ある日、突然 花嫁に!!

ひろろ

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番外編

和希の物語 3

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 ハッ!

 ボーッとしている場合じゃない!


 和希は後を追い、軽米が玄関ドアを押して出た瞬間、右手首を掴んだ。

「あっ!えっ?」

 
「まだ、帰らないで。中に入って」

 
  軽米の手首を掴んだまま玄関の中に引き入れドアを閉め、鍵を掛けた。


  和希に引っ張られて、よろけそうになった軽米の身体は、和希の片腕に捕らえられた格好となっている。


(きゃっ!片腕のバックハグ!こんな時でも、キュンときちゃう)


「手荒になってごめん。もう少し話を聞いほしい!部屋に入って」

 
 軽米が部屋に入ってソファーに座ると、その隣に和希がくっつくように座った。


「あのさ、まだ話しの続きがあって……」


「えっ?まだ何かあるの?」


 密着している身体が動かしにくい軽米は、顔だけを横に向けて言うと、和希の顔が近すぎると感じた。


(あ、この顔!好きなんです……)


 軽米がうっとりと見ていると、和希は真剣な顔をして話した。


「俺の実家は古くからある家なんだ……旧家ってことで、前沢家独特のこだわりみたいなものがあって、ちょっと面倒くさいと感じるかもしれない。

それと、土地を沢山所有していて、実は、しゃぶしゃぶの店も その周辺も、うちの土地なんだ……」

  
「は、しゃぶしゃぶの店?もしかして、もしかして、“鍋でっしゃろ”の所?」


「うん……あそこの建物は、うちが建てて貸し出しているんだ。

 あの店のオーナーってこと」


 それを聞いた軽米は、目を輝かせた。


「えー!食べ放題のお店のオーナー!
えー、夢みたいな話し!

  じゃあ、もっとお店に行って、儲けさせてあげないとね!ふふふ」


うん?笑っているけど、面倒な家だと理解してくれただろうか?

もしかして、お嫁さんに来てくれる気になったのかな?


「アヤ……」


 和希は、軽米を抱きしめ聞いてみる。


「俺に何処どこまでもついて来てくれる?」


「え?その返事は、少し待ってほしいの」


 ガーン!

 まさか、結婚寸前で振られるのか?

 
 軽米を解放した和希は、頭を抱えて項垂うなだれている。


「ごめんなさい。私の方の都合で解決をしなければいけないことがあって、今日はその事を言いに来たの」


「えっ?何、どんな事?」

 和希が軽米の両肩に手を掛け、自分の方に向かせた。


(うっ、結構、ウエストがねじれて苦しいですが……この顔には、うっとりとしちゃう……って、違う、違う)


「あ、うん、家族に交際を反対されてしまって……でもね、私が解決をするから、同居とかの話しも含めて、時間がほしいの。今日は、これで帰るね」


 マジか?まだ紹介もされていないのに、反対って……。

 前途多難の予感しかない!

 ……………………

 翌日の夜。


 和希は実家に来ていた。


「あら、和希さん、いい所へ帰っていらっしゃったわ。

 あなたに縁談がきておりますのよ。

 お爺様のご友人のお孫さんで、これがお写真よ。ご覧になって」


 うわっ!


 出たっ、見合い写真!


 母が写真を差し出したが、俺は受け取りを拒否して話す。


「あっ、見なくて結構です。
お爺様には申し訳ないのですが、私には、結婚をしたい女性がいます。

父様、母様、お爺様に是非、会って頂きたいのです。

ですから、この縁談はお断り下さい」


 和希は、きっぱりと断って、スッキリとした。


「却下だ!」


  突然、父が言った。


「 ! 」


「この縁談のお相手は、お爺様のご友人のお孫さんなのだよ。

 お爺様の顔に泥を塗る気なのか?

 お見合いのお相手は、家柄、容姿、共に申し分のない方だ。

 それにきちんと自立をしている立派なお嬢様だそうだ。

 こちらから是非にと頼んだものを、断る事はあり得ない。

 お見合いをしなさい。わかったな」


 えー!結婚したい人がいるって言ったのに!めちゃくちゃな事を言う とんでもない父親だ!


「そうだぞ、和希。写真を見てみなさい、とても美しいお嬢さんだ。
会ってみれば、必ず、気にいるはずだろう。フッホッホッ。見合いをセッティングした、わしに感謝すること間違いなし!だな」


「お、お爺様……。あのぉ、私には恋人がいますから……」


「和希さん!いい加減になさい!

お見合いは、していただきます!

いいですね?場所は、ドーシロホテルですのよ。日取りが決まりましたら、お知らせしますから、都合をつけるのですよ!よろしいわね?」

…………………… 


 あれから、アヤとは簡単なメッセージのやり取りのみで、会ってはいない。

 アヤの実家に俺たちの交際を反対されているらしいが、その後どうなったのかも分からない。

 しかも、同居の返事を保留にされたまま1週間になる。


 これは、最悪の事態を想定しておくべきなのか?


 最悪といえば、今日は俺にとって嫌な日だ……。


「はあ」


結局、ドーシロホテルに来てしまった……。


 家族にゴリ押しされて、仕方なく来てみたが、きっぱりと断ることが決まっているだけに、相手の方に失礼過ぎて少々気が滅入ってくる。


 もちろんお見合いの事は、アヤには秘密にしている。


 バレたら破局にまっしぐらだろう。
 
 
 現在、ホテルの最上階にあるラウンジに向かっている……。


 ああ、面倒だなぁ。


 そう思いつつ、和希は何気にお洒落に気を遣って来たのである。

 
 お気に入りのライトグレーと白のチェックのスリムスーツに薄い水色シャツを着ていた。


「和希、さっさっと来んか。

男たる者、女性を待たせてはいかんぞ。

もっと、背筋を伸ばしてシャキッとせい!

 こらっ、ネクタイが曲がっておる!」


 和希は、ピンク寄りのパープルの中に、水玉のようなグレーのペーン柄のネクタイを締めていた。


 祖父から注意をされた和希は、ネクタイの位置を直す。


「はい!お爺様。ネクタイは、これで宜しいですか?」


「うむ。良かろう」


 祖父の友人が付き添いで来るという事で、こちらも祖父が付き添って来たのだ。

 
 祖父の前で縁談を断る事は、とても勇気が必要だが、ここは男としてビシッと言わなければ!


 頑張れ俺!


「お、まだ、来ておらんようだ。

良かった良かった。では、座って待つとしよう。

 昔、わしの友人と、自分らの子ども達を結婚させようと約束をしたのだが、互いに男の子どもだったのでな。

それで、先日、久しぶりに会って話したら、独身の孫がいると知って、見合いをさせようということになったのだよ。

 ああ、久々にワクワクしてくるわい。

フッホッホッ」


 年相応に笑う彼の祖父は、見た目は若く80代には見えない。

 多少のシワがあるが整った顔立ちで、腰は曲がってはいない。

 さすがに和希よりは背は低いが、身長は高い方で、濃紺ストライプのスーツを素敵に着こなし、お洒落な黒フレームの眼鏡を掛けている。

 
 父親似の和希は、祖父似でもあるのだった。

………………………
 
 和希は、見合い相手が来るであろう入り口を見つめている。


 どんな相手なんだろう?


 やっぱり写真を見ておくべきだったか。


 待っていると顔を想像してしまう。

 
 美人と言っていたよな……。へへっ。


 それは和希の気が緩んだ時だった。


「 はっ!」


 えっ?やばい!アヤが入って来た!


 なぜ、ここに?見合いがばれる!


 これは、本当にピンチかもしれない!


 なぜ、わざわざドーシロホテルに来たんだ?


 ここは、下を向いて他人のフリをするしかない。どうか俺に気付きませんように!

 

「やあ、茂雄君、ここだ」
 
 立ち上がって祖父が声を掛けた。


 「 ! 」


 祖父がアヤの方に向かって声を掛けたから、アヤがこちらを見た!


「おう、和夫君。今日はどうも」

 
 アヤは、茂雄君と呼ばれた人と一緒に、俺のいるテーブルへと向かって来た。


 アヤは、俺に気づいて目を丸くしているが、俺だってビックリしている。


「和希、こちらがわしの友人、軽米かるまい茂雄さんだ。

そして、お孫さんの彩香さんだ」


「はあ?お見合い相手?」

 和希と軽米が同時に言った。


「どうした彩香、知り合いなのか?」


「はい、お爺様、この方がわたくしの交際相手でございます」


 えっ?アヤも自分の祖父をお爺様と呼んでいる!


 実はお嬢様だったというのか?


 「は?和希、本当のことなのか?
結婚をしたい相手というのは、こちらのお嬢さんだというのか?」


「はい!はい、その通りです。

紹介をしたかった彩香さんです……」


 2人の祖父たちは、拍子抜けた状態となり席に着いた。


「何だ、わしらが引き合わせるまでもなかったか!

まあ、茂雄君、どの道めでたい事で良かったですな。フッホッホッ」


「そうですね。うちの彩香が結婚したい相手がいるから、縁談を断ると言って私は正直、困っておりましたよ。

でも、まさか、縁談相手が恋人だったなんて、私らは縁があるんですな」


「本当に驚いた。うちの和希も見合いはしないだのとゴネて、困っていましたよ。さて、ほっとしたら喉が乾いたな。

何か飲もうかの。

 彩香さん、ケーキも召し上がってはどうかな?和希もどうだ?」


 和夫が軽米に尋ねたら、代わりに茂雄が答える。


「ああ、和夫君、悪いが孫娘は、とても少食でな。

 きっと食べられないだろうから、飲み物だけで構わないよ」


 は?誰が少食だって?

 アヤが少食?


 和希は自分の耳を疑い、アヤをチラリと見た。


 えっ、恥ずかしそうに微笑んで頷いている!
 

「お気遣い頂きありがとうございます。はい、わたくしは食が細いので飲み物だけで、結構でございます」


 アヤ……マジか!

 俺の前で、どの口が言っているんだ!


「へぇ……あ、私も飲み物だけにします」


 軽米を見たまま和希も答えた。

 ……………………


 4人は、コーヒーを飲んでいる。


「茂雄君、この縁談は大成功という事で、よろしいですね?」


 和希の祖父が聞くと、軽米の祖父も返事をする。


「それは勿論、大成功ですよ。

既に恋人同士だったのですから、何も問題は無いでしょう。

それでは、我々は昔に戻って、遊びに行きませんか?」


「いいですね。昔に戻ってか……。

じゃあさ、シゲあの店に行ってみないか?ほら、よく行ってた甘味処!」


「えー、カズと行ってた甘味処?どこだっけ?うーん、思い出せない!
どこだろうな?あっ、わかったぞ!
あんみつが有名な“亀吉”のことか?」


 突然、若かりし日に戻った祖父達は、仲良くタクシーに乗車し、ホテルを後にしたのだった。


 2人を見送った和希と軽米は無言だ。


  お互いに内緒でお見合いをしたという事は、紛れも無い事実である。


 今、一緒にいて気まずい状態でいたのだった。


「アヤ、内緒でお見合いをしてごめんなさい」

 和希が頭を下げて言った。


「いいえ、私こそ黙っていてごめんなさい」


 軽米も頭を下げた。
 

 今日のアヤは、いつもと雰囲気が違う。


 ウエストの前でリボン結びをしている桜色の艶々ワンピースを着ているせいなのかもしれない……。


 俺と会う時のアヤの姿は、結構、カジュアルな感じが多いから、今日の姿は新鮮だ。
 

 いつもよりも一段と綺麗に感じる。


「アヤは、お嬢様だったのか……。

とても驚いた……。

まさか、お見合い相手だったなんて!

すっごい縁を感じる。俺たちは、出逢う運命だったんだな!」


「本当に私も驚いた。まさか、和希さんが相手だったなんて!どう断ろうか憂鬱な気分だったの。こんな事なら、写真を見ておけばよかったわ。

 ふぅ。ホッとしたらお腹が減ってきちゃった」


 それを聞いた和希は、軽米を二度見する。


 その時、2人の前にタクシーが停車した。


祖父達をタクシー乗り場で見送っていたから、乗客と思われたらしい。

 2人は慌てて駐車場に向かい、歩きながら話す。


「アヤって、少食なの?あの食欲が軽米家では少食という範囲となっているの?」


 だとしたら、どんな大食漢たいしょくかん一族なんだ!と恐ろしくなって確認した。


「違う!私の母が、食事は品良く優雅に召し上がるものだと厳しく言うから、面倒で、少ししか食べなくなったの。
それが、いつしか少食だと認識されたみたい。

でもね、一人暮らしをした私は自由だし、遠慮せず好きなだけ食べることができるから幸せなの」


「そうだったのか……。

それで、確認をするけど、このお見合いは大成功という事で、本当にいいの?

お嫁さんに来てくれるのでしょうか?」


 和希は80パーセントくらいの自信を持って聞いてみた。


「あ、結婚はしたいと思うけど……。
同居となると相当の覚悟が必要だもの……。多分、私の実家と同じくらい厳しい しきたりとかがあるでしょ?」


「確かにあるけど!そんな しきたりは、俺がぶっ壊してやる!アヤがアヤらしく暮らせるようにしてやる!

そうだ、同居と言っても、広い敷地だから庭に家を建てよう!

今、結婚資金を貯めているところだけど、結婚式は無しにして家を建てる頭金にしようか?」


 和希の言葉に軽米が冷静に返す。


「私達の実家には、結婚式を挙げないという選択肢は無いと思います」


「……だよなぁ」


 軽米の言葉にガッカリとする和希だった。


「でもね、隣に家を建てて住むという同居もどきであれば、お嫁さんになってあげてもいいかも……。

但し、今、言った“俺がぶっ壊してやるとか、なんちゃらかんちゃら”のお言葉は、キチンと書面にして頂きます。

和希さん、宜しいですね?」

 
 軽米は上から目線で軽く返事をしたが、本当は、泣きたくなるような覚悟を持って言ったのだった。


(なんちゃらかんちゃらの言葉なんて、役に立たない事くらいわかってる。

それでも、私を守ってくれる約束が目に見えるだけで、支えとなってくれるはずだから)


「ありがとう!

はい、喜んで書かせて頂きます」


 それから、互いの車に乗り、軽米のアパートに和希が寄って、軽米を乗せてから自宅アパートへ行ったのだった。


「和希さん、私も貯金をしているからマイホームの資金にしようね。

では、この紙に先程の立派なお言葉を書いてもらいましょうか。どうぞ」


 和希は、自分の言った言葉を思い出しながら、丁寧な文字で書いて軽米に渡した。


「あのぉ、マイホーム資金を貯めないといけない時に申し訳ないのですが、今度、丸山さんと一泊旅行の予定があって……お寺めぐりと食べ放題って企画を立てたので、ガッツリ食べ納めをしてくるね。

 帰ってきたら、節約生活を始めまーす」


「へぇ、旅行かぁ。俺も一緒に行きたいな。
智也も誘って4人で行かない?」


「ダメ!独身最後の丸山さんとの思い出旅行なんだもの。

和希さんは、貯金をしていて下さい!

お土産話しをしてあげるから、お楽しみに」


 アヤは、お土産ではなく“話し”と言った。
本気で貯金を考えているんだな。
嬉しい事だが、お嬢様とは思えないくらい節約生活をするつもりだろうか……。


 これからの俺達は、いつも節約デートになるだろうけど、たまには“鍋でっしゃろ”に連れて行ってあげるからね。


「旅行を思いっきり楽しんでおいで!」

 
……………………

  それから数ヶ月後のある日。


「智也が結婚をしたから、御祝儀で金が減った!はあー!

なかなか思うように貯まらない!

俺は、いつ正式にプロポーズが出来るのかな……」


 和希が呟いていると、携帯の着信音がした。


「何だよ、新婚さん」


「和希、今晩、軽米さんと遊びに来いよ。つ、妻が待っているからさぁ。ぶっはっ、妻って言っちゃった。
また、連絡をくれ!じゃあな」


 はあ?一方的に言って切ったな。


 まだ、新婚旅行に行っていないのか!


 あーあ、遊びに行くには手ぶらでは行けない。


 金が出る……行かないにしようか。


 今の和希は、とてもケチになっていた。


 軽米の為に、ドケチになっていたのだった。

 
「智也、お邪魔しに来たよー!

アヤが言うから、和牛肉買ってきたよー!すっごい高かったんだぞっ」


 アヤが実家にある骨董品、何とかドールとかいうのを今度売るから、その代わりに肉を買ってって、言ったんだよなぁ。


 しかも、以前、丸山さん、いや柚花さんと行った旅行先に売りに行くと言っている……。


それ、お金が出て行くだろう?


 はあ、俺は、いつになったら結婚ができるのかな?


 顔で笑って、心で泣いている和希なのだった。



                                                  
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