ある日、突然 花嫁に!!

ひろろ

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番外編

匠海の物語 下

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 匠海は、ポストの中に入っていた配布物と一緒に入っていた封書に気づく。

(何?切手が斜めに貼ってあって、しかも逆さまだ!随分と常識が無いなぁ!)

 匠海は、封書を一目 見てそう感じた。

 可愛い花のイラストの封筒を手に取り、裏面に書いてある差出人を確認する。


「えっ……春菜?何?今頃、何だ?

随分、遠くに引っ越したんだな……。

って、何の用なんだ?」


 匠海は、手紙を開けて見る。


“匠海さん、元気ですか?”


「はあぁ?殴り書きで、これだけ?」


 封筒と同じ柄の便箋1枚に、ただ一言だけ書かれていた。


 とても丁寧に書かれた宛名と差出人の字とは対照的に、殴り書きで書かれている文字が、一層 謎を秘めている。


 他には何も入っていないし、書かれてもいない。


 頭の中が混乱し、急激に春菜の事が気になり出した。


(何かあったのだろうか?

どうして、こんな一文を書いて送ってきたのだろう?

気になる。物凄く気になる!

一体、彼女は何を考えているのか?

僕は、あんな酷い仕打ちを受けたのだから、この手紙を無視してもバチは当たらないだろうが、妙に気になる!)


 匠海は、携帯のアドレスを探しかけて、手を止めた。


(そっか、春菜に関するものは全削除したんだ……。

なんだよ、春菜!今更だろうって感じだよ!

僕に どうしろと言うんだ?

もう、無視するからな!

元気ですかって……他に何か書くことがないのかよっ!

僕の気持ちを掻き乱すのが、目的なのか?君は、恐ろしい女だ!)

……………………

 あれから、1日、2日と日にちが過ぎて行くが、春菜の事が頭の片隅に常にある状態でいる。


 匠海は、思い切って返事を書いてみようと考えた。


 仕事帰りにレターセットを買おうと、ショッピングモールに寄ってみる。


(レターセットって、どこに売っているのかな?

文房具屋さんって、ここにあったっけ?

検索してみるか……)


 ショッピングモールの東口 エントランスに匠海はいる。


「あれ、たっ君!」


 不意に呼ばれ顔を上げてみると、柚花がいたのだった。


「わっ、丸山さん!もしかして、と、智也と一緒?」

 
 丸山 柚花が突然 目の前に現れたから、匠海はドギマギとしながら聞いたのだった。


「いいえ、私、1人で買い物に来たんです。そしたら、たっ君がいたから……。

 たっ君は買い物?1人なの?」


 柚花が言った。


「そうです。1人でちょっと買い物に来たんだけど、どこに売っているのか調べていたところ」


「えっ、何を買うの?
私も探してあげますよ。何?」


 柚花にそう言われて、匠海は躊躇ちゅうちょしたが、春菜との事情を知る柚花には、言ってもいいだろうと判断する。


「あ、丸山さん、あそこの椅子に座ろうよ。ちょっと話しを聞いてほしい」


 柚花は、匠海から話しを聞いて驚いた。


「えー!手紙!今更ですか?

しかも超短い文章の手紙?

それなのに、返事を書くんですか?」


(たっ君は、あんな事をされたのに許しているの?やだ、びっくりだ!

私なら、一生 許せないかも!
返事なんて、絶対 書かないわ!

それに春菜さんも よく手紙を出す気になったよね……。

これは、今、春菜さんが寂しい状態だという事なのかもしれない……)


「たっ君には、彼女がいるんだから、元奥様の事は忘れて、スルーしておいた方がいいんじゃないかと思いますけど?」


「は?」

 匠海は、柚花の言葉に引っかかって言う。


「僕の彼女?僕には、彼女なんていません。もしかして、高橋さんの事を言っているのなら、違います。

 互いに知り合うために会っていただけで、交際をしていたわけじゃないから!」


「えっ……彼女じゃない……」

 匠海の言葉を聞いた柚花は、絶句した。

(そうだったのか、私の勘違いか……。
そっか……。なんだ……。そうかぁ。

はっ!もう運命は動き出している。ブレるな自分!振り返るな!前に進め!)


 柚花は、自分に厳しく言い聞かせた。


「あっ、彼女ではなかったんだね。そっか。じゃあ、返事を書いてもいいかも。

私が思うには、春菜さんは現在、寂しい状況なんじゃないかと思えるの。

今、独り身だから たっ君を恋しく思っているのかも?

まあ、あくまでも私の想像ですけどね!

 レターセットがある所に案内をしてあげますね。行きましょう」


 柚花は、一瞬 沈みかけた心に喝を入れ、笑顔一杯で匠海を店まで連れて行った。


「で、手紙に何て書くんですか?」

 柚花は、そこが気になって聞いてしまったのだった。


「うーん、まだ、自分でもわからないな。どうしよう。今の春菜が元気じゃないかもしれないから、何て書けばいいのか思案中です。

丸山さん、いろいろと心配をしてくれて、ありがとう。

そうだ、結婚するんだってね。
おめでとう!
来年の結婚式を楽しみにしているよ。

……じゃあ、また……」


「……あ、ありがとう……はい、じゃあ、またね……」


 2人は、名残惜しそうに手を軽く振って別れた。


 匠海には、あの日の船の汽笛が聞こえてきた気がしたのだった。


(決別の汽笛なのかな……)


…………………

 あれから数日が経過し、匠海が企画した“ホタル観賞旅行”は、法人向けではなく、個人向けの企画として他部署へと吸い上げられる事になった。


 匠海としては少し不満だが、協力してくれた観光課の方にとっては、願いが叶うことになったから良しとしたのだった。


「村田さん、ホタルの他に観光する場所を探して来ますから、また視察に行ってきます。許可を下さい」


 匠海が上司に頼んだ。


「えっ、また 同じ市に行くのかね?
よっぽど素晴らしい場所なのだな。

 今度こそ、団体向けの企画を頼みますよ。許可しよう、行ってきなさい」


「はいっ!お任せ下さい」

 そう言いながら、匠海の脳裏に浮かんだのは、吉本の顔だった。


(そうだ、電話番号を教えてもらって、行く前に連絡をするという約束をしたんだ。近々、連絡してみよう)


 その夜、家に帰った匠海は、テーブルに置いてあるレターセットを見つめている。


 レターセットを買ったが、まだ手紙を書いてはいなかった。


 書こうと思っても、どう書くべきなのかが分からず、便箋は白紙のままだ。


「今日こそは、書いてみよう」


(向こうが超超短文で書いてきたんだから、僕だって短くていいんだ。

僕は、元気です。でもいいか?

いや、それはあんまりだろう。
子どもじゃないんだから!

 そういえば、結婚前の僕は、春菜に対して興味が薄いというか、結婚式に協力的ではなかったな……春菜が、僕の母親に対しての不安を口にしても取り合ってやらなかったし、我慢しろと冷たく言った覚えがある。

思えば、最悪な夫になっていたのかも……。春菜、ごめんな……)


 匠海は忘れかけていた記憶を辿り、自分が春菜に酷い態度をとっていた事を反省した。


『春菜へ

 僕は、君に謝らなければならない。

 結婚前の僕は、酷い奴だったね。

 今では、君が去ったのも当然だと思っている。

 本当にごめんなさい。

  僕は、元気でいます。大丈夫です。

こんな僕の心配はしなくてもいいから、自分の幸せを考えて下さい。

どうか、どうか、笑顔で過ごしていてほしい。

 もしも、どこかで偶然に、君と会ったなら笑顔で挨拶ができたらと、思っているよ。


 君の幸せを祈っている。元気で!

                                                 匠海より』
 

(春菜……元気でいてくれ。

さて、これからは仕事に燃えるぞ!)

…………………

 それから数日後のこと。

 匠海は、再びホタルで有名な蛍野田市を訪れた。


 匠海は、その市役所の観光課に直行し、窓口に行くと、女性が気づき和かに寄って来た。


「おはようございます。RST法人の折原です」

 
「折原さん、おはようございます。

お待ちしておりました。早速ですが、本日の視察へ参りましょう。

私、吉本がご一緒致します。

よろしくお願い致します」


 匠海は、吉本の運転する市役所車に乗り込み移動開始した。


「今から遺跡資料館に向かいます。

遺跡を今だに調査中なので、発掘調査をしている姿も、離れた所から見られるんですよ」


 吉本は、運転しながら常に市のアピールをしている。


(吉本さんって、仕事に 一生懸命な人だな。それに この市が大好きなんだなぁ)


「吉本さんって、ここ蛍野田市の出身なんですか?」

 
 匠海は、完全にそう思っているが一応、聞いてみた。


「いえ、私が高校生になる頃、他県から父の転勤で来たんです。で、私が市役所に就職が決まった途端に、父がまた転勤になって、両親は他県に行ってしまいました!でも、ここが私の故郷と思っています」


 吉本が笑いながら言った。


「じゃあ、一人暮らしをしているんですか?あっ、すみません、結婚されているかもしれませんよね」


「あー!残念ながら独身で一人暮らし をしております。

 折原さんは、結婚しているんですか?」

  吉本から聞かれ、匠海は微妙な顔つきをして言う。


「独身なんですが、結婚もどき経験者です」


「は?もどき?あっ、すみません」


 意味不明な事を言われて、吉本は困惑した顔をしたから、匠海が言い直す。


「あっ、すみません。披露宴前に花嫁さんに逃げられたので、結婚擬き経験者なんです。はい。はっはっは!」


 匠海は、会社にカミングアウトしてからは、人との出会いがあった時に、自分の過去を隠さず、笑って話すように決めていた。


 後で知って、同情されたくないからだ。


 それを言われた吉本は、反応に困ったが、こんな時は……。

(笑い飛ばすしかないでしょうね)


「えー、そうなんですかぁ、あはは、それ最高!あっはっは!」と笑い飛ばしてみせた。


(えっ!僕の不幸を大笑いして喜んでいる!えーーー!凄い子だ!)


「折原さん、それってなかなか出来る事ではないですよね?ドラマの世界みたいですねっ!

その時は、最悪だったかもしれませんけど、後で話しのネタになるし、貴重な体験ですよね?あはは」


 信号で止まった吉本は、笑いながら匠海を見て言った。


「あ、うん、そうだね。ネタにしている……。そうだよ、貴重な体験だ!

吉本さん、面白い事を言うね。

そうだよな、ドラマの世界を体感してるって、凄いまれなことだ!

 あはは、最高の体験だぁ!あはは」


 匠海も笑う。

(何が可笑しいのかも わからないけど、なんだか笑えてきた……。

吉本さんって、さっぱりとした感じの人なのか、変わっている人なのか、面白い子だな)

 ……………………

「折原さん、遺跡資料館はいかがでしたか?」


「はい、資料館の方は一般的ですが、発掘調査をしている姿を 見学できるのはいいと思いました」


「そうですか……次の所を気に入って頂けるといいのですが、では、行きましょう。次は、水族館です」


「えっ?水族館!」


 吉本の言葉に目がキラリと光った。


「えっ?水族館はお嫌いですか?」


「いえ、とんでもない!大、大……」


「えっ、大?」吉本は、聞き返した。


「大好きなんです!水族館、大好きです!早く行きましょう。

 ホタルてるてる水族館ですよね?
 ペンギン大行進があるんですよね?

 個人的に行くつもりでいたんです!
 楽しみだなぁ、ぐふふ。

 あっ、失礼しました。行きましょう」


「はい、了解です。出発しますね。

実は、私も水族館が大好きです。
ペンギンを見ていると癒されます」


 吉本が運転をしながら言うと、匠海が吉本をガン見する。


「えっ、君もそう思うんだね!
 そっ、そうなんだよ!癒されるよね!

 いやぁ、感激だなぁ。
分かってくれる人が現れた!良かった、本当、嬉しいなぁ」


 匠海は、理解者を得た気がして、興奮しながら言った。


 余りの嬉しさに、目を輝かせたままで、吉本の横顔を見つめ続けている匠海なのだが、本人は無意識なのだ。


「あのぉ、折原さん、私の顔に何か付いていますか?

すみませんが、視線を感じて恥ずかしいのですが……」


 吉本が言いにくそうに話すと、匠海は赤面して謝まる。


「すみません。やっとペンギン好きに出会えて、嬉しくて つい見てしまいました。失礼しました」


「折原さんの彼女さんは、ペンギン好きではないんですか?」


「彼女なんていません。吉本さんの彼氏さんは、ペンギン好きなんですか?」


「残念ながら、彼氏なんていません」


「えー、本当ですか?それなら、仕事ではなくプライベートのように、水族館を楽しみませんか?」


 匠海が提案すると、吉本は頬を染めて頷いたのだった。

……………………


 「さあ、水族館に到着しましたよ」


「はい、乗せて来てくれてありがとうございました。

あのぉ、吉本さんの下の名前で呼びたいですけど、いいですか?

確か、名刺に千に夏って書いてあったけど、チカさん?チナツさん?どっちですか?」


「あっ、チナツです」


「では千夏さん、僕のことは、匠海と呼んで下さい。
じゃあ、中へ行きましょう」


「はい、匠海さん……はぁ、何だかデートみたい。照れちゃいます」


「千夏さんが嫌ではなければ、デートのつもりなんですが?ダメですか?

せっかくの水族館だから仕事抜きで、楽しみたいんですけど嫌かな?」


「嫌だなんて、とんでもない!

じゃあ、馴れ馴れしくしてしまいますよ?」

 千夏は 戯おどけたように言ってみた。


「もちろん、かまいません。あのぉ、よければ脱いでくれる?」


 突然、匠海が妙な事を言うから、千夏はドキリとして聞き返す。


「はあ?えっ?脱ぐの?」


「うーん、その市役所の上着が仕事を主張するんだよね。

 でも、脱ぐのは まずいでしょうね?

 仕方がないか。着ていてもいいです。

 余計な事を言って、すみません。
さっ、早く、行こう」


「あっ、はい!」

(はー、驚いた、上着の事だったのか)


 千夏は、休憩中だという事にして、上着をそっと脱いだ。
 

……………………

 匠海の楽しみにしていた“ペンギン大行進”が始まると、2人は大興奮で絶えず笑っていた。


「可愛くてたまらないなぁ。

1番後ろの子がヨタヨタしていて、超可愛いぞ!」


 匠海が言うと、千夏も負けじと言う。


「うん、そうだね。真ん中の子も可愛いよ!ほら、そこの子、見て、そこ!

小さめだけど、愛嬌があると思わない?」


「本当だ!こっちを見ているね!

やばい、僕、癒されてる」


 2人は、意識せずに自然に仲良くなっている。


「匠海さん、こっち、こっち、熱帯魚が綺麗でしょう?

このブルーが私のお気に入りなの。

こんな魚たちのいる中を泳げたら最高なんだけど……」と千夏が言った。


 熱帯魚の水槽には、サンゴや色とりどりの小魚とカラフルなイソギンチャクが住んでいる。


 千夏に呼ばれて、ゆっくりと水槽に寄って来た匠海が言う。


「じゃあ、今度、海に潜りに行かない?
よければ、僕が予約をするけど?

僕の仕事ですから!」


「あー、私、泳げないの。

それに海の中を外から見るのはいいけど、実際に入ったら怖いと思う。

一緒に出掛けるのは賛成なんだけど……。ごめんなさい」


「……あっ、うん、泳げないのか、残念だね。えっ?今、何か言った?」


 匠海は、重要な事を聞き流してしまった気がしたのだ。


「えっ?あっ、何にも言ってません」

 千夏は、慌てて否定した。

(やっ、自分から 何処かへ一緒に行きたいなんて、言えるわけないでしょっ!)


(うん?千夏さんは、なんて言ったかな?

えーと、旅行に行きたいけどって言ったのかな?

 僕は、団体旅行の手配専門だけど、個人旅行も引き受けますとも!)


「千夏さんが旅行に行きたいのなら、是非……」


(えっ?まさか、その先の言葉は、一緒に行こう!ってこと?)


 千夏は、ワクワクする。


「僕に任せて下さいね!格安の旅を提供しますから!」


(なーんだ、ガッカリだ!まあ、付き合ってもいないし、誘われる訳ないか)


 千夏は心の中で、そんなことを思いながら返事をする。

「はい、その時はツアーコンダクターをお願いします。なんちゃ……」


「ああ、海外旅行がしたいのかな?
そっか、どこがいいの?僕はツアコンじゃないけど、案内出来るところならいいですよ!」


 千夏の言葉を遮り、勘違いをしている匠海が先走って言ったのだった。


「あ……安いところなら、どこでも構いません。た、匠海さんも付いて来てくれるの?本当?」


「はい、千夏さんの為なら 何処へでも行きましょう」


「えっ?やだ、匠海さん、誰にでも そんな冗談を言うんでしょう?

 危ない、騙されるところだった。
 ちょっと、本気にしちゃったじゃない。もう、酷いなあ」


「えっ?違う、半分 冗談で半分 本気だよ!海外は休みの関係で難しいかもしれないけど、国内なら僕がお供致します!

お客様さえ、良ければですけどね?」


 匠海の言葉を聞き、胸の高鳴りを抑えつつ千夏がやっと言う。


「私がお客様でいいの?

お供をお願いしてもいいですか?」


「はい、もちろん、お供致します。
でも、その前に僕のお供をお願いします。次は、お土産売り場に行きたいな」


 売店に来た匠海は、箱に入ったペンギンのクッキーを手に取ったが、元に戻して別のコーナーへと行った。


「お土産は、どこの水族館でも似たような物を置いているね。

ここの名物的な物はある?」


「名物……クラゲ饅頭くらいかな?」


「じゃあ、これで買ってきて下さい」


 匠海は、お金を渡して千夏に頼んだのだ。


(匠海さん、どうして自分で会計に行かないのかしら?)

 そう思いながら、千夏はその場を離れたのだった。

……………………

 水族館の後は、大型物産センターに行き、しっかり仕事モードに戻り、名前も苗字で呼ぶから千夏は戸惑っていた。


「そうですよね、仕事中に匠海さんって呼んだら、色々と詮索されて面倒ですものね。

 私も折原さんって、呼びますね」


「そうなんです!詮索されたら、吉本さんにも迷惑を掛けてしまいますからね。

 ここは、観光課の方々がよく来る所でしょうから、さっきと同じだとマズイと思ってね。

 せっかく仲良くなれたのに、すみません……。

 あっ、あれがホタル餅ですね」


「そうです。胡麻餡餅に超小さい金箔をちょこんと乗せているんですよ。

 我が市の名物になるように売込み中の商品なんです。

 よろしくお願いします」


「はい、了解しました。
あとは……えっ!ペンギン風鈴!

ガラス工芸だ。

もしかして、ガラス細工体験できる場所がありますか?」


「はい、あります!では、話しを通しておきますね」


「ははは、僕の言いたい事が分かっているんですね。お願いします。

次回、視察に来たらガラス細工体験をしたいと思います。

その時も 吉本さんが同行してくれたら、嬉しいな」


「あっ、はい、喜んで!」


(わっ、ドキドキしちゃう言葉をサラリと言うんだもの。焦っちゃう。

 この人、天然なのか計算して言っているのか、分からない!)


「あ、あ、じゃあ、折原さん、そろそろ旅館に行きますか?送りますから、車に行きましょう」


「今日も色々とありがとうございました。お陰様で、充実した1日になりました。明日の朝、帰りますが、ガラス工房さんの方をよろしくお願いします。


 車に乗った匠海が千夏に話した。

……………………


 宿の駐車場に着くと、匠海がポケットから小さな紙袋を出して言う。


「これ 今日の御礼です。どうぞ。

千夏さんと過ごせて、とても楽しかったです。

この名刺の裏に僕のアドレスを書いておきました。いつでも連絡して下さい。

旅行の予約を待っていますから!

じゃあ、さようなら」


 匠海に見送られて、千夏は車を発進させた。


 袋の中身が気になり、直ぐに開けたいと思う気持ちを我慢して、市役所の駐車場まで来た。


 早速、小さな紙袋を手に取って思う。


(きっと、私に買い物を頼んだときに買ってくれたのね)


「何を買ってくれたのかな?」


「 ! 」


(えっ、ええー!ペンギン型の御守り?

しかも、縁結び?どういう意味があるの?えー!分からない!

深い意味があるの?どっち?)


 千夏は、近いうちに匠海に連絡をして、真相を確かめようと決めたのだった。


(今頃、御礼を見ているかな?

千夏さんと縁があればいいけど。

彼女と一緒にいるのが楽で、もっと仲良くなりたいと思っている。

ただ、バツイチ擬きの僕から、猛アプローチは気が引けるから、あれが精一杯というところだ。

わかってくれるかな?)


 その夜、互いに思うところはあったが、何も進展は無く、翌日 匠海は帰っていった。

…………………

 家に帰った匠海がポストに入っていた手紙に気がついた。


「春菜からだ!またか、今度は何?」


『匠海さんへ

 匠海さん、手紙をありがとう。

実は、ずっと手紙を出したくて、便箋に書いていました。それで、封筒には宛名と差出人を書いてとっておいたの。

でもね、手紙は今更だから、書いては捨てていました。

今まではそうだったけれど、先日、酔った勢いで出してしまいました。

驚かせて、ごめんなさい。

 正直に話すと、元彼の所になんて行っていません。

 あなたと、あなたの家族と上手くやっていく自信が無くて、逃げ出したのです。

 酷い女で、ごめんなさい。

本当にごめんなさい。

私は、元気でいます。

私が言うのも変だけど、匠海さんの幸せを祈っています。

どうか素敵な方と幸せを掴んで下さい。


 いつか笑って会える日がくるといいです。

 それでは、元気でね、さようなら。

                                                   春菜より 』




「そっか、元彼のところに行ったんじゃなかったのか……。

まあ、事実を知ったところで、何も変わらないけど、君が元気ならいいよ。

いつか君も素敵な人を見つけてくれ。

そうだな、いつか笑って会えるといいな。

 春菜……さようなら」


 匠海は、目の前に常にあった霧がサッと無くなった気がした。


(よし、千夏さんに僕から連絡をしてみようかな?)


 匠海は、思い切って電話をしてみる。


「あのぉ、千夏さん!

旅行先は、どこを希望されますか?」

 ……………………


 過去に花嫁に逃げられ、深い傷を受けた折原 匠海にも新しい出逢いがあった。


 吉本 千夏という女性は、きっと匠海にとって、運命の人になるのだろうと思う。


 これから、まだまだ先の話しだが、匠海がお爺さんになった頃、偶然に街で春菜と会うことになる。


 互いに老いた姿なので、お互いのことを認識できているのか、見た事がある人というだけなのかは不明だが、笑顔で会釈をして別れることになる。


 若い頃の匠海と春菜の願いが叶う瞬間だった。


                                             

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