冥界の仕事人

ひろろ

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第五章: 新人仕事人 恋模様

御利益有り観覧車

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 ひまわり園という遊園地の観覧車前に着地した2人。


 平日にもかかわらず、観覧車 には長い行列が出来ている。


行列を作っている人たちは、全てがカップルだ。


 何故、観覧車が人気なのか知らない あおいと優は、乗ってみる事にしたのである。


「どうせ姿が見えないから、他のカップルと一緒に乗っちゃおうか!」


 あおいは、そのカップルに悪いと思いながらも、姿が見えないのだから、まっ、いいかと思って、了解する。


 あおいと優は、社会人に見える2人の所にお邪魔したのだ。


「やったー!赤い乗りカゴだわ!
この中で、1つだけの“御利益ごりやく有り観覧車に乗れたなんて、すごいラッキーなのよぉ!」


観覧車に乗り込みながら、彼女が興奮して、彼氏に話している。


「何、御利益有り観覧車って?」


 「えっ、知らないの!この観覧車が縁結び観覧車と言われているのは、知っているでしょう?」


 彼女が不満そうに聞いた。


「それは、もちろん知ってるよ」


彼氏の返事に少しホッとした様子で、更に話す。


 あおいは、彼女の隣、優は彼氏の隣に座っていて、そんな事を2人も知らないから、カップルの話しを興味深く聞いている。


「この観覧車に2人だけで乗ると、結ばれると言われているけど、観覧車の中で赤い乗りカゴは、1つだけだから。

もしも乗れたら、縁結びの神様の御利益があって、結婚をすると言われているのよ」


「へー、そうなんだ。
それで、ラッキーって言ったんだ……」


そう言ってから、彼氏さんが沈黙してしまった。

 
 微妙な反応だよ。


 喜ぶ彼女さんを見て、引いてしまったのかな?


 はっ!


ごめんなさい。


2人だけで乗っていませんよね?


あたしと優さんが、お邪魔しています。


でも、姿が見えないから、2人で乗っていることにして下さい。


 あおいは、優を見つめながら、


「この2人、結ばれるかしら?」と、ジェスチャーと口ぱくで聞いている。


 普通に声を出しても聞こえないはずだが、気持ち的に邪魔をしたら悪いと思い、口ぱくにしたらしい。


 優は、ドキッとした。


 えっ?ユウサント ムスバレルカシラって言ったの?

 
そんな大胆な事を ここで言うの?


優は、返事に困った。


 観覧車の中は、静まり返っている。


そして、4人が乗った乗りカゴが丁度、頂上に達した時に、彼氏がポケットから紙を出した。


「よかったら、これにサインを下さい」


 それは、折り目がかなりついた婚姻届だったのだ。


彼女は、思いもしなかった事に、驚いた様子だ。


 それから彼女が言う。


「あっ、ごめんなさい。書くものとハンコを持っていないから……」


 げっ、まさか!断るとかじゃないよね?


優さんも、ここに居づらいのか、凄い顔をしている。


 プロポーズの場面に出くわしてしまって、バツの悪そうな顔になっている。


あたしも、ここに居ずらいもの。


 そうか、さっきまでの沈黙は、彼氏さんが緊張していただけだったんだ……。
 

上手くいってほしいけど、これ以上、様子を見ているのは失礼だよね。


 そういえば、全く景色を見ていなかったな。


 あおいは、下界を眺めてみる。


わぁ、海だ!


「優さん、海だよ」当然、指を指して口ぱくで言った。


 えっ?あおいちゃんが、また何か言ってる!


何?


ユウサン、スキダヨ だってー!

 
どうしよう。


そんな事、言われるのは、死んでから初めてだし!


女の子にそんな事を言わせてしまって、申し訳ないし。


あおいちゃんのこと、好きではあるけど、まだ恋愛きは到達していないかな?


ヤバい、あおいちゃんのこと意識してきちゃったかな……。


 結構、僕の好みのタイプだし……。


 再び、乗りカゴの中は、沈黙状態になっていた。


 もう終点に着く頃に彼女が、


「帰りに家に来てもらえる?」


と、言った。


 あおいと優は、これが、いい返事ならいいと願っていた。


 観覧車から降りて、次に乗るものを探して歩いているが、優がぎこちない態度でいるように思えた。


 どうしたのかな?


 何か怒っているのかな?
 あたしは、何もしていないし……。


 あっ、ジェットコースターがある!


あのタクシーに乗れたんだから、こんなのどってことないよね。


「優さん、あれに乗りましょう」


「うん……えっ、えー!」


 ぐいぐい と、あおいに腕を引っ張られて、苦手なジェットコースターに乗せられてしまった。


 あー!ごちゃごちゃ考えるのはやめよう!


せっかく、遊びに来たんだから楽しもう!


絶叫しているうちに、迷いが吹き飛んだ優だったのだ。


 それからは「あおいちゃん、あれ乗ろう、これ乗ろう」と楽しく過ごした。


 こじんまりとした遊園地のアトラクションを遊び尽くした2人は、帰ることにする。


「あおいちゃん、家まで送るよ」


優から言われて、まるで 付き合っているみたいだと思った。


これが生きている時だったら、良かったのにな。


車で送るよ、とか言われてみたかった……。


 “自分が乗っている助手席に手を掛けられて、バックさせている彼の真剣な顔”とかがカッコいいとか、雑誌に載っていたし、憧れだったな……。
 

 「ほら、手を繋ごう」


「……」


 まあ、こんな送り方も有りかな。


 悪くないな。


 優さんの手も冷んやり冷たい。


 優さんの外見は、チャラく見えるけど、とってもいい人なんだよね。


 あおいの実家に到着し、別れ際に優から、気になることを言われた。


「あおいちゃん、今日は ありがとう。

 観覧車に一緒に乗れて良かったよ。

 きっと結ばれると思うよ……」僕たち。


 返事が遅くなって、ごめんね。


 ……と後の部分を心の中で、付け足した。


 優が何を言っているのか、一瞬分からなかったが、すぐに観覧車に乗っていたカップルのことだと、納得した あおいだった。


「今日は、楽しかったです。
 じゃあ、また」


 あおいは、手を振って見送った。


 そろそろ、お母さんが帰ってくるかな。


夕飯は、何だろうな。

……………

「孝蔵さん、お帰りニャさい。
 今日は、うちにあおいさんが来ました。

 里帰りです。今、実家にいます。
 明日、また、ここへと来るそうですよ」


 アルバイトから、帰ってきた孝蔵に報告した。


「へー!やっと帰ってきたか!今から、向こうに行こうかな。

あっ、いや、親子水入らずがいいだろうな。
明日を待つとしよう」


 その夜の水島家の食卓に大根おろしがたっぷりの和風ハンバーグが並んだ。


もちろん、あおいの席にも置いてくれて、一緒に食べている。


「お母さん、美味しいよ!お母さんのハンバーグが大好きだよ」


 あおいは、声が届かないが、感謝を伝えた。


「あおい、コーンスープ飲むか?
 俺のを少しあげるからな」


父親が 自分のスープを、あおいの席に置いてくれた。


お父さん、いつもこうして、話しかけてくれていたの?

 
「お姉ちゃん、この人参美味しいよ。
あげる」


「こらっ、人参が嫌いだからって、あおいにあげちゃダメでしょ!

食べなさい」


「バレたか!」


 もう旬たら、相変わらずなんだから!


 うちは、いつもと変わらない。


 楽しい。


 やっぱり生きていたかったな……。

 
 このまま生きていたら、どんな未来があったのだろう。


 でも……もう、考えるのはよそう。


 どうすることも出来ない今が、あるのだから。


 今を大事にしながら、前に進むしかない。

 
 そう、わかっているはずなんだけど、なかなか、割り切るのって難しい。
 

 とにかく!


 また、記憶を無くすのだから、今を精一杯 楽しもう。
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