冥界の仕事人

ひろろ

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第三章: 見習い仕事人

最後の日に胸キュン?

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  事務長室に呼ばれた あおいは、事務長と対面している。


冥界事務センターの事務長室は、とにかく狭い、書類が入った収納棚がずらりと置かれているからなのだ。


 「あおいさん、到着ロビーの仕事にも慣れたと思うのだが、明日から異動になります」


「えっ、異動ですか!せっかく慣れてきたのに?それで、どこに行くことになったのでしょうか?」


 異動先を聞き、あおいは一瞬固まった。


 えー、あそこ?


 私、大丈夫なのかな?


  今日のあおいは、ここでの仕事が最後なのだと、いつにも増して気合いを入れ、死者達を受付へと案内していた。

 
と、同時に鬼に話し掛ける事にも、気合いを入れる。


「青鬼さん、今、何時ですか?」


 すると青鬼は、黙ってジャージのポケットから、懐中時計を取り出し、あおいに見せた。


 ダメだー。


 何も話さない!


 あーあ、今日も会話ができなかったな。


 そう思って事務所に戻ってくると、ユウコさんに呼び止められた。


「あおいさん、ここでの最後の仕事を頼むわね。

警備部に行って、この書類に警備部長の署名と印を貰ってきて、お願いね」


 ユウコさんがいつもしている事をさせてもらえるんだ!


ちょっと嬉しい。


「はい、かしこまりました」


 警備部というのは、各門に配置されている鬼達を束ねている部署である。


 各門に配置する鬼を決める人事係と警備係がいるが、全員 鬼で、通常の冥界事務員はいない。

 
 ここは、冥界の入り口という事で不測の事態に備えて、鬼の中でも素晴らしい格闘技術を身につけた、超精鋭の者が集まっているらしい。
 
 
 鬼たちの集団って男ばかりだから、部屋の中って、凄い匂いかな?臭いかも?


 事務所を出て裏側に行き、ドアの前に立つと、後から長身のイケメンお兄さんがやって来た。


 どこかで会ったことがある気がする。


  黒Tシャツにジーパンで、スポーツマン系のイケメンお兄さんが中に入ろうとしながら、あおいの方をチラリと見た。


「おはようございます」


 その お兄さんが、あおいに向かって、挨拶をしたのだ。


「おはようございます」


 誰だろう?と思いながら、あおいも挨拶を返した。


「いつも話し掛けてくれるのに、無言で、ごめんね。

警備中は、会話絶対禁止の規則があって、違反をすると地獄勤務になるからさ。

基本、地獄には行きたくないから、無言でいるようにしているんだよ。

でも、君が声を掛けてくるから、申し訳なくてね。

今日は、この後から仕事だから……。
話せて良かったよ」


「えっ、えー!もしかして赤鬼さん?ですか?私がよく話し掛けてた人?」


 てか、警備に来る人、全員に声を掛けていたと思うけど……。


 本当に鬼なの?髪型が違うし、服も違うし、いつもと違い過ぎるでしょう?


「あっ、ごめん。何か ここに用があるの?」


「そうだ、書類にサインとハンコを貰って来なさいって言われて……」


「そうか。じゃあ、どうぞ入って下さい」


 赤鬼お兄さんがドアを開けて、あおいを迎い入れたのだった。


 きゃあ、何て優しいんだろう!


 警備部室の中は、とても綺麗で映画館のように、ゆったりとした背もたれのある椅子が、ずらりと並んでいる。


 そこでは、ジャージの赤鬼、青鬼と私服のゴツい身体の男性達がくつろいでいたのだった。


 うわぁ、鬼同士で談笑している。


会話をする姿なんて、初めて見たよ。


 椅子の前には、カウンターがあり奥に事務をしている赤鬼、青鬼の姿が見えた。


事務仕事をしていても、スーツではなく、やはりジャージを着ていたのだった。


 並んだ椅子の右側の方にドアがあって、その中に赤鬼お兄さんが入って行った。


 赤鬼お兄さん、中に入って行っちゃった……。

 
もう少し話してみたかったな。


 あおいは、カウンターに行き書類を出すと、青鬼事務員が来てくれた。


「おはようございます、ああ、いつもの警備報告書ですね。少しお待ち下さい」


 えー、なんかイメージと違って、鬼さんって優しい感じ!


 あおいの中で、鬼全体を見る目が変わった瞬間だった。


 事務をしている人は、仕事中でも話していいんだね。
黙っていたら、仕事にならないものね!それは、良かった。


 そんな事を考えていたら、青鬼事務員がお待たせしましたと言って、書類を渡してくれたのだった。


 今日、ここでの仕事が終わってしまうから、さっきの赤鬼お兄さんには会うことが無くなるかもしれないな……。


 なんか少し残念だな。
 

 カチャッ。


 ドアが開いて、中から黒髪アフロの髪型で、赤いジャージを着た赤鬼が出て来た。


 あっ、さっきの人かな?


 もう仕事中になってしまったかな?


「あぁ、まだ いてくれたんだね。
もう、いないかなって思ったけど、急いで着替えたんだよ!

 鏡を見ないでカツラを付けたから、曲がっていないかな?

 大丈夫かな?」


 と、あおいに聞いたのだ!


「はい、大丈夫です!
バッチリ、イケメンです!」


 はっ、私ったら、余計な事を言った!


 言っておいて、あおいは照れて下を向いた。


「はっはっは、この姿を褒めくれるなんて、君くらいだよ!

 基本、皆んな同じ格好で、見分けがつかないものだしねっ!

 ありがとう!」


「そ、そんな事ないですよ!
警備員の人の見分けは、ついていました!
私は……ですが」


「本当に?ありがとう!ありがとう!」


 その言葉に感動した他の鬼が、あおいの手を取り握手して言う。


「実は、うちらに毎日、話し掛けてくる君に、危うく返事をしそうになるって……。

仲間内では、危険な娘とか、要注意人物とかって言ってたんだよね。悪かったね」


 そんな事を私服の人から言われた。


「よ、要注意人物……って。

私こそ、決まりがあった事を知らずに話し掛けて、失礼しました。

せっかく話しが出来たのに、私は明日から、違う所に行くことになっちゃったんです。

もう、なかなか会えませんね。

大変、お世話になりました。

ありがとうございました」


「そうなのかぁ、それは残念だな。

俺は、まだ警備が始まっていないから、そこまでだけど、見送るよ!行こう!」


 一緒に外に出た赤鬼お兄さんは、直ぐに立ち止まった。


「君と初めて言葉を交わしたのに、会えなくなるなんて、ショックだよ。

 君の名前は、あおいちゃんでしょう?
 俺は、斗真だ。

 関係者以外は、俺の名前は知らない。
 他の人には、秘密だよ。

仕事中以外で、偶然 会えた時は、声を掛けてね!
俺からも声をかけるから!

あおいちゃん、元気でね」


 えっ?私と会えなくなるのが、ショック?って言ってくれた。


そんなことを言われたら、顔がゆるんじゃうよ。


「はい、ありがとうございます。
斗真さんも、お仕事頑張って下さいね」


「もう少し先まで行きたいけど、鬼の格好で話しているところを人に見られるとマズイから、ここで見送るよ。
行っていいよ。じゃあ、またね」


「はい、じゃあ また……。
また会えますように……」


 あおいは、何度も斗真に手を振り、事務センターへと戻って行った。
 

 何だか胸がキュンキュンしている……。


 顔が火照る。


 今、自分はどんな顔をしているんだろうか?


 多分、締まりの無い顔になっているに違いない。


 到着ロビー係りの皆んなには、見られたくないから、さっさと帰ろう!


 そう思いながら、事務所の中に入ると、拍手が起こった。


 パチパチパチパチ!


「は……い?」


「あおいさん、お疲れ様でした」


 は?えっ?えっ?


「何ですか?」


「今日でここは、お終いでしょう?
 皆んなで、送り出しましょうってことになったのよ!」


「えっ、短い間しかいなかったのに?」 


「そんなこと関係ないわよ。あなたは、私たちの仲間だから、新しい所でも頑張ってもらいたくて、応援しているだけ」


「ユウコさん、皆さん……。
すみません、ありがとうございます」


「あおいさんから、いつも元気を貰っていたから、寂しくなるけど お互い頑張りましょう」


「はい、ユウミさん」


「あちらに行っても、たまにはこっちに来てね!瞬間移動で、すぐに来れるでしょう?」


「はい、ユウカさん、また来ます!」


 あおいは、嬉しくて涙が出てきてしまった。


 「皆さん、本当にありがとうございました」


「この花、そこの花畑から貰ってきちゃった!綺麗でしょ?」


 土手に咲いていた花を摘んで、花束を作ってくれたのだった。


「この花束をユウキさんが、作ってくれたんですか?」


「違う、ユウゾウさんが花を摘んで、ユウジさんがリボンを結んだんだよ。
綺麗に出来上がってるよね?」


「バカ、恥ずかしいから言うなって、約束したろう」


 ユウジが照れながら言った。


「綺麗な花だったから、つい摘んじゃいました!内緒ね」


「ユウジさん、ユウゾウさん、ユウキさん ありがとうございました」


 そうして、皆に別れを告げ、新しい職場へと向かう。


 さあ、新しい職場はどんな所なのだろう。


 不安とワクワクが入り混じった、複雑な気分のあおいだった。
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