冥界の仕事人

ひろろ

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第六章: 新人仕事人 修行の身

新たな覚悟

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  あおいが冥界事務センターから、ログハウスに戻ると、蓮が部屋にいたのだった。


「お邪魔しているよ。
今、オストリッチ君にも聞いていたんだけど、この先の話し……。

あおいちゃん、君は今後、本気で調査員を目指すつもりがある?」


 えっ、唐突に聞かれても……。


自分に向いているのか、迷うこともある。


 正直、人の命が終わる時に自分が関わっていていいのかと思っている。

 
 命あるものに必ず訪れる死に際して、悔いが残らないような最期になるように、少しでも手伝いができれば……。


私が目指してもいいのなら、許されるのなら。


「調査員になりたいと思います」

………………

それから数日後、蓮は第7の門、泰山王たいざんおうの元へと来ていたのである。


「ほう、缶ビールですか。
 珍しい物ですな。有り難く頂きますぞ。

 蓮がお土産を持って来てくれるとは、どういう風の吹き回しですかな?

 何か 目的があるのでは……」


「いえ、いえ、日頃の感謝ですから、どうぞ」


「そうか……ならば」


 パン パン


 泰山王は、いつものように手を2回叩いて言う。


「スタッフー、あっ、玲子さーん、玲子さん、おりますかなー」


「泰山王様、お呼びでしょうか」


 隣にあるスタッフルームから、玲子が所長室にやって来た。


「この後、私との面会予定者は、いますかな?」


 本日、この後の面会予定者はいないとの事で、泰山王はソファーに座り、さっそくビールを開けてひと口飲んだ。


「あー、美味しいですな。人間界は、美味しい物が揃っていますなぁ。

蓮も隣に座りなさい、ところで、調査員補佐の2人は、頑張っているようですな。

 秦広王しんこうおうが弟子の成長を喜んでいましたぞ」


「はい、あおいさんも成長しています。

 2人とも、本気で調査員を目指してもいいのではないかと、私は考えています」


「ふむ。鳥が調査員になる、という前例がないですぞ。

あの娘も、まだ若過ぎますな。

上司には、相談しましたかな?」


「はい、死神の礼人さんに相談をしたら、泰山王様に話して、諸々を決めるように言われました」


「ふむ。調査員になるには、もっと修行をして、いろんな経験を積み、精神的にも大きく成長しなければなりませんぞ。

このまま、補佐という事ではなく。

他部署で修行をする必要がありますが、それでいいのですかな?」


泰山王がそう言うと、蓮の顔が一瞬、曇った。


「はい、承知致しました」


「ふむ。修行先は、秦広王と相談して決めるゆえ、待つが良いぞ。

して、蓮、君は死神を目指しておったな?

 2人が修行に出たら、君は死神の研修をしなさい」


 蓮は、驚いて泰山王を見た。


「私が、死神研修?」


「配属先は、礼人と決める。良いですかな」
 

 「はい、よろしくお願いします」


 蓮は、長年の憧れであった“死神”になれるということが、とても嬉しかった。


 あおいとオストリッチと、離れて仕事をする事が寂しいと感じたのが、すっかり吹っ飛んでしまっていたのだった。

………………

 蓮は、上機嫌で孝蔵宅へ帰り、居間にいたグレースに報告をする。


「グレース、私は とうとう死神になれます!

ずっと憧れていた死神に、なれるんですよ!

 夢みたいだな……」


「ソウデスカ。ソレハ、ヨカッタデスネ」


 言葉に心がこもっていない。


 誰が聞いても、棒読みだ。


「えー、グレース、何か馬鹿にしてますか?
 随分と冷めた目で、見られている感じだけど?」


「本当か、蓮、死神になるのか!大出世じゃないかあ!凄いなー」
 

 蓮の言葉を、台所で聞いていた孝蔵が、すぐさまやって来て喜んだ。


「蓮さんは、死神をやる切ニャさを、知らニャいのです。きっと、後悔しますよ……」


 グレースの言葉には説得力がある。


 蓮の顔が引き締まった。


 死神だった人からの助言は、しっかり受け止める。


 それでも。


ずっと長い間、憧れていたのです。


そう、あなたに。


紅鈴さんに憧れていたのです。


 あなたと同じ位置には、立てないけれど。


 あなたが体験してきた切なさを、知ることができる。


 いつか、また人型に戻ってくれる日を待っています。


「こら、グレース!めでたい事に水をさすな! 

よし、今日はお祝いだ!
蓮、何が食いたい?
何でも、作ってやるぞ」


 孝蔵は、自分の事のように喜び、冷蔵庫の中を確認しに行った。


「蓮さん、冷たいかもしれませんが、後悔をして欲しくニャいから言います。

想像してみて下さい。

今、孝蔵さんが死ぬと考えてみて……。
あニャたは、札を貼れますか……」


「……」


 そうか、そういう事なんだな。


 どんなに理不尽であっても、生命の泉から持ってきた札は、貼らなければならない。


「貼ります。それが使命なのだから!」


 それを聞いたグレースは、諦めたように笑った。


 側から見て、分かりづらいが笑って言う。


「そうですか、ニャら、大丈夫ですね。

おめでとう。きっと、あニャたニャら立派ニャ、死神にニャれます。
頑張って下さい」


 今は、灰色の猫 グレースになっているが、元 死神の紅鈴からの言葉に、感激する蓮なのだった。
 

「ほれ、蓮、何が食いたいんだ?
言ってみろ」


「そうですねー、孝蔵特製クリームシチューがいいです」

 
 蓮の好物だ。


「えー、こういう時は、おかしら付きのさかニャに決まってますよ。

さかニャがいいー!」


 猫のグレースは、魚が大好きになったのだ。


「こらっ、グレース!
今日はダメだ。

蓮のお祝いだからな。魚は明日だ」


「はぁい、仕方ニャいニャ」


 グレースの長い尻尾がダラリと下がった。


「ごめんね。グレース、今日だけは許して下さい」


 蓮は、にっこり笑顔で謝るのだった。

………………

 そうそう、話は前後してしまうが、オストリッチが貰ってきた、お土産についてお教えしよう。

 
 オストリッチは、冥界に着いて、すぐに秦広王のいる第1の門 に行ったのである。


 事務所のスタッフに面会人が、いないか確かめて、所長室をこっそり覗いてみた。


 秦広王が座っているのを確認し、声を掛けようとして、隣にストークがいることに気づいた。


あ、先生が本を読んであげている。


 ふーん。


 ストークさんにも読んであげるのかぁ。


 うん?本が違うぞ!


 ここから、よく見えないけど、みにくいアヒ……までは、分かった。


 新しい本だ、僕にも読んで欲しいのにな……。

 
 お土産を渡したいけど、邪魔したら悪いから、スタッフの机の上に、マグロの缶詰を2個置いて、メモを書いておこう。


 せんせいへ

 おみやげです。

 めずらしい かん だからあげます。

                            オストリッチより


 オストリッチは、今度、先生に新しい本を読んでもらう、と心に決めて家に帰ったのだった。


 秦広王は、そのお土産に気づいて、とても感激をする。


 オストリッチから、初めて貰う お土産だったからだ。


 おお、これは人間界で人気のツナ缶であるな。


 何て気がきく、良い子であろうか。

 私の育て方が良いのであろうな、きっと……。


 オストリッチは、ログハウスに帰って、もう1つのマグロの缶詰を眺めていた。


ふと、缶詰に付いている取っ手の部分が気になり、嘴でつついてみる。


パチン。


 下の嘴が缶詰のプルタブに、挟まってしまったのだ。


 うん、うん、うん、取れない!


頭を左右に振ったら、ぶんっと缶詰が玄関ドアに飛んで行った。


 ガンッ!


 缶詰は、ドアにぶつかって転がったのであるが、オストリッチは 、缶が怖くなって、もう触らない事にしたのだった。
 

 そこへ蓮がやって来て、缶詰を拾い部屋の隅に置いた。


そして、オストリッチに、これから先の事を聞いた。


「鳥の僕に、チャンスを与えて貰えるのなら、調査員を目指したいです」


オストリッチは、そう答えた。

 
蓮が帰った その夜、あおいは部屋の隅に、缶詰が置いてあることに気がついた。



 マグロの缶詰が、ペットのお墓に供えてあったのを知っていたが、その商品は人間用だったのだ。



 しかも、大人気のツナ缶だったので、あおいが美味しく頂いたのであった。


 オストリッチは、今後、缶詰のお土産は、やめようと思ったのだった。

………………


 旅行から暫く経った、ある日のこと。


 第7の門 泰山王に、あおいとオストリッチが呼び出された。
 
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