓮が玄関で出迎えた。


「いらっしゃい」


 あおいは、嬉しそうな顔をしているが、アサオの顔も緩んでいる。


「あおいさん、こちらはどなたなの?

 凄いカッコいいわね」とアサオがささやいた。


「こちらは、調査員をしていた蓮さんで、今は、死神なんですよね」


「……の研修中です。
初めまして蓮と申します」

 
「初めまして、第4の門の罪状測定室で働いている、アサオと申します」


 はー、こんなにカッコいい人と知り合いだなんて、あおいさんが羨ましい!

 
 あれ?どうして、あおいさんのお爺さんの家に来ているの?


 お爺さんが凄い霊感の持ち主という事と、偶然、グレースさんがこの家にやって来て住みついたという事は、聞いていたけれど、死神さんが何故ここにいるの?


そんな事を考えているアサオに、孝蔵が声をかける。


「お帰り。アサオさんだっけ?
美味しい水は、見つかったかな?

さあ、玄関に立っていないで、上がってコタツに入りなさい。

ここは、冥界と違って寒いからね」


「はっ、はい、アサオです。
ご挨拶が遅れてすみません。

この度は、無理なお願いをした上に宿泊までさせて頂けるそうで、ありがとうございます。

ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します」


 アサオは、孝蔵に案内され居間へと行く。

 
 あれ?お爺さん、冥界に行ったことがあるのかしら?


あおいさんが、知らないだけで、お爺さんは、既に亡くなっている人だとか?


 生きているの?死んでいる人?どっち?


 混乱しているアサオであるが、そんな事は次の瞬間に忘れてしまったのであった。


「わっ、コタツ!
懐かしいわ!あったかーい。

もう何十年かぶりに、コタツに入りました」


 「そうか、亡くなってから随分と年数が経っているのか。
若いうちに、亡くなったんだな」


 何十年かぶり、と言うアサオの言葉に反応して孝蔵が呟いたのだった。

 ………………

「あおいちゃん、久しぶりだね。元気そうだね」
 

「蓮さんは、元気そう……には、見えませんね。

仕事が大変なんですね。
休憩中ですか?」


「ああ、そうだな。夜中から仕事だから休憩しに帰って来たんだ。

あおいちゃんは、今はどこの勤務なの?」

 
「第6で緑札の受付をしています。

教育係の人から、色々と教えて頂いて学んでいます」


 「そっか、頑張っているんだね。

 私も 先輩の死神に指導してもらって、何とかやっているよ。

覚悟はしていたけど、調査員よりも何かと大変だって、感じているところだ。

まっ、頑張るさ。

さあ、あおいちゃんも上がって居間に行って」


 そう言って、蓮があおいの前に手を差し出した。


 この手を握れという事ですか?


エスコートをしてあげるから、という意味でしょうか?

 
 あおいは、蓮の手を取る。


 相変わらず、ひんやりしている手だ。


 蓮に引っ張ってもらうように上がり 框かまちの上に立つと、手は離され、今度は あおいの腰に蓮の片手が添えられ、軽く押されるようにして、短い廊下を歩いた。


「じゃあ、私は金庫の部屋で休むから行くよ」


「あっ、はい。蓮さん、お仕事、頑張って下さい」


 蓮がコクリと頷き、2人は数秒見つめ合っていた。


 玄関からの2人の行動を目撃していたグレースは、呆れている。


 あんニャ低い段差で、手を取ってやるニャんて、お婆さんじゃあるまいし!


超短い距離の廊下で、いちゃつかニャいでもらいたいです!


「あおい、お茶が入ったぞぉ」


「はーい、お爺ちゃん」
 ………………

 あおい達は、お茶を飲みながら御神水の事を話している。


 孝蔵とグレースには、痩せる水などと言えるはずもないので“長寿の水”を探して、生まれ変わった時に飲むからと伝えているのであった。


「そうか、汲んだ水をそれぞれ沸騰させ、2種類のお湯を合わせた物を飲むのか。

しかしな、君たちは死んでしまっているし、効果は判らないと思うな……。

 生きている者にも、こればっかりは、どの組み合わせの水か、などと判りようがないぞ」
 

 孝蔵は、至極真っ当なことを言った。


「自分が転生して、長寿の水の事を覚えているのは難しいでしょう?
ニャにか、考えていますか?」


 グレースは、誰もが思う事を確かめた。


「はい、本当は今日と明日に汲んだ水を何処かへ保管して置ければいいのですが、それは年数の問題があるので無理でしょうから、メモを人間界の何処かに隠そうと思います」


  そんな風にアサオが答えた。


「そうか、アサオさん。
生まれ変わったら親よりは長く生きてもらわなきゃ困るもんな。

ただな、この国も狭いようでいて、広いぞ。

どこに生まれるかなんて、誰にも判らないはずだ。

 今の記憶だって、無くなるだろう。
 どうやって、メモの存在を思い出すんだ?」


 お爺ちゃんやグレースが真剣に考えてくれて、心配してくれている……ありがとう。


 私は、軽い気持ちで参加してしまったけど、反省して、いい案を考えよう。


 うーん、うーん、うーん、わかんないや!


 あおいの思考能力は、壊滅的なのだった。


 アサオも暫し考える……。


 閃いた!


「あっ、考え方を変えます。

 何処かに隠そうばかりではなく。

噂を流しておくのはどうですか?

あそこの御神水と、そこの御神水を合わせるといいってよ!という様に……。

 御神水にまつわる言い伝えとして残しておくというのは、どうでしょう?」


 アサオは、自分で言葉にしてしまい、落ち込んだ……。


 はーー。


 私の独り占めは無くなるけど……。


 その水を売る商売をしようって、計画も無くなるけど……。


 金札のアサオは、冥界に何十年もいる間に、腹黒アサオに変身していた。


 そして、腹黒アサオの独り占め計画は、噂を流す!と言ってしまった時点で、木っ端微塵となったのだ。


「アサオさん!それいい!

生まれて数年経っても、人の言い伝えならば、知る可能性があるもの!」


あおいには、想像もつかない考えだった。


 「そりゃあ いい考えかもな。

この御神水が長寿の水だ!って言えばいいんだもんな?」


「えっ!いや、ちょっと違いますけど……」


 アサオは否定をしようとしたが、今さら本当の事を言えなかった。


「孝蔵さん、違いますよ。
御神水の お湯ブレンドですからね。  

しかも、組み合わせは不明ですからね。

まっ、目星を付けた所に、噂をニャがせばいいのです」


「そうだね、グレース。いい考えだね」


あおいは、そう言いながら、痩せる水と言えない自分を罵倒する。


  このバカあおい!


長寿の水だなんて大嘘だ!


本当の事を言わないと第6の門の変成王様に舌を抜かれちゃうよ!


 私の金札が泣いているよ……。


だって、アサオさんが黙っているからさ、言えないじゃん……。


 人のせいにして私、最低だ!


自問自答をする あおいだったのだ。


「さて、今ある御神水を少しだけ沸かして、合体させてみるか?」


 孝蔵がノリノリで言うので、あおい達は従うことにする。


「これが、亀の子神社の水です」


「勿体ないから、ほんの少しだけ沸かすからな」


 孝蔵は、アサオから受け取った水を小鍋に移した。


「お爺ちゃん、これがフジヤマ神社のだよ」


「お爺さん、こっちは鶴の丘神社の水です」


 孝蔵は、3つの小鍋にそれぞれ水を入れ沸かしたのであった。


 「この湯呑みには、フジヤマと亀の子。

こっちのには、フジヤマと鶴の丘。

そっちのには、亀の子と鶴の丘。

これで、いいのか?
ややこしいな、じゃあ、飲むぞ?」


 孝蔵が言った。


「えっ?飲むの?私たちが、飲むよ」


 あおい達が飲むと言ったが、効果がわからない上、無駄と言われてしまったのだった。


「この結果は、何年もしないと分からないんだから、俺とグレースで分けて飲むからな」


「えっ!じゃあ、グレースがコレで、お爺ちゃんがコレって、別のを飲んでよ」


「1つ余っちゃうだろう?
面倒だから、2人で全部を分けて飲むぞ」


 そう言って、さっさと飲んでしまったのである。


 あーーー!2人で飲んだ……。


 アサオもあおいも、自分たちも一応飲もうとしていたから、がっかりとした。
 

  2人の様子は、いつもと変わらず元気だ。


「特に変化無しですね。アサオさん」

………………

 翌日、オストリッチとマサルが迎えに来て、ふたたび、御神水探しの旅が始まった。


「今日は、西にある竹取神社、東にある 朝日神社、南にある光里茂神社に行きます。

行ったり来たりと忙しいと思いますが、皆さん、よろしくお願いします」


 アサオの挨拶の後、一行は御神水採取の旅に出発したのだった。

………………

「リッチくーん、前、竹藪だからね!

 お願い、前を見て運転してよー」


 景色に見とれて、運転がおろそかになるオストリッチを注意する あおいと。


「わかってるよ!
お姉ちゃん、もう黙ってよ!」


 キレるオストリッチという、相変わらずの2人なのだった。


「こらっ!オスト、あくまでもお客さんだぞ!

そんな口の利き方をするな!

減点で給料スタンプが減るぞ!」


「はい、すみません!オサル先輩!」


「ちがーう、マサルだ!」


「この車のニャかは、賑やかだニャー!
 アサオさん?」


「はい、とっても!楽しいですけど、ねっ、グレースさん」


 ぐるぐる……グルグルグルグル、うっ!


「うっ、車を止めて!
車を止めて下さいニャー」
 

 突然、グレースの悲痛な叫び声が響いた!

…………………

 フーーー


 間に合った……。


 土があって良かった……。


 お腹を壊した……これは、御神水ブレンド湯のせいだ!


 今頃、孝蔵さんは無事でいるのかニャ?


 その頃、当然、孝蔵もトイレに通っていたのだ。


 あれは、本当に“長寿の水”なのか、ハズレの命削り水なのか?

 
 俺にとっては、どちらでもいい。


 孫にしてあげられる事が、あるだけ幸せだ。


 本来ならば、2度と会えないのだからな……。


 ただ、グレースが心配だ!


 どうか、下痢をしないでくれ!
 
 ………………

 御神水集めが終了し、孝蔵宅に戻ってみたら、孝蔵が痩せているように見えた。


 そういえばグレースも、げっそりとして見える。


 あおいとアサオは、悪いと思いつつニンマリとする。


 採取してきた御神水も、昨夜と同じにブレンドして、今度は あおいとアサオで飲んでみた。


 そして、あおいとアサオは、この旅の目的を正直に話した。


「おじいちゃん、グレース、本当にごめんなさい。

 2人を騙して、ブレンド湯を飲ませてしまって、本当にごめんなさい。
許して下さい」


「何だ、そうだったのか!
 俺は、君たちが生まれ変わって、長生きができるのなら、こんな下痢くらい何ともなかったのに!

 違ったのは、残念だ。
 けど、約束してくれ、2人とも生まれ変わったら、今度こそ、長く生きてくれよ!


 少なくても自分の爺さん、婆さんよりは長く生きなくてはダメだぞ!」


 それを聞いていたグレースは、黙って頷いていた。


 命を取る側だった自分は、ニャにも言えニャいが、是非、ニャがく生きて欲しいと願っている。


「お爺さん、今日、行った御神水の神社には、グレースさんにメモを書いてもらって、いろんなところに置いてきました。

昨日、行った神社には明日、帰りながらメモを置いてきます」


とアサオが話した。


 そのメモを誰かが見て、噂を広めて欲しいと願い、置いてきたのだった。


「おじいちゃん、明日用のメモを書いて欲しいの。

私が書いた物は、消えるかもしれないから」


「ちょっと、待って下さい。
私は、明日、同行しニャいので、メモを持って行けませんよ。

 明日は、私、予定があるので、孝蔵さんも仕事だし……」
 

「よしっ、わかった。
今度、俺とグレースとで 、その神社に行ってくるぞ。

 メモをどこかへ置いて、ついでに噂を流せばいいんだろう?

 グレース、旅行に行くぞ」


 孝蔵が目を輝かせて、グレースに言ったのだった。


「はい、何処へでもお供します」


 グレースは、内心、神社に旅行かぁ。と思ったが、まあ旅行には違いないので、良しとしておいた。


 本日、グレースの書いたメモには、“此の御神水は長寿の水なり、他の御神水と合わせるべし”と書かれていた。


 それから、孝蔵のメモには、“此の御神水は痩身の水なり、他の御神水と合わせるべし”と書いてあった。


 後日、孝蔵とグレースのメモが、役目を果たす事にはなる。


  だが、沸騰させる事を書き漏らしていた事に、誰も気がつかなかったので、後世に正しくは、伝えられないだろう。

 ………………

 個人旅行の最終日に、迎えの冥界タクシーの中でアサオが話す。


「私、もう、本当にすぐなんだけど、転生準備で天界に戻るのよ……」


「えっ?アサオさん、生まれ変わるんですか?
いなくなっちゃうの?

冥界から消えてしまうんですか?
えっ……そんな……」


 あおいは、思いがけない言葉に、ショックを受けていた。


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