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進むべき道を探して
彼女との日々 ☆
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カサ、カサ、カサ……。
落葉を踏みしめ、一人の女性がやって来た。
彼女は、この山の下にある神社の神主の奥さんだ。
彼女には子どもがいて、その子が幼稚園に行っている間に、この見晴台にやって来るのが日課となっていた。
「ふぅー。毎日、ここへと上がって来るだけでもいい運動なのよね。お陰で、近頃痩せてきたみたいだし!お気に入りの場所に来るだけで、ダイエットにもなるなんて、一石二鳥!」
見晴台と呼んでいるものの、囲いもない地面に小さな石の祠があり、周囲の木々が適度に伐採をされているから、ほんの少し見通しが良いという程度の所だ。
その祠の先には、欅の大木があって、ほとんど幹の様な根が斜面にも伸びていた。
彼女は、いつもその大木に片手を添えて、爪先立ちをして景色を眺めている。
「今日は、海の向こうが見える……お父さん、お母さん、元気かな……」
時には、そんな言葉を言い、遠くを見つめ涙する日もあったし、昨夜の料理の失敗を延々と聞かされる日もあった。
彼女はダイエットの為なのか、理由は知らないが、雨降りの日でもレインブーツとレインコートを着用してやって来た。
眺めが悪いのに、大木に触れては遠くを見て、独り言を言っているのだった。
そして、いつしか欅の中にいる私は、毎日、彼女に会うことが当たり前となり、彼女の話しを聞くことを楽しみにしていたのだ。
ところが、ある日を境に、彼女が現れなくなってしまった。
…………………
「えっ、何故だ?キート、彼女はどうして来なくなったんだ?」
「そうですわ、その方は、どうなさったの?」
「えー!なんで、どうしちゃったの?」
「何かあったのですか?」
妖精たちもキートの話しに引き込まれて、気になっているのだ。
「あ、うん、私も彼女が気になって、欅から飛び出て、様子を見に行っちゃおうかとも思ったの。でもね、私が出てしまったら、木が枯れてしまうでしょ?だから、我慢をしていたのよ。それで……」
キートが語り出したから、モロブや庄三郎は喉を嚥下させ神妙な顔をした。
…………………
来なくなって、どれくらい経ったかは定かでないが、ある日、彼女がまたやって来たのだ。
〈今まで、どうしたの?どこかへ行ってたの?〉
声が届かないのも忘れ、思わず聞いてしまった。
「ケヤキさん、久しぶり!ふぅ、息が切れちゃう。はぁ、あ、この景色が見たかったんだー!あ、海の向こう側が見える……」
久々に見た彼女は、ダイエットに成功したのか一段と細っそりとしている様に見えた。
〈もう少し食べた方がいいんじゃないの?〉
……と言わずにはいられなかった。
すると、彼女は遠くを見つめたまま、いつもの様に勝手に話し始める。
「あのね、あたしの夫は、ここの神主さんで、神様に仕えている人。でもね、ぶっちゃけ、この小さな神社だけでは、生活をしていけないからバイトもしているんだよ。切ないよね……」
〈何?どうしたの旦那さんに何かあったの?元気がないみたいだけど、大丈夫?〉
キートが心配になって聞いたが、彼女は続けて話す。
「二つの神社の神主を掛け持ちして、特に祭事がない日には、荷物の仕分け作業のアルバイトに行ってる。あたしの夫は、凄く頑張り屋さん……。あたしは、そんな夫を支えたいの!」
〈何?どうしたの?ほら、聞いてあげるから言いなさいよ〉
「ここは神社なのに!夫が神様に仕えているのに!なのに、どうしてあたし、病気になっちゃったんだろう?神様、これは悪口ではありませんよ!悪口じゃないけど、どうして、あたしに病気を与えた……の?もしかして、助かる道がある……とか?」
〈えっ、あなたが病気になってしまったの?そんなに悪い病気なの?助かる見込みが少ないってことなの?そんな……〉
くるりと向きを変えた彼女は、欅の幹に両手をつき、押すようにして呟く。
「あたし、子どもと夫を残して、死ねない!助けて!誰か、助けて!」
涙ぐむ彼女の姿は、痛々しかった。
〈……ごめんなさい。私には、あなたを助けてあげられる力がないの……〉
「……ケヤキさん、いつも話しを聞いてくれてありがとう。あなたの前だと本音を言えるし、弱音も吐ける!また、聞いてね!って、毎日、言うつもりだから、よろしく。さあ、戻ろう。また、明日」
〈はい、待っています。また、明日〉
それから毎日、彼女はやって来ては一方的に話し、満足気に帰って行った。
(だんだんとあなたの体力が無くなっていくことが、私にもわかるよ……。今の私に何も出来ないことが、歯痒くてたまらない。この大木から出たら何かできるかもしれないけど、この木が枯れてしまったら、あなたは悲しむでしょう?私が、この木の守りを交代して自由になれる日まで、どうか待っていてね)
そんな事を思いながら、彼女の後ろ姿を見送るキートなのだった。
落葉を踏みしめ、一人の女性がやって来た。
彼女は、この山の下にある神社の神主の奥さんだ。
彼女には子どもがいて、その子が幼稚園に行っている間に、この見晴台にやって来るのが日課となっていた。
「ふぅー。毎日、ここへと上がって来るだけでもいい運動なのよね。お陰で、近頃痩せてきたみたいだし!お気に入りの場所に来るだけで、ダイエットにもなるなんて、一石二鳥!」
見晴台と呼んでいるものの、囲いもない地面に小さな石の祠があり、周囲の木々が適度に伐採をされているから、ほんの少し見通しが良いという程度の所だ。
その祠の先には、欅の大木があって、ほとんど幹の様な根が斜面にも伸びていた。
彼女は、いつもその大木に片手を添えて、爪先立ちをして景色を眺めている。
「今日は、海の向こうが見える……お父さん、お母さん、元気かな……」
時には、そんな言葉を言い、遠くを見つめ涙する日もあったし、昨夜の料理の失敗を延々と聞かされる日もあった。
彼女はダイエットの為なのか、理由は知らないが、雨降りの日でもレインブーツとレインコートを着用してやって来た。
眺めが悪いのに、大木に触れては遠くを見て、独り言を言っているのだった。
そして、いつしか欅の中にいる私は、毎日、彼女に会うことが当たり前となり、彼女の話しを聞くことを楽しみにしていたのだ。
ところが、ある日を境に、彼女が現れなくなってしまった。
…………………
「えっ、何故だ?キート、彼女はどうして来なくなったんだ?」
「そうですわ、その方は、どうなさったの?」
「えー!なんで、どうしちゃったの?」
「何かあったのですか?」
妖精たちもキートの話しに引き込まれて、気になっているのだ。
「あ、うん、私も彼女が気になって、欅から飛び出て、様子を見に行っちゃおうかとも思ったの。でもね、私が出てしまったら、木が枯れてしまうでしょ?だから、我慢をしていたのよ。それで……」
キートが語り出したから、モロブや庄三郎は喉を嚥下させ神妙な顔をした。
…………………
来なくなって、どれくらい経ったかは定かでないが、ある日、彼女がまたやって来たのだ。
〈今まで、どうしたの?どこかへ行ってたの?〉
声が届かないのも忘れ、思わず聞いてしまった。
「ケヤキさん、久しぶり!ふぅ、息が切れちゃう。はぁ、あ、この景色が見たかったんだー!あ、海の向こう側が見える……」
久々に見た彼女は、ダイエットに成功したのか一段と細っそりとしている様に見えた。
〈もう少し食べた方がいいんじゃないの?〉
……と言わずにはいられなかった。
すると、彼女は遠くを見つめたまま、いつもの様に勝手に話し始める。
「あのね、あたしの夫は、ここの神主さんで、神様に仕えている人。でもね、ぶっちゃけ、この小さな神社だけでは、生活をしていけないからバイトもしているんだよ。切ないよね……」
〈何?どうしたの旦那さんに何かあったの?元気がないみたいだけど、大丈夫?〉
キートが心配になって聞いたが、彼女は続けて話す。
「二つの神社の神主を掛け持ちして、特に祭事がない日には、荷物の仕分け作業のアルバイトに行ってる。あたしの夫は、凄く頑張り屋さん……。あたしは、そんな夫を支えたいの!」
〈何?どうしたの?ほら、聞いてあげるから言いなさいよ〉
「ここは神社なのに!夫が神様に仕えているのに!なのに、どうしてあたし、病気になっちゃったんだろう?神様、これは悪口ではありませんよ!悪口じゃないけど、どうして、あたしに病気を与えた……の?もしかして、助かる道がある……とか?」
〈えっ、あなたが病気になってしまったの?そんなに悪い病気なの?助かる見込みが少ないってことなの?そんな……〉
くるりと向きを変えた彼女は、欅の幹に両手をつき、押すようにして呟く。
「あたし、子どもと夫を残して、死ねない!助けて!誰か、助けて!」
涙ぐむ彼女の姿は、痛々しかった。
〈……ごめんなさい。私には、あなたを助けてあげられる力がないの……〉
「……ケヤキさん、いつも話しを聞いてくれてありがとう。あなたの前だと本音を言えるし、弱音も吐ける!また、聞いてね!って、毎日、言うつもりだから、よろしく。さあ、戻ろう。また、明日」
〈はい、待っています。また、明日〉
それから毎日、彼女はやって来ては一方的に話し、満足気に帰って行った。
(だんだんとあなたの体力が無くなっていくことが、私にもわかるよ……。今の私に何も出来ないことが、歯痒くてたまらない。この大木から出たら何かできるかもしれないけど、この木が枯れてしまったら、あなたは悲しむでしょう?私が、この木の守りを交代して自由になれる日まで、どうか待っていてね)
そんな事を思いながら、彼女の後ろ姿を見送るキートなのだった。
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