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はじまりの朝

見届ける 後編

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「折原さん、今、奥様と赤ちゃんが頑張っているのですが、どうやら赤ちゃんにへその緒が巻きついてしまったようで、このままではマズイです」


 男性医師が匠海に話した。


「えっ、妻と子どもはどうなるんですか?」

 
「はい、これから帝王切開術に切り替えます。よろしければ、こちらの同意書にサインをして下さい」


「はい、どうかよろしくお願いします」


 匠海や家族もハラハラしながら、手術が終わるのを待っている。


 その隣に立つ紅鈴は、仕事で病院に来ていたが、帰りがけに分娩室へと入って行く女性を見かけ、なぜか気になり、産まれてくるのを見届けたいと思ったのだった。

 
 今、産まれようとしている赤ちゃんが、以前、自分の部下だったオストリッチの生まれ変わりなどとは、紅鈴は知らない。


(死亡予定者になっていないから、無事に産まれてくるだろう。

 元気に産まれて来い!)


 そのうちに、自動扉がガーっと開いて看護師が現れた。


「折原さん、今、男のお子さんが産まれました。おめでとうございます。

 お顔をお見せしたいところですが、羊水を飲んでしまったようで、呼吸困難になってしまいました。

すぐに処置をしましたから、今のところは、大丈夫そうだという事ですが、念のため新生児集中治療室(NICU)に運びます。

 奥様の方は、安定していますから大丈夫です」


「えっ!子どもは大丈夫なんですか?
本当に大丈夫なんですか?会えませんか?顔を見れませんか?」


 匠海は、予期していなかった事に慌てた。


「あ、はい、もうすぐ保育器ごとNICUに運んで行きますから、その時にご家族の皆さんにお子さんをチラリとお見せします」


 程なくして、NICUの医師と看護師に付き添われて、赤ちゃんが手術室から出て来た。


 とても小さな身体に、いくつもの線や管が付けてあって、とても痛々しい姿だった。


 それでも、生きて会えたことに匠海や家族は感動している。


「ホェーン、ホェーン、ホェーン……」


 匠海の子どもは、弱々しく泣いていた。


「わぁ、この子が、僕の子ども?
 助けてくださって、ありがとうこざいます……。

 や、なんて小さな手や足なんだ……。
とっても可愛い男の子だぁ。すっごい可愛いな。

 初めまして、パパだよ」

 
「おめでとうございます。
先程、顔が紫色になってしまっていましたが、今は、顔色が改善されて落ち着いてきました。

それでは、NICUへと行きます。お父様は ご一緒にいらして下さい」


「はい」


 この瞬間、匠海は、どんな事があっても、我が子を守り育てていくことを、心に誓ったのだった。


 匠海の隣にいる紅鈴は、赤ちゃんを見て、無意識にホッとしていた。


(ああ、無事で良かった。

どうか健やかに成長しますように。

オストリッチもどこかで生きているのだろう……元気でいなさい)


 そう願いながら、紅鈴は冥界に帰って行った。


 オストリッチの生まれ変わりの赤ちゃんは、 律季りつきと名付けられたのだった。

………………

 その律季が生まれたのちのある朝。


 水島 日向ひなたは、学校に行くために自転車にまたがり、家の前の道路を渡ろうとしていた。


「日向くん、おはよう。春休みなのに学校かい?気をつけて行くんだよ」

 
 会社に行くためにカーポートにいた、隣家のおじさんが、日向に声を掛けた。


「あっ、越野のおじちゃん、おはよう!
うん、部活動なんだ。
行ってきまーす」


(日向くんは元気だな。どことなく、あおいちゃんに似ている気がする。

まあ、日向くんの叔母なんだから、似ていて当然だよな。

あおいちゃんが生きていたら、あんな元気な子どもがいたかもね)


 昔、あおいが亡くなる原因となった海に、一緒に遊びに行った越野は、暫し あおいを思い出していたのだった。


「ドアが閉まります。ご注意下さい」


 電車に乗り込んだ日向は、キョロキョロしながら、動き出した車両の中を歩いていた。


 そして、目当ての者を見つけて声をかける。


「よっ、蓮斗れんと、おはよう」


「おっ、日向、おはよう。
今日さ 部活が終わったら、遊びに行かないか?

部活三昧で、春休みが終わるなんて悲しすぎるだろう?

 顧問の裕子先生は、毎日、よく来れるよな!
それに浅尾師範も、会社の休みの度に教えに来てくれて、二人とも彼氏、彼女が絶対いないんだよ!

てか、実は二人が付き合っていたりして……。
俺たちには、そんな時間を与えてくれないのに」


「あっ、そっか、付き合っているのかもなっ!あり得るぞ!

なのに、俺たちは このままだと、彼女ができる気配も無い!

 よし、賛成!遊びに行こう!

 蓮斗、どこに行く?」


「そうだな、スポーツゲーム王国に遊びに行こうぜ。
ちよっとお金がかかるけど。
なっ、日向、いいだろう?」


「ああ。
待って財布の中身……うん、大丈夫だな。じゃあ、午後から思いっきり遊ぼう!」


 日向と蓮斗は、同じ高校の弓道部員で、互いに気の合う友人同士なのだった。

……………………

 スポーツゲーム王国に、制服のままで遊びに来た2人。


 日向は、いたって普通の顔立ちだが、蓮斗の方はイケメンで、本当は並んで歩きたくないと思うこともある。


 蓮斗に彼女がいないというのは、言い寄る女に、断りを入れているだけだったのだ。


(ほら、やっぱり!
蓮斗がボーリングでストライクを決めれば、女の子達が注目して見ている。

よし、俺だって、見てろよストライクを取るぞ!)


「おっ、やったあ、ストライクだぁ」


 日向は喜んで叫んだ。


「やるじゃん、日向!」


 蓮斗に言われて、日向は機嫌良く周囲をチラリと見たが、誰も注目はしていなかった。


(あーあ、寂しい)

 
「へぇ、日向くん、ストライクすっごいね!」


 日向は、自分に声を掛けてくれる女の子が現れたことに、感激して横を向いた。


「あ……なんだ優香か……はぁ」


 あからさまに、ガッカリとする日向に優香が言う。


「なあに?私だと そんなにガッカリするの?せっかく褒めてあげたのに!

失礼だな、まったく!

友達とローラースケートをするから、じゃあね。バイバイ」


私服を着ている優香は、そう言って女友達と歩いて行った。


「えっ、誰?」


 蓮斗が聞いてきた。


「ああ、中学3年間、同じクラスだった女だよ。宮川 優香って子」


(俺の唯一の女友達だ)と日向は心の中で、付け加えていた。


「へぇ、結構、可愛い子だね」


「えっ?アレが可愛いのか?」


 蓮斗の言葉に内心ドキッとするも、平静を装い、そんな事を言った日向なのだった。

 ……………………

 あれから数年が経過し、匠海、律季、日向、優香、蓮斗の生活に変化が起きていた。

 
 律季の父親である匠海は、結婚前にRST法人から、RST旅行営業所に異動になっていたから、度々転勤がある。


 そのため、最近、日向の住む市の営業所に転勤となり、家族と共に越して来たのだった。

 
 匠海の子どもの律季は、幼稚園に通いはじめている。


 日向は大学生で、就活をしていたが、ほぼ就職先は決まったようだ。


内定先は、なんと匠海と同じ、大手旅行会社のRST社なのだ。


しかも、現在、匠海が勤務する営業所で、アルバイトをしている。


 その縁で、営業所スタッフと、その家族でするバーベキューにも呼ばれ、日向が律季の子守をすることがあったのだ。


 優香は、短大を卒業後、幼稚園の先生になっているのだが、勤務する幼稚園に、なんと律季が入園してきた。


 新米先生は、元気に動き回る律季に翻弄ほんろうされることも、度々あるらしい。


 蓮斗は、雑誌にも紹介されるほどの、人気の美容師になっていて、匠海が指名する美容師だったのだ。


 近頃では、匠海が子連れでやって来て、蓮斗が律季のヘアカットをすることもある。


 日向と優香と蓮斗は、それぞれが律季に会っていたのだった。


 冥界の記憶は無いものの、不思議な縁に、引き合わされている3人なのであった。

…………………

  ここは、冥界第1の門

 
「レイラさん、私は分身を置いて第5の門に行くのである。

 すぐに戻るゆえ、心配しないでくれたまえ」

 秦広王は、第5の門にいる閻魔大王えんまだいおうの元へと瞬間移動をした。


「閻魔大王様、仕事中に邪魔をするが、許してくれたまえ。

その水晶が見たいのだが、よろしいか?」


 緑札の面会者が来るのを待っていた閻魔大王は、少し驚いて言う。

「秦広王様がいらっしゃるとは、驚きました。

 調べ事ですね。どうぞ水晶をお使い下さい」


「忙しいところ、すまない」

 そう言って秦広王は、水晶に手をかざして念じ始めた。


 すると、映し出されたのは、スポーツゲーム王国で、匠海とゴーカートに乗って、はしゃいでいる律季の姿だ。


 その後ろからゴーカートに乗って通過して行くのは、日向だった。


 日向の後ろから来るのは、蓮斗と優香の2人乗りゴーカートだ。


「ひなたー、待てぇ!」


 蓮斗が叫びながら運転していた。


 日向と蓮斗と優香は、楽しそうに目一杯の笑顔で乗っている。


 3人とも子どもに返っているようだ。


 ゴーカートから降りた所で、3人は匠海と律季に偶然、会った。


「わっ、優香せんせいだぁ!

それに、お兄ちゃん!あっ、髪切りお兄ちゃんもいる!わあ、すごーい、知っている人がいる!

ねっ、パパ、すごいね」


「あれ?水島君!
それと、幼稚園の先生、美容師さん!
知り合いだったんですか!

こんな所で、まさか会うなんて、びっくりしました!」


「えっ?律季君は、優香の幼稚園の園児で、蓮斗のお客様なの?そして、俺のバイト先の先輩の子どもなの?

 皆んなが知らずに繋がっていたなんて!

 凄い不思議な縁を感じる……」


 再び、冥界に場面を戻そう。

  水晶に映る律季や日向の姿を見届け、秦広王は笑顔で頷いた。

「では、水晶を返すとしよう。
閻魔大王様、ありがとう。
邪魔をして、すまなかったな」

 そう言うなり、秦広王は第1の門へと帰ったのだった。


「オストリッチ、4人で必ず再会しようという約束を果たせて良かったな。

君たちには、記憶が無いが この私が見届けた証人なのである。

オストリッチ、あおい……元気に暮らしたまえ……」
  
 秦広王は呟いた次の瞬間、もう仕事に戻っていたのであった。

…………………

  偶然、律季に出会った日向は、その後、匠海の家を訪れるようになり、律季の子守を頼まれるようになっていた。


 あの日、ゴーカートに一緒に乗っていた蓮斗と優香は、急接近してしまい2人は交際することになった。

 密かに優香を想っていた日向の恋は、木っ端微塵となり、落ち込んでいると律季が言う。


「どうしたの?お兄ちゃん、元気を出して!頑張れ、頑張れ、お兄ちゃん!」


「ありがとう、リッキー君!」

(俺、幼稚園児に励まされている……。

 でも、嬉しい。

 何だか懐かしいような不思議な気持ちがするのは、どうしてかな?

 まあ、考えても分からないことは考えない方がいい)

 
「リッキー君、お兄ちゃんが遊んであげるよ」


「わーい、遊んでぇ」


 こうして、縁はずっと何らかの形で繋がっていくのであった。



                                               終わり

    
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