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強化蘇生【リバイバル】

神金驟雨のロストバゲージ

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 場所は奢侈な壁画に囲まれた祠の内部、祭壇へと続く道のど真ん中だ。タツトとクロは異世界転移のこと、これまで経験してきたこと、更にはリバイバルの特性、ここにきた経緯の真実まで、ありのままを語った。敵味方の区別がついていない相手に手の内を明かすことは疎んじられたが、それよりも今は“その存在”の癪に触れないようにすることだけに尽くすのが最善であるという判断だ。



「……あぁ、全部話した。 本当だ。」

 すると、“その存在”はタツトにぐっ、と近寄りその目を覗き込むように見た。何か嘘を見抜く魔法でも使っているのかもしれない。が、

 

 生憎タツトとクロは全てを語っていた。この超次元的存在への態度に関して、二人の意見は「逆らわない」ことで合致していたのだ。

 「......のう、我らは全てを話した。 ならば、我らの聞きたいことについて教えてくれる訳にはいかんか?」



「それはダメだ」、とタツトが言い返そうとしたが、クロが冷静に目で制する。これ以上の深追い、詮索はまずいと考えているのだろう。

「タツトよ、これ以上言ってもアレの食指は動きそうにない。今は許された二つの質問で、我らの目的に最大限貢献できるような方法を考えるのじゃ。 今一度整理しよう。お主の目的はなんじゃ?」

「......もちろん、この世界から出て、元の日本に戻ることだ。」

「そうじゃな。 我の目的は、前にも言ったが、マゴス様を喰らったゲズィヒトを討ちたい。その上で、やはりお主の世界に行ってみたいの。まあ後者は完全に我の興味じゃが。」

 一呼吸置いて、クロは続ける。

「───ならば、我らが今できることは一つじゃろう? 【異常地イレギュラー】を管理しているアレは恐らく敵とみて間違いない。少なくとも味方ではなさそうじゃからの。 じゃが、彼奴は戦意を剥くどころか我らと対等に会話までしておる。これはチャンスじゃ。またとないな。アレの侮りを利用して、できるだけ有益な情報を絞り出すんじゃ」

「なるほどな......やってみるしかないか」



「承知の上じゃ。別にお主はこれぐらいのことで、我らをどうこうしようと考えるタチではないじゃろう?」

  

「うむ、そうさせてもらうわ」

 そうしてやりとりが終わると、二人は思案し始めた。不思議な感触の地面の上にあぐらを掻いて同じように頬杖を突き、時折ああでもないこうでもない意見を交換しながら考えを巡らせていく。

 その間、“その存在”は訳もなく左右に揺れてみたり、小声で『』と呟いていたり、非常に暇そうにしていた。


 ~~~~~~~~~

 

その気怠い催促とほとんど同時、タツトは立ち上がり、不気味な笑いを口元にたたえながら、眼前で大の字になって寝転ぶ存在に告げる。

 「──ああ、決まったぞ、お前にする質問。 まずはクロからだ」

 

 その退屈を隠そうともしない声を聞くとクロは、緊張に額に脂汗を浮かび上がらせながら、ある種の覚悟の決まったような面持ちで、“その存在”に質問を投げた。







「───▌█▅▄▋▊▌██▊▌█▉▌▁▊?」






 クロがそれを口にした瞬間、時が止まった。








 クロがその質問を発したその瞬間、確実に時が止まった。バケツの水をひっくり返したように、どこまでも冷たい波動が、今までの半ば弛緩した空気を一瞬にして凍り付かせる。


 周囲から音が消失し、息遣いが止まり、拍動が止まり、思考が止まり、感覚が止まり、世界が停滞する。
そこに存在するあらゆる物が原子レベルで固定され、擬似的な時間停止を実現させる。

 その、何物も微動だにしない、現像された写真の中のような世界で、ただ一人悠然と佇む存在がいた。



ソレは無言のまま、指をパチンと鳴らした。するとその動作に呼応して止まった時はその拘束を解かれた。世界が再び動き出す。空気は流動性を取り戻し、床は硬質さを蘇らせ、燭台の灯火は自身が炎であったのを思い出したかのようにパチパチと燃えだした。

 ──当然二人にもその恩恵は与えられているが、双方固まったままに動く様子がない。拘束から解放された二人が代わりに感じるようになったのは、どうしようもない威圧プレッシャー。その発信源は無論、目前にて超然と佇立している彼からだ。皮膚が粟立つようなヒリついた空気に、二人の生存本能が激しく警鐘を鳴らしている。が、二人はその場から離脱しない。離脱できない。

 【異常地イレギュラー】での、約1年に登る経験の果てに、「化け物」、「チート」といった単語が霞むほどのステータスを手に入れた二人が、である。更に言えば、幾度にも重なる死と再生の螺旋状に生きてきた、豪胆と呼ぶのも烏滸がましいほどの胆力を備えた二人が、である。

 遠すぎる力の差に圧倒され、“死”を色濃く幻視させられた二人は自失状態に陥っていたのだ。本能が「今すぐに、ありったけの速度で、できるだけ遠くに逃げろ」と訴えかけているのだが、その命令は、改めて目の前の存在の大きさに気付かされた脳にまでは届かない。まるで地面と足が一体化してしまったように身体が硬直してしまい、最初の一歩が踏み出せない。

『───

 ──茫然とするタツト達に、やはり威圧の根源である“その存在”はゆっくりと近づき、こう言った。

    


 そう言って“その存在”は、盛大に脂汗を垂らしているタツトの額へとぬっ、と恐らく手の部分(ソレが明確に「手である」とは認識出来ないが、そんな気がした)を伸ばし、何やら二言三言、呟いた。二者の接触面が鈍色に照り輝き、


 ずるっ


 「――――――ぇ」

 直後、タツトの脳を支配したのは先ほどの混沌ではなく、壮大なまでのであった。

 “その存在”が手を離した後、タツトは糸が切れた操り人形のように転げ落ちてしまう。

 ――衣服の掠れる音と硬質な床面に肉を打つ鈍い音がやけに大きく響く。


 なにか絶対に、絶対になくしてはいけないものを失ったような気がする。

 何か得体の知れない者に、己の大事な根幹をずるりと抜き取られたような。自分に生気の塊のようなものがあったとして、それに大きな穴がぽっかりと空いたような。

 とにかく、自分にとってかけがえのない何か、「必要」が抜け落ちた感覚。

   

 その存在は、持つ力の高尚さに似合わず子供のような勝ち誇った嬌声でタツトを嘲笑する。

 更に、手を上に掲げてまた指を鳴らしたかと思うと、倒れるタツトとクロが居る場所の床が、上からインクを落としたような放射状の広がりの描写を経て消失し、当然、二人は落下を余儀なくされる。

 クロたちの眼下にはどこまでも続いていそうな、落下点の見えない空があり、恐らく異常地に続いているのだろうが、落ちた時の衝撃、また落下点の近くにいるであろう魑魅魍魎のことを考えると、生きていられるかは五分五分だろう。

 クロは落下の浮遊感に苛まれながらも咄嗟に放心状態のタツトを抱き寄せ、彼のアイテムポーチから執着の鞭スティンガムを取り出すと、“存在”が作り出した穴に向かって振り出した。

 存在はそれを最後の抵抗とみたのか、余裕の表情を崩さずに鞭を避けようとする。が、クロの飛ばした鞭はその存在のいる方向へとは進まず、むしろ逆、正反対の方向にぐんぐん伸びていく。その先にあるのは―――



 「───っこれだけは! 渡すわけにはいかないのでなッ!」

 

 クロは、タツトとともに自殺することによって出現した、確か特別報酬スペシャルアイテムと呼ぶそれ目掛けて鞭を放り出していたのだ。

 そしてその執着の鞭スティンガムの恐るべき粘着力によって、宝箱はクロのもとへと手繰り寄せられる。しかし、やはりというべきかその存在は今し方の行為に黙っているはずもなく、



 遠く、小さくなったクロの持つ腕輪目掛けて存在は指を鳴らし、たったそれだけの出来事で、アイテムポーチ(極)はいとも簡単に霧散してしまった。直後、今まで収納されていた高性能武具の数々が中空に散乱し、折り重なった重金属の塊達がほとんど巨大な黒い壁と見紛うほどの大きさをなして出現した。



  その存在の指先から放たれる冗談のような火力の魔法にそれらが的確に、恐るべき魔法精度を以て次々に粉々にされゆく光景に歯噛みしながらもクロはタツトを起こそうとする。

 「―――くっ、タツト、目を覚ますのじゃ! 意識のないまま化け物の巣窟にいくことだけは、避けねばならん!」

 落下によって大量の風を全身に浴びながら、タツトをガンガンと揺さぶるが、彼の口は開いたまま、目は虚ろなままだ。
 焦ったクロは最後の手段に講じたのか、片脇に抱えていた宝箱で、もう片脇に抱き寄せたタツトの頭蓋をブッ叩いた。

「―――起きろ!起きろ!起きろォ!」

 つい先日までずっと、クロに対し不躾だったタツトに募る不満でもあったのか、ガツンガツンと何度もタツトの頭蓋を殴打する腕には傍から見てもかなりのパワーが籠もっていた。心なしか口調も荒くなっている。ちょっとだけ恍惚の表情をしているように見えなくもないのは気のせいだろう。そんな尖った性癖は持ち合わせていないはずである。先ほどより頬に差す赤みが増しているのも恐らくは気のせいである。

 「......あっ、コレ、ちょっといいかも、なのじゃ......」

 ――――――気のせいである。

『……





『そのときは、私が────』

 全ての金属塊を破壊し尽くし、魔法の余波が晴れた後の視界には既に、二人の姿は無かった。
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