冥界の仕事人

ひろろ

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第五章: 新人仕事人 恋模様

ひと夜の話

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 並んで敷かれている布団を前に、どんな顔をしていいのか分からない 2人。


 ここは、大人の余裕を見せなければ……。


 冷静になるんだ!


「女将さんは、なんか勘違いしているみたいだね。寝る時は、隣のコタツに行くから安心して」


「えっ、せっかく旅行に来たのに コタツで寝るなんて、それじゃあダメですよ。
お布団で、眠って下さい!

私、布団がくっついていても大丈夫ですけど、何なら、私がコタツの部屋に布団を運んで、あっちで寝てもいいですよ」


「そんな面倒な事しなくていいよ。
あおいちゃんが平気なら、このままでも構わないけど?」


「はい、私も構いません……」


 嘘です!本当は、構います!

 この状態で眠れるわけないです!

 女将さん、何を考えているんですかっ!

 
 どうしよう!


 浴衣姿のあおいちゃんは、とても可愛くて、理性を抑えるのが大変だ。


 それぞれ、考え事をしているから、沈黙が続く。


「あおいちゃん、浴衣の帯がキツイでしょ?
お互い、楽な寝巻きの浴衣にしない?」


蓮が、コタツの部屋にあった浴衣を渡し、あおいのいる部屋から出て行った。


「あおいちゃん、着替えが終わったら言って!」


 蓮さんが、私の着替えに気を遣ってくれているけれど、今更感があるんだよね!


 浴衣の着付けで、思いっきり下着姿を、見られているからな……。


そんな事を思いながら、浴衣を脱いで、寝巻きの浴衣を着た。


「蓮さーん、着替え終わりました」


 あおいも蓮も、白地につづみ柄の浴衣を紐で結んで着ていた。


「こっちの浴衣の方が楽でいいね。
 テレビでも見ようか」


 コタツに入って、テレビを付けた。


 長方形のコタツで、テレビが斜め前にあるから、こうやって並んで座るのも不自然ではないけど、窮屈じゃないのかな?


 蓮は、また、あおいと同じ所に入っているのである。
 

 あおいと蓮は、テレビを観ているはずだが、実は、内容が全く入ってこないのだった。

 ………………
 
その頃、優とオストリッチも本館にやって来ていた。


 オストリッチは、優に連れられて3階までやって来ていた。


「確か、この辺にあったはず……あった!ツルノ君、ここだよ。
ツルノ君が、伝言に行っていた時に見つけたんだよ」


 入り口に無料プレイルーム
と、書いてある。
 

 2人は、その部屋に入って行く。


 夜だからか、人の姿はない。


 広い部屋には、ネットの囲いの中に入っている滑り台があった。


滑り台の周囲には、幼い子どもが遊ぶようなカラーボールが沢山入っている。


「これが滑り台?

 この中に入っていいの?」


「もちろん。

楽しいと思うよ。入ってごらん」


「ちょっと、怖いな。

 大丈夫かな……」


 ズボッ!


「ギャァ!沈んだよー!」


「ハハハ、大丈夫だよ。
そこから、こっちへボールを投げてみて!外に出て行かないから、思い切り投げて構わない」


「えいっ!」


 オストリッチは、指が3本ずつだからボールを掴むのは大変だろと思っていたら、とても器用に掴んで投げていた。


「ツルノ君、上手だね。

その中の滑り台で遊んだり、寝転んだり好きに遊んでいいんだよ。

たまには、子どもらしく遊んだらいいよ」


「はいっ!」


 オストリッチは、優の優しさがとても嬉しかったのだった。


「優さん、とても楽しいです。

 アハハハ、えいっ、えいっ」


 楽しそうに遊ぶオストリッチの姿を見て、優も幸せな気分になっていた。


「ツルノ君、紙芝居があるから、こっちに来れば?」


「かみしばい?って何ですか?」


「僕が、昔話をするからツルノ君は、絵を見ながら、聞いていてね」


 オストリッチは、頷き ワクワクしながら、優を見ていた。


「むかーし、昔。ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。ある時、お爺さんが罠にかかった鶴を助けてあげました……」


 わっ、鶴のお話?


 うん、うん、どうなるの?
 

 先生が読み聞かせをしてくれた話しみたいだけど、紙芝居の方が面白い。


 オストリッチは、絵と優の話す表情と声の調子が面白くて、紙芝居がとても気に入ったのだ。


「……姿を見られたからには、もう ここにはいられません。

どうか、いつまでも元気でいて下さい。

さようなら……。

娘は、鶴になり、山の方へ飛んで行ってしまいました……おしまい」


「面白かった!もっと、読んで!もっと!

優さんって、すごーい!

お話が上手なんですね」


「そんなに、褒められて、僕、嬉しくなっちゃうな!

ツルノ君は、褒め上手だね」


「ほめじょうず?何だろう?
 僕が褒められているのかな?」


 首を傾げながらオストリッチが言った。


「そうだよ。
君はいい子だねって、褒めたの」


 そう言って、優が笑った。


 それから暫くの間、2人で盛り上がって遊んでいた。

 ………………

 コタツに入り、ミカンを食べながらテレビを見ている あおいと蓮。


「そろそろ寝ようかな。あおいちゃんは?」


「わ、わたしは、もうすこし、テレビをみてます」


 あおいは、平静を装い、自然に話したつもりだ。


 少しホッとした蓮は、1人で隣の部屋に行った。


あおいちゃんより、先に寝てしまえば、ドキドキしなくて済むぞ!


「よし。蓮さんが先に寝てしまったから、何も起こらない!」


 何だぁ、残念!と思う気持ちも、ちょっぴりはあった。


 テレビのボリュームを下げ、見ているのかいないのか、自分でも分からないくらいボケーっとしていた。


 暫くして、隣の部屋から蓮が出て来て、コタツにいる あおいを引っ張り、抱き上げて、隣の部屋に連れて行った。


 そう あおいは、コタツの中で、眠ってしまっていたのだ。


 あおいの身体を優しくそっと、布団に寝かせ、掛け布団をかけて、結んでいた髪ゴムを取り、手ぐしで髪を軽く梳いてやる。


 それから、あおいの寝顔を見つめたのち、蓮は自分の布団に潜り込んで、あおいに背を向けた。


 あおいは、目をぱっちりと開けた。

 びっ、びっくりしたー!

 びっくりだよー!
 

 どこから起きていたかといえば、掛け布団を掛けてくれた辺りからだった。


 少しして、蓮さんの寝息が聞こえてきたのを確認してから、あおいは思い切って言う。


「好きです」


 微かな声で言ってみた。


 ん?なんか聞こえたような……?


 あおいちゃん?


 ヤバ!蓮さんが動いた!


 急いで寝たふりしよっ!


 蓮は、もぞもぞしながら片目を開けてみたが、あおいは眠っているようだった。


 私は、いつの間にか君のことを好きになってしまったらしいな……。


 蓮の手があおいの布団へと伸ばされた。


 あおいの布団の中に、冷んやりした空気が入った瞬間。


 あおいは、手を掴まれた。


 正確には、手を繋がれたのである。


 蓮さんと手を繋いで寝ているのだ。


 どうしよう、今、起きてみたら この先どうなるのかな?


 どうしよう、どうしよう……。
 

 くかーくかー


 あおいは、寝落ちしたのだった。

 
 コケコッコー


「あん?鶏の声?朝?」


 あおいは、ぱちっと目を開けた。


「おはよう、あおいちゃん!
鶏の声がしたね。
 
近くの林に、野性化している鶏がいるから、朝は賑やかです、って女将さんが言っていたよ。

 本当、凄い鳴き声だったね」
 

「おはようございます。

もう朝なんですね。
 蓮さん、寝られましたか?」


 私、蓮さんと手を繋いで寝ている夢を見ちゃった……蓮さんには、秘密だけど。


「うん……まあ、寝たけど」


 あおいが眠った後、手を繋いだまま、悶々と過ごしていたのだった。


「さあ、今日は観光して夜帰るからね。目一杯、楽しもうね」


「はい、そうですね。
 じゃあ、朝風呂に行ってきます」


各自が楽しく過ごし、チェックアウトの時である。


 あおいも蓮も女将も、笹の間に来ている。


「女将さん、宿泊料金のことですが、例の約束通りでいいですか?」

 
「もちろんです。宿泊料金はいりません。
約束を果たして下さって、ありがとうございました」


「こちらこそ、楽しく過ごせました。
 ありがとうございました」


 蓮が女将に言うと、皆も揃って御礼を言った。


「女将さん、お忙しいでしょうから、見送りはしなくていいですから。

ここで、お別れします。
どうぞお元気で……さようなら」

 
 あおい達は旅館を後にした。


「お姉さん、昨日は蓮さんと楽しかったですか?」


 オストリッチがあおいに聞いた。


「えっ!まあ、楽しかったけど……」


「僕ね!とーっても楽しかったんだー!
 あのねぇ、優さんが遊んでくれたんだよ」


 優さんって、面倒見がいいよね。


 私を遊園地にも連れて行ってくれたしね。


 生前は、どんな仕事をしていた人かな。

 
「さあ、次は遊園地に行くよ!
場所は、わかっているね?

じゃあ、行くよ」


 あおいは、蓮に抱きしめられて、移動したのだった。

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