冥界の仕事人

ひろろ

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第五章: 新人仕事人 恋模様

実家へ里帰り

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 ゴー ゴー ゴー

 凄まじい音とスピードで人間界の空中を疾走する冥界タクシー。


外見も、人間界のタクシーそのものであるから、そう呼ばせて頂こう。


 めまぐるしく変わる景色を見ながら、懐かしさが込み上げてくる。


「あっ、このクレープ屋さん!
 美奈子や麻美とよく来たなー」


  思わず 、独り言が大きくなってしまった。


「もう、しっかりと記憶が戻ったようですね」


 運転手が言った。


「はい、全然覚えていなかったのに、景色を見ると、思い出とか、どんどん出てきて、なんか興奮しちゃいます。

うるさくして すみません」


「はっはっは、大丈夫ですよ。
他の皆さんも同じですからね」


 そうか、他の人たちも このタクシーに乗っているんだよね。


 凄いスピードで、苦情がでないのかな?


「あっ!前、前、信号機があります!
ぶつかっちゃいます!きゃあー」


 あおいは、足に力を入れて踏ん張った。


 すると、信号機をスルリと通り抜けた。


 はー、手に汗握るって、まさにこれの事だわ!あ、汗は出ていないけど……。


「大丈夫です。通り抜けますから、ぶつかりませんよ」


 ふー、帰りは自分で帰ろう。


 キィ。


「到着しました。
1泊2日ですから、帰りは、明日の18時にお迎えに来ます」


「あっ、私 行きたい所があるので、自分で帰ります。
祖父の所へ行きたいのです。
ありがとうございました」


 運転手は、驚いた顔をした。


 自分で、どうやって帰るというのか。


 大抵の冥界の人は、フワフワと空中を浮遊はできるが、冥界までの長い距離を帰るのは無理だ。


「では、15時にお迎えに来て、お爺様の所へお連れしますよ。
それでは、旅をお楽しみ下さい」


 そう一方的に言い、タクシーは消えてしまったのだった。


「えっ、あっ、待って……」


 あおいは、自分の生まれ育った家の玄関の前に立っている。

 
この辺りは、新興住宅地で同じような家がずらりと建ち並んでいる。


早朝だから、まだ、皆んなが中にいるよね。


やだ、自分の家なのに、ドキドキしてきちゃった。


 ガチャ


 玄関のドアを開けると、まずお線香の香りがしてきた、それから、そのまま台所にそっと行く。


 あっ、この匂いは、お味噌汁だ。


 お父さんと弟のしゅんがご飯を食べていた。


「ただいまー!あっ、あたしの席にも、あたしのお茶碗に、ご飯が盛ってある!

お味噌汁もある!
具は、大根と若布だー!

わーい、お母さん、いただきます」


 あおいは、いつの間にか自分のことを生前のように“あたし”と言っている。


 母が自分の味噌汁を持って席に着き、誰も座っていない、あおいの席を見つめていた。


 今日もあおいは、いないのね……。


「お母さん、ご飯、おかわり!
あっ、姉ちゃんの食べてもいい?
捨てるのもったいないからさ」


「えっ、旬、あたし食べているじゃん!
 ちょっと取らないでよっ!

あっ、取ったな!じゃあ、目玉焼きをもらうからね」


 家族には、あおいの姿が見えていない。


霊感があるのは、あおいだけなのだ。


 あおいは、旬の目玉焼きの皿を取り上げ、自分の方に置いた。


 コトッ!


「 ! 」


「あー、目玉焼きの皿がちょっと動いた! 
姉ちゃんの席の方に動いた!

ポルターガイストだよ!気味が悪いなー!」


「何言ってるの?早く食べて学校に行きなさい」


 母が弟を叱った。


 父は、天気予報をジッと見ている。


  えっ、旬、動いたのが見えたの?


 そういえば、第7の玲子さんから“旅に出る時の注意”として、「人間界の物をやたらに触ってはいけません」と言われていたっけ。


 額に札がある状態だと、幽霊みたいなものだから、心霊現象になるかもしれないって。


物は、食べても減らないから、食べてもいいと言われたんだよね!


 気をつけないとね。


「おっ、時間だ。会社に行くよ」


 父は、いつもと同じ時間に車で行く。


「お父さん、行ってらっしゃい」


 あおいは、外に出て見送った。


 旬は中学3年生で、学校まで自転車で行くのだ。


「お母さん、行ってきます」


 あおいも母と見送る。


 母は、テーブルの上に残った あおいの味噌汁も食べて、後片付けを始めた。


「お母さん、今日 仕事なの?」


 声は届かないが、いつもの癖で話しかけてしまう。


「今日の夜ご飯は、お母さんの作るハンバーグがいいな。

 和風ハンバーグがいい。おろし大根たっぷりでお願いします」


 2階のバルコニーで、洗濯物を干している母に話しかけている。


 聞こえるわけがないね。


 生きている時は、会話出来る事が、当たり前と思っていたけど、会話が成立しなくて、独り言状態ってのは、寂しいものだと実感しているよ。


  母は、あおいの存在に気づかないまま、車に乗りパートの仕事に行ってしまった。


 何よ。これじゃあ、あたし暇じゃん。


 ま、いいか。自分の部屋に行こう。


 あたしの部屋は、そのままになっている。


もしかして、机の中も そのままかな?


 引き出しを開けてみたら、日記帳があった。


 ヤバい、この日記を家族に見られたよね?

 
 お婆ちゃんが亡くなった日の事が書いてある。


 あっ、そういえば、冥界でお婆ちゃんに会っていないな。


 第7にあるみそぎの鳥居の1つに行ったのかな?


 白札だったら、大抵の人があそこで働くはずだから。


 あおいの祖母は、あおいが亡くなる半年以上前に亡くなっている。


「えーと、日記には、“おばあちゃんが死んでしまって、おじいちゃんが元気がないから心配だ”って、書いてあるけど、短い日記だなぁ。

 うん?この日は、“大変だ!ネコがしゃべった!絶対に化けネコだ!おじいちゃんが変なネコにころされちゃう!
 
 明日、正体をつきとめるてやる!”だってー!グレースのことを書いている!」


 この日記は、ヤバすぎる。


 お母さんは、もう見ちゃったかな?
 見たよね?


 この後のページにも、色々と書いている。


 普通なら、3日坊主どころか、1日で終わるけど、結構 書いてあるみたい。


 あおいは、最後のページを見る。


 もう声に出して読むことは、出来なくなっていた。


 “明日は、キャンプだー!

 夢みたい!学校の人気者の越野君と一緒に行けるなんて!

おじいちゃんちが越野君ちのとなりにあるから、知り合いになれたんだもの。

おじいちゃんに感謝です。”

 
 やだ、恥ずかしい。


この日記は、色々ヤバすぎる!


冥界に持って行けないかな?


 さっき、お皿を移動できたから、ノートも移動出来るはず、このまま持って動いてみよう。


 バサッ!


 ノートは床に落ちた。


 ほんの少しだけしか、動かせないのか。


 床から机に戻そうとしたら、何度も落としてしまう。


やっと机の引き出しの中にしまい、あおいは、ホッとする。


 今から、おじいちゃんの家に行って、グレースにどうやってノートを、持ち出せるか聞いてみよう。

 
 あおいは、瞬間移動ベルトをしっかりと持ってきていたのだ。


 さあ、森田 孝蔵 宅へ行くぞ。
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